「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:豊川悦司 ( 19 ) タグの人気記事

20世紀少年 第一章

2008年/日本 監督/堤幸彦
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「夏休みの子供向け怪獣映画みたいだ」
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ファンのひいき目ではなく、正直これ「トヨエツが出てなかったらどうなっていたんだろう!?」という印象です。終盤彼が出てきてから、一気にスクリーンが締まります。見た目も物語も。あのですね、堤幸彦監督の作品をこれまで見ていないわけではありません。しかし、演出の稚拙さが目立って絶句。メリハリがないし、子役を魅力的に見せていないし、盛り上げどころがきちんと盛り上がらないし。後半は子供向けのガメラ映画みたいです。確かに大阪万博などのノスタルジーな感じは、惹かれるんですけども。ラストのロボットは、岡本太郎財団の許可を取ったのか!?

話があまりにも荒唐無稽で、これは原作によるところなんでしょうが、これを映画にするとなった時にどういうものに仕上げたかったのか、完成図を描けないまま、取りかかってしまった。そんな感じに見えます。何と言っても役者陣の使い方が中途半端です。もちろん、第一章であるから紹介のみに止まってしまう部分はあるでしょうが、唐沢寿明以外の、香川照之やら佐々木蔵之介やら、ほとんど演技させてもらっていません。生瀬も小日向さんも宮迫も、めっちゃちょい役。何と、もったいない!もったいないし、この豪華メンバーを魅力的に見せられていないってのは、監督の力不足としか思えません。ユキジなんてキャラクターも、もっともっとはじけた女の子にできなかったですかね。

こんなことメディアで大声で言えないんでしょうけど、主演の唐沢寿明の魅力不足も大きいです。ロック魂のあるリーダーとは、とても見えない。ギターをかついでも、全然様になっていません。トヨエツがいかにスクリーンで映えるかをしみじみ実感&再確認しました。 そして、トヨエツ以外にその存在感でびしっとスクリーンを引き締める俳優がひとり出てきます。誰だと思います?洞口依子です。夕暮れのアパートにぽつんと座る彼女が出てきたカットで突然黒沢映画になりました。

T-REXのテーマソングね、私大好きなんですよ。グラムロックは好きなんです。このイントロのジャカジャーン♪と言うくだりが、全然映画のカタルシスとなってないんですね。これが致命的です。 そして、このシリーズに60億円の投資と聞いて、これまた絶句。
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by galarina | 2008-09-05 16:01 | 映画(な行)

接吻

2008年/日本 監督/万田邦敏
<梅田シネ・リーブルにて観賞>

「鑑賞後、どすーんと強い衝撃を胸に受けたような感触が残る。傑作。」

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彼を理解できるのは私だけ。彼を愛する資格があるのは私だけ。天啓を受けたかのように、殺人犯を一途に愛し始める女の孤独と狂気の物語。

万田監督のデビュー作「Unloved」の主人公光子は、仕事ぶりを評価されレベルの高い職を与えられるのを拒み、金持ちで分別もある若くてハンサムな男の愛を一途に拒否する。その拒否の物語は、世の中の価値観、とりわけ、女性ならきっと素直に喜ぶはず、喜んで受け入れるはずという価値観の真っ向否定だった。そこには、現代を生きる女性が抱える社会への矛盾が実に攻撃的な形となって現れている。まるで棒読みのセリフで淡々とした演出。しかしながら光子のあまりに刺々しい拒否反応が肌をざわつかせるほどの恐ろしさを見る者に与えた。

同じように「接吻」でも京子は、分別ある大人の代表としての役回りである弁護士、長谷川の再三の警告を拒否する。ただの思い込みと他人に見えるものも、京子にとってはもはや純然たる愛。唯一無二の愛だから、受け入れることなどできはしない。しかし、「Unloved」のように観賞者そのものを撥ね付けるようなムードはこの作品にはなく、極端な展開ながら、私は京子にどんどん呑み込まれていった。それは、この作品が恋愛映画としての強い吸引力を持っているからだ。

好きな男のそばにいたい。彼を励ましてあげたい。無理解な周りの人々に闘いを挑む我らは運命共同体なのだ。どんどんエスカレートしていく京子の行動を100%否定することができない私がいる。相手は、何の落ち度もない幸せな家族の命を奪った殺人犯。なぜそのような男を、と長谷川も言う。「あなたは彼が人の命を奪った事実を棚に上げている」と責める。だが、一度愛し始めたその感情は坂を転げ落ちるかのようにスピードをあげ、止めることができない。彼が殺人犯であること。それはそれ、なのだ。もはやそこに理性など存在せず、高ぶる感情がただあるのみ。その興奮、女性ならわかる、いや羨ましいとすら思えてくるのだ。そして、とうとう京子の狂気に長谷川までもが呑み込まれてしまう。なんと恐ろしい展開。

そして、驚愕のエンディングへ。あれは、一体どういう意味だろう、と頭が真っ白になった後、さらに追い打ちをかける京子のセリフ。そして、幕切れ。私は完全にノックアウトされた。エンディング時に味わうこの茫然自失な感じ。どこかで味わったことがある。ハネケの「ピアニスト」だ。

京子のあの行動、私は、坂口は運命共同体であるからこそ成し遂げられたが、長谷川には一瞬とまどった。そのとまどいに自分を愛する男への哀れみのような感情が侵入してきたからではないか、と推測した。しかし、恐らく正解などないのだろう。

無駄のない緊迫感に満ち満ちた演出もすばらしい。冒頭、事件の一連のシークエンス。襟首をつかまれ恐怖におののきながら、家に引きずり込まれる少女の表情がほんの一瞬映る。それ以外は直接的な描写はないが、これだけで背筋が凍った。また、坂口が獄中、事件当日を思い出す場面でも、前作「ありがとう」にも出てきた「手」の演出が登場。ぞくりとさせられる。そして、「私たちは謂われのない罰をたくさん受けてきた」と語る京子のセリフ、一つひとつが胸に刺さる。台本だけをじっくり読んでみたいほど、すばらしい脚本。

難役を自分のものにした小池栄子、お見事です。どこにでもいそうなOLがずぶずぶと狂気の世界に足を踏み入れていく様をリアルに演じた。田んぼのあぜ道で、刑務所のガラス越しで、切々と己の境遇を訴える京子のセリフにどれほど引き込まれたことか。そして、恐らくこれほどまでに凶悪な殺人犯は初めてであろう豊川悦司とじわりじわりと理性を失う弁護士、仲村トオル。まるでこの世には3人だけというほどの濃密な世界を見事に創り上げていた。もう一度、見たい。
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by galarina | 2008-06-09 00:00 | 映画(さ行)

サウスバウンド

2007年/日本 監督/森田芳光

「子供は大変だろうけど、面白いオヤジ」
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あまり期待していなかったからでしょうか。とても面白かったです。

森田監督は好きな監督です。私の映画友が「出来不出来の差が激しい」と嘆いていましたが、そうかも知れません。ただ、私はとても安心して見ていられます。阪本順治監督の作品を見るときの安心感と近いです。校庭の外を捉えた映像が何秒かして、すーっと教室に移動していく。そんな安定していて、ゆったりしたカメラの動きが好きなのかも知れません。子役たちへの演出もガチャガチャしていないとでも言いましょうか、のんびりゆっくりやらせている感じが良いです。子役って、どうしても突っ走ってしまいますからね。妹の女の子の飄々とした感じがすごく好ましかったです。

さて、本題。ファン目線をさっ引いても、上原一郎を演じる豊川悦司が良かった。正直、この役どころを聞いた時に、私は怖くて映画館に足を運べませんでした。かなりイタい役どころなんじゃないかと思ってましたから。ところが、どっこい。バッチリじゃないですか。きょとんとした奇妙な間を作ったり、ニコニコしながら全共闘時代を思い出させる演説をぶったり。おかしなお父さんぶりが板についています。

「学校指定の体操服がこんなに高いのは、業者と学校が癒着しているからだ!」と常日頃言っている私としましては(笑)、上原一郎のやること、なすこと、共感してしまいました。彼らが西表島に移住して問題に巻き込まれた時に、妻が「どこに言っても同じなのね」とつぶやくセリフも同感。西表の問題なのに東京の有名キャスターだか、NPOだかが首を突っ込んでいる辺りを皮肉たっぷりに描いているのも、共感。このあたりの物語のディテールの面白さは原作の力なんでしょうね。

そして、沖縄キャストにいかにも素人くさい人たちにお願いしているのが、味があっていいのです。校長先生は「恋しくて」にも主演されていた女優さんだと思いますが、やはり沖縄の話には沖縄の人に出てもらわないと。そんな中、駐在さん役の松山ケンイチが光っています。彼はバイプレーヤーの方が存在感を出すと思うのは私だけでしょうか(Lは除く)。
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by galarina | 2008-05-06 20:13 | 映画(さ行)

犯人に告ぐ

2007年/日本 監督/瀧本智行

「うねり足らず」
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最近、この手の作品って、どこを基準に評価していいのか、正直わからなくなってきています。「火サス」よりはまし、とバッサリ切り捨てることもできるし、サスペンスとしてそこそこ楽しめます、と言うこともできる。結局、最近の「警察もの」で映画としての醍醐味を出すのは、意外と難しいんでしょうね。とりあえず犯人(対象としての悪)があって、最終的につかまれば物語としてのカタルシスは、あるわけです。しかし、昨今のミステリー小説っつーのは、家族とか組織の人間関係における人間ドラマをやたらと盛り込んでいるわけで、ある意味そのことによって「犯人を捕まえる」という物語の求心性は失われるわけです。

この作品の場合、その対象としての悪を犯人ではなく、「植草」というエリート官僚に向けていて、そこはなかなかに面白いところです。しかしながら、その対立が弱いわけです。振られたオンナの胸くらいでクラクラきちゃってリークするなんて。植草は、スターになっていく巻島に嫉妬しているんですが、男の嫉妬は醜いです。カッコ悪いです。そこんところをもっととことんやっちゃっても良かったんじゃないでしょうか。植草を演じている小澤征悦がすごくいいです。口角をあげてリップクリームを塗り塗りするシーンなんて気持ち悪くて。彼のおかげで作品が引き締まっていると言えるほど。だから余計にもったいないんだなあ。

この「組織内人間ドラマ」と「テレビで犯人に話しかけるというセンセーショナルな捜査」の2本の軸がうまく融合せずに終わってしまった感じです。おそらく原作では深い人間描写によって、1本のうねりになっているんでしょう。観客は犯人逮捕へ感情を高めればいいのか、植草の横やりを見守ればいいのか、どっちつかずのまま放り出されるような感覚。

で、意外とあっけなく犯人が逮捕されるんですね。しかも、逮捕の瞬間は描写されない。こういうスカし方って言うのは、好きです。しかも、一瞬だけ映る犯人役の俳優(ネタバレなので記名を避けますね)が、とてもすばらしい存在感を放ちます。さすがだね。彼のこの不穏さと言うのが、逮捕の描写がない物足りなさを補っている。笹野高史も非常にいいし、脇役のきらめきが印象深いです。

で。主役の豊川悦司ですが、これはもうファン目線なのでなんとも…(笑)。いつもより足の長さは目立ってません。ゴム草履も履いてません。キスシーンもありません。ん、でもラストのベッドに横たわる横顔を見ていると添い寝したくなりました。…すいません。
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by galarina | 2008-04-09 23:04 | 映画(は行)

やわらかい生活

2006年/日本 監督/廣木隆一

「やわらかく行くのはムズカシイ」
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廣木監督は、しのぶちゃんを好きになってしまったのかしら?と思えるくらい、寺島しのぶが愛らしい。躁鬱病を抱える袋小路な女としては、ちょいとカワイすぎるんですよ、導入部。人生行き詰まった女に対しては、監督はもっとサディスティックに行った方が、面白いんだけど。とか思いつつ観ていると、タイトルが「やわらかい生活」でした。そう、きりきりしないで、何とかほんわりやって行こうと、がんばっている女の物語。ほんわりの向こうにあるのは、薬漬けのどうしようもない自分。その辺が、少しずつ、じわりじわりと透け始めてくる。そしたら、優子という女がだんだん愛おしく見えてくる。

本当は蒲田という場所に馴染みがあれば、もっと楽めるんだろうな。だけど、タイヤの公園とか、蔦の象さんの家とか、なんだこりゃ?みたいな異質なものが街に馴染んでるでしょ。それが優子にとって、とっても居心地いいんだろうなっていうのは、伝わってきた。それって、すごく大事なんだよね。昔、「ざわざわ下北沢」って映画を見て、下北沢なんて行ったことのない私は、とっても内輪なノリですごくヤな感じだったの。好きな人だけで盛り上がってちょーだい、みたいな。

寺島しのぶは、同性を何となく納得させちゃうようなものを持ってる女優だな、と思う。人物設定として、自分の好き嫌いはあっても、見ているうちにその人物が抱えるものがわかってくる。不思議な女優です。豊川悦司のあの足の長さは、作品によっては裏目に出ませんか?もちろん、ファンとしては大きな魅力の一つなんだけど、この作品で言うと、久しぶりのショートヘアでしょ。余計に足の長さが目立って、目立ってしょうがない。その足の長さがね、どうも気のいい博多弁の従兄弟というイメージを遠ざけてしまう。スタイル良すぎるのも罪ですね。カラオケフルコーラス歌ってまして、意外とキーが高いのでビックリ。しかも、お上手。このただ歌っているだけのシーン、だんだん2人の距離が縮まるのが感じられてなかなかよいです。

原作の絲山秋子、「沖で待つ」を読みましたが、働く女のしんどさをひりひりと感じさせる作家です。描写はとても生っぽいんだけど、主人公の内面はとても乾いている感じで、独特の作風でした。この元ネタの「イッツ・オンリー・トーク」も読んでみようと思います。
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by galarina | 2008-01-27 23:13 | 映画(や行)

北の零年

2004年/日本 監督/行定勲

「小百合さんの年齢にこだわるのはやめましょう」
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豊川悦司目当てに鑑賞。
が。期待していなかったせいか、思っていたより堪能できた。

馬が走る姿が美しい、と思った日本映画は久しぶりかも知れない。鞍もつけず、乗り手もいない、素の姿の馬が北の大地を疾走するラストシーン。とても清々しく、気持ちよいものだった。馬と言えば黒沢明を思い出すけど、黒沢映画でも馬にまつわる苦労話はたくさん聞いたことがある。この作品では、調教のスタッフさんが頑張ったんだろうねえ。北海道というロケーションの良さもあって、伸びやかな馬の姿に見とれました。

吉永小百合に関しては、年うんぬんは一旦横へ置いて鑑賞。そこんところは、この作品を楽しむための第一条件でしょう。確かに無理はありますが、そんなことで全体を論ずるようなこともなかろうと私は思う。

吉永小百合主演で開拓民の話となると、例えば降旗康男、根岸吉太郎など、ベテランの監督がメガホンを撮っても良さそうに思える。しかし、その場合、期待通りでオーソドックスな作品になっていたのではないだろうか。行定監督は、儚い映像を撮るのが得意だし(デビュー作「GO」は別にして)、はらはら舞う雪や美しく女優を撮る(そのほとんどは吉永小百合ですが)映像でらしさを発揮していたように思う。

それぞれの立場がどんどん変わり、歴史に翻弄される人物群もなかなかドラマチックで良かった。大河ドラマ的ストーリーなので、演出上仰々しくなったり、ある程度物語に予測が付くのは仕方ないところじゃないかなあ。惜しむらくは石田ゆり子の人物設定で、吉永小百合とは対称的に描いてはいるものの、もう一歩及ばず。吉永小百合が「静」とすると、石田ゆり子は「動」の役どころ。どちらも、女の芯の強さを表現しているが、ちょっとバランスが保ててないなあ。残念。

で、トヨエツは、トラブルがあるとさっと現れる影のヒーローみたいな男。てっきりアイヌ民族の役だと思っていたので、これは嬉しい誤算。しかも、ラストのクライマックスに絡んでくるとは想像外。予想以上においしい役回りでした。
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by galarina | 2007-09-28 23:11 | 映画(か行)

魂萌え!

2006年/日本 監督/阪本順治

「阪本順治が帰ってきた」
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前作「亡国のイージス」で「おーい、阪本監督どこへゆく~」と悲しい気分になったのを、人情劇と言う本来のフィールドで取り返してもらった。実に手堅い、そつのない作品でとっても満足。原作は既読で、物語の内容から阪本監督に合った題材なのか?と思ったけれども、よくよく考えれば「桐野夏生」×「阪本順治」。つまりハードボイルド同士の組み合わせで、合わないわけがなかったのだ。

「どついたるねん」に始まり「ビリケン」や「顔」と言った人情劇の阪本作品が私は大好きで、この「魂萌え!」でも、いつもの阪本監督らしい作風がそこかしこで見受けられる。それは、ぶっきらぼうだけど優しい目線と言えばいいのだろうか。そして、登場人物同士、お互いがあまり深入りすることはないのに、しっかりと「人と人の絆」を見せてくれる。それは同級生仲間の描き方で最も発揮されていて、オバサン4人なら「もっちゃり」した感じになるところを、実にサバサバした描写ながら仲間の絆をしみじみと感じさせてくれる。

テンポの良さと適度な間、そして時々入る笑いの要素と、実に見やすい。というか、見ていてとってもラク。それは、作品が平凡というわけではなく、1カット1カットがとても丁寧に作られていて観客が安心して見られるからではないかという気がする。「笑い」に関しては、酔っぱらった風吹ジュンがカバンの中に吐いてしまうシーンがとっても阪本監督らしいな、と思った。終盤、ふたりの女が対峙するシーンは、見応え満点。とてもクールな演出で、特に三田佳子の演技が冴えている。髪振り乱してケンカせず、目の動きと皮肉めいた口調で静かに対決する妻と愛人。去る妻の背中に男が使っていた歯ブラシを投げつける。なかなかハードボイルドです。

夫に先立たれた主婦がどんどん世の中を知って強くなるというお話だけど、主演の風吹ジュンもこの作品でひと皮剥けたんではないかな?頼りなくてふんわりしたイメージの彼女で阪本作品に染まるかしら?と思ったけど、だんだん佇まいがきりっとしてくるし、笑いのシーンも開き直ってやってるし。いや、実に隙のない作品で、阪本ファンとしてはホッとひと安心したのでした。

さて。登場した瞬間、低音ボイスとびっくりするようなスタイルの良さですぐにわかる豊川悦司ですが(笑)。あの~カプセルホテルの管理人のダサい服装なのに、その足の長さはなんでしょう?と見とれてしまいました。出演シーンは少ないけど、ラストの嗚咽はちょっともらい泣きしそうになっちゃいました。しかし、贅沢な使い方だな~(笑)。
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by galarina | 2007-09-23 23:05 | 映画(た行)

3-4x10月

1990年/日本 監督/北野武

「間」の才能
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原案・脚本・監督全て北野武メイド。本来の意味では、これが監督デビュー作と言える本作。実に面白いです。もちろんサスペンスやエンタメ映画を見て「あ~おもしろかった」という「面白い」ではございません。やはりこれは北野武にしか作り出せない面白さ。しかも、出演者のほとんどが「たけし軍団」。演技という演技は、全くと言っていいほどない。それでこのような映画が作れるのだから、全く演技って何だと叫びたくなる。

HANA-BI」でも書いたけど、「間」の使い方がうまい。もう、ほんとそれに尽きる。タイミングと長さが絶妙。例えば、ぶんぶんとバットを振っているだけのシーン。それが、やけに長いと何かが起きるのかなと言う期待が生まれる。例えば、バットが飛んでいっちゃうのかな、とか、ボールがどっかから飛んできて頭に当たっちゃうのかな、とか。ところが、何も起きなくて突然ぱっと違う画面になってしまう。そこで観客は裏切られたような感触が残るのだけど、それはバットを振っているという映像と共にしっかり心に焼き付いていて、「バットを振る」という行為に何か意味があるのだろうか、という考えにまで及んでいく。「間」のもたせ方ひとつで、こんなに観客の感じ方に奥行きが出せるところに、北野武の才能があるんだと私は思っている。

主人公は、柳ユーレイ。その他、比較的出演シーンの多いのが、ガダルカナル・タカとダンカンなのだが、この3人の演技が非常にいい。それは「演技している」とはおよそ言えたものではない。セリフは棒読みだし、でくのぼうみたいに立ってるし。だけども、武が描き出す世界の雰囲気にぴったり合っている。たぶん、監督による表情の切り取り方がうまいのだと思う。人物はバストアップで捉えた画面が多く、語り手は手前で映っておらず、ぼんやり話を聞いているダンカンだとか、ユーレイの間抜け顔が映っているだけなのだけど、やはりその間抜けな雰囲気に独特の「間」が存在していて、どうしても画面に引きつけられる。ぼんやりしたムードなのに、画面に吸い寄せられてしまうという感覚も、これまた北野武ならでは。

目の前では実に直接的な暴力が描かれているにも関わらず、全体のトーンはあくまでも一定で、波風が立たない。しかし、だからこそ、ドキッとするんですね。ピストル出して、何かセリフ言って、ツカツカ歩いていって、と言う暴力描写は、観客に対して「さあ、これから始まりますよ」と教えてあげているわけだけども、北野武はそうやって観客を甘やかしたりしない。予告もなければ、余韻もない。撃たれたら、もんどり打って苦しんで死ぬまでのたちうちまわるようなこともない。ゆえに暴力のリアリズムが際だつ。

さて、沖縄のインテリヤクザとして、豊川悦司が出演。彼は今までの役者人生で最も大きな影響を与えた人は誰かというインタビューで、渡辺えり子と北野武だと語っているのだけど、影響云々を語れるのかしら、というほどのちょい役。でも、現場での衝撃は強烈だったと語っており、北野武の何がそれほど彼にショックを与えたのか、実に興味深い。

前作「その男、凶暴につき」では、子供が遊ぶバットが一瞬のうちに凶器になってしまうシーンがあったが、本作でものんびりした草野球チームの様子とそんな彼らが暴力に呑み込まれる様子が淡々と描かれ、静かな日常と暴力を同じ平野で捉え続ける北野武らしい作風を堪能できる。興行的には失敗したらしいが(そりゃそうだろう)、興味深い作品であることは間違いない。暴力映画でありながらも、冴えない男の少し遅れた青春ストーリーとしても見ることができるところもこの作品のすばらしいところだと思う。
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by galarina | 2007-08-06 23:26 | 映画(さ行)

大停電の夜に

2005年/日本 監督/源孝志

「向き合うことの大切さ」
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きちんと目を見て話すことが何と難しい世の中になったもんでしょう。仕事の打ち合わせはメールでOK。家族の会話もテレビを付けっぱなしにしての「ながら」会話。停電ぐらいの大きな出来事でも起きない限り、じっくり相手と話すことが出来なくなった。そんなことをしみじみ感じさせてくれるいい映画です。今、引っ張りだこの脳博士・茂木さんも「人間は互いに目を見てしゃべるとドーパミンが出る」と言ってましたもん。

最初から最後まで停電ですから、この映画は撮影のセンスとテクニックが勝敗を決めるわけです。その点においては大勝利。特に、宇津井健と淡島千景夫婦の部屋の行灯のふんわりした明かり、そして田口トモロヲ・原田知世夫婦の青みがかったのマンションの明かり。いずれも光量が少なく、撮影は難しかったと思われますが、セザール賞受賞のフランス在住のカメラマン永田鉄男が実に雰囲気のある映像を作りだしています。

この作品は群像劇と言うほど、それぞれのカップルのドラマ性が深く描かれているわけではありません。そこが物足りないと感じる人もいるのかも知れませんが、私は決してそうは思わなかった。この映画のテーマは「向き合うこと」です。そこに気づくことができれば、もうそれでこの映画はお役御免なのです。「ゴメンネm(_ _)m」とメールで打てばいいんじゃない。やっぱり、会って、顔を見て、自分の声に出して言わなきゃいけない。そのことに気づけたらいい。あとは、どのカップルに感情移入できるかは人それぞれと言うところでしょう。

大切な人と一緒に見れば、きっと見終わった後に、真っ暗な部屋でキャンドルの明かりを灯しながら今までできなかった話ができるはず。「東京タワー」は、雰囲気だけで中身がない!と憤慨した源孝志監督でしたけど、今作では徹底した雰囲気作りの結果、きちんとメッセージが伝えられた。期待していなかったのですけど、キャンドルの明かりにすっかりやられました。素直になりたくなる一本です。

で、最後に豊川悦司ですが。最近、彼を起用する監督は、ファンのツボを知り尽くしているとしか思えないのです。今回はベーシストってんで、演奏シーンが出てくるんですけど、つまびく指先の何とまあ、きれいなこと。そして、指先からゆっくりカメラは引いて、ベースを抱く彼の全身が映る。あらあら、彼のふところに抱かれたウッドベース。まるで、女性を抱いているようじゃあ、あーりませんか!3ヶ月間ウッドベースを練習したらしく、とても様になってる。それでね、彼が「うん?」とか「ああ」とか「いや」とか、ものすごく短いセリフが多いんですけど、この低い声がたまんないんですよ。いやあ、こんな店なら毎日通います。
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by galarina | 2007-05-01 21:09 | 映画(た行)

きらきらひかる

1992年/日本 監督/松岡錠司

「薬師丸ひろ子は、昔からずっといい女優だった」
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情緒不安定でアルコール依存症の笑子(薬師丸ひろ子)と、同性愛者の医師・睦月(豊川悦司)が親の勧めで見合いをし、お互いのことをわかったうえで結婚。やがて夫の「恋人」の青年・紺(筒井道隆)も交えた友情とも愛情ともつかない不思議な三角関係が始まる…


松岡錠司監督の映画の魅力って何だろうと思って改めて見直したんだけど、映像的なところでは全然わかんないのです。このアングルが、とか、この画面の切り方が、とかそういう批評がとんとできなくて。ただね、確実に一つ言えるのは、登場人物全員が「とてつもなくいい奴」に見える、ということ。もちろん、事実、設定として「いい人」なんですよ。だけど、それ以上にカメラを通してその人物の愛らしさが伝わってくる、というのかな。ホント、みんな憎めない。たぶん、それは監督がすごく愛情を持って、人物を描こうとしているからだろうと思う。「バタアシ金魚」も「私たちが好きだったこと」も同じように感じたし。

そういう風に改めて思うと、これから見る予定の「東京タワー」がすごく楽しみ。だって、ボクもオカンもオトンも、みんな憎めないヤツだもんね。

さて、この作品では、とにかく薬師丸ひろ子の愛らしさというのが際だっている。彼女、こんなにキュートなんだ!って、しみじみ感じちゃった。アル中っていう設定で、昼間からグラスにウィスキーをどぼどぼ入れて飲むんだけど、その仕草のなんとまあ、かわいらしいこと。アンニュイに窓の外をぼんやり見つめたり、ウェイトレスに喧嘩売ったり、かなり情緒不安定だけど、どれもこれも嫌みがない。まさしく、睦月が「これ以上笑子を苦しめられない」と言わせてしまうキュートさにあふれています。

豊川悦司は「12人の優しい日本人」でデビューした直後だし、筒井道隆も「バタアシ金魚」で松岡監督がデビューさせて2年後の出演。非常にフレッシュでイケメンのふたりに、ちゃんとねっとりした(笑)キスシーンをさせているのもイイですね。やるときゃ、やるみたいな。そもそも、ふわふわしたキャラ設定だけに、ちゃんとしたラブシーンが非常に効いてくる。

基本的には、睦月を巡る三角関係なわけです。しかし、睦月は「どっちを取る」とかそういう次元では動いていない。ただ、心の赴くままに任せているというような感じ。その彼の優しさは、普通の三角関係においては究極の優柔不断で、やってはいけないこと。しかし、この3人の場合はちと違う。お互いがお互いに依存しているわけではないんだけど、誰が欠けても不完全というようなバランスが出来つつある。うん、バランスだな。3人でやっと平面に立てる、そんなバランス。それに、睦月の優柔不断ぶりが嫌みにならないのは、豊川悦司という男の存在感のなせるわざでもある。彼の持っている透明感が睦月という男をとても純粋な心の持ち主に見せている。

さて、ゲイのカップルをめぐる男女3人の物語というと、橋口監督の「ハッシュ」があります。共に女がゲイのカップルに割って入って、しかも人工授精まで考えるという点まで酷似しているが、「ハッシュ」がお互いの人生により積極的に関わろうとしているのに対して、「きらきらひかる」の3人は、川を流れる漂流物のように寄り添いあって漂っている感じ。このふんわりした時の流れが感じさせてくれる居心地の良さが松岡錠司監督の持ち味なんだろう。
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by galarina | 2007-04-24 15:20 | 映画(か行)