「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

タグ:日本映画 ( 182 ) タグの人気記事

パビリオン山椒魚

2006年/日本 監督/冨永昌敬

「あんまりつまらないので、ビックリした」
c0076382_0511079.jpg


あんまりつまらなくてビックリしました。オダギリくんと香椎由宇の馴れ初め映画ということで、しょーがねーなあ、やっぱ見なきゃダメかぁ~と自問自答しつつ観賞。ここまでつまらないと、この2人の行く末すら心配になってきました。

これは、鈴木清順を今っぽくアレンジした感じでしょうか。テイストとしては決して嫌いじゃないです。ただ、どうにもこうにもノリが中途半端です。はっとさせる映像美があるわけでもなし、内輪ノリでとことん盛り上がっているわけでもなし。また、光石研や麻生祐未など妙にこなれた俳優陣ばかり配しているのが、完全に裏目に出てしまった気がします。高田純次も悪くないですが、やはり狙いすぎのキャスティングでさぶい。何が悲しいって「ハイ、ドーンッ!」のオダジョーの空回りっぷりです。あなたがテンション高い役をするのは、とても無理があります。もう、日本の小品はいったん休憩して、どんどん海外作品に出てください。

だいたい評判を漏れ聞いていたので、こんなものかなとは思っていました。むしろ、残念だったのが音楽面。ジャズミュージシャン、菊地成孔の音楽は結構好きなものですから、期待していました。恐らくこれ、サントラだけ聞いたらなかなかにCOOLな感じじゃないかと思います。が、いかんせん作品と合わせると、1+1=3になるどころか、0になってる。ちょっと音楽が頭良すぎますね。もっと、グルーブ感出して映画を引っ張るくらいでも良かった。BGMとしての映画音楽にこだわりすぎたんでしょうか。つまんないのに、スカした音楽かけてんじゃねーよ、なんて気持ちになったりして。菊地さん、すいません。映画音楽は難しいですね。
[PR]
by galarina | 2008-06-03 00:20 | 映画(は行)

殯(もがり)の森

2007年/日本・フランス 監督/河瀬直美

「揺さぶられる母性、制御不能な感情」

c0076382_15533736.jpg

とても感動しました。カメラはよく揺れるし、車の中のシーンは暗くてはっきり見えないし、セリフだって聞きづらいし。それでも、胸の奥がきゅーっと締め付けられるような感覚に何度も襲われました。深い森の奥でしげきさんが大木に抱きついた辺りから涙が止まらなくなってしまったのでした。

茶畑のかくれんぼ、木登り。無邪気なしげきさんに、真千子は亡くした息子を重ねた。車の中から消えてしまったしげきさんを必死に追いかける真千子。行かないで、消えないで。自分が手を離してしまったことで、真千子は再び罰を受けるのだろうか。森の中の追いかけっこ。それは、生と死の境界を行ったり来たりする追いかけっこ。「行ったら、あかん!」真千子の悲痛な声が胸に突き刺さる。そのやりきれなさと哀しみが私の心の中に洪水のように入り込んでくる。そして、突然私はフラッシュバックを起こし、真千子と同じような体験をしていることを思い出した。川遊びに出かけた際、息子がもう少しで川にのみ込まれそうになった夏の思い出。同じように「行ったら、あかん!」と声が枯れるまで叫び、息子を抱きしめて自分の不注意を嘆き、何度もごめんと謝ったあの日。

そして、森での一夜。真千子が裸になったのは、大切な者を守りたいという衝動的で原始的な行為だと感じた。そして、再び私は自分の原体験が頭をよぎる。息子が赤ん坊だった頃、布団の中で裸になって彼にお乳をあげていた自分。そこに、紛れもなく流れていた恍惚の瞬間。それは男女間に訪れる恍惚ではなく、もっと人間本来の原始的な恍惚。ふたりが森の奥へと入った時から、私の中の心の奥底に眠っていた記憶がとめどなく引っ張り出されて仕方がなかった。私の中の母性が疼くのだ。夜が明け、朝靄の中でしげきさんがずっとずっと遂げたかった思いを完遂させる一連のシークエンスは、とても感動的。土に眠るしげきさんを見守ること、それは真千子にとって亡くした息子を見送ることだった。森や土、そこは人間が還る場所、母なる場所。私たちは包まれている。この怖ろしくも、美しい場所に。

ドキュメンタリースタイルだからこそ引き出されるリアリティ。演技者のつたなさがもたらす不安感。息を呑むように美しい風景。息苦しくなるような暗い森での追いかけっこ。様々な感情が堰を切って流れ出す、何とも濃密な作品。荒削りと評されることもあるようですが、荒削りだからこそ、この揺さぶられるような感覚が起きるのではないかとすら思ってしまう。下手にうまくならなくていいんじゃないか、むしろ、私はそんな風に思ってしまうのです。
[PR]
by galarina | 2008-05-12 15:51 | 映画(ま行)

黒帯

2006年/日本 監督/長崎俊一

「なぜこの時代背景にしたんだろう」
c0076382_1491515.jpg


主演を演じるふたりの格闘家の存在感がすばらしい。義龍を演じる八木明人は国際明武館剛柔流空手連盟館長、大観を演じる中達也は日本空手協会総本部師範。共になかなかの男前で本作に限らずまた日本の映画で出て欲しいと思わせる逸材ではないでしょうか。小さい頃、千葉真一率いるJACが好きで彼らの体を張ったアクションにワクワクしたものです。しかし、最近はCGやワイヤーの発達もあって、生の体の動きそのものにワクワクするような日本人俳優にはめったにお目にかかれません。

本作で見られる空手の技は、派手さはありませんが、これぞ一撃必殺。ビュンッとかシュッとか、静寂の中に響く技の音がその切れ味のすごさを物語っています。ジャンルは全然違うんですけど、タイガースの金本選手のロッカールームでの素振りを思い出しました。毎試合終了後、他のメンバーも帰路につき、静けさに包まれたロッカールームで彼はバットを振る。びゅんっ、びゅんっと空気を切る音には金本の気合いが込められている。そう、「気」を感じる音なのです。動きもいたってシンプル。跳んだりはねたりなど、全くありません。ただひたすらに相手の動きをじっと見守り、一発でうち止める素早い動き。一流の空手家とは、このように闘うのかと正直目からウロコでした。

しかし、ひとつ苦言を言わせてください。この作品、話が暗い。暗すぎる。憲兵隊隊長が恥を理由に自害したり、日本帝国万歳時代の日本人のいやーなメンタリティが横行していて、見ていて良い気分ではありません。もちろん、それに空手家は立ち向かっていくわけですが、それにしても話が暗い。めったに見られぬ格闘家のスゴ技、もっとシンプルに悪いヤツをやっつけるような晴れの舞台で私は見たかった。何もド派手なアクション作品にして欲しかったと言っているわけではありません。また、空手における精神性の大切さというのは十分に理解しているつもりです。

空手をやっている息子と一緒に見たのですが、最初は興奮して技の名前を連呼したりしていました。しかし、残念ながら彼は途中でリタイア。暗いこともそうですし、何よりストーリーが陳腐です。崖から落ちたところを村人に助けられるって、一昔前の時代劇じゃないんだから。監督が長崎俊一で脚本が飯田譲治というクレジットに大きな期待をかけたのに残念。もっとエンターテイメントに作り込んで欲しかった。「真の空手映画を作りたい」と言う製作者の気合いは、びんびんに伝わってくるだけに、本当にもったいないと思いました。
[PR]
by galarina | 2008-05-09 13:56 | 映画(か行)

サウスバウンド

2007年/日本 監督/森田芳光

「子供は大変だろうけど、面白いオヤジ」
c0076382_20134361.jpg


あまり期待していなかったからでしょうか。とても面白かったです。

森田監督は好きな監督です。私の映画友が「出来不出来の差が激しい」と嘆いていましたが、そうかも知れません。ただ、私はとても安心して見ていられます。阪本順治監督の作品を見るときの安心感と近いです。校庭の外を捉えた映像が何秒かして、すーっと教室に移動していく。そんな安定していて、ゆったりしたカメラの動きが好きなのかも知れません。子役たちへの演出もガチャガチャしていないとでも言いましょうか、のんびりゆっくりやらせている感じが良いです。子役って、どうしても突っ走ってしまいますからね。妹の女の子の飄々とした感じがすごく好ましかったです。

さて、本題。ファン目線をさっ引いても、上原一郎を演じる豊川悦司が良かった。正直、この役どころを聞いた時に、私は怖くて映画館に足を運べませんでした。かなりイタい役どころなんじゃないかと思ってましたから。ところが、どっこい。バッチリじゃないですか。きょとんとした奇妙な間を作ったり、ニコニコしながら全共闘時代を思い出させる演説をぶったり。おかしなお父さんぶりが板についています。

「学校指定の体操服がこんなに高いのは、業者と学校が癒着しているからだ!」と常日頃言っている私としましては(笑)、上原一郎のやること、なすこと、共感してしまいました。彼らが西表島に移住して問題に巻き込まれた時に、妻が「どこに言っても同じなのね」とつぶやくセリフも同感。西表の問題なのに東京の有名キャスターだか、NPOだかが首を突っ込んでいる辺りを皮肉たっぷりに描いているのも、共感。このあたりの物語のディテールの面白さは原作の力なんでしょうね。

そして、沖縄キャストにいかにも素人くさい人たちにお願いしているのが、味があっていいのです。校長先生は「恋しくて」にも主演されていた女優さんだと思いますが、やはり沖縄の話には沖縄の人に出てもらわないと。そんな中、駐在さん役の松山ケンイチが光っています。彼はバイプレーヤーの方が存在感を出すと思うのは私だけでしょうか(Lは除く)。
[PR]
by galarina | 2008-05-06 20:13 | 映画(さ行)

舞妓 Haaaan!!!

2007年/日本 監督/水田伸生

「人生ゲーム、実写版」
c0076382_13453317.jpg

ゴールは、舞妓さんとの野球拳。ルーレット回して、はい出世したー、はい野球選手になったー、はい職を失ったーとコマを進める。これは、爆裂人生ゲーム、実写版ですね。でもね、バカにするつもりはないです。結構腹を抱えて大笑いしました。物語の結末は、なんだかなあと言う感も否めませんけど、十分楽しませてもらったので、大目に見ます。

こういうおバカムービーの場合、とことん他人事として楽しむ、というのが肝心です。例えば、何とか甲子園のような野球映画なら、「そんな球、普通投げられないだろ!」とか思ってると、もうそこで楽しめないわけです。本作の場合、花街の描写についてツッコミどころがないわけではないのでしょう。しかし、私は全く気になりませんでした。私は大阪出身、京都在住の生粋の関西人ですが、それでも「花街」って一体どんなところやねん?というのはあるわけです。一見さんお断りは、別に何とも思いませんが、あれだけ芸を磨き修業しても、結局パトロンがいないと道が開けないって、それは一体どういうことやねん?とか。わからないことだらけです。ベールに隠された世界「花街」の存在そのものを斜めに見ている私は、それこそ全く無責任に楽しんでしまいました。

周りを固める役者に関西出身者を多く配置しているのがいいです。阿部サダヲがしゃべる強烈なイントネーションの下手くそ京都弁を際だたせるためには、周りの役者がきちんとしたはんなり京都弁をしゃべれなければなりません。一番光っているのは意外にも駒子を演じる小出早織という若手女優。非常にさっぱりとした顔立ちで、舞妓はんの白塗りがとても似合っています。京都出身なんですね。清楚な雰囲気もバッチリです。派手な顔立ちの柴崎コウの白塗りと良いコントラスト。また、阿部サダヲのハイテンションにみんなが付いていってこそ、成り立つ作品。ゆえに堤真一の功績も大きい。えらい口の汚い役ですけど、とことん弾けてます。柴咲コウのやる気のなさが見え隠れするのですが、周りのパワーにかき消されてしまったのは、不幸中の幸いってことでしょうか。
[PR]
by galarina | 2008-04-26 23:42 | 映画(ま行)
2006年/日本 監督/中村義洋

「期待しすぎて、失敗」
c0076382_18225912.jpg


「神様を閉じこめるのさ」とか「悲劇は裏口から起きる」に代表されるような、カッコつけたセリフがちっともカッコよく決まっていません。むしろ、こっぱずかしくて、椅子から立ち上がりたいほど。お尻がこそばゆいです。伊坂作品は「ゴールデンスランバー」「死神の精度」「重力ピエロ」と読みました。重大な物事や事件を敢えてスカして見せるとでもいいましょうか。つらく悲しいことをサラリと淡々と描く。その行間に流れるもの悲しげなムードこそ、伊坂作品の特徴なのですが、この作品はそのムード作りに失敗しています。

冒頭のバグダッド・カフェばりの本屋の看板。このカットがあまりに思わせぶりで、後は下降していくのみです。何せネタふりの前半1時間がたるい。隣の隣のブータン人がブータン人ではないことくらい、すぐにわかってしまうので、早く教えてくれよとイライラしました。後半、解き明かされる真相も、なるほど!と膝を打つようなものではなく、こんなに待たせてそれかよ…と拍子抜け。原作が悪いのではなく、見せ方が下手なんだろうと思います。まさにボブ・ディランの「風に吹かれて」の雰囲気を全編に漂わせようとしたのでしょうが、あまりにもテンポが悪くてだれてしまいました。

後半部のキモは何と言っても、ブータン人の悲哀が出せるかどうか。これにのみ、かかっています。しかし、残念ながら、ブータン人を演じる役者の器量がまだまだ足りなかったようです。例えば、オダギリジョーなら、このもの悲しさはもっと出たように思いますね。例のセリフも、もっと決まってたでしょう。でも、役者の責任というより、もっと監督が彼の心情に寄り添った演出をしないとダメでしょう。すごく悲しい真相なのに、ちっとも悲しく思えない。その時点で、ダメだあ~と思ってしまったのでした。期待していたので、余計に残念。
[PR]
by galarina | 2008-04-21 23:48 | 映画(あ行)

みんな~やってるか!

1994年/日本 監督/北野武

「賢く見せないためのお下劣」
c0076382_0385589.jpg


この作品は「監督、ばんざい!」と構造的にとてもよく似ています。これがベースなのでは?と思えるほど。「カーセックスがしたい」という目的のために、手段を選ばずあれこれ挑戦するバカ男。この前半部は、ヤクザ映画は撮らないと宣言した北野監督があの手この手でいろんなジャンルに挑戦するくだりとそっくり。そして、そのバカ男が主人公だったのに、突然北野博士の手によってハエ男に変身させられ、件の「カーセックスがしたい」という話はどこかに行ってしまい、ハエ男駆逐作戦へと物語はまるきり違う方向へと転換します。これも「監督、ばんざい!」において北野監督の苦悩はどこかへ行ってしまい、鈴木杏と岸本加世子が主人公に取って代わるのと非常に似ています。

「目的を持った主人公=主体」が、何かのきっかけで客体に転じてしまう、という構造。「監督、ばんざい!」の場合は、この客体となった北野武は人形であり、さらに構造的には複雑になっていると思います。この作品は5作目で、直前に「ソナチネ」を撮っていますので、北野監督としては、物語の構造を壊して、再構築するという作業に、挑戦してみたかったのではないでしょうか。まあ、それを何もこんなお下劣なネタで…と思わなくもないですが、知的な見せ方にするのをシャイな北野監督は嫌がったんじゃないかな。最初の目的は「カーセックスがしたい」でも「宇宙飛行士になりたい」でも何でも良かったのかも知れません。

「大日本人」は、あまり気に入りませんでしたけど、「笑い」というツールを使って実験したい、という意思は、さすが同じフィールドで活躍する者同士。また、それが同年に公開であった、という偶然には、ある種の感慨を覚えます。でも、北野監督が4作撮って、この実験を行ったことと、デビュー作でいきなり実験をやっちゃったこととの間には大きな隔たりがある気がしてなりません。
[PR]
by galarina | 2008-04-19 22:37 | 映画(ま行)

大日本人

2007年/日本 監督/松本人志

「ちょっとずるい、と強く思う」
c0076382_047139.jpg


初監督作品の割には、えらいひねくれたもん作りよったな、というのが率直な感想。大体デビュー作と言うのは、取りたい気持ちが募って募って出てきた発露だったり、自分の中に溜まっていた澱を表出させたものだったりすることが多い。見かけは陽でも陰でも、ふつふつと湧き出るエネルギーのようなものがあって、私は「初監督作品」というジャンルが結構好きだったりする。

だけども、「大日本人」は松ちゃんのコントをスクリーンを使ってやったらどうなるか、という実験作のよう。実験するということは、確かに大きなチャレンジなんだけど、「映画」そのものに対峙しているというよりは、あくまでも手段としての「映画」に着目してみました、という感じ。フェイク・ドキュメンタリーのパロディというひねくれ具合も私は気に入らない。デビュー作なら、もっと真正面から映画に取り組んで欲しかったと思う。と、考える私は、頭が堅いんだろうか。

本作において、映画的時間が流れるのは、インタビューシーンだけだ。冒頭のバスの車窓から外をみやる大佐藤、スクーターに乗って変電所に向かう大佐藤の後ろ姿。インタビューシーンがなければ、ただのコント集と言ってもいいんじゃないか。でも、映画を映画たらしめているものがフェイク・ドキュメンタリーのパロディだなんて、全く人を食ったことをしやがるもんです。

タイトルはもちろん、神殿の前で変身したり、日本の若者を憂いたり、右よりな表現が続く。北朝鮮を思わせる赤鬼や最終的にはアメリカ人のヒーローに助けられるという皮肉も含め、一体そこにどれだけの強い意志で政治的メッセージを入れたかったのか。どれほど、肝を据えて赤鬼を出したのか、私には想像がつかない。「味付け」としての政治色なのか、それともみなぎる意思をスカしての表現なのか。松ちゃんが面白くないという批評をまともに受けて立ってまでも、作りたかった作品には感じられない。その辺の曖昧さが、ずるいようで、小賢しいようで。とどのつまり、そういう作品がデビュー作って言う斜に構えた感じがどうにも気に入らない。
[PR]
by galarina | 2008-04-18 23:45 | 映画(た行)

果てしなき欲望

1958年/日本 監督/今村昌平

「万国共通、穴掘り映画って、面白い」
c0076382_1021779.jpg


戦時中に埋めておいたモルヒネを掘り当てて一攫千金を狙う4人組。どいつもこいつもひと癖あって、腹の中のさぐりあい、化かし合い。人情喜劇のドタバタコメディかと思えば、さらにあらず。それぞれの人物の正体は一体何かというミステリと、一人ひとり殺されていくサスペンスがうまくミックスされて、穴掘り作業が進むほどに結末が楽しみな展開になっていく。

ファム・ファタールを演じる渡辺美佐子がとてもセクシー。戦後のドサクサ期の勝ち気なオンナっていうのは、本当にバイタリティがあって、その生命力がそのままセックス・アピールに繋がっているのよね。とても、わかりやすい。着物からちらりとのぞく生足に男どもが生唾ごくり。西村晃、殿山泰司、長門弘之など常連メンバーの演技も冴えてます。

嵐の中を渡辺美佐子がずぶ濡れになって壊れた橋の欄干を逃げまどうクライマックスは、なかなかの迫力。そして、誰もいなくなって、たった1本残ったモルヒネを烏がかっさらっていく。ニクい締め方ですね。物語の構成、緩急の付け方、キャラの際だち方、全てに監督の手腕が光る1本だと思います。
[PR]
by galarina | 2008-04-13 23:00 | 映画(は行)

三年身籠る

2005年/日本 監督/唯野未歩子

「静かな佇まいにのぞく強いメッセージ」

c0076382_1104551.jpg


3年間も子供を宿すという奇異な設定なのに、非常にゆったりとしたカメラワークで、落ち着いた流れの作品。唯野未歩子、あのふわふわした標榜からは想像できません、これは恐るべし。すさまじく大きくなったお腹のために冬子が玄関でなかなか靴が履けない。そんな後ろ姿を鴨居ごしにじーっとカメラが捉え続けます。そのようなフィックスカメラがとても心地良かったです。

馬の赤ちゃんは産まれたらすぐに自分の足で歩くのに、人間の赤ちゃんはそこからの育児が実に大変。そこをすっ飛ばしてくれたらどんなにラクか…なんて、出産経験のある女性なら誰しも思ったことはあります。そこで、3年間お腹の中で育てるというわけです。育児はラクになるかも知れませんけど、気味悪いですね。不安ですね。だけど、冬子は全く動じない。医師の薦めを断って自然分娩にこだわる。そこに、全てを受け入れる母性の強さを感じました。冬子は徹底的に従順な女として描かれています。夫の浮気さえも受け入れている。しかし、それらの全ての受容の源は「私は命を宿している」というところから生まれる揺るぎない自信なのです。か弱くて、自分の意見も言わず、ほんわかした外見の内に秘めた強固な意志。

面白いのは、この作品の裏テーマとして、男はどのようにして父親になるのか、というのがくっきりと浮かび上がっていることです。赤ちゃんが生まれてすぐは男の人は父親の実感がないと言いますが、まさにこの作品ではそこを突いてきます。妻が3年も子供をお腹に宿していく、その時間の流れと共に当初浮気していて、全くその気のなかった夫(西島くん)が段々父親としての決意を固めるのです。3年という月日が彼に受け入れる決心をさせるんです。

冬子の妹、母、祖母など女系家族が織りなす「女とは?」のメッセージ。しかしながら、やはり女を描くことは、男を描くことと同じである、とまたしても痛感。のびやかなタッチの中にどっしりとした心構えと強いメッセージを放っている秀作だと思います。2作目が楽しみです。
[PR]
by galarina | 2008-04-12 22:08 | 映画(さ行)