「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:日本映画 ( 182 ) タグの人気記事

フリージア

2006年/日本 監督/熊切和嘉

「いつ、どこか、わからない場所」
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犯罪被害者が加害者を処刑することができる“敵討ち法”が存在する近未来の日本を舞台に、感情を失い機械のように任務を果たすプロの執行代理人が、過去のある事件でつながった宿命の相手と対決するさまを描く。

近未来の日本という設定ですが、全然未来っぽくないんですよね。昔ながらの建物もあるし、すごい車やロボットが出てくるとか、一切なし。片や、映像は一貫してセピアトーンで、銃で撃たれた時にぶしゅっと飛ぶ血にデジタル処理がされていたりして、スタイリッシュです。この無国籍で不思議な感じ、私は好きですね。

それに仇討ちが始まる前に周辺住民に一時避難を勧告するアナウンスが流れるのですが、これが小学校のグランドに流れる校内放送みたいでね。人殺しがあるから、よい子の皆さんは逃げなさい、とでもいいたげな感じ。不気味です。この避難勧告シーンが私は気に入りました。

ひどいトラウマによって痛みを感じなくなってしまった男が主人公ですが、人間ドラマとしてのうねりみたいなものは、熊切監督は敢えてそんなにフォーカスさせようしていないのではないか、と私は感じました。2時間の物語の集結として、トラウマを乗り越えるという結論にはしているけれどもね。仇討ち、凍る子供、痛みを感じない、狂ったように銃を撃つ…。これらの漫画から想起されるイメージを熊切監督流に料理したと言う感じでしょうか。冷たくて、暗くて、感情のない世界、私たちがすぐにイメージすることの難しい、日本のどこでもない場所。この舞台こそが主人公に思えましたし、甘っちょろさ皆無の無慈悲な感じが、熊切監督らしくて好きです。これは、感覚的な好き嫌いが別れる映画かも。
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by galarina | 2008-09-11 23:26 | 映画(は行)

転々

2007年/日本 監督/三木聡

「初心者でも十分楽しめるほのぼの三木ワールド」

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オダジョーは好きだけど、もれ無く「時効警察」を見ているワケじゃない。そんな私にとっては、この作品「内輪ネタが多くてノリきれないんじゃないか」という不安の方が大きかったんだけど、意外や意外、なかなか楽しい作品なのでありました。楽しくて、そして、心温まる佳作。

この作品の良いところは2つあって、ひとつはストレートにお散歩の楽しさを感じさせてくれること。旅行に行くとガイドブック片手にがんばってあちこち歩くくせに、なじみ深い街になるとさっぱり、なんてことないですか。本作は、特に東京に住んでいる方にはなおさら響く物があるんだろうなあと思う。そして、共に歩くことによって、心がほぐれていく。捨て子だからと卑屈だった文哉の心がほぐれ、下町の懐かしい風景を目にして、私たち観客の心もほぐれる。

もう一つは、三木監督の十八番である小ネタがしっくりと作品に馴染んでいること。本作にちりばめられた小ネタは、知ってる人だけ、わかる人だけ、笑ってくれりゃいいんです、って感じがなくて、どれも、これも、愛を感じるなあ。「岸辺一徳を見るといいことがある」ってくだりは、三木監督は岸辺一徳が好きなんだろうなあと思うし、「街の時計屋はどうやって暮らしてるのか」のくだりも、こういう昔ながらの商店街への愛を感じるのよね。で、どれもこれも、くくっと肩をふるわせるような笑いに満ちていて、すごく気持ちがほんわかしてくる。

岩松了、ふせえり、松重豊。この3人のパートが、見る人によっては余計なのかな。これで文哉と福原の物語が、ぶつっと途切れる感覚になっちゃう人がいるのも理解できる。私は意外とそんなことなくて、軸となるストーリーの箸休めのようなものであり、福原さんの奥さんになかなかコンタクトを取ってくれないから真相を先延ばしにする役目を果たしているようでもあり。そして、何よりこの3人のくだらない会話に象徴される「日常の些細なコミュニケーションが心を癒してくれる」って言う三木監督のメッセージがすごくよく伝わるのね。まあ、この3人の織りなすトークに「あ・うん」の呼吸の気持ちよさみたいなのがあります。

疑似家族を作り出す後半部もいいです。文哉はきっとこれまで「我が家」と呼べる場所がなかったんだよね。今まで出会ったことのない感情に見舞われた文哉のとまどいが切なかった。で、福原は「カッときてつい殴ったら死んじゃった」なんて、言ってるけど、きっとあれは違うんじゃないかしら。だって、奥さんきれいにお布団の中で寝てたもの。不治の病か何かで福原が安楽死させてあげたんじゃないかな、それで思い出の場所を巡っていたんじゃないのかな、なんて、私は思ったりしたのだけど。まあ、そんな余韻に浸れるのも、文哉が「自首は止めてくれ」なんて、懇願したりしないまま、スッっと終わっちゃうからなのよね。すごく粋なエンディングで、これもまた良いのです。
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by galarina | 2008-09-06 17:41 | 映画(た行)

20世紀少年 第一章

2008年/日本 監督/堤幸彦
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「夏休みの子供向け怪獣映画みたいだ」
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ファンのひいき目ではなく、正直これ「トヨエツが出てなかったらどうなっていたんだろう!?」という印象です。終盤彼が出てきてから、一気にスクリーンが締まります。見た目も物語も。あのですね、堤幸彦監督の作品をこれまで見ていないわけではありません。しかし、演出の稚拙さが目立って絶句。メリハリがないし、子役を魅力的に見せていないし、盛り上げどころがきちんと盛り上がらないし。後半は子供向けのガメラ映画みたいです。確かに大阪万博などのノスタルジーな感じは、惹かれるんですけども。ラストのロボットは、岡本太郎財団の許可を取ったのか!?

話があまりにも荒唐無稽で、これは原作によるところなんでしょうが、これを映画にするとなった時にどういうものに仕上げたかったのか、完成図を描けないまま、取りかかってしまった。そんな感じに見えます。何と言っても役者陣の使い方が中途半端です。もちろん、第一章であるから紹介のみに止まってしまう部分はあるでしょうが、唐沢寿明以外の、香川照之やら佐々木蔵之介やら、ほとんど演技させてもらっていません。生瀬も小日向さんも宮迫も、めっちゃちょい役。何と、もったいない!もったいないし、この豪華メンバーを魅力的に見せられていないってのは、監督の力不足としか思えません。ユキジなんてキャラクターも、もっともっとはじけた女の子にできなかったですかね。

こんなことメディアで大声で言えないんでしょうけど、主演の唐沢寿明の魅力不足も大きいです。ロック魂のあるリーダーとは、とても見えない。ギターをかついでも、全然様になっていません。トヨエツがいかにスクリーンで映えるかをしみじみ実感&再確認しました。 そして、トヨエツ以外にその存在感でびしっとスクリーンを引き締める俳優がひとり出てきます。誰だと思います?洞口依子です。夕暮れのアパートにぽつんと座る彼女が出てきたカットで突然黒沢映画になりました。

T-REXのテーマソングね、私大好きなんですよ。グラムロックは好きなんです。このイントロのジャカジャーン♪と言うくだりが、全然映画のカタルシスとなってないんですね。これが致命的です。 そして、このシリーズに60億円の投資と聞いて、これまた絶句。
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by galarina | 2008-09-05 16:01 | 映画(な行)

ギプス

2000年/日本 監督/塩田明彦

「関係性の映画」
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フェチ道全開。ギプス、松葉杖、眼帯、包帯、車椅子。病院プレイが好きな人にはたまらないアイテムがそろっています。終盤はクローネンバーグの「クラッシュ」にも似た世界へ突入。義足のジッパーとぎりぎりと締め上げるようなスタイリッシュな映像美はないものの、物語がどう進むのかまるで先の読めない不安感は、こちらが上かも知れません。

「私がギプスをはめると何かが起こる」という環。そのぎこちない歩みに、とめどなく惹かれる人がいる。もちろん、性的な意味合いで。こういうテーマだけでも十分に面白いです。松葉杖の女の後をまるで魔物に取り憑かれたようにフラフラを追う人々がいるということ。その深層心理は一体何か。実に興味深いですね。単にギプスの中を覗いてみたい脚フェチ心理だけではないように思います。このテーマで2000文字くらいは書けそうです。

さて、作品の見栄えを文章化すると、極めてキワモノムードの高い作品に思われがちですが、本作の真髄は「和子」と「環」という2人の女性の関係性を描くことに終始しているということでしょう。前作「月光の囁き」のSM的恋愛関係はやや特殊でしたが、本作ではそれを女同士の力関係に置き換えています。環に触発された和子はバイト先で横暴に振る舞ってみたり、松葉杖をついて環の気分を味わってみたり。相手より優位に立ちたい、相手から必要とされると嬉しい、相手に裏切られると憎らしい…etc。徹底的に、1対1の人間関係が織りなす心理模様が描かれていくのです。そこには、友情を築きたいとか、愛しあいたい、という目的は一切見えてきません。だから、先が全く読めないのです。けだるいギターのBGMもツイン・ピークスのよう。妖しげな塩田ワールドにどっぷり引き込まれました。
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by galarina | 2008-09-04 13:15 | 映画(か行)
2008年/日本 監督/李闘士男
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「クラウザーさん、最高っす!」
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いやあ、すごかった。面白かった。
松山ケンイチ、サイコー!。
彼のカメレオンぶりにとにかく降参しましたです。

最近流行の仮の姿に悩むヒーローのような話、なんて言う映画評を読んだのですけど、全然違うでしょう。これ、「仕事論」でしょ?と私はひどく納得したのですよ。自分のやりたい事じゃない。でも自分にしかできないことなら、やるべきだよ!っていうね。なんか、私を含めてこういう状況の人「この仕事は本当にしたかった仕事じゃない…」なんて、悩んでる人多いと思うんです。そんな人たちに勇気を与える映画じゃないでしょうか。

脚本としては、前半部ちょっと根岸くんの語りが多くて、くどいんです。また、やる気をなくして田舎に戻る、なんてのもある程度想像できちゃいます。それでも、ラストの対決に向けて、盛り上がる、盛り上がる。現在継続中の漫画をうまく2時間にまとめたなと思います。また、きちんと「絵になるカット」が多いんですね。それが、たかがお馬鹿映画とはあなどれないところ。クラウザーさんが後輩とトイレでリズムを刻むシーンとか、ヒールの高いロンドンブーツ履いて激走するシーンとか。やってることはマヌケですけど、しっかり構図を捉えたきれいなショットを作っています。それにしても、あのブーツ履いて全力疾走はきつかっただろうなあ。

「音楽映画」としてきちんと成立しているところも、とても評価できます。おしゃれポップス系もデスメタル系も楽曲がレベル高いですね、カジヒデキだから当然ですが。ジーン・シモンズは、良く出てくれたなあ。正直ね、わたしゃヘビメタ嫌いなんですよ、暑苦しくて。でも、ラストのライブは興奮しました。つまり、イロモノ系だからと逃げたり、流したりせずに、非常にしっかりとまじめに作り込んでいるところがとても良いのです。

そして、松山ケンイチくん。もちろん、「デスノ」で彼のカメレオンぶりは分かっていたつもりですが、本当に参りました。クラウザーさんの時の歌い方なんて、どれくらい練習したんですかねえ。だんだん、クラウザーさんがかっこよく見えてきたからビックリ!この演技を見せられて、私の中では加瀬亮くんを超えてしまったかも。クラウザーさんのシーンではカメラが回る前に観客を入れた状態でアドリブで毒々しいセリフをかましてたって言うじゃないですか。いやあ、本当に凄い。根岸くんもクラウザーさんも全く好みではないけど(笑)、これを演じた松山ケンイチと言う俳優に惚れてしまいそうだ。追っかけの大倉孝二のツッコミも毎回爆笑。ほんと、腹抱えて笑わせてもらいました。
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by galarina | 2008-09-02 16:23 | 映画(た行)

歩いても、歩いても

2008年/日本 監督/是枝裕和
<梅田ガーデンシネマにて観賞>

「さりげないのに、心に染み渡る是枝演出」
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是枝監督のきめ細やかな演出と登場人物たちへの優しい眼差しが感じられる珠玉作。すばらしかったです。物語を動かすものとして、数年前に亡くなった長男を取り巻く確執というのがあるのですが、むしろ私は是枝演出の素晴らしさ、巧みさに引き込まれて仕方がなかったです。 誰もいない廊下で母と娘のたわいもないおしゃべりが反響している。そんなカットに全ての人が自分の里帰りを思い起こしたことでしょう。

人物描写があまりにもリアルで、まるでこの家族を昔から知っているような錯覚に陥ります。また、それぞれの登場人物のちょっとした仕草や会話の端々にその人らしさが如実に表れています。例えば、長女の夫は「この家の麦茶はひときわうまい」とおべんちゃらを言う調子のいい性格。その時冷蔵庫の扉がずっと開けっ放しなんです。気になって仕方ありません。でも、それは彼のおおざっぱな性格を表しているんだと思います。このように全てのシーンに、人物たちの性格を裏付ける演出が成されていて、見事のひと言です。是枝監督の人間観察力に感服しました。毒のあるセリフは弟子の西川美和監督を思い起こさせるのですが、もしかして彼女の影響が逆に是枝監督にも出ているのかと思ったりもします。

また「ああ、実家に帰るとこんな感じだよな~」と思わず唸ってしまうシーンばかりです。実家の玄関先で遊ぶ孫たちは大人モノの「つっかけ」を履いていたり、息子家族に新しい歯ブラシを用意していたり。これらの描写があまりにもリアルで、うちも全くそうだ!と一シーン一シーン、思わず頷いてしまうものばかり。是枝監督が凄いのは、この細やかな演出があざとく感じられない、ということ。この辺は、ドキュメンタリータッチが巧い是枝監督ならではです。「誰も知らない」などでは、ドキュメンタリータッチが嫌味に見えたりしましたが、本作では皆無。実に自然です。

そして、俳優陣がみんな素晴らしいです。やはり、一番凄いのは樹木希林でしょう。この人は、化け物ですね。毎回役が乗りうつってます。私の記憶では「東京タワー」を受けるまでしばらく映画界から遠ざかっていたはずだと思うのですが、一体どうなってしまったんでしょう。蝶々を追いかけるシーン、見てはいけないものを見たようで背筋がぞくぞくとして、本当に怖かった。

それにしても、家族を描いた作品って、なんでこうも面白いのでしょうか。家族だからこそ、言いたいことを言う。家族だからこそ、言えない。そんなみんなの思いがすれ違ったり、くっついたりする様に釘付けの2時間。様々なところで笑いのエッセンスが散りばめられているところも本当にすばらしい。これまでの是枝作品の集大成と言ってよいのではないでしょうか。このところ、山下監督や塩田監督などの若手監督に気を取られていましたが、これで是枝監督の株が一気に急上昇です。
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by galarina | 2008-09-01 23:11 | 映画(あ行)

どろろ

2007年/日本 監督/塩田明彦

「目指せ!日本のクリストファー・ノーラン」

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「どろろ2」「どろろ3」まで決まっているんですね。何とも壮大な企画です。不気味な予感が漂う冒頭の30分くらいは、とてもいい感じです。やはり、興醒めしてしまうのは、土屋アンナ扮する蛾の妖怪の出来映えのひどさ。「PROMISE」の悪夢再びで頭を抱えました。エンドロールを見ていましたら、複数のVFX担当デザイン事務所とスタッフが出てきます。これは、「1クリーチャー=1デザイン事務所」の分業性ということでしょうか。やはり、エンタメ大作は総合的なタクトを振る力量がモノを言います。いっそのこと、全体のVFXを統括する腕のいい監督を別に置いた方が良いのかも知れません。「ピンポン」「ICHI」を撮った曽利監督あたりがやってくれないものかしら。

そして、戦国時代を思わせる日本が舞台であるならば、やはり「殺陣」シーンのクオリティも、もっともっとあげないといけません。ワイヤーよりもむしろ、チャンバラとしての醍醐味。ここを追求するべきでしょう。ハリウッド大作がアクション監督に力を発揮してもらっているように、これまた担当監督に頑張ってもらわねばなりません。だってね、昨日何気に見ていた「パチンコ・暴れん坊将軍」の15秒CMの方が遙かに殺陣がカッコイイんですよ。これじゃあ、いけません。

そして、音楽。「DEEP FOREST」を思わせるループ系ハウスや、エジプシャンリズムに三味線のアレンジを加えたものなど、無国籍なビートが非常にいい感じです。なのに、なぜか次の対決シーンはフラメンコギターばりばりのラテンサウンド。なんなんだ、この脈絡のなさは。「ダークナイト」や「ワールド・エンド」を手がけるハンス・ジマーばりに音楽だけでも世界観が作られたらなあ…。というわけで、大作ならではの分業制をうまくまとめきれなかった、これに尽きるのではないでしょうか。

しかし、作品全体に流れるムードは決して悪くありません。現代の娯楽大作の潮流ど真ん中である「親殺し」「巡る因果」「血の継承」と言った暗いテーマは、気味の悪い絵作りを得意とする塩田監督にぴったりの素材だと思います。水槽に浮かぶ包帯でぐるぐる巻きにされた赤ん坊など、冒頭の赤ん坊の再生シーンは塩田監督らしさを発揮しています。そして、殺伐とした荒野、セピアトーンの映像。妖怪が出てこないシーンは、十分に世界観を作っている。駄目なところがはっきりしているわけですから、次回はこれを修正すればいい。バットマンシリーズで自分の個性を存分に発揮している、クリストファー・ノーランを目指せばいい。少女の魅力を引き出すのが巧い塩田監督。今後のポイントは、柴咲コウをどう料理するかでしょう。私は次作に期待します。
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by galarina | 2008-08-24 17:16 | 映画(た行)

この胸いっぱいの愛を

2005年/日本 監督/塩田明彦

「がんじがらめなんでしょう」

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「黄泉がえり」がヒットしたことによって生じた「TBS絡み」「タイムスリップ絡み」「柴咲コウ絡み(主題歌ね)」…。いくつもの「○○絡み」に見舞われて、監督がホントはこうじゃないんだよなあ、と言うつぶやきさえ聞こえてきそうな作品です。

それにしても、塩田監督はえらくTBSに気に入られたものです。フジテレビが続々と映画部門で成功したことに対抗意識を燃やして囲い込みをしているんでしょう。このTBSというテレビ局は迷惑千万な「囲い込み」を実によくやります。顕著なのはドラマに出演する俳優陣で、常盤貴子と織田裕二は一時期TBSのドラマにしか出ていませんでした。この作品がどれほどヒットしたかは知りませんが、続けて「どろろ」の製作に乗り出す。これまた、塩田監督、柴咲コウは連投です。全然ジャンルは違いますが、亀田兄弟だって同じ。金を生む者は徹底的に独占して、広告塔代わりに飽きられるまでとことん消費するのがTBSのやり方。そんな方法で、どこまで「作り手の思い」が作品に反映されるのか、甚だ疑問ですね。まあ、フジのSMAPだって同じ事ですけど。

さて、作品に話を戻して。塩田監督の描く女性は、いつもぶっきらぼうです。前作「黄泉がえり」でも、可憐なイメージの竹内結子がずいぶんぶっきらぼうな言葉遣いをさせられていました。この、ぶっきらぼうな女性が、ふとしたことで見せる弱さ、可憐さが塩田作品の魅力。そういう点においては、本作のミムラも塩田作品らしい佇まいを見せています。ただ後半、重い病と言うベタな展開を迎えて、この気の強い和美ねーちゃんの強情さこそクローズアップすれ、女性としての魅力があまり伸びてこない。それが、いわゆる感動作としての盛り上がりを生みません。

やっぱり、感傷的な演出が少ないからでしょうね。最も印象深かったのは、入院中の和美にバイオリンの音色を聞かせてあげるシーン。ベタな演出ならば、大粒の涙を流す顔をアップで捉えて、嗚咽。なんてことになるんでしょうが、違います。和美は病室の角にうずくまり、こぶしで壁をどすっと叩きます。このカットは夕暮れ時の病室で、しかも和美はこけしみたいなロングおかっぱなもんで、ちょっと気味悪いんですよね。また、終盤和美のために用意したコンサートシーンでも、真意を知った和美はこの期に及んでヒロを睨み付けています。塩田監督は、何とかメルヘンテイストな仕上がりに抵抗しようとしている。そんな風に私は感じました。

「黄泉がえり」の場合は、主題歌の絡みもあり柴咲コウのコンサートと言うとびきりのクライマックスが用意されていた。しかし、本作の蛇足のエンディングは何ですか。あれは、ひどい。原作にどれくらい忠実なのか、未読なのでわかりませんが、二人に絞らず、もっと群像劇として仕上げれば良かった。クドカンのエピソードは、すごくいい。ヒロ以外の人物も、それぞれのやり残したことがクロスするようなクライマックスができれば良かったのになあ。残念です。この作品で最も得をしたのは、結婚相手を見つけたミムラでしょう。しかし、あんな一瞬の共演でなぜ結婚まで行き着いたのか、これがいちばんの不思議です。
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by galarina | 2008-08-23 17:06 | 映画(か行)

純喫茶磯辺

2008年/日本 監督/吉田恵輔
<テアトル梅田にて観賞>

「役者とセリフの違和感」


前作「机のなかみ」がやたらと面白かったので、ちょっと期待し過ぎてしまいました。
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まずキャスト。どうしようもないダメ女「モッコ」を麻生久美子が演じているのですが、私は彼女に対して清楚で儚げなイメージが強く、最後までそのギャップに苦しみました。前作同様、女子キャラにおいて大どんでん返しがあるのかと先入観を持ってしまったのもいけなかったのかも知れません。ぼんやりしていて頭のトロいモッコが、終盤居酒屋でトンデモ発言を繰り返す辺りは、何ともむずがゆい悲しいような可笑しいようなムードが流れるはず、なんですが、やっぱり麻生久美子なだけに笑えませんでした。また、宮迫はヘタに演技がうまいのが却って裏目に出ていたように思います。喫茶店の客として、前作で主演したあべこうじと踊子ありが出てくるのですが、並んでいるだけで笑える、笑える。主演は、有名俳優じゃない方が作品の空気感がストレートに生きた気がします。これ、「アフタースクール」でも同様のことが言えるかも。

前半部、どうでもいいカットが多数インサートされるのですが、これが面白さの効果を発揮せず、逆に間延びした雰囲気になってしまっています。例えば、自分の足の裏の匂いを嗅ぐ娘の風呂上がりのシーンとか。ユルいテイストで面白さを出すと言うのは、本当に高度な技術だなあとつくづく感じさせられます。この点においては、山下作品はほとんどハズレがなくて、すごい。

一番興味深かったのが、セリフ。「え?」「あ…」と言ったひとことにも及ばない、一文字ひらがなのセリフが異様に多い。そして、「なに?」「いや…」「だね。」「まあね。」など、ほとんどコミュケーションの体をなしていない会話のオンパレードです。 これは、監督の意図的なものでしょう。そうとしか思えない。相手に気持ちを伝えるのが不器用な人々ばかりで、そのもどかしさを表しているのかも知れません。また現代人の会話を少々誇張して見せているのかも。こういうセンテンスを成していないセリフだけで、1本の作品が撮れるのか、という実験作のようです。本来ならば、それが笑いやおかしみになればいいのですが、俳優陣がそれをうまく使いこなせていないと感じました。あべこうじなら、このニュアンスはうまく表現できたかも。高校生の父親ってのは、年齢的に難しいですけど。

エンディングにかけての咲子の切なさがもっとめくるめくような展開と受け止められたら良かったのですが、結局最後までノリきれませんでした。これに尽きます。わざと「ハズす」。そして、そのズレを楽しむ。こういうタイプの映画の場合、どこまでノレるか、というのがポイントで、私は置いてけぼりを食らってしまった感じです。
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by galarina | 2008-08-15 14:18 | 映画(さ行)

口裂け女

2006年/日本 監督/白石晃士

「私も乗りうつられないようにしなければ」

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あれは、まだ息子が1歳前後の頃でしょうか。離乳食の皿をそこいらにぶちまけ、机の上でぐずりまくり、ぎゃあぎゃあと泣きやまない彼をぶったことがあります。おそらく締め切り前で私もイライラしていたんでしょう。ぶった直後に自分自身が情けなくなり、涙が止まりませんでした。母親なら誰しもこんな苦々しい記憶があるはずです。

ですから、この作品。子育て経験のある女性は、薄ら寒いものを感じるに違いありません。それは、口裂け女が「どんな母親にも」乗り移ってしまうからです。映像としての恐ろしい描写よりも、どんな母親でも口裂け女になりうる、ということの方が恐ろしかった。乗り移られること=自分の手で我が子を殺すことになるわけですからね。最後に首を落とされた母親なんぞ、それまでの虐待のために罰を受けたかのようです。心を入れ替えたにも関わらず。

口を裂かれたり、殺されたり、子供たちが酷い目にあいますので、人にお勧めする類の作品ではありません。ただ「口裂け女」という都市伝説は、ポマードと言えば消えるとか、猛スピードで走るとか、ギャク漫画のキャラクターのような存在になりつつあったと思います。それが、児童虐待という社会問題を絡めて、これほど陰鬱な作品にしあげた、その発想の転換ぶりには感心します。例えば、松本清張の「鬼畜」とか、貴志祐介の「黒い家」なんかも、見せようによってはホラーになりるということですね。(と思って今調べたら「黒い家」は韓国でホラーになってました。森田作品しか観てませんが、これは原作を変えているんでしょうか)

児童虐待をホラー仕立てにすれば、問題作になるのは必然です。しかし、映画を凌駕するような事件が現実に起きていることを考えれば、この手の作品は全くの作り話としてのホラーとはまた違った新ジャンルのようなものなのか、という気もします。日頃ホラーはあまり見ませんのでわかりませんが、そういうジャンルがあるとしたら、気が滅入りますので続けて何本も見られませんね。いずれにしろ子役たちが心配なので、撮影後のケアは十分にお願いします。
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by galarina | 2008-08-05 15:11 | 映画(か行)