「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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「再確認。金田一はコミカルさがポイント」

哀しきかな、横溝ファンとしては見るまい、見るまいと思っていてもやっぱ見てしまった。
このところ、フジテレビ戦法には乗るまい!と固く思っているんだけどなあ…

ところが見てみると稲垣金田一は思ったよりもいいじゃん(笑)。これはね、またレビュー書きますが、リメイク「犬神家の一族」の石坂浩二がすこしお年を召されていて「キレ」がなかった、というのが大きいからだと思う。なので石坂金田一を観た後の稲垣金田一は若々しさがあって意外と好感もてたな。

やはり、横溝作品というのは「犯人役の演技力」が作品の最終的な印象の全てを担っている言ってもいい。誰もが知っている犯人。一同を前にしての独白。決まり切ったラストシーンの中でいかに自分が「哀しい犯人」なのかというのを視聴者に植え付けなければならない。

そう、横溝作品の犯人は「悲しくてナンボ」の存在価値なのだ。その存在が不遇で不幸で殺人犯にならなければ生きていけない苦悩を持っているからこそ、最後の独白が生きる。役者として横溝作品の犯人を依頼されるのは、かなり勇気がいることなんだろうとしみじみ思った。その点、成宮くんは、なかなか良くやっていたよ。悪魔と呼ばれる存在として生を受けた哀しみがよく出ておりました。

国仲涼子ちゃんがねえ…。あのくりくりおめめの演技がちょっと横溝ワールドとは合ってないように感じました。それからクリアな映像ね。やっぱフィルムで見たいなあ。今の時代フィルムで撮る方が予算とかかかってしまうものなんでしょうか。

お正月の2時間ドラマとしては合格点。もちろん、映画とは次元が違うので比べようがありませんが。
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by galarina | 2007-01-06 16:10 | TVドラマ

ドラマ「東京タワー」

この物語は、母と息子の濃い結びつきが肝なのだ。このふたりの関係を、“マザコン”と呼ぶ人もいるかも知れない。しかし、マザコンという言葉は違う。マザコンという言葉は「相互依存」の関係を示す。しかし、ボクとオカンは100%「無償の愛」のもとに存在している。それこそが、この物語が多くの支持を受けた圧倒的な理由だろうと思う。

原作ではボクの彼女は登場するが、あまり多くを語られてはいない。オカンが彼女を気に入り大事にしていた指輪をプレゼントしてしまった、というエピソードは出てくるが、それ以上の話はない。この物語に第二の女はいらないのだ。ガンになってしまったオカンのことで頭がいっぱいになったボクは彼女を受け止める余裕がなかった。だから、ボクは彼女と別れた。

しかし、ドラマ版では彼女に大きな役割を与えてしまい、ボクとオカンの密度は明らかに薄くなってしまった。これが仮に、広末涼子サイドの意向をテレビ局が受け入れた結果なのだとしたら、やはりテレビはテレビなんだな、とがっかりせざるを得ない。彼女とも別れ、オカンはもうすぐ死ぬ。ボクは孤独だ。そんなボクを支えたのは、オカンの愛とオカンの思い出だ。死にゆくオカンとボクの間に流れる濃密な時間。これを描かずして、何とする。

オカンの葬式の日も編集者が原稿を取りに来てボクはイラストを描かざるを得なかった、というエピソードがなかったのも個人的には不満だな。オカンが死んだ日もその哀しみにくれることができない、好き勝手に東京に出てきてイラストレーターという仕事を選んだボクのつらさがひしひしと伝わってくるエピソードなのに。私もフリーランスなので、この小説にはフリーランスという仕事の不安定さとか哀しさが随所に出てきて、結構そういうところでも泣かされたんだよね。

というわけで、商業主義まるだしのフジテレビ戦法も含め、少々がっかり。
映画に期待しよう。
それにしてもコマーシャルが多すぎる。
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by galarina | 2006-11-20 00:14 | TVドラマ