「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:フランス映画 ( 38 ) タグの人気記事

コード・アンノウン

2000年/フランス・ドイツ・ルーマニア 監督/ミヒャエル・ハネケ

「断片で語る力。ハネケのウルトラC」
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まず見終わって、ため息。これはすごい。こういうやり方もあるんだ、と見せ方の斬新さに驚くばかり。物語が時間通りに進行するというごく当たり前の作り方ををぶっ壊すような作品って、最近よくありますね。時間が逆行するとか、複数の話を同時進行させるとか。でもこの「コード・アンノウン」という作品のような作りは、今まで見たことない。

本作は、ほんの5分~10分程度の短いエピソードが次々と展開される。ジュリエット・ビノシュがぼんやりとテレビを見ながら延々とアイロンをかけるといった一見して全く意味の見いだせない短いシーンがあったかと思うと、これだけで1本のショート・フィルムになりうるような完成度を保つシーンもある。そしてラストまで個々のエピソードがどう繋がるのかという観客の好奇心も掴んで話さない。

短いエピソードの中には、ほんの小さな断片が見え隠れしている。その小さな断片で奥に隠れている問題、それも一つや二つではなく幾重にも重なった問題を顕わにする。その断片が登場人物のちょっとした仕草だったり、一見物語とは関係のないようなセリフだったり、画面の隅にぼんやり立っている人だったりするもんだから、いちいち「そういうことか!」と膝を叩きたくなるような面白さがある。何か表現したいものがある時に、水面に一滴のしずくをたらせばそれで良い。そんな感じ。

なので、小難しい作品は嫌、という方にも映画表現の可能性として、こういう方法もあるんだとぜひ知って欲しい。そう思わせるだけの力を持っている作品。この作品の中で語られているテーマで5、6本は映画が作れる。人種差別、戦争、地域格差、児童虐待…。社会が抱える問題がてんこ盛りです。なのに、それらの出来事は物語として語られるのではなく、断片で語られるのです。その分、観客の想像も刺激される。こんな離れ技ができるのは、ハネケしかいない。
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by galarina | 2007-07-25 23:41 | 映画(か行)

8人の女たち

2002年/フランス 監督/フランソワ・オゾン

「メロディが頭の中をグルグル」
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よくこれだけの大女優を揃えることができたもんです。なので、フランソワ・オゾンのやりたい放題お祭り騒ぎ作品という側面もあり。オゾン作品が好きでもない人がそんな自己満足に付き合う必要があるのか?という観点で見れば、とにもかくにも、フランスを代表する8人の女優陣の「そこまでやるの!」な演技合戦が見どころ。地元フランスで話題になるのも当然かも知れません。日本で言えばそうですね、蒼井優ちゃんと若尾文子が出てきてお尻フリフリダンスをするようなもんですか?

きらびやかな女優陣とキッチュなミュージカルソング&ダンスに目を奪われるんですけど、この作品の隠れテーマは「ほんっと、オンナって信用できないっ!(おすぎさん風)」ってことなんですよね。これはオゾンが一貫して描いている女性に対するきっつ~い皮肉で、それをこんな大物スターがこぞって演じているところにフランス女優の懐の深さを感じます。

冒頭の女優陣紹介にもあるように、美しい花々が咲き乱れます。妖艶な美しさで言えばカトリーヌ・ドヌーブとエマニュエル・ベアールの一騎打ちですが、お年のことを考えるとドヌーブに軍配!1943年生まれですから、64歳。参りました!と頭を床にこすりつけたいくらい美しいです。そして、意外なコメディエンヌぶりを発揮しているのがイザベル・ユペール。新境地開拓といったところでしょうか。

見終わってからもしばらく、劇中歌が頭から離れず、ついハミングしてしまう。ちっともうまくない歌とダンスですけど、インパクトがでかい、でかい。オネエの方たちが集うショーパブで見たショーがしばらく頭から離れないのとちょっと似たような感覚かも。中身の全くない作品なんて言うと、言い過ぎですけど、限りなく監督のお遊びに近い。それでも、この豪華女優陣をそろえてもってきちゃうのは、ほとんど力技と言ったところでしょうか。
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by galarina | 2007-06-03 14:15 | 映画(は行)
2004年/フランス 監督/イヴァン・アタル

「キミたちは一生愛について語ってなさいっ!」
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「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」に引き続き、シャルロットの夫であるイヴァン・アタルがシャルロットの夫役及び監督も務める作品。

まず邦題がセンスがないばかりか、作品の趣旨ともあまり合っているとも思えない。なので、邦題で感じるお気楽コメディとは全然違う。スペシャル・ゲスト、ジョニー・デップは予想以上に重要な役どころで、嬉しいサプライズ。

さて、全くフランス人という国民は、こんなに朝から晩まで「愛」について語っているのでしょうか。彼らの永遠のテーマ、それは「愛」と「人生」。この2つのテーマさえあれば、何時間でもおしゃべりできる、それがフランス人。既婚者はなぜ他の人を愛してはいけないの?どうして一生妻に寄り添わなければならないの?と次から次へと繰り出される男たちのナゼナニ攻撃。これが聞いていて実に楽しい。

もちろん、この手のフランス映画はごまんとあります。それでもなおこの作品が楽しいのは、やはり「結婚」を語る言葉の豊潤さでしょうか。何かに例えたり、皮肉ってみたり。日本人としては、その巧みな言葉遊びに「ほほー」と感心してしまうことばかり。しかも、いい年をした中年男が職場やカフェで来る日も来る日もその話ばっかり(笑)!日本じゃ考えられません。でも、「結婚って何だ!」と常に考え悩んでいるその姿勢は、私は好きだなあ。無視されるより全然いい。

夫の浮気に苦悩する妻ガブリエルをシャルロット・ゲンズブールが好演。ヴァンサンとガブリエルの夫婦喧嘩のシーンは、いろんな意味を含んでます。互いに言葉に出せない物をストレス発散させていると言えるし、じゃれあってるようにも見えるし、憎み合ってるようにも見える。しかも、この夫婦は実生活でも夫婦でもあるため、観客は本物の夫婦ゲンカを見ているよう。

夫の浮気に気づいていながらも問い詰めないガブリエル。そこには「個人の意思」を尊重するフランス人の美意識があるんだろうか。「今私が浮気しても夫へのあてつけになるだけ」そう言うガブリエルは大人のオンナ。自己抑制ができるオンナ。だからこそ、ラストはドキドキしてしまう。それは火遊びなの?それとも本気なの?(実生活の)夫が撮る妻は格段と美しい。またまた夫婦コンビで続編作ってもオッケイよ、とも思えるステキなラストシーンでした。
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by galarina | 2007-05-21 23:43 | 映画(は行)
2001年/フランス 監督/イヴァン・アタル

「実に愛すべきおのろけ映画」
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<スター女優シャルロット(シャルロット・ゲンズブール)を妻に持つスポーツ記者のイヴァン(イヴァン・アタル)は、街中でもプライバシーがないことに辟易の毎日。しかも明日からシャルロットは、プレイボーイ俳優ジョン(テレンス・スタンプ)と共演する新作映画の撮影でロンドン入り。嫉妬に悩むイヴァンだが…>


今作品は実の夫であるイヴァン・アタルが監督。作品の中でも夫の役。虚実ないまぜになって、マジなのか、映画としての架空の話なのか、その辺りを楽しむ軽やかなラブコメディ。見た後も微笑ましくて嬉しくなる映画です。

「妻が女優だと他の男とラブシーンがあるだろ?それでもアンタは平気なのか?」と通りすがりの男に絡まれるイヴァン。イヴァンはそいつに言い返します。「俺の妻で勃起するな!」とね。ところがどっこい、そのイヴァン自らが監督でありながら、何もかもさらけ出し、妻のあえぐ顔までスクリーンに登場する。つまり、この映画がそういう輩に対する答えなんでしょう。映画の中でどんなシーンを演じようと、俺はシャルロットを愛している!というね。おのろけもここまで来ると、微笑ましくて拍手したくなるほどです。

イヴァンは彼女と結婚した時からこういう質問を何度も受けているんでしょう。作品では女優の夫としての利益・不利益、嫉妬心、やっかみ、全てが暴露されています。この映画を作ったんだからもうそんな質問は終わりにしてくれ、と言わんばかり。イギリスでプレーボーイの男優と共演中。嫉妬に駆られてユーロスターに飛び乗るシーンはゲラゲラ笑ってしまいました。コメディとしても結構イケるんじゃないですか?噂話に一喜一憂し、猜疑心で右往左往する様子は、かなり笑えます。

しかも、妻が共演者のテレンス・スタンプとも一夜を共にしたのではないかとおぼしきシーンまであります。つまりそれは、女優の妻なんて共演者と何かあっても不思議じゃないさ、という自虐ネタとも言える。夫の気持ちがストレートに反映されているようで、実はその裏に込められた密かな思いもかいま見える。その二重構造がなかなか楽しい。

フライトアテンダントのコスプレあり、ドレス姿あり、カジュアルルックありとシャルロット・ゲンズブールのファッションもステキ。そして、イヴァンを誘惑する演劇セミナーの少女役がリュディヴィーヌ・サニエ 。フレンチ・ロリータ、と呼ばれたシャルロットも結婚したし、次はキミねって演出。大人の男を「私のベイビー」とリュディヴィーヌに呼ばせるあたり、昔のシャルロットをかなり意識してます。そういうお遊びもなかなか粋な映画です。
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by galarina | 2007-05-16 18:30 | 映画(は行)

ぼくを葬る

2005年/フランス 監督/フランソワ・オゾン

「毒が一転、ピュアにすり替わる離れ業がいかにもオゾン」
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パリでファッション・フォトグラファーとして忙しい日々を送っていたロマンは、ある日余命3ヶ月という衝撃の事実を告げられる。同棲中の恋人に別れを告げ、家族にも秘密にしたまま、自分の死と向かい合うことを決めたロマンだが、祖母のローラにだけは真実を話す…


あと3ヶ月の命と言われたら、どうします?たぶんね、やりたいことなんでもやっちゃうと思うんだ。とびきり贅沢なホテルに泊まって、最高級のフレンチでも食べて、昔の男みんなに会いに行くかも…。なんて思いっきり世俗的な私から見れば、ロマンの取った行動の何とも慎ましく純粋なこと。静かに静かに人生を終えるロマンの死に顔はこの上なく美しいです。

でもね、人生最後の最後に至って、ロマンの人生がとても孤独なことも哀れを誘う。ゲイだからって、こんなに孤独な死を選ばなければいけないのかしら?特にロマンの子を宿した夫婦が別れ際にロマンの病気をエイズと誤解しているようなことを言うシーンが切ない。死にゆくロマンを抱きしめてやる人が誰もいないなんて悲しすぎる。

とか思いつつも、美しいゲイの男の子がどんどん孤独の淵に追いやられていくその様にオゾンさんのサディストぶりを見いだしてしまう私。「まぼろし」のシャーロット・ランプリングもずいぶん追い詰められてましたから。いたぶるだけいたぶっておいて、美しく逝かせてあげるというのが何ともオゾンらしいです。

本作で一番盛り上がるのは、おばあちゃんジャンヌ・モローと過ごす一夜でしょう。「なぜ私にだけ打ち明けるの?」「だって、いちばん死に近いから」
出たー、オゾンの毒舌。でもね、生き生きと輝く周りの人々ではなく、祖母に共感を求めるという気持ちよくわかる。そして、そんなロマンを包み込むジャンヌ・モローの演技がすばらしいの。

それにしても、まず毒を吐かせておきながら、一転ピュアなシーンに仕立て上げてしまう、こういう離れ業ができるところが、さすがオゾンです。
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by galarina | 2007-05-09 22:37 | 映画(は行)

アザーズ

2001年/アメリカ=スペイン=フランス  監督/アレハンドロ・アメナーバル

「頭を使うサスペンスに疲れている人はぜひ」
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ニコールキッドマンがすんばらしく美しい!

以上

と終わりたいほどニコールの美しさにうっとり。まさに、ブロンド・ビューティーってんでしょうか。往年の大女優、マリーネ・デートリッヒばりのオールドスタイルの巻髪がとても似合ってましたね。で、美しくて、敬虔なクリスチャンで、夫を待ち続ける貞淑な妻であるニコールが追い詰められれば追い詰められるほど、ドキドキする。やはり、追い詰められるのは美女でないと、臨場感が出ない。

さて、ゴシックホラーというよりも、私は単純に謎解きサスペンスとして楽しめました。この手の映画は、近年あまりにもレベルが上がってしまって、ストーリー展開が伏線だらけの複雑なものや、やたらと哲学的な思想を盛り込んだものなど、どんどん深く掘り下げる傾向にあるように思う。もちろん、この「アザーズ」にも伏線はある。かなりある。そして、この伏線をしっかり考えながら見てると、割とすんなりラストのどんでん返しに思いつくのかも知れない。

でも、みなさんそんなに推理をしながら映画を見ているものなの?私は、どちらかというと全くしないなあ。ただ、身を委ねて見ているという。だから、「SAW」みたいな伏線だらけの複雑怪奇なストーリーって、正直後がめんどくさいの。見た後に、余韻に浸るのは好きだけど、見た後に何かをはっきりさせるために検証するって作業は、あまり好きじゃない。

そういう私みたいな観客にとっては、この作品はラストのどんでん返しには素直に膝を打ったし、そう言えばそうだよね、と合点の行くことばかりで、オチが出れば謎は残らないというもの。もちろん、その身を委ねてただ見ているのは、ニコールの美しさに負うところも大きいんですよ。彼女はやたらと聖書に倣って厳しく子供を育てているんだけど、そのヒステリックなまでの狂信ぶりにどんどん引き込まれちゃう。で、彼女のその性格はちゃんとオチにも繋がってるし。昨今のやたらと複雑なサスペンスものに疲れていたので、ある意味新鮮に感じたなあ。
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by galarina | 2007-03-20 23:36 | 映画(あ行)

隠された記憶

2006年/フランス=オーストリア=ドイツ=イタリア  
監督/ミヒャエル・ハネケ

「罪と向き合う」
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(ラストシーンについて触れていますのでご注意下さい)

ミヒャエル・ハネケ、フランソワ・オゾン、黒沢清。この3人を私は勝手に「ざわざわ3兄弟」とネーミングしている。彼らは、人の心をざわつかせるのが非常にうまい。正直、人間的に信用ならない人物ではないかとさえ思いたくなる(笑)んだけど、きっとご本人にあったら全くそのようなことはなかろう。

さて、ハネケ監督のざわざわ作戦、この作品ではいきなりオープニングからやってくれます。どこかの家を遠景でとらえたストップモーション。全く画面が動かない。すると、微妙に上下に揺れ始める。これ、これ、この感じ!と叫びそうになりました。いやあ、これだけの演出でこのざわつき感が出せるって、やっぱ才能だな。

テーマは罪。人はどれだけきちんと罪に向き合っているか、罪を罪と認識しているか、それが1本のビデオテープをきっかけに顕わになっていく。誰か知らない人から一方的にビデオテープを送りつけられているという設定から、どうしても「犯人は誰か」と考えたくなるんだけど、これは、犯人探しは二の次のこと。「罪ときちんと向き合えない人間の墜ちていく姿」を描くことこそが、この映画の最大のテーマだろう。

それに、ささいなことがきっかけで、夫婦なんてすぐにダメになるんだってことがよくわかる。だいたいね、嫌がらせのようなビデオテープが送られてきて、これは誰の仕業なのって夫婦がグチグチ言い合っているなんて、実にどーってことない話ですよ、話そのものは。それがね、ここまで深いものになるわけだから、ハネケってすごいなあ、と素直に感心しちゃう。

さて、ラストシーンなんだけど、これはほんとにいろんな解釈ができる。確かに、思わせぶりなシーン。「あの人」と「あの人」が話をしているわけです。で、ふたりが共犯だった、と結論づけたくなるんだけど、どうも私にはあるひっかかりが。それは、ラストシーンもまたビデオテープに見えたんですよ、私には。つまり誰かがあれを撮っているように、私には感じた。

それから、服装。ラストシーンだけ夏の服装なの。ピエロはTシャツだしタンクトップの人もいる。ところがね、物語に出ている人々は、いつもコートやジャケットを羽織ってた。つまり、ラストシーンは、本編の話から、少し時間が経っているか、またはこの物語より以前の映像、ということ。そのどちらかでこのシーンそのものが持つ意味は異なってくる。

いずれにしても、これは誰かと一緒に見ていろいろ語りたくなる映画だ。ネットで検索すれば、それはそれは、いろんな解釈が見て取れる。あなたは、ラストシーンにどんな解釈を与えるだろう。

そうそう。このラストシーン、黒沢清の「キュア CURE」を思い出したな。
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by galarina | 2007-03-03 01:12 | 映画(か行)

ピアニスト

2001年/フランス・オーストリア 監督/ミヒャエル・ハネケ

厳格な母親に育てられたピアニストの歪んだ性と自己崩壊を描く傑作
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愛に飢えた中年女は、痛々しい。今作の主人公エリカは、その求めるべき愛の形すらわからずに彷徨う。その姿は痛々しいを通り越して滑稽ですらある。ここまでエリカという女をこてんぱんに描く、ミヒャエル・ハネケという監督はなんて奴だと思ったけど、この映画には原作があるんだそうだ。しかも女性作家というんだから、この作品は己のことを己自身でえぐり傷つけできあがった作品なのだ。どうりで強烈なわけです。(ちなみにこの原作者エルフリーデ・イェリネクは2004年にノーベル文学賞を受賞)

エリカの歪んだ性。それは「女として」愛を享受された経験がないことに起因している。のぞき部屋に入って個室でポルノを見ながら男の使い果たしたティッシュの臭いを嗅ぐ。ドライブインシアターでカップルをのぞき見して放尿する。いずれも普通の女の性処理とは言い難い不可思議なものばかり。エリカが精神科医にかかったら、その医者は嬉々として彼女を分析するだろう。そんなエリカにも年下の愛してくれる男が現れたというのに、エリカが彼にお願いしたことと言ったら…。

父と息子が対立するとそこには憎悪が生まれる。父は息子に越えられることを畏れ、息子は差し違えても乗り越えようとする。しかし、母と娘という関係性は不思議だ。そこには憎悪とともに同化が存在する。母は自分を娘に重ね、娘も自分を母に重ねる。今作のエリカと母の関係は異常で、母は常にエリカを監視し檻の中に閉じこめるように育て、かつ同性として耐え難い罵詈雑言を娘に放つ。こんな母親、放っておいて出ていきゃいいのに、娘はできない。そこで自分を傷つけ、歪んだ性行動を取ることで精神的不安をごまかす。母親による変質的な愛によってここまで娘が無惨になる作品は他にはないだろう。

中年女の憂鬱という観点で考えれば、さすがはヨーロッパ、描き方が半端じゃない。中年女でもまだまだ恋ができるわ、なんてなまっちろいテーマを扱ってるようじゃ、まだまだひよっこ。これくらい冷徹にその存在自体をこれでもか、これでもかとえぐり出すような作品は、日本じゃなかなかお目にかかれませんもの。

イザベル・ユペールは、エリカという難役に体当たりで挑み、この実に哀れな女を魅力的にみせている。物語だけを追えば、エリカほど乾いた痛々しい存在はなく、見方によっては侮蔑や嫌悪が沸いてもおかしくない。しかし、イザベル・ユペールが演じるエリカの孤独と焦燥、そして愛への渇望は観客の心を揺さぶる。

そして驚愕のエンディング。ここにあなたは何を見るだろう。これはエリカの自己破壊衝動か、それとも過去との決別か、はたまた生まれ変わりを意味する希望か。沈黙のエンドロールが流れる中、我々はエリカの悲しみを心の奥深くで共有する。
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by galarina | 2007-02-09 21:23 | 映画(は行)

サルサ!

1999年/フランス・スペイン 監督/ジョイス・シャルマン・ブニュエル

「私も踊ってみたい!」
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クラシックピアノを弾いてるなまっちろいフランス人坊やが、日焼けして髪の毛伸ばしてセクシーなラテン男を気取ると、ホントにかっこよく見える~。なかなかの変貌振りですね。ラテン男になってからの主人公はガエル・ガルシア・ベルナルにそっくりだと驚いたのは私だけでしょうか。

主人公のレミは、クラシック界では大きな期待を寄せられているピアニストなんです。でも、その全てを捨てて彼はサルサ音楽を選ぶんですね。名誉とか地位とか収入とかそんなもんより、俺はサルサを演奏したい!っていう気持ちがストレートに伝わってきます。がんばってスペイン語を話し、下手なダンスも奮闘し、日焼けサロンで肌がかぶれたり。そりゃ、もう涙ぐましいほどの努力で。白人のきれいな肌をあんなにいっぺんに焼いたら、そりゃおかしくなるでしょうよ。

全編溢れる情熱的でノスタルジックなラテン音楽が楽しくて、切なくて。もちろん、ダンスシーンもとても本格的で見ていると踊りたくなってきます。フラガールの時も思ったんですけど、やはりそれぞれのダンスには、それぞれの特徴があって、サルサダンスもステップの踏み方とか、リズムの取り方などが独特。でも、それだけ個人的にはチャレンジしてみたいかも~と興味が湧いてきました。

あと、相手役のクリスティアンヌ・グゥ。ダンスホールでもじもじしていた彼女が、突然豊満な肉体を顕わにしてとびきりセクシーなダンスを始めた時にゃあ驚きました。美女はどんどん痩せ傾向にある昨今、これぐらいパンチのあるボディもサルサというダンスにはよく似合う。物語自体はありきたりだけど、本場のキューバ音楽が映画の質をぐんとあげてます。演奏シーンもなかなかの見ごたえ。一度生で聴いてみたいなあ。
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by galarina | 2007-01-26 10:02 | 映画(さ行)

ぼくのバラ色の人生

1997年/ベルギー・フランス・イギリス 監督/アラン・ベルリネール

「ぼくの夢は女の子になること」
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主人公リュドヴィックは、人形遊びをしたり、お化粧したり、女の子の格好をするのが大好きな少年。将来の夢は女の人になって、隣に住む男の子と結婚すること。でも、リュドヴィックが素直な気持ちで行動すればするほど、周りの大人たちは冷ややかな反応をし始め…。

かわいらしいファンタジー映画かと思ったら大間違い。けっこう、考えさせられますよ。リュドヴィックは7歳。この年頃で女の子のワンピースを着るのが好き、なんてのは、まだまだ思春期のボーダーラインでそんなに騒ぐこともないでしょ。なんて、最初は大人たちは一応見識ある「ふり」をしてる。でも、パパの上司の息子と結婚式をあげる!と言って花嫁の格好をし始めたりして、だんだん周囲を巻き込んでのトラブルに発展してしまう。

身につまされるのは、リュドヴィックの母親の反応。始めは理解のあるふりをしているんだけども、だんだん彼に対してヒステリックになっていく。私も母親なだけに、何とか自分の子供を理解したい気持ちはよくわかる。それは、母親なら人一倍そうだから、よけいに反動も大きいんだと思う。「何でママの気持ちがわからないの!」ってことだけど、そんなの子供にとってみれば「どうして僕の気持ちがわからないの」ってことでね。

彼が憧れる、少女向けテレビ番組「パムの世界」ってのが出てくるんだけど、このシーンがまあきらびやかで、カラフルで、美しい映像なの。リュドヴィックは「パムの世界」に逃げ込んでいるわけだけども、これはね、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」みたいに痛々しくない。ほんと、おとぎの世界。美しい。

父親は会社をクビになり、リュドヴィックの一家は地域社会で村八分。ただ息子が女の子の洋服着てるからって、こんなことになるか?なんて思うけど、実社会って案外そんなものかも知れない。リュドヴィックが無理矢理髪を切られるシーンは、泣けました。リュドヴィックがね、本当に天真爛漫で素直で、家族を傷つけたくないという思いが強い子だから、なおさら心が痛くなります。

たかだか7歳の男の子の嗜好にここまで過剰に反応する大人たち。でも、我々だってこの周辺人物と同じような行動をとるかも知れない。ジェンダーという枠だけではなく、子供の個性を尊重できる大人社会って何だろうかって、考えさせられる映画。88分という短さもいいし、おすすめです。


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by galarina | 2006-09-23 23:30 | 映画(は行)