「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:オダギリジョー ( 14 ) タグの人気記事

転々

2007年/日本 監督/三木聡

「初心者でも十分楽しめるほのぼの三木ワールド」

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オダジョーは好きだけど、もれ無く「時効警察」を見ているワケじゃない。そんな私にとっては、この作品「内輪ネタが多くてノリきれないんじゃないか」という不安の方が大きかったんだけど、意外や意外、なかなか楽しい作品なのでありました。楽しくて、そして、心温まる佳作。

この作品の良いところは2つあって、ひとつはストレートにお散歩の楽しさを感じさせてくれること。旅行に行くとガイドブック片手にがんばってあちこち歩くくせに、なじみ深い街になるとさっぱり、なんてことないですか。本作は、特に東京に住んでいる方にはなおさら響く物があるんだろうなあと思う。そして、共に歩くことによって、心がほぐれていく。捨て子だからと卑屈だった文哉の心がほぐれ、下町の懐かしい風景を目にして、私たち観客の心もほぐれる。

もう一つは、三木監督の十八番である小ネタがしっくりと作品に馴染んでいること。本作にちりばめられた小ネタは、知ってる人だけ、わかる人だけ、笑ってくれりゃいいんです、って感じがなくて、どれも、これも、愛を感じるなあ。「岸辺一徳を見るといいことがある」ってくだりは、三木監督は岸辺一徳が好きなんだろうなあと思うし、「街の時計屋はどうやって暮らしてるのか」のくだりも、こういう昔ながらの商店街への愛を感じるのよね。で、どれもこれも、くくっと肩をふるわせるような笑いに満ちていて、すごく気持ちがほんわかしてくる。

岩松了、ふせえり、松重豊。この3人のパートが、見る人によっては余計なのかな。これで文哉と福原の物語が、ぶつっと途切れる感覚になっちゃう人がいるのも理解できる。私は意外とそんなことなくて、軸となるストーリーの箸休めのようなものであり、福原さんの奥さんになかなかコンタクトを取ってくれないから真相を先延ばしにする役目を果たしているようでもあり。そして、何よりこの3人のくだらない会話に象徴される「日常の些細なコミュニケーションが心を癒してくれる」って言う三木監督のメッセージがすごくよく伝わるのね。まあ、この3人の織りなすトークに「あ・うん」の呼吸の気持ちよさみたいなのがあります。

疑似家族を作り出す後半部もいいです。文哉はきっとこれまで「我が家」と呼べる場所がなかったんだよね。今まで出会ったことのない感情に見舞われた文哉のとまどいが切なかった。で、福原は「カッときてつい殴ったら死んじゃった」なんて、言ってるけど、きっとあれは違うんじゃないかしら。だって、奥さんきれいにお布団の中で寝てたもの。不治の病か何かで福原が安楽死させてあげたんじゃないかな、それで思い出の場所を巡っていたんじゃないのかな、なんて、私は思ったりしたのだけど。まあ、そんな余韻に浸れるのも、文哉が「自首は止めてくれ」なんて、懇願したりしないまま、スッっと終わっちゃうからなのよね。すごく粋なエンディングで、これもまた良いのです。
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by galarina | 2008-09-06 17:41 | 映画(た行)

パビリオン山椒魚

2006年/日本 監督/冨永昌敬

「あんまりつまらないので、ビックリした」
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あんまりつまらなくてビックリしました。オダギリくんと香椎由宇の馴れ初め映画ということで、しょーがねーなあ、やっぱ見なきゃダメかぁ~と自問自答しつつ観賞。ここまでつまらないと、この2人の行く末すら心配になってきました。

これは、鈴木清順を今っぽくアレンジした感じでしょうか。テイストとしては決して嫌いじゃないです。ただ、どうにもこうにもノリが中途半端です。はっとさせる映像美があるわけでもなし、内輪ノリでとことん盛り上がっているわけでもなし。また、光石研や麻生祐未など妙にこなれた俳優陣ばかり配しているのが、完全に裏目に出てしまった気がします。高田純次も悪くないですが、やはり狙いすぎのキャスティングでさぶい。何が悲しいって「ハイ、ドーンッ!」のオダジョーの空回りっぷりです。あなたがテンション高い役をするのは、とても無理があります。もう、日本の小品はいったん休憩して、どんどん海外作品に出てください。

だいたい評判を漏れ聞いていたので、こんなものかなとは思っていました。むしろ、残念だったのが音楽面。ジャズミュージシャン、菊地成孔の音楽は結構好きなものですから、期待していました。恐らくこれ、サントラだけ聞いたらなかなかにCOOLな感じじゃないかと思います。が、いかんせん作品と合わせると、1+1=3になるどころか、0になってる。ちょっと音楽が頭良すぎますね。もっと、グルーブ感出して映画を引っ張るくらいでも良かった。BGMとしての映画音楽にこだわりすぎたんでしょうか。つまんないのに、スカした音楽かけてんじゃねーよ、なんて気持ちになったりして。菊地さん、すいません。映画音楽は難しいですね。
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by galarina | 2008-06-03 00:20 | 映画(は行)

ビッグ・リバー

2003年/アメリカ 監督/舩橋淳


「どこまでも高いアメリカの空」

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何も起きない淡々と流れる映画といろいろ聞いていたのですけど、
いや、これがね、意外と良かったんだな。

砂漠のど真ん中、まっすぐに進む道。時折見えるのは、巨大な岩だけのアメリカの大地。こういう景色を舞台にしたロードムービーは多い。しかし、撮る人間によってこうも印象を変えるものなのかとこの作品を通じて再確認できた。例えば「イージーライダー」ならワイルドで荒くれたイメージ、「バグダッド・カフェ」なら憂いのイメージ。本作では、この広大な景色に私はアメリカの「包容力」を感じた。小さな摩擦を起こしながらもほんのひと時の旅を続ける3人をすっぽりと包む込むアメリカの大地。

構図も非常に計算されていると思う。狙ったショットが多い。そこが、ジャームッシュもどきと感じてしまう方はダメなのかも。でもね、私はとても気持ちよく受け止めることができた。たぶん、それは高い高いアメリカの空のせい。そして、常にシンプルである続ける絵の美しさ。車のボンネットに座る3人と青空。画面の中にそれしかない。そんな最小限の情報しか存在しない映像がやけに心地いい。

「袖振り合うも多生の縁」。バックパックで旅した私にも経験がある。旅が終われば二度と会うことはない、そんな人たちとのひと時の邂逅。それらは、後で思い出すとやたらにセンチメンタル。そして、彼らを思い出す時には、必ず出会った場所も同時に思い出す。哲平がサラを思い出す時、そこには必ずアメリカの大地のぬくもりが伴うだろう。舩橋監督は、アメリカで映画を学んだ方のようだが、アメリカに対する温かい目のようなものを私は感じた。

さて、白人の金髪女性とベッドシーンを演じられる日本人の俳優は、今のところオダギリジョーしかいないんじゃないでしょうか。渡辺謙や真田広之のような「私はニッポン代表です!」みたいな看板しょってる俳優はまず無理ではないかと。「ニッポン」という記号性と金髪美女の組み合わせは、どうしても滑稽に見えるんですよ、悲しいかな。でも、オダギリジョーの無国籍なイメージは、「ニッポン」という看板を観客に忘れさせる。これは、海外作品に出るにあたり、大きなメリットだと思う。ぜひまた海外作品にもチャレンジして欲しい。金髪美女を振り回すなんてカッコ良すぎるよ、オダギリくん。
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by galarina | 2007-11-18 22:16 | 映画(は行)

オペレッタ狸御殿

2005年/日本 監督/鈴木清順

「爺様の壮大なるお遊び」
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見終わってすぐさま浮かんだのは「じさま演出による学芸会」。私は敬老会に呼ばれたような気分だった。いえいえ、何も鈴木清順氏をバカにしているわけではありません。とにかく壮大なお金のかかった学芸会だな、と。人を食ったかのような開き直りと、大人の大真面目なバカ騒ぎについていければ楽しめます。お気楽に手拍子でも打ちながら鑑賞すれば、堪能できるかも知れない。

しかしながら、わたくしはこの清順ワールドを呑み込み、堪能するところまで到達できなかった。と、いいますのも、オダギリくんの雨千代というキャラへのなりきり度が気になって、気になって仕方なかったから。やはりこの手の映画は役者のなりきり度が観客に伝わるもの。きっとオダギリくんは、この演技が恥ずかしいんじゃないだろうか。鈴木清順だからと、即返事したものの本当は後悔しているのではないか。そんなことばかり考えてしまった(笑)。実は「嫌われ松子」の中谷美紀を見ていても同じことを考えていたんだよなあ。

その点、チャン・ツィイーはさすが母国を出てアメリカくんだりまで飛び出しただけあって、根性が座っている。うろ覚えの日本語に臆することなく、お姫様になりきっている。墨絵や尾形光琳など日本の美術セットにしっかりおさまって、美しい表情を見せるのはさすがプロ。オダギリくんは、今この役のオファーが来たら断るだろうなあ…。

これを斬新と言うことに異存はないけど、やっぱり観る者を選ぶ作品。残念ながら私は全くついていけなかった。
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by galarina | 2007-08-01 23:48 | 映画(あ行)
2007年/日本 監督/松岡錠司

「もっとオカンを見たかった」
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ようやく見ることができました、東京タワー。公開からかなり日にちが経っているにも関わらず、館内はほぼ満員で、かつ、実に年齢層が高いことにビックリ。中高年マーケットの間でクチコミで広まっているのかしら。

原作も読んだし、2時間ドラマも見たし、ストーリーも、泣きのポイントも重々分かっているため、やはり物語への感情移入は難しかった。それでも、この映画を見に行ったのはオダギリジョーが見たかったから。いつもクセのある役が多いオダジョーがボクをどう演じるのか見たかった。結果としては、彼ならではの個性が生きているからこそ、世間一般の泣ける映画に成り下がることはなかったと思う。この物語は「ボクが好青年ではない」というところがポイントであり、業界人っぽいファッションやロンゲ、斜に構えた感じがボクのイメージにぴったりだった。

しかし、演技では樹木希林の存在感の方が遙かに上回った。私はこの物語をオカンの物語として捉えた読者だったので樹木希林のすばらしいオカンぶりが一番印象に残った。最も好きなシーンはボクが大学を留年しそうになって電話をかけるシーン。「なんで、がんばれんかったんやろうねえ」と何度もつぶやくオカン。このセリフはいいなあ。なんで留年したの?じゃないんですよ。なぜ、がんばれなかったのか…。オカンの愛と人柄を感じるなあ。普通は「バカタレ!」となるでしょ。しかも母子家庭で東京に仕送りまでしてるんですよ、それなのにボクときたら…。あと、卒業証書ね。このあたりはめちゃめちゃじわ~んと来ました。

さて、原作の映画化においては、監督が「何を残して、何を捨てるか」というのも大きなポイントです。私はオカンが上京後、オカンの食事に誘われて友人が集まってくる様子をもっと濃密に描いて欲しかった。オカンの料理をもっと見せて欲しかった。「食べ物につられてやってくる」というエピソードは私は重要だと思ってます。ただ、これを残してこれを削れば良かった、という感想を原作ありきの作品で論じることに意味がないとは、重々分かっているのですけれど。

で、この映画は142分もあります。これは正直長いと思う。少年時代に少し時間を使いすぎた。それから、オカンの死後ね。通常「死」は、物語のクライマックスに来るもの。しかし、オカンが死んでも物語はまだ続く。これをどこでどう収集をつけるか、という点は今作品で一番頭を悩ませるところじゃないかな。私は、やや引っ張りすぎたと思う。そして、ボクの語り、これがくどい。長さも見せ方も、まだまだ削ぎ落とすことができた、と思います。

最後に脚本に関して。闘病中の現在を軸に、時間が前後するやり方は、特に後半効果的には見えなかった。少年時代が終わってからは、むしろ時間通りに進めた方がオカンの死に向けてより感情移入できたと思う。そして、樹木希林のオカンぶりをもっと堪能できる脚本にして欲しかった。これだけ尺の長い作品にも関わらず、もっとオカンの笑顔やオカンらしい言動が見たかった、という物足りなさが残る。その気持ちは、それだけ樹木希林の演技が冴えていたということの表れなのかも知れないが。リリーさんご指名の松尾スズキ氏なので、リリーさんは納得なんだろうね。



スペシャルドラマの感想
原作の感想
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by galarina | 2007-05-26 23:12 | 映画(た行)

THE 有頂天ホテル

2005年/日本 監督/三谷幸喜

「ドタバタ劇にも群像劇にもなってない」
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大晦日にホテルで起きた奇跡がコンセプトなんだろうが、豪華なおもちゃ箱をひっくり返して、適当に遊んでまた箱に戻しました、みたいな印象。で、一体どこが有頂天なんだろうか?タイトルからしてわからない。

まずこの作品は非常に登場人物が多い。ここまで多くさせるなら、とことん「あの人とあの人が!」という仕掛けやハプニングをもっともっと出してハチャメチャにしないと。この程度の繋がり具合なら、この手の作品の批評によくある「あの話はいらなかった」という意見が出ても当然だろう。「このネタはいる」「このネタはいらん」という意見そのものがまかり通ること自体、ひとつの作品としては大きな欠陥と言わざるを得ない。

大晦日の奇跡に絞ったドタバタ劇ならそれに徹すればいいものを、群像劇として心温まる物語にしようという無理矢理感も全体の統一感のなさの一因。ラストシーンはお客様を出迎える役所広司なわけで「ホテルはあなたの家、ホテルマンはあなたの家族」というコンセプトもこの作品には見受けられるが、これに関しては描き方が甘すぎる。これをメインコンセプトにして、「ホテルマンとゲスト」の衝突や対話、信頼などにスポットを当てれば、物語としてはもっと面白くなったと思う。伊東四朗、生瀬勝久、戸田恵子。この3名のホテルスタッフが全然お客様と絡んでこない。これはもったいない。

「好きなことをあきらめないで」というセリフや、鹿のかぶりもので笑いを取るなど、驚くほどベタな演出も多い。ボタンの掛け違いから次々と笑いを生みだすいつもの手法も、引っ張りすぎでつまらない。そうつまらないのだ。三谷幸喜ならもっとウィットに富んだ会話や笑いが作れるはずなのに、どうして?という悲しい声がぐるぐると頭を駆け回る。

結局ハチャメチャにできなかったのは、ハートウォーミングで上品な作品に仕上げたかったからだろう。(元ネタの『グランドホテル』ってそういう感じなんでしょうか?未見なのでわかりません)でも群像劇としてしっかり作り込むのには、登場人物が多すぎる。このジレンマに苦しんで生まれた作品と感じた。豪華役者陣勢ぞろいで舞台はホテルです!みたいな企画がまず最初にあったのかなあ。三谷幸喜は好きな作家だけにこの作品は非常にがっかり。見所は昔のワルに戻る瞬間の役所広司の演技。さすが、ドッペルゲンガー。
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by galarina | 2007-05-10 21:47 | 映画(さ行)

プラトニック・セックス

2001年/日本 監督/松浦雅子

「意外と、あとひと息」
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●オダギリジョー見たさに鑑賞。

AV出身のタレント、飯島愛自伝小説の映画化ということで、あまり期待して見なかったけど、惜しい!あとひと息で何とかなったかも、という感じ。というのも、主役以外のサブメンバーの演技がいいからなの。オダギリジョー、野波真帆、そして阿部寛。主演が素人であるため、余計にそう感じるのかも知れないが、この3人で何とか映画たるものに持って行けた。

特に阿部寛の役どころがこの映画の最大のポイント。彼は、「慈善家」という肩書きの金持ちで非常に謎めいた人物、という設定。キャバクラにも出入りすれば、児童施設に寄付もしている。しかし、わざと子どもたちの目の前で金をばらまいたりする複雑なキャラクターで、なぜか主人公にいろいろ助け船を出してくれる。主人公と世の中を繋ぐ存在でもあるんだけど、その実体はなかなかつかめない。この奇妙な浮遊感が陳腐な転落ストーリーを何とか映画的なものに押し上げている。

それからオダギリジョー。やっぱりとても存在感がありますね。こんなことをわざわざ感想として言うのもなんだけど、彼はちゃんとキスシーンできる俳優。だって、唇をちょこんと合わせただけの、嘘っぽいキスシーンしかできない若手俳優が多すぎるんだもん。DJ志望という役柄で手元がよく映るんだけど、すごく指がきれいなんだなー。まっ、そういうことはさておき、今作は映画デビュー作だと思うんだけど、デビュー作にしてその役としてそこにきちんと存在することができている。やっぱり光るもんがあります。

10代の人気女優が豊富な今、この映画を作ったらもう少しマシになったように思う。大いなる疑問は、AV女優というどうしても外せない描写がなぜこんなに、「つたない」表現になってしまったのか、ということ。脱がなきゃいけない仕事だから、わざわざオーディションしたんではないの?友人によるレイプ、親からの勘当、キャバクラ嬢、買い物依存症による借金からAV女優への転落。この「墜ちていく」様子を真正面から描かないことには、どうしようもないと思うんだが。観客のターゲットが10代だから、AVの描写は適当にごまかさないといけなかった、ってのは言い訳にはならない。だって、そこまで墜ちちゃうところがキモなんだからさ。

「Deep Love」「Dear Friends」「ラブ&ポップ」など、10代の女性の空虚感をモチーフにした映画はいっぱいあって、テーマとしては普遍的なものなんだよね。だから、なおさら惜しい。
最後に言うのも何だが、やはり主演女優の演技に難がありすぎる。オーディションした理由が本当にわからん。
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by galarina | 2007-04-10 23:17 | 映画(は行)

叫(さけび)

2007年/日本 監督/黒沢清
<梅田シネ・リーブルにて鑑賞>

「絶望と孤独を喰らう赤い服の女」
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(ラストシーンについて触れています)
まず、黒沢清監督の作品について、好きか嫌いかと聞かれると嫌いである。で、すごいかすごくないか、と聞かれると、すごいと答える。だから、しょうがなく見る(笑)。こういうのを、いやよいやよも好きのうち、と言うのだろうか…。

さて、最新作「叫(さけび)」について。これまでの黒沢作品というのはおおむね「目に見えない存在がもたらす恐怖」について描いたものが多かった。しかし、新作では「幽霊」がちゃんとした人の成りをして登場してきたのが非常に新鮮であった。ただ、これまたややこしいのは、一応「赤い服を着た幽霊」は映像として登場しているけど、これは何かの象徴であるかも知れないし、実ははなから存在していないなんて解釈も可能なのが、黒沢清。私は基本的にパンフレットを買わない主義なので、その辺は勝手に想像するしかない。

で、まさにこの「勝手に想像する」ことが黒沢作品の一番大きな醍醐味なんである。以前、「SAW」のレビューでも触れたけど、映画を見終わってあれこれ検証するのが私は好きではない。「答を求めて検証する作業」と「勝手に意味を想像する作業」には雲泥の違いがある。何せ後者の方は自分の出した答が正解なんだもの。

赤い服の女(葉月里緒菜)は、耐え難い孤独を抱えた人間の前に現れる。彼女は彼らに「全部なしにすること」を示唆する。おそらく赤い服の女は、さまざまなの人々の前にも現れているのだろう。役所演じる吉岡のカウンセリングを行う精神科医(オダギリジョー)も、幽霊の話になった途端、動揺し机の上のものをぶちまけたりしている。彼もすでに赤い服の女を見ているのかも知れない。

赤い服の女は、律儀にドアを開けて出て行く時もあれば、スパイダーマンのような飛行で空高く飛んでいくこともあって、この行動の一貫性のなさはどう考えればいいのか、非常に悩むところ(笑)。私は、ドアを開けて出て行くような描写の時は、実は死んだ恋人の春江(小西真奈美)が赤い服の女として目の前に現れているんではないかな、なんて想像してみたりもした。ラストシーンは、春江の叫びである。ただし、音は消されている。その叫び声は、劇中赤い服の女が発していたものではないかと思うのだ。そもそも、最初の死体も赤い服を来ていたし。

しかし、あの叫び声はすごかったですね。声でR指定出されてもおかしくないんじゃないでしょうか。落ち込んでる人が聞いたら狂ってしまいそうです。

埋め立てられる湾岸地帯が土壌となり、人間の孤独を糧に赤い服の女は増殖し続ける。ただひとり「許してもらった」吉岡は、誰もいなくなった湾岸地帯をひとり彷徨い続けるのだろうか。この「許される」ということをどう解釈するのか、というのも面白いところだろう。

あなたもふと、鏡をのぞくと、赤い服の女が見えるかも知れない。なぜだか知らないけど海水を汲みたくなるかも知れない。そう思ってしまう人は、十分に鬱状態。黒沢作品は、カウンセリングに行くより簡単なリトマス試験紙だ。
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by galarina | 2007-03-26 22:52 | 映画(さ行)

イン・ザ・プール

2005年/日本 監督/三木聡
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変な精神科医伊良部(松尾スズキ)と24時間勃起しっぱなしという病に冒された営業マン(オダギリ・ジョー)、強迫神経症のルポライター(市川美和子)、プール中毒の男(田辺誠一)の3人の患者を取り巻くコメディ。

まず、原作読んでません。それから演劇苦手なんで、松尾スズキも、役者としてはあまり見たことありません。と、いうことで結構“素”の状態で見ました。

確かに楽しいし、笑えるんだけど、もっとハジけてても良かったんじゃない?とか思ってしまう。精神病とか心理学に詳しい人なら、いずれの患者の行動も、そして伊良部という精神科医の行動も、結構よくあるネタだぜ。むしろ、冒頭の森本レオが淡々と紹介する奇妙な精神病の解説の方が面白かったかも。

患者以上にヘンな精神科医伊良部を演じる松尾スズキ。ううむ、どうもしっくりこんなあ。何だかウソっぽいんだなあ。ムリがあるというか…。この人ひとりで空回りみたいに見えちゃって、途中から竹中直人を思い出しちまった…。

さて、「継続性勃起症」を演じたオダギリ君、なんべんズボン下げるのさ~。まじめに脱ぐあたりがかなりおかしい。最近のヒゲもじゃなオダギリ君ではなく、やけにこざっぱりとしたオダギリ君。うーん、男前!しかし、この作品でもオダギリ君のシャツをパンツにIN!した腰回りのなんとまあ、細いこと。やたらとセクシーです。

一番私のツボにはまったのは、市川美和子の上司の編集長、ふせえり。ファッションと言い、言動と言い、笑った、笑った。「革命」だか「反対」だか書かれたインクを落としてある赤いヘルメットをかぶって、ヒッピーファッション。この人、学生運動やってたんだな。だから、産廃問題取材しろとか言ってたりして。「おまえ、○○した方がいいぞ」って棒読みっぽい話し方も、この役にぴったりで。つまり、奇妙なキャラクターが多い割には、ふせえり演じる編集長のキャラクターが一番作り込まれてたように感じた。あ、あと岩松了ね。なんだよ、時効警察キャストじゃん(笑)。

「患者以上に変」な医者の「変さ加減」をどう表現するか、というのがポイントだったんだろうと思うが、松尾スズキの「変さ加減」はどうも上滑りな感じ。伊良部は最後までどうも実像がつかめなかったなあ。一緒に石投げる、とか、暴れたら勃起が治った、とか、とどのつまりちゃんとした治療をしてないのが気にかかる。変な医師ならとことん変な治療法を施してもらったら、もっと面白くなったんじゃない?
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by galarina | 2006-11-24 17:43 | 映画(あ行)

SHINOBI

2005年/日本 監督/下山天

「この映画のターゲットはどこなんだ?」
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忍者が好きな子供たちなのか、アクション好きな若い男性なのか、それともラブストーリー好きな女性なのか。大体エンターテイメント映画ってのは、このターゲットに響くようにという「核」があるはずで、そこにしっかり力を入れれば、そのターゲット層の周りにいる人たちも取り込める。これは商業的なモノ作りの基本だ。でも、この作品は誰に見せたいのか、よくわからなかった。

あと、日本のCG技術って、まだこんなものなの?もともとアクション系はあんまり見ないのでわからないけど、ちょっと動きのなめらかさがハリウッド映画に比べるとまだまだって感じで。これは予算の関係なのかな。

さて、甲賀VS伊賀、しかもその長同士が恋人って設定。アクション映画として見せるのでも、ラブストーリーとして見せるのでも、このシンプルな設定はわかりやすくていい。でも、どっちが甲賀でどっちが伊賀なのか、わかんなくなった。グループ毎に同じ衣装とは言わなくとも何かシンボリックなものを統一させて欲しかった。5人のキャラ説明もちゃんとして、キャラクターを立たせれば、バトル物としてもっと面白くなったはず。

そして、主人公ふたりの術が「目力」ってのも、アクション的な迫力出せないし残念。せっかく、最後は愛する者同士の戦いなんだからボロボロになるまで戦うべき。愛しているけど、殺さねばならない。なのに、やけにあっけない幕切れだったなあ。その点、「Mr&Mrs スミス」は徹底的にやってた。あれくらいやらないと。大将同士の戦いで盛り上げないでどうする。

オダジョーは、仮面ライダー出身なんだからもっと開き直ってキャラになって欲しい。彼のいいところ、あんまり出てなかったよ。こういうのは「なりきり君」にならないと。俺はもうこんなのやりたくないムード漂ってませんでしたか(笑)。

なんだか子供だましなゆるさだよな~と思っていたのに、最後の朧の決死のシーンで不覚にも泣いちまった。つまり、仲間由紀恵でなんとかこの映画は持っていた、ということか。さすが、功名が辻(見てないけど)。


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by galarina | 2006-09-22 14:21 | 映画(さ行)