「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:アメリカ映画 ( 152 ) タグの人気記事

マグノリア

1999年/アメリカ 監督/ポール・トーマス・アンダーソン

「生きることの本質を強烈な語り口で見せる傑作」
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189分と言う長尺ですけど、何度見ても飽きません。傑作です。それぞれのエピソードは、川の支流のように途中で合流したり、離れたりを繰り返しながら、死や別れの予感に向かって突っ走っていく。この独特のドライブ感を生み出すのが、P・T・アンダーソン監督は実に巧い。音楽やカメラ、エピソードのつなぎ方がとてもリズミカルで、観る者を飽きさせない。前作の「ブギーナイツ」同様、最初の1時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまいます。忘れないうちに言っておきますが、エイミー・マンの音楽がすばらしいです。

本当にヘンな奴ばっかり出てきますが、このキャラクターを考えるセンスには脱帽します。そしてこの特異なキャラクターをそれぞれの俳優陣が精魂込めて演じている。俳優陣全てに主演俳優賞をあげたいくらいです。ジュリアン・ムーアもフィリップ・S・ホフマンもいいのですが、何と言ってもトム・クルーズでしょう。これ以上のトム・クルーズを私は観たことがありません。男根教とも呼ぶべきイカサマSEX宗教のカリスマですが、そのイカれっぷりは圧巻です。

そして、スラング大会のように実に下品な言葉が次から次へと出てくる。罵ったり、蔑んだり、英語に精通した上品な方なら、耳を塞ぎたくなるような口汚さですね。ジュリアン・ムーアのセリフの90%はFUCKとSHITで成り立っているんではないかというくらい。でも、この俗悪さこそ、P・T・アンダーソンの強烈なオリジナリティであり、かつこの作品を傑作たらしめているものの一つだと私は思っているんです。

これらの汚いセリフは、彼らが地面を這いつくばって生きる、生き様そのものであり、魂の叫びのように聞こえます。どんなに下品であろうと、心の底から絞り出される悲痛な叫びであるからこそ、彼らは救われる。あまりにも、奇想天外な奇跡によって。初めてこの作品を見たときは、この唐突に起きる奇跡に声をあげて驚いたのですが、なぜかすんなり受け入れられたんですね。その腑に落ちるための伏線は、冒頭幾つかのエピソードで張られているのですが、それ以上に人間は「人生というものは何が起きるか分からない」と直観的に理解できているからだと感じられてなりません。己のどうしようもない所で、人間は生かされているのだ、という哲学的な見地から眺めたくなる作品。しかもそれが俗悪極まりない人物たちによって、創り上げられている。のたうち回って生きる彼らこそ、人間として最も美しく尊い存在に見えるのです。
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by galarina | 2008-02-16 22:15 | 映画(ま行)
2006年/アメリカ 監督/クレイグ・ブリュワー

「オンナの私でもパンツに釘付け」
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これは、面白かった。すごいカッコイイショットの連続で。冒頭のトレーラーに中指立てるクリスティーナ・リッチとか鎖を巻き付けてソファで眠る姿とか。あんまり見た目がカッコ良すぎるもんだから、中身の方、つまり物語で言うとラザラスとレイ、ふたりの関係性に、もうひとひねり、ふたひねりあればなあ、と言う欲も出てくるのよね。「エクソシスト」の少女と神父みたいにさ、もっとラザラスを愚弄して、誘惑するレイでも良かったんじゃないの、なんて。

それに、まるで猛獣をつなぐような鎖を出してくるもんだから、監禁にまつわる物語性よりも、むしろ華奢なクリスティーナ・リッチが黒人のオッサンに太い鎖でしばられている絵を撮りたいという意思の方が強いのかも、なんて穿った見方をしてしまうんだけど、サミュエル・L・ジャクソンとクリスティーナ・リッチ。この二人の演技がそんな疑念を吹っ飛ばしてしまう。

特にクリスティーナ・リッチ。前半、ほとんどパンティー一枚。これぞ、女優ですよ。あの小さい体で男たちに弄ばれる描写が痛々しいのなんの。まるで、ボロぞうきんのよう。でも、演技は実に堂々としていてすばらしい。この延々パンツ一丁(しかも白いパンティーだぞ)には、作り手の明らかな狙いがあるはず。でも、それがどうだって言うのよ、と言わんばかりに目の玉ひん向いて迫ってきます。日本の若手女優陣は、これを見なさい!と言いたい。サミュエル・L・ジャクソンの老けっぷりも驚きました。「パルプ・フィクション」の颯爽とした男っぷりはどこへやら。白いランニングでトラクターを運転する姿がハマリすぎなほど。そんな、やつれ男のブルースっつーのも、なかなか女心に響きます。もがきながらも前向きに生きる底辺の人たちの交流をじめじめした演出ではなく、あくまでもクールに見せる。ハリウッド映画ではなくアメリカ映画を見た!という気分になりました。
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by galarina | 2008-02-14 23:32 | 映画(は行)
2003年/アメリカ 監督/ゴア・ヴァービンスキー

「シリーズ1から見通してみて思うこと」

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シリーズ中、このパート1が一番好きだという人も多い。その気持ちもわかります。でも、私は海の荒らくれどものやりたい放題のイメージが定着してしまったので、このパート1は、むしろうまくまとまり過ぎているとすら思えるんですね。全く、不思議なもんです。

確かに物語はコンパクトで見やすいです。エリザベスを中心に観れば、非常にオーソドックスなお姫様物語のようにも感じられます。幼い頃から心を通わせる男との身分違いの恋。そこに、親の決めた許嫁と突如現れた魅力的な不良男。不良男に惑わされるのは、まるでマリッジ・ブルーに陥った女の迷い心のようでもあります。しかし、最後には、自分の思いを再確認して彼と甘―いキスを交わす。物わかりのいい許嫁は身を引き、風のように現れたアイツは海賊船と共に海の彼方へ去っていくのでありました。めでたし、めでたし。

このようにエリザベス目線で考えると、なるほどディズニーらしい映画なのかも知れません。何せ元ネタがアトラクション。よくぞここまで膨らましたな、と感心します。しかし、ヒットしたおかげでパート2を作ることとなった。主人公のふたりはキスして一件落着となった物語を、再び解体しなければならない。そこで、予想外に人気となったジャック・スパロウから物語を広げてやろうということになったんでしょう。

善人か悪人かわからないジャック・スパロウというキャラクターが注目されたのは時代の必然でしょう。悪い奴がいて、ヒーローが退治する。その構図に、もはや小学生ですら嘘くささを感じ取っています。それほど、世の中の善悪の判断基準は曖昧になっている。悪いことをしても罰を受けるわけでもなく、平然とのさばる大人はごまんといます。でも、一方でそんな世の中だからこそ、映画の中では善悪がはっきりしていて、悪い奴が懲らしめられる方がスッキリするのだ、と言う人もいるでしょう。しかし、その虚構の世界はスッキリしても、映画鑑賞の喜びの一つである余韻を味わえない。ジャックという人間が抱える混沌、善も悪も呑み込んでしまう海の底の不気味さの方に私はリアリティを感じます。

おそらく、その根拠は「正義」の不在でしょう。海賊に正義なんてない。それが、見ていて気持ちいいんですね。だって、どっちにも寝返っちゃうんですから。「アラバマ物語」じゃありませんが、性善説に基づく正義を振りかざされることに、私は飽きてしまったし、昨今の映画の正義の表現に作り手が敢えて注入したい何らかの意図を感じ取ってしまう。誰の側にもつかない。ただ海に生きる。そのスタンスは、まるで西洋中心の経済システムから全く離れて存在する少数民族の姿のようでもあり、何が善で何が悪かわからない世の中を生き抜くしたたかさを感じるのです。海賊、バンザイ!
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by galarina | 2008-02-10 20:18 | 映画(は行)

プレステージ

2006年/アメリカ 監督/クリストファー・ノーラン

「作品そのものがイリュージョン」
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ラストのどんでん返しにあっさりやられた。時間軸が前後することに加え、数々の伏線が張られているが、見ているのがしんどい作品かと言えば全くそんなことはない。今から随分昔の時代とは言え、目の前で繰り広げられるイリュージョンに目を奪われるし、アンジャーとボーデン、希代の奇術師2人のとことん裏をかく駆け引きから目が離せない。実に見応えがあり、映画館で見れば良かったなあ、と後悔。

アンジャーとボーデン、ふたりのキャラクターをもっと明確に描いてくれたら、導入部からもっとノリきって見れたのに、とその点がやや残念。アンジャーが「陽」なら、ボーデンは「陰」。この陰と陽をくっきりと浮かびあがらせて欲しかった。というのも、脇を固める役者がとてもいいから。特にマイケル・ケインとデヴィッド・ボウイ。「確認」と「展開」、そして「偉業」へ。マジック理論のシーンを始め、マイケル・ケインのおかげで作品に知的なムードが漂う。それに、その存在感からどこかで寝返るんじゃないか、何かヒミツを握っているのではないか、と常に探りながら見てしまった。そして、テスラ博士を演じるボウイがすごくいい!凡人を寄せ付けない風格があって、何だか宇宙人みたい。

人を騙す快感と言うのは、一度味わうとやめられないんだろう。大勢の観衆を驚かせて、スポットライトの中で拍手喝采を浴びたら、全てを犠牲にしてもいい。それほどの悦びがあるのだろう。しかし、一番騙したかったのは、互いのライバル。日記を手に入れたり、恋人を送り込んだり、こりゃまるでストーカーだな。原作はページ数が膨大だと言うことですが、よくぞまとめたという感じ。クリストファー・ノーランお得意の時間軸をいじる見せ方も、もしかしたらラストのオチを気づかせない手段の一つかも。これ、時間通りに進めば、オチに気づく人もっと増えるんじゃない?(たぶん、私は、それでもコロッと騙されると思うけど)

物語で示されるマジックも、そしてこの作品のどんでん返しも、共に「なんだ、そんなことだったのか!」というシンプルなタネであるところが、実に小気味いい。あまりにも単純な仕掛けだからこそ、騙された方も快感。こんなに気持ちよく騙されたのは本当に久しぶり。終盤にかけてのSF的な展開も、全く違和感なし。幻想と現実がないまぜとなって、観る者を圧倒し続ける展開の中で、この驚愕的な科学理論がちゃんと物語に収まっている。おまけにアンジャー殺しの犯人は誰かというミステリーまで加わり、ボリューム満点のフルコースを頂いたような満足感。
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by galarina | 2008-02-04 23:55 | 映画(は行)

ラブソングができるまで

2006年/アメリカ 監督/マーク・ローレンス

「この役を引き受けたヒュー・グラントが偉い」
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私はターゲットど真ん中なので、出だしのPVですっかり爆笑でした。ルックスは、デュラン・デュランに似てる~。まあ、あの時代はこんなバンドだらけでした。なぜか、カルチャー・クラブのボーイ・ジョージがクスリか何かで捕まって、懲罰として作業服でゴミ拾いの社会奉仕させられていたのを思い出しました。日本だと、トシちゃんをモデルに作れそうですが、某事務所がうるさくて無理でしょうね。

ラブコメは、あまり見ませんのでドリュー・バリモアはおそらく「E・T」以来です。ちょっと身振り手振りがオーバーだし、コメディ女優的な枠組みの中に入りすぎていて、今イチでしたが、他の作品を見ていませんので即断するのは止めておきます。むしろ、ソフィーの抱えるトラウマがありきたりだな~。こういう設定、他の映画でも見たことあるかも。また、ふたりが結ばれていくプロセスも、予想通りというか、甘いというか、生ぬるいというか。よく言えば、このある程度予測できる部分が安心して見られるというところですかね。

しかし、私はこの作品を大いに評価します。それは、作り込みの本気度です。ラストのコンサートシーン。ド派手な演出でめちゃ気合い入ってます。冒頭とラストの音楽に気合いを入れることで、お気軽でポップな80年代サウンドから、今風のヒップホップサウンドへと、流行音楽の橋渡しが冒頭からラストへときちんと繋げられている。しっかりと音楽を描くことで、時代のギャップ感を見事に再現している。そこがとてもいい。「バブルへGO!」のショボさを思い出してしまいました。

アメリカ人の発音で愛の言葉をつぶやくと、生っぽいというか、もっちゃりしていると言うか、恥ずかしくてダメなんですが、イギリス英語だと何か軽やかに聞こえちゃう。ヒュー・グラントは得してますね。それにしても、あの腰フリダンスはおかしすぎる。しかもこれ、アメリカ映画でしょ?落ちぶれたイギリスのポップスターでアメリカでドサ廻りしてるなんて設定、よく考えるとすごい失礼なオファーじゃないですか?でも、彼の演技のとことんぶりがこの作品を支えているのは間違いなく、その懐の大きさと芸風の幅広さに大いに感心しました。えらいよ、ヒュー。
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by galarina | 2008-01-29 23:34 | 映画(ら行)

ボラット

2007年/アメリカ 監督/ラリー・チャールズ

「私も警察を呼びます」
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ちっとも笑えませんでした。アメリカの欺瞞を暴くですと?だったら、もっと正攻法でしましょうよ。ボラットは、カザフスタンからやってきたレポーターのフリをしているんですよね。フリをしている人がカマをかけて相手の反応を引き出すというのは、見ていてあまり気持ちのいいものじゃありません。

そもそもフェイク・ドキュメンタリーの体裁ですから、そこに遭遇するアメリカ人の全てがやらせでないと、どこまで言えるのでしょう?侮蔑の言葉に怒って席を立つフェミニズム研究者に「そこで怒ってくださいね」と指示しているかも知れません。意気投合する大学生たちに「一緒に馬鹿騒ぎしてくださいね」とお願いしているかも知れません。あくまで、この映画は本当に起きたことと言っています。実際に訴訟問題も起きているのだから、そうなんでしょう。しかし、出発点において自分自身が本性を偽っておいて、後の出来事は本当にあったことです、と展開するのはモノ作りをするものとして、虫が良すぎませんか?

じゃあ、百歩譲って、この映画に対して不快だと思う人、その不快に根ざすものを顕わにするための映画だとしましょう。でも、私がホテルスタッフなら、ホテルにパンツ一丁で現れたお客さんをもてなす自信はありませんし、大事な商品を壊されたら弁償してくれといいます。正直、この映画の何が面白いのか、全くわかりません。
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by galarina | 2008-01-28 23:09 | 映画(は行)

ゾディアック

2006年/アメリカ 監督/デビッド・フィンチャー

「力強いビートに身をまかせる157分」
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当初尺の長さに躊躇していたのだけど、その長さを全く感じさせない素晴らしい作品。ゾディアック事件を取り巻く人物達の焦燥と混乱を描いていますが、それだけで観客をぐいぐい引っ張るというのはとても難しいこと。というのも、この手の映画は、どうしても「犯人は誰か」に注目してしまうものだから。しかも、最初の事件が起きてから、ラストに至るまで非常に長い年月が流れている。なのに、ダラダラとした感じが全くしない。

例えば、いきなり「4年後…」なんてテロップが流れても緊張感が途絶えないのです。普通なら、「えっ、4年もすっ飛ばしちゃうワケ?」なんて、しらけた気持ちが起きるはず。でもね、それがないの。この作品には、ビートの刻みを聞いているような心地よさがあるんです。例えば、太鼓やドラムなどのお腹にずっしり来るパーカッションの音楽ってあるでしょう?ずっと一定のビートで力強くて、鮮やかで、いつまで聴いていても飽きない音楽。暗号をグレイスミスが解読するシーンなど「解けた!」という飛び抜けた演出もされていないし、ゾディアックが標的に忍び寄る様、特に赤ん坊を連れた女性に近づくシーンなども、じわりじわりと恐怖が忍び寄ってくる。その一定のリズム感が実に心地よくて。

ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニー・Jr。三者三様、それぞれの人生が狂い始める様を見事に演じています。ある意味、この3人の役どころに誰か大物スターが入り込んでいたら、非常にバランスが悪くなったでしょう。ゾディアックというシンボルを中心にして、すばらしいトライアングルを形成しています。それぞれの運命の歯車は決して良い方向には回らない。図らずして悲劇のレールに乗ってしまったことを、中盤辺りですでに観客は予期し始めます。それでも、我々は固唾を呑んでその行く末を見守らねばならない、そんな使命感すら感じさせられました。犯人が捕まろうが死のうが、そんなことは途中でどうでもよくなり、ラストまで緊張感と共にゾディアックに翻弄される3人の男達の生き様を食い入るように眺めてしまったのです。
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by galarina | 2008-01-23 22:19 | 映画(さ行)
2005年/アメリカ 監督/ティム・ストーリー

「しょーもなっ!と言いながら楽しんでしまったよ」

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リーダーが一番ダサいゴム人間ってのがいいですねえ。普通、リーダーならもっとカッコ良く変身するものでしょう?そういうおバカさが実に気に入りました。昨今、実写ものSFって、説教くさいのが多かったですから、これは子供と一緒に、そんなアホな~とかましつつゲラゲラ笑って楽しみました。

だって、4人とも同じ宇宙嵐に見舞われたのに、全員症状が違うって、どういうことですか…。随所に出てくる子供だましの「なんちゃって科学理論」も笑える。しかも、この「なんちゃって科学理論」を見終わってから必至に解説している息子の姿がかーちゃんは微笑ましかったっす。

とはいえ、カースタントはなかなかの迫力ですね。バンバン車、ぶっ壊しちゃってます。どうやらファンの多いジェシカ・アルバ。「シン・シティ」でしか見ていませんでしたが、アメリカ人には珍しい子鹿のようなキュートさが男子のハートを掴むのでしょうか。おばちゃんのハートはピクリとも動きませんでしたが(笑)。

スパイダーマンに雰囲気が似ていると思ったら、やっぱりアメコミなんですね。こういうジャンルは全く無縁で、子供がいないと絶対見ないと思う。というわけで、子供がいると、映画の見る範囲って俄然広くなるのね。それはそれで良しと思う今日この頃。
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by galarina | 2008-01-22 23:26 | 映画(は行)
2007年/アメリカ 監督/ティム・バートン
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「悪夢を描けば天下一品のティム・バートン」

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(ラストシーンについて触れています)
さすがティム・バートンの映像美でした。使用する色のバリエーションを極力抑えています。例えば、黄色やオレンジといった暖色系の色遣いはほとんど出てこない、それによって、真っ赤な血の色を際だたせています。そして、ベースにあるグレーや深緑、暗いブルーなどの色合いは、錆びた鉄を思わせるようなざらつき感を伴っています。

そして、血の色よりも、むしろ人物の青白い顔の浮かび上がりようが、気味悪い。この異様なまでの顔の白さ、まるでパペットのよう。これは監督お得意のストップモーション・アニメを本物の人間で実現させた作品ではないかしら。色遣いが「コープス・ブライド」にそっくりですもの。ミュージカル仕立てで、現実離れした異世界として作品を描けたことも、人形劇のようなムード作りに一役買っています。

哀れな殺人鬼、スウィーニーを演じるジョニー・デップが本当にステキ。本来ミュージカルならば、もう少しオーバーアクトであるのが正解かも知れません。しかし、スウィーニーは常に陰鬱です。ティム・バートンは復讐心がメラメラと燃え上がるような殺人鬼には敢えてしなかったのでしょう。妻と子供を奪った奴らに仕返しをする決意は固めているものの、既に何もかも失ってしまった抜け殻のような男がスウィーニー。だから、歌がうまくて、演技も大振りな役者は、監督が思い描くスウィーニーとはおよそかけ離れているはず。ジョニー・デップは抑えた演技ながらさすがの存在感で悲しき殺人鬼を演じきりました。お見事。歌もうまい。

ミセス・ラヴェットの夢想シーンが暗い物語に唯一明るさをもたらしています。極悪非道な悪人が、人並みの幸せを思い描くと言う、何とも滑稽でブラック・ユーモアたっぷりのシーン。浜辺でしましまの水着を着て憂鬱そうに海を眺めるスウィーニーに、思わず笑いがこみ上げる。ブラック・ユーモアと言えば、死体が流れ作業のように地下室に落とされるシーンも、実にティム・バートンらしい。「チョコレート工場」の流れ作業を思い出しました。

そして、あまりにもあっけないエンディング。若者と娘はあの後どうなったのだという疑問は残りますが、抱き合うスウィーニーとルーシーをどうしてもラストカットにしたかったのかも知れません。お互いの鮮血にまみれながら、ようやく巡り会った2人。「悪」と「ロマンチシズム」を常に融合させてきた、実にティム・バートンらしいエンディングではないかと思うのです。
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by galarina | 2008-01-21 22:53 | 映画(さ行)
2007年/アメリカ 監督/ジョン・タートルトーブ

「全肯定か、全否定か」

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前作「ナショナル・トレジャー」で、一切のツッコミをはねのけて突っ走る映画で、それはそれでアリだ、と書いたけれども、今作も全く同様。お正月映画で、2時間を映画館で楽しく過ごすことが第一命題であるならば及第点でしょう。私自身は楽しけりゃいい、という映画の見方ではないので、もちろん突っ込もうとすればいくらでもツッコミどころはある。

一番のツッコミどころは、登場人物たちの関係性をきちんと描いていないこと。前回は反目し合っていたビルと父はすっかり仲良くなっているし、ビルと妻はいつのまにか別居状態だし。極めつけはハーヴェイ・カイテル演じるFBI捜査官のセダスキー。敵か味方かというストーリー上の立ち位置はもちろん、全体の登場人物の中でセダスキーをどう扱っているのか、製作者の意図が全く不明。ハーヴェイ・カイテルという名優を使っているだけにその宙ぶらりんさが気になって仕方がない。

前作の方が面白かった、と言う意見も多いけれど、スケール感、スピード感共に前作よりも劣っているとは思えない。むしろ、中盤のカーチェイスシーンなど迫力は増していると思う。結局、構造的なものが何も変わってないから、同じモノを見たような気になり、「前の方が良かった」という意見になってしまうのだろう。とまあ、やはりまじめに語るのがバカバカしくもなる作品ですね。暗号はいっぱい解けたし、黄金都市も見つかったし、良かったじゃんね~と言われれば何も言い返せない、そんな映画です(笑)。ただ、昨年のジェリー・ブラッカイマー絡みの作品では「パイレーツのワールド・エンド」と「デジャヴ」がアクションに加えて奥行きのあるドラマを作っていただけに、ちょっと見劣りしてしまう。パート3作るんだろうなあ…
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by galarina | 2008-01-06 23:19 | 映画(な行)