「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:アメリカ映画 ( 152 ) タグの人気記事

ジャンパー

2007年/アメリカ 監督/ダグ・リーマン
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「登場人物たちの立ち位置がバラバラ」
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続編があるらしく、今回は紹介編だということをさっぴいても、90分使って登場人物たちの立ち位置が説明できないのでは、どうしようもありません。真っ白アタマのサミュエルのキャラに引っ張られて、何とか最後まで見られたという感じです。

デヴィッドはジャンプできる能力を自分自身どう捉えているのか、その結論が出ずじまいです。その能力に苦悩しているのか、または、陶酔しているのか、そのどっちでもない。そこんところは、物語の一番の軸でしょう。ただ、好きなところにジャンプして、挙げ句の果てには銀行からお金を盗むとは。強盗はいかんやろ、強盗は。一体どうしたいんだ、コイツは。

ジャンパーを狩る軍団の存在が、魔女狩りから綿綿と続いていると語られますが、これまたお粗末な根拠ですなあ。ジャンパーと魔女がどう繋がるんでしょうか。パラディンが一体何ものかは次回作で詳しく語られるんでしょうか。それにしても、実に説明不足です。とりあえず、ジャンプできる奴とそれを追いかける軍団の物語にしてしまえって言うだけで背景がすっからかん。物語の背景がないのを、世界遺産巡りという背景でごまかしているに過ぎません。

デヴィッドが自分の能力についてどう捉えているのかわからないと言いましたが、これは脚本もすっぽり抜け落ちている上に、ヘイデン・クリステンセンの演技力のなさが輪をかけています。また、主演女優がちっとも魅力的ではありません。少女時代のアナソフィア・ロブの方がよっぽどキュートです。

昨今のアクション大作は激しい戦闘シーンが多いですから、カメラも揺れまくります。しかしながら、アクションシーン以外でもカメラが揺れるため、気持ち悪くなりました。実は「バンテージ・ポイント」も見ましたが、こちらは揺れまくっても全然大丈夫でした。何が違うのでしょう。たぶん、揺れなくてもいい場面で揺れているのです。車がぶつかりゃ映像も揺れる。しかし、ただ話しているシーンで揺れる必要はあるのか。肝心のジャンプシーンも思ったほどの面白味がありませんでした。
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by galarina | 2008-03-24 16:54 | 映画(さ行)

モーツァルトとクジラ

2004年/アメリカ 監督/ペッター・ネス

「恋の成就が人生の門出 」
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アスペルガー症候群の2人のラブストーリーってことで、もっと恋の行方がしっちゃかめっちゃかするのかと思ったらさにあらず。病気によって引き出されるトラブルをあまり悲惨に見せていないの。それが、とても良かった。かわいそうだとか、たいへんだとか、観客がそう思ってしまう演出って、おそらくふたりのピュアな人間性を表現するには、邪魔ものでしかないと思う。この監督は、非常にスマートですね。

よって、誰にでも当てはまる普遍的なラブストーリーになっていると思います。誰かと深く関わることの畏れというのは、今を生きる現代人は少なからず持っているものでしょう。アスペルガー症候群の彼らはその「自分の殻」が我々よりも少々固い。でも、殻から出るのも、殻をつつかれるのも、誰だって怖いのです。殻に閉じこもっておけばラクだという気持ちと乗り越えたいという気持ち、その相反する感情に揺さぶられる。そんな境遇には、どんな人でも共感できるのではないでしょうか。

すばらしいのは、ふたりにとって恋が成就することが、すなわち人生を切り開くこととイコールである、ということ。恋が実って良かったね、という安堵感もありますが、むしろふたりが自分の手で人生の新たな門出を開いたその姿が感動的。全編に渡ってさらりと見せる演出なのですが、見終わった後でじわじわと幸福感が味わえる秀作だと思います。
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by galarina | 2008-03-14 22:46 | 映画(ま行)

ホリデイ

2006年/アメリカ 監督/ナンシー・マイヤーズ

「人物造形が甘い」
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大人のロマンスとして評価が高いんですが、私はちょっと辛口で。

ホーム・エクスチェンジは、面白いですね。身の回りの環境をごっそり変える。こんないい失恋からの立ち直り方法はないんじゃないでしょうか。でもね、4人の登場人物全てに作り込みの甘さを感じます。特にアマンダ。経営者の割にはキャピキャピし過ぎです。両親の離婚以来、涙を見せずに頑張ってきた、という設定なら、もう少し自立心のある女性、業界で生き抜いてきた自信や苦労、そういうものが見えるはずです。

脚本上、肉付けされたアマンダのあれこれ(それは、キャメロン・ディアスのキャラ頼みに見せないためのあざとさにも感じられる)とキャメロン演じるアマンダのイメージが、フィットしていない。そこがとにかく終始気になりました。申し訳ないですが、キャメロン・ディアスって下手だなぁ…。

また、ラブストーリーとしての、ドラマティックな盛り上がりに欠けます。心にじわ~んと来るのは、むしろアイリスと90歳の脚本家アーサーとの交流であったりするわけです。このエピソードは、サイドストーリーとして面白い展開には違いないのですが、メインを食ってしまうようでは…。むしろ、ジャック・ブラックのキャラをもっと立たせて欲しかった。悪い話じゃないけど、取り立ててグッと来るラブストーリーでもないなあ、というのが正直な感想です。まあ、お気楽なデートムービーにはピッタリというところでしょうか。
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by galarina | 2008-03-11 23:21 | 映画(は行)

ハッスル&フロウ

2005年/アメリカ 監督/クレイグ・ブリュワー

「ナイスバディねーちゃんを下からぐいーんとあおるのだ」

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車で売春させる女をしきる、いわゆるポン引きの裏稼業を「ハッスル」と言うんだね。知らんかった。そのハッスル稼業をしているDジェイが、もう一度音楽で成り上がろうとするお話。

主演のテレンス・ハワード、「クラッシュ」や「ブレイブワン」のスマートな黒人の面影なし。黒人ラッパー特有のにちゃにちゃした英語が板についていて、ポン引き稼業のダメ男を熱演。アカデミー賞ノミニーも納得だね。ラップもすげえうまいぞ。白人ピンプ、ノラのスレンダーなミニスカ姿を道ばたからぐいーんとあおる、そのカットの美しさ。キメたいショットがびたーっと決まるのが、サイコーに気持ちいい。それは、おそらく、車で売春、そこから醸しだれるイヤらしさを敢えて見せていないから。

これ例えば日本で言うと、売れない演歌歌手が一旗揚げてやろうみたいな、ベタで泥くさーいストーリー。今どき「Dジェイ」なんて名前もダサすぎるし。有名人と知り合いなんてうそぶくのもカッコ悪いし。でも、そのダサさが、演出次第で「かっけー!」みたいな瞬間をキラリと生み出す。そこが、この作品の醍醐味。

タランティーノもそうだけど、やっぱり車の映像を撮るのが、アメリカ人はうまい。ガチャガチャとカーラジオのボタンを押したり、銀色に輝くホイールがぐいんぐいん回るのを路面からとらえたり。ラップという音楽の力強さ、シンプルさと、映像がぴったりマッチしてる。汚ねーボロアパートで、録音作業。Dジェイの魂の叫びが、ビートに刻まれる。うまくいかなくて、ケンカしたり、投げ出したり。あんたら高校生かってくらい、青いし、熱いし。そんでもって、スタジオにはこれがないと、ってシャグが持ってきたもの。おいおい、それ、ラバーライトじゃん。アタシは、ラバーライトだけの照明が光るショットバーを開くのが夢なのよね。BGMはラップじゃなくて、ソウルだけどさ。一つ買ってみるかな、アタシも夢に近づけるかな。こりゃ、めっけもんの1本。未だに、Whoop That Trick!のフレーズが頭駆けめぐってる。
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by galarina | 2008-03-10 23:50 | 映画(は行)
1992年/アメリカ  監督/デヴィッド・リンチ

「ローラの弔い」

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ビニールシートにくるまれていたローラは、あんなに美しく魅惑的だったのに、本作のローラは泣いてばかり、脅えてばかり。しかも、おばちゃんみたいに野暮ったいファッションセンス。ちっとも美人じゃないの。ごめんね、やっぱり死体のままでいてくれた方が良かった、なんて。また、ローラの親友、ドナをララ・フリン・ボイルが演じなかったのは、何とも残念。ヌードシーンがあったため、当時付き合っていたカイル・マクラクランが反対したのだろうか。テレビ版のドナとはイメージが違いすぎる。

確かに公開当時は喜び勇んで見に行った。ドラマシリーズでどこまで見ていたのか今となっては記憶がないが、もう一回確認したくて、納得したくて映画館に足を運んだような気がする。改めて見て、これは、ドラマシリーズでリタイアした人向きかも、と思う。ここをボーダーラインにすればいいのに、と以前語ったドラマシリーズのepisode16まで見終えて、この映画版を見るのが最もツイン・ピークスを堪能する方法と言えるかも知れない。というのも、やはりテレビシリーズ序盤の淫靡な世界観が圧倒的に映画版のそれを上回っているからだ。

しかし、悪の化身ボブに体も魂も乗っ取られたというのに、ローラは、天使に見守られて死んだ。その事実は、死後のローラが、安寧の地にいることを示唆している。つまり、リンチはローラを本作で成仏させたとは言えまいか。テレビシリーズで死体からスタートし、散々もてあそび、いたぶったローラという少女を、リンチはこの作品で無事天国、いやホワイトロッジに送り届けた。これは、ローラを弔うために撮られた作品かも知れない。
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by galarina | 2008-03-09 22:21 | 映画(た行)

ラスト、コーション

2007年/アメリカ、中国、台湾、香港 監督/アン・リー
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「壮絶なる愛の形に私はひれ伏す」

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美しく着飾るのも、女らしくあるのも、引いては仲間たちの謀議の上で好きでもない男に処女を奪われるのも、全てはイーを誘惑するため。そんなワンがいつしかイーを愛したとて、何の不思議があろう。もう少しで手に入れられたものがするりと逃げ去ったことで、彼女の心はますますイーの元へ飛ぶ。イーを追いかけ、イーに求められる女を演じることが彼女の人生そのもの。イーとの愛を全うしなければ、ワンという女の人生もまた、完結しない。何というつらい、そして報われぬ運命。しかし、嘘とまやかしで塗り固められた2人の関係の中に真実の愛が煌めく。それはまた、煌めいた途端、2人を地獄に突き落とすものでもあるのだ。

まるで、相手をいたぶるような激しいセックス。常に命を狙われ、誰にも心を許さない男、イーは、そのような方法でしか女を愛することができない。いや、イーは、女を愛撫することができないと言った方が正しいか。その柔肌を優しく撫でることも、乳房にそっと唇を重ねることもできはしない。己に溜まったよどんだ沈殿物を掃き出すかのように、女の体にぶちまける。あらゆる体位を尽くして結合しているその瞬間だけ、イーは生を実感する。そんなイーがワンの歌に胸を打たれ、彼女の手をそっと握る。初めての愛撫。愛の始まり。しかし、それは決して成就せぬ愛。

台詞の少ない脚本、巧みな心理描写、見事な上海の街の再現。全てにおいて、完璧。158分があっと言う間に過ぎた。アン・リーの挑戦する意欲に素直に敬服する。また、シックでエレガントなチャイナドレスにも目を奪われたし、日本人街の違和感のなさにも舌を巻く。そして、主演のふたり、新人女優タン・ウェイとトニー・レオンの存在も圧倒的。恐ろしいほどに目で語る。目を見ていれば、心の内まで読めるよう。タン・ウェイの体当たりの演技は、今後の彼女の中国における生活が無事滞りなく送れるのかといらぬ心配をしてしまうほど。しかし、映画初挑戦でこの演技は実に天晴れ。そして、今回もトニー・レオン、フェロモン全開。一貫して冷たい男なのに、常に哀愁漂う。本心を見せぬミステリアスな雰囲気に惹かれない女などいまい。シーツのしわをなぞるラストシーンが未だに目に焼き付いている。また、結局は、ワン頼みという運動仲間たちの狡さも巧みに表現されているのもいい。そして気に入ったのが麻雀のシーン。退廃のムード漂う。「ポン」や「チー」と言う夫人たちの台詞がやけにエロティックに聞こえた。

なぜ、ワンは最後にあのような行動に出たのだろうか。あのまばゆいばかりに美しい指輪ではないか。中国語で指輪は「指戒」。「戒」とは、「誓い」。イーはワンに愛を誓ったのだ。もはや、ワンはその愛に嘘で塗り固められた姿で応えることはできなかった。そして、仲間の侮蔑と恨みを一身に背負いながら地獄に堕ちることを自ら望んだ。その壮絶な生き様を、私は羨ましいと思った。傑作。
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by galarina | 2008-03-08 23:08 | 映画(ら行)

狼よさらば

1974年/アメリカ 監督/マイケル・ウィナー

「ニューヨークの乾き」
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「ブレイブ・ワン」の内容が酷似している、ということで観賞。

のっけからやたらとお洒落なジャズサウンドが流れる。音楽は誰かと思ったらハービー・ハンコックなんですよ。カッコいいわけだ。全編に渡ってこのジャジーでメロウなサウンドが心地よく、復讐劇としてのじめっとしたテイストを微塵も感じさせない。チャールズ・ブロンソンの作品を見たことがないとは言わないけれど、久しぶりのご対面。でも、私にはポールがあまりに硬派な男で、実のところ感情的な部分ではあまり入り込めなかった。強盗に妻を殺され、娘が植物状態になっても、あの落ち着きようって、どうなんでしょう。これって、やはり女性としての目線なんでしょうかね。

でも、ケリの付け方がすばらしいです。なるほど、社会とはそんなものだと皆が納得するようなエンディングです。本作も「ブレイブ・ワン」も共に同じ問題定義をしているわけですが、「ブレイブ・ワン」はそこに個人的な感情を介入させてしまった。そこが、賛否両論を起こしている最も大きな点だと思います。本作では、ポールの個人的な感情も、ポールを追いかける刑事の個人的な感情も、あまり大きなウェイトが占められていない。もしかしたら、ポールが妻の死を嘆き悲しみ、復讐に燃えるような感情的な描写を出してしまうと、観客は否応なしにポールの味方になってしまう。それを避けるために、あのような硬派な演出にしたのかも知れません。「ブレイブ・ワン」とは対照的にからっからに乾いた作品。でも、だからダメかというと、そうではなくて、このドライな感じが本作の持ち味のように感じられました。例のジャズサウンドもあって、ニューヨークという街そのものを見事に捉えた秀作だと思います。
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by galarina | 2008-03-04 22:50 | 映画(あ行)
2006年/アメリカ 監督/キャサリン・リントン

「シンディの歌声に涙が止まらない」

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トランスジェンダー(性同一性障害を持つ人)の青少年の学校「ハーヴェイ・ミルク・ハイスクール」のためのチャリティー・プロジェクトを追ったドキュメンタリー。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督と、オノ・ヨーコら個性派ミュージシャンたちによる『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のトリビュートアルバム制作の模様を、4人の生徒たちのエピソードと絡めて映し出す。

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本作は、2つのドキュメンタリー作品が同時並行で描かれてゆく。一つは、有名ミュージシャンに参加を依頼し、トリビュートアルバムを完成させるまでのドキュメント。もう一つは、ハーヴェイ・ミルク・ハイスクールに通学する4人の高校生の日常を追うドキュメント。2つのドキュメントが同時に存在しているので、正直それぞれ深掘りができずに中途半端な感じもしていた。ところが、終盤。シンディ・ローパーの歌う「Midnight Radio」で、涙腺が決壊。4人の高校生が人生の新たな一歩を踏み出すその様子とシンディの圧倒的な歌唱力を引き出すレコーディング風景、2つのドキュメントがここで見事に合致して、大きなうねりを起こす。版権の問題だろうか。シンディの姿が映像に映っていないのがとても残念なのだが、それでもこの歌声は必見ならぬ必聴。1人でも多くの人に彼女の歌う「Midnight Radio」を聴いて欲しい。

また、「Midnight Radio」に限ったことではなく、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」それぞれの楽曲の素晴らしさを改めて実感する。性同一性障害の若者たちを救うチャリティー活動である、と言う前に、一つひとつの楽曲がミュージシャンたちに歌いたいと思わせる魅力を持っていることが、参加の決め手となったのは間違いないと思う。

「ヘドウィグ」の製作者たちも、ハーヴェイ・ミルク校の関係者も、共に若者たちの側に付いている、いわば味方たちばかりである。なので、当たり前だが映画は最初から一貫して彼らに寄り添って描かれてゆく。だからこそ、ラストシーン、校門前に立ちはだかる公立化反対派の出現が、浮き足だった私の心を現実に引き戻す。このきりりとした痛み、それもまたアメリカの現実であるがゆえに、多くの人に本作を見て欲しいと願う。
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by galarina | 2008-02-24 22:04 | 映画(は行)

ダンシング・ハバナ

2004年/アメリカ 監督/ガイ・ファーランド

「いい!いい!ディエゴ・ルナがいい!」
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はい~。すっかりヤラれましたわ。久しぶりに胸をきゅぅ~んとさせられる男に出会えました。ありがたや、ありがたや。「天使の口、終りの楽園」でガエルと共演していたディエゴ・ルナ。ガエルくんがワイルド系なら、ディエゴくんはキュート系。「天使の口」のディエゴくんもいい感じでしたが、今作ではラテンダンスでセクシーぶりをいかんなく発揮。はあ、私もあと20歳若かったら…と本気に思わせてくれるほど、良かったです。(若くなっても、どーにもならんけど)

彼の魅力は目ですね。タレ目で人なつっこくて。熱気にむせかえるクラブ「ラ・ローザ・ネグラ」。ド迫力の生バンド。ハビエルの汗で濡れた肌。白いシャツに揺れるペンダント。うねる腰つき。こんな所で、あの目で見つめられたら、どんなオンナだって、オチます。私もラテンなイケメンと「ラ・ローザ・ネグラ」行きたいです!踊りたいです!なんか、かなり壊れてきたので、冷静に、冷静に。

えーっと、主演の女の子はなんて名前でしたっけね?何とかガライって子ですけど、フランソワ・オゾンの最新作に出てまして、自己中の女流作家を堂々と演じていますが、本作とは別人みたいです。私はほとんど、ディエゴくんしか目で追ってませんでしたが、映画としては出会いからラストのダンスに向けて、どんどん彼女が魅力的に変化していくのをしっかり見せられています。プロダンサーの夢を結婚によって諦めたとおぼしき母親との交流についてもう少し描いてくれたら物語にも厚みが出たのになあという気がしなくもありませんが、まあダンス映画はダンスシーンのできが良ければ良いほどいいわけでして、野暮なことは申しますまい。

あれだけ接近して情熱的なダンスを踊りながらふたりがなかなかキスしない、という焦らせ方も憎い。また、ありきたりなハッピーエンドでないのも、いい。キューバ革命という一大事も盛り込みながら、ただのダンス映画に終わらせない脚本もなかなか。と、その他適当に褒めておいて(笑)、とにもかくにもディエゴ・ルナを見よう!女子の皆さん。

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by galarina | 2008-02-20 22:37 | 映画(た行)
2005年/アメリカ 監督/シドニー・ポラック

「ドキュメンタリーはファンや友人が撮らない方がいい」

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フランク・O・ゲイリー。日本では神戸のフィッシュダンス・ホールが有名ですが、やはり何と言ってもスペインのビルバオに建てられたグッゲンハイム美術館が最も旬でしょう。この建築ができたおかげで、もし私が次回スペインに行くのなら絶対に訪れてみたい場所となりました。映画の中でも、このグッゲンハイム美術館の圧倒的な存在感は格別。建築は詳しくないと言うシドニー・ポラックですが、フランク・O・ゲイリーお得意の金属壁面に映り込む樹木や人々の陰影が美しく撮影されています。

でも、建築物こそ主役だと思ってみれば、カタログ的に主な作品を見られてそれなりに満足できるでしょうが、私は少し物足りなさを感じました。それは、何よりシドニー・ポラックが、フランクの友人であるからではないかと思います。やはり、人物ドキュメンタリー作品というのは、迫るべき人に対して、客観的なスタンスでないと面白くならない。もっと引いた目で描かないと。あまりに個性的な彼の作品を否定的に捉える批評家もいるのですが、そこんところ突っ込みが甘いな、と思いました。それは、友人だから突っ込めないのでしょうし、建築に詳しくないから突っ込めない。

事務所の様子が克明に映されているのは、なかなか興味深いものがあります。これだけのでかいプロジェクトを手がける巨匠の設計事務所とは、どのようなスペースで、どのように仕事が進められているのか、建築に興味のある人ならばその雰囲気を十分味わえます。しかし、一方その内実を知ると、確かに初期デザインは彼の発想であってもその後のプロセスは、ある意味流れ作業。事務所のスタッフが専門的に各工程を請け負う。もちろん、それは頭では分かっているのですが、やはり観る側はクリエイターがモノを作り出す苦しみや喜びを見たいと期待してしまいます。「才能は病気だ。治ることのない不治の病だ」と語り合う場面が実に印象的。どうせなら、友人と言うスタンスを存分に活かして、この手の話をもっともっと引き出しても良かった。どの視点でフランク・O・ゲイリーを捉えるのか、中途半端になってしまったのが残念です。
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by galarina | 2008-02-17 23:29 | 映画(さ行)