「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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タグ:アメリカ映画 ( 152 ) タグの人気記事

ドラゴン・キングダム

2008年/アメリカ 監督/ロブ・ミンコフ
<MOVIX京都にて観賞>

「大いに満たされたミーハー魂」
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長きにわたってクンフー映画を見続けたファンの方は、この映画に対して様々な異論、疑問、怒りを持たれるのでしょう。それは、とてもよくわかります。多分、それは私にとっては、YMOが3人揃ってパヒュームのバックバンドをさせられる、そんなシチュエーションに近いのではないかと。もし、そんな光景を目の当たりにしたら、きっと悲しくて、まともに見られないだろうな。

でも私は、まだまだクンフーはにわかファンですので、ジャッキー・チェンとジェット・リーという新旧対決をワクワクしながら、思う存分楽しんでしまいました。やっぱりワイヤー満載と言えども、体のキレやポーズの美しさが段違いに違いますもん。また、彼らに限らず1対1の対決シーンがふんだんに用意されていて、にわかファンには次から次へと繰り広げられるクンフーアクションが楽しいの、なんの。

ストーリーはもろ、RPGゲームのような子供だましのものです。そういうものに、ジャッキーとリーが出ているということも、コアなファンには納得しがたいのでしょうね。ただ、小学生の息子と家族で見に行ったものですから、このわかりやすさが良かった。夏休みの家族向け娯楽作と考えれば、こんなに贅沢なキャスティング、楽しまなければ損だと思って、ストレートに喜びました。

オープニングがとても良いのです。クンフーおたく少年の部屋一面に貼られたブルース・リーを始めとする香港映画のポスターが次から次へと立体加工されて、キャスティングを紹介。この映画の製作者もまた、クンフーおたくなんだな、というのが実によく伝わります。タランティーノが古い日本映画へのオマージュを臆さずに表現しているのとちょっと似ている。何だかすごく微笑ましい。その後も、酔拳を初めとする○○拳がいっぱい出てきて、製作者がジャッキーとリーにやって欲しかったんだな、というのが丸わかり。終盤には少林寺まで出てきて、もうクンフーネタのごちゃまぜ、てんこ盛り状態。

嬉しかったのは「ラッシュアワー3」で衰えを感じたジャッキー・チェンが、すごくキレていたこと。まだまだ、いけるぞ。片や心配なのは、ジェット・リー。「SPIRITS」でもう二度とハリウッド映画でクンフーはしない、と宣言していたにも関わらず本作に出演しているし、「ハムナプトラ3」でもしけた悪役をさせられている。彼の心境は一体今どうなんろう、と思う。あれだけのアクションスターはいないわけですからね、どうか納得できる作品に出演して、まだまだ彼の技を見せて欲しいと切に願います。
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by galarina | 2008-08-16 17:10 | 映画(た行)

バットマンビギンズ

2005年/アメリカ 監督/クリストファー・ノーラン

「ノーラン監督の才気冴え渡る」
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「バットマン」に関する知識が皆無なので「ダークナイト」観賞の前に予習のつもりで見ましたが、鑑賞後呆気にとられて言葉が出ませんでした。「スパイダーマン」と比較して語るような作品ではないですね。まるで、土俵が違う。完全に大人向け。ヒーローが悪を滅ぼす爽快さを完璧に捨てているのが見事です。

アメコミという非現実的なる世界をこれだけ重厚感溢れる世界観でがっちりと固めたクリストファー・ノーランの才能には惚れ惚れします。飛び道具のようなメカもたくさん出てきますが、その凄さを敢えて強調していない。例えば、スパイダーマンの場合、手の先から蜘蛛の糸がシュッと出る、その面白さをさらにCGで凄さ倍増にして見せる。それがビルの谷間を飛び回る映像になるわけですが、バットマンは違います。例えば、彼は空を飛ぶのですから、救助した人間を抱えて夜空を猛スピードで飛び回る映像なんかも作れるわけです。これだけ、CG技術が進んでいるのですから、何でもやり放題のはずです。でも、敢えてそれをしていない。新しいメカをどんどん身につけていきますが、実に淡々としたものです。つまり、この作品には、カタルシスがない。「飛んだ!」とか「やっつけた!」とか、観客のストレスを発散させたり、溜飲を下げるような演出がほとんどない。

確かに昨今のこのジャンルの作品は、どんどんダークな傾向にあります。しかし、それでも映画を見てスカッとしたいと言うのは、最低限のお約束だったはず。そこを、きっぱりとノーラン監督は撥ね付けた。この、その場限りの爽快感を切り捨てたおかげで、際立ってくるのはバットマンの苦悩や不気味な終末世界です。もちろん、お約束の復讐か自己満足か、というテーゼは出てきますが、むしろ私がこの作品から感じるのは、割り切れなさ、と言ったものでしょうか。バットマンが選んだ道が正義と言えるのかどうかわからない、という曖昧なエンディングも含め、全てにおいて白黒がつきません。まるで、答を出すのを放棄しているかのようです。彼の正体を知ったレイチェルの反応も、好きか嫌いか、彼と縁を切るのか切らないのか、全く釈然としません。

従来のヒーローは、人間関係において必ず頂点の存在でした。しかし、本作では他の登場人物と横並びな感じです。脇の役者が素晴らしくいいのです。マイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、キリアン・マーフィ。この5人の役者がそれぞれの持ち味をしっかりと出しながら、かつ突出せず素晴らしいバランスを保っています。主役を務めたクリスチャン・ベイルのニヒリスティックな佇まいも非常に良い。

カタルシスもなければ、明快さもなく、重低音ウーハーの響きがずしんずしんと地鳴りのように鳴り続けているような雰囲気。アメコミ物の枠組みをつぶさんとするようなノーラン監督のチャレンジ精神に感動しました。「ダークナイト」が実に楽しみです。
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by galarina | 2008-08-14 18:30 | 映画(は行)

イースタン・プロミス

2008年/イギリス・カナダ・アメリカ 監督/デビッド・クローネンバーグ
<京都シネマにて観賞>

「暴力の刻印」
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前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」に引き続き、暴力がテーマのクローネンバーグの新作。ロンドンにおけるロシアンマフィアの世界を独自の世界観で描き出していて、力強い映像美を堪能しました。主演のニコライを務めるヴィゴ・モーテンセンの存在感がすばらしく、どのショットも「絵」になります。最初に出てきたときからボスのような存在感で、運転手なんてチンケな仕事には全く見えませんでした。最も気に入ったのは、真っ赤なソファに半裸で寝そべり、タトゥーを入れてもらうところ。非常にエロティックで官能的なショット。もちろん、真っ裸のサウナでの格闘シーンもド迫力。互いにタイルに叩き付けられ、グチョッ!グニャッ!と言う音が聞こえてきそうな生々しくて、痛いシーン。このあたりの描写はクローネンバーグの真骨頂と言った感じです。

マフィアの血を受け継ぐ赤ん坊、レイプされた少女の日記、ロシアンマフィアの証明であるタトゥー。それぞれが、暴力のメタファーとなって、物語が絡み合い展開します。それぞれに共通する今回のテーマ、私は「刻まれる暴力」と捉えました。赤ん坊は「血」に、日記は「文字」に、タトゥーは「体」に、暴力が刻み込まれている。それらは、決して逃れられない、変えることのできない悲しい運命のように見えます。しかしラスト、赤ん坊の行き着く先と共に、ほのかな希望が映し出される。己の血の中に暴力の刻印を残す赤ん坊は、その過酷な運命を逃れたのかも知れないと。

ところが一方、己の体にタトゥーを刻んだニコライの行く末は、実に曖昧としたまま終わります。まあ、このラストカットのヴィゴが実にカッコイイのですけどね。ネタバレになるので書けませんが、実はこの作品、ちょっとしたどんでん返しがあります。それを含めて、ニコライがどういう道を選択するのか、実に余韻が残るエンディングです。

それにしても、渋さ全開。ロシアンマフィアという存在についてあまり知りませんでしたので、その世界が非常にミステリアスですし、履歴書となっている全身タトゥーも凄い。大人の映画、という雰囲気満点でした。ナオミ・ワッツ好きとしては、もう少し彼女をいじめて欲しかったかな、なんて思ったりして。いえいえ、困難な道を敢えて選択し、苦悩する役どころが彼女は実に巧い。ロシア製のオートバイを乗り回し、マフィア相手に真っ向から立ち向かう女性を熱演していました。ヴィゴとベッドシーンでもあるのか期待しましたが叶わず。クローネンバーグの描くねっとりとしたベッドシーンが好きなので、そこんところはやや欲求不満。次作に期待します。
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by galarina | 2008-07-31 14:52 | 映画(あ行)
2005年/アメリカ 監督/デビッド・クローネンバーグ

「暴力と平穏のボーダーラインは存在しない」

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主演も同じヴィゴ・モーテンセン、テーマも同じ暴力。というわけで、新作「イースタン・プロミス」の前に予習観賞。

この「ヒストリー」と言うのは、歴史より履歴の意味が強いようですね。ある意味「歴史」と言うのは、いろんな解釈が可能であったり、歪曲して伝えることができるシロモノですが、「履歴」となるとそうはいかない、ということでしょう。暴力の権化みたいだったトムがいくら普通の生活を送ろうとしても、暴力の履歴は消えることがない。ただ、クローネンバーグは、トムと言う男をまるでジキルとハイドのように描いてはいないし、暴力と平穏を対立軸として描いてはいない。そこんところが、実に興味深いのです。

象徴的なのは、一番最初にマフィアが尋ねてきた時、「おまえらなんか知らない」というトムの反応。あれは、本当に知らないという反応に見える演出でした。私自身マフィアが人違いしているのかと、途中まで本気で思ってましたから。彼は巧みに2つの人格を使い分けしているわけでは決してない。どこからどこまでがトムで、どこからどこまでがジョーイなのか、というきちっとしたボーダーラインは存在しない。白から黒へのグラデーションのように、曖昧な部分が存在している。その曖昧の存在は、トムという男だけにあるのではなく、我々社会もそうであるということのように思えるのです。

かつては、危ないエリア、例えばニューヨークならブロンクス、といった具合に「ここから向こうへ行ってはいけない」というボーダーラインが存在しましたが、今は都会のど真ん中で、のほほんと電車に乗っていても、刃物で斬りつけられる。そんな時代を見事に映し出していると思います。いつもは臆病な息子が、銃をぶっぱなしてしまうことも。

面白いことに、鑑賞後初期の北野作品を思い出しました。にこやかないいお父ちゃんがふとしたことでビール瓶を振り回す凶暴性を見せたり、子どもの野球バットが凶器になったり。暴力と平穏は、北野作品でも決して表裏の関係ではなく、互いに溶け合って存在する曖昧さを見せています。北野作品の場合、あの独特の「間」によって、見る人を選んでしまいますが、クローネンバーグの場合は、すっかり円熟味も増して、奇才と呼ばれた頃の観る者を選ぶようなエログロな作風は、やや成りを潜めています。しかし、らしさが失われたと言うわけでは決してなく、還暦を過ぎても絶好調という感じです。
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by galarina | 2008-07-30 15:18 | 映画(は行)

告発のとき

2008年/アメリカ 監督/ポール・ハギス
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

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戦争は、どんな人の心も悪魔に変えてしまう、というお話。誰が悪いと槍玉に挙げるわけでもなく、戦争の恐ろしさ、やるせなさをじっくりと見せる。そんなポール・ハギスの語り口の巧さに酔いしれました。

イラクから帰還した息子が我が家に帰ってこない。彼の行方を追ううちに、物語はサスペンス的な展開へと変貌する。犯人は誰かという謎、少しずつ顕わになる父の知らない息子の姿、そして、イラク戦場での恐ろしい現実。複数の物語が、それぞれ真実の姿を徐々に見せ始める。それぞれが重層的に絡み合いながら、実に奥深い作品に仕上がっている。あくまでも訴えかけるのは、個の心情で、国家や政府などと言うおためごかしなモチーフは一切登場しない。観賞後はずしんと心に響いてきました。

息子の壊れた携帯電話の修理を業者に依頼する父親。以来、父親のPCに修復した動画が少しずつ送られてくる。そのシーンが、真相究明の間にインサートされるのですが、これが非常にスリリングで効果的でした。息子の誠実さを信じて止まない父親。しかし、送られてくる戦場の動画は目を背けたくなるようなものばかり。息子に一体何があったのか。父親の気持ちを考えると本当につらくなります。しかし、この父親はあくまでも寡黙で何事にも動じない。多くを語らないトミー・リー・ジョーンズの演技がとても良かった。

物語の構成や語り口の饒舌さなど、ひとつの作品としてはとてもクオリティが高く、最後まで緊迫感を持って見られる一級品だと思います。ただ、ひとつ個人的に腑に落ちないことがあります。それは、母性の欠落です。この作品は、トミー・リー演じるハンク、つまり「父親」の背中を通して見せるということに徹しています。それは、作品の軸がぶれていない、ということにおいては、当たり前なのかも知れません。しかし、息子が行方不明だと言うのに、妻は家にひとりぼっち。まるで蚊帳の外です。戦争なんて、ない方がいいに決まっているのです。その未来を語る時に「母性」は欠かせないテーマだと私は思っています。また、刑事役のシャーリーズ・セロンは、シングルマザーと言う設定です。母親ひとりだけで息子を育てる、そんな彼女の後ろ姿に何かメッセージが隠されているのではないかとも期待したのですが、何も掴めませんでした。だから、なおさら寂しい、とても寂しいエンディングに感じられたのです。
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by galarina | 2008-07-22 15:44 | 映画(か行)

ハーヴェイ・ミルク

1984年/アメリカ 監督/ロバート・エプスタイン リチャード・シュミーセン

「これもまた、銃社会アメリカの一面」
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ゲイやマイノリティの差別撤廃に尽力したサンフランシスコの市政執行委員ハーヴェイ・ミルク。彼の命はひとりの白人同僚議員によって奪われる。ゲイという差別の元の殺人、その事実に身もよじれる哀しさがあふれるドキュメンタリーかと思えばさにあらず。これは、「ボウリング・フォー・コロンバイン」同様、アメリカの銃社会の悲劇とも捉えられる作品ではないだろうか。

関係者のインタビューを元に事実ベースで進行する物語。観客に感傷的な気分やゲイ差別者への嫌悪を抱かせるような小細工は一切なく、淡々と進む。しかし、彼が初当選した1977年以降、つまり今から30年ほど前のアメリカのゲイを取り巻く環境がどのようなものであったのか、初めて知る事実が多く、とても勉強になった。そして、彼はゲイだけではなく、中国人コミュニティなど、マイノリティの人権のために戦い、法案作りに精を出す。その彼の行動力は、ゲイだけではなく多くの人々の信頼を得るように。つまり、ハーヴェイ・ミルクはひとりの政治家として大衆の支持を受けていたのだ。そんな彼が凶弾に倒れる。実にあっけなく。

そして、その後の裁判では犯人であるダン・ホワイトに同情票が集まり7年8ヶ月というあまりに軽い刑が言い渡される。大衆から指示を得ていた市議と市長があっと言う間に射殺されてこの世を去るということ。そして、白人で固められた陪審員が白人優位の評決を出すと言うこと。本作はゲイの活動家の偉大さにスポットをあてつつ、アメリカの歪みを「銃」と「陪審員制度」という実にアメリカ的なテーマで鋭くえぐっている。

現在、ガス・ヴァン・サントがハーヴェイ・ミルクの映画を撮影中だとか。ミルクを演じるのは、ショーン・ペン。どんな作品になるのか、とても楽しみだ。
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by galarina | 2008-06-29 23:26 | 映画(は行)

パンズ・ラビリンス

2006年/メキシコ・スペイン・アメリカ 監督/ギレルモ・デル・トロ

「これこそ、ダーク・ファンタジーの名にふさわしい」

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ハリー・ポッターやダレン・シャンなど、昨今ダークファンタジーと呼ばれるものが多いが、本作は子供向けではない、と言うことを差し引いても、結末のあまりの残酷さに、これぞ真の「ダーク・ファンタジー」だと感動した。オフェリアが夢見たラビリンスの女王が母親であったのを見るに、全ては恐怖の海に漂う娘が描いた幻想、いや幻想というオブラートに包んだ言葉などではなく、幻覚だったのではないかと思わせるエンディング。年端も行かぬ少女を恐怖のどん底まで叩きのめし、狂わせてしまう。なんと、恐ろしい作品か。

パン(牧神)とは、西洋の神話によく出てくる神らしいが、彼が何のシンボルでどのような役割を果たしているのか、私は知らない。この作品を通じて見るパンは、その容貌も醜く、王女を座に導くものとしては、あまりに居丈高である。全くもって好ましくない。もし、これが少女の幻想ならば、その世界はもっと美しく雅で、心の逃げ場として描かれるであろう。しかし、パンは一方的に彼女を脅かす存在であり、過酷な試練を乗り越えねばならないという展開が、まさしく幻覚ではないかと思わせるのだ。

何度も流産しそうになるオフェリアの母の血を始め、そこかしこで血を流す人々。オフェリアが直面する現実世界の描写もすさまじい。目を背けたくなる暴力シーンの中に人間のエゴイズムと戦争の狂気が宿る。現実も悪夢、そしてラビリンスを目指す道も悪夢。しかし、スクリーンから全く目が離せない。悪夢だからこそ発せられる、蠱惑の世界。毒だとわかっていても、その鮮やかな色合いについ人々が手を伸ばしてしまう毒キノコのように。
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by galarina | 2008-06-21 22:17 | 映画(は行)
2007年/アメリカ 監督/ティム・ストーリー

「この次も一緒なら、見ない」
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梅雨のシーズン。外で遊んできなさい!とも言えない雨の日曜日。「おかあさん、ヒマやわぁ」と子どもがごねた時に格好の1品。何も考えなくていい!結構笑える!そして、サクッっと終わる!と三拍子揃った作品。

原作では有名、人気のあるキャラと言うシルバーサーファー。んなこと、全く知らない人間にとっては、宇宙からやってきた生命体が、なんで、サーファーやねん!?アメリカ人のセンスは、わからん…と首を傾げるばかり。しかも、エネルギー源はサーフボードにあるから、切り離せばいいのだ!だってさあ。このぶっ飛んだアイデアがいかにもアメコミって感じ。互いのスーパーパワーが入れ替わるって現象もよく考えるとなんか変。

リードは天才科学者と言う設定なのに、ちゃんと科学的な検証をしているようで全然してない!これが、かなり笑える。ご都合主義的展開と言うよりも、まじでこれは中学生が本を書いているのでは?というヌケっぷりですが、大人だから笑って許してあげる。しかし、パート3がもし出たら、借りるかと言うと微妙。ジェシカ・アルバ頼みではない、別の大きな吸引力が必要じゃないかな。物語性にそれを求めるのは本シリーズでは無理そうなので、新しいメンバーが入るなど、根本的なところで物語を揺り動かさないと、毎回敵が違うだけじゃ、もうたぶん見ないなあ。最近の小学生も目が肥えてますからね。そう毎回食い付いてはくれませんよ。
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by galarina | 2008-06-16 18:42 | 映画(は行)
2007年/アメリカ 監督/スティーブン・スピルバーグ
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「本家本元の面目躍如」
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別に本シリーズに特別の思い入れもない私としては娯楽大作として、ワクワクドキドキの展開を十分に堪能しました。シネコンの一番大きなスクリーンで観賞したので、大画面ならではの迫力も満喫。まさに映画館で見るべき作品と言えるでしょう。

お宝を探し求めて、目的地に行き着くまでの展開は、何だかどこかで見たことあるような既視感を随所に覚える。黄金都市って、「ナショナル・トレジャー」もそうだったよね?と思い返すも、本シリーズが様々な娯楽作品の元ネタになっているわけですから、なにをか言わんやです。アクションシーンに関しては言えば、むやみな発砲シーン&爆発シーンが控え目で私は好きですね。要は殴り合いですよ(笑)。ジャングルを疾走するジープの車上で頭蓋骨の入ったズタ袋があっちにいったり、こっちにいったり。このドタバタな感じがちょっと懐かしい感じすらします。でも、それがいいんです。

私が覚えている範囲では、この作品、ワイヤーを使ったアクションシーンがないと思う(どっかであったらスミマセン)。そりゃ、御年60ウン歳になったインディがぴょーんと跳ねたらおかしいですけど、クンフーのみならず何でもかんでもワイヤー使う昨今の作品には辟易していたので、とことん体と体のぶつかり合いで終始したのが、却って新鮮に見えました。滝壺をズドーンって言うのも、CG全盛の今じゃもっと違う脚本も書けたろうけど、「冒険」という言葉が持つ醍醐味にこだわったんでしょう。

何が良かったって、敵役を演じたケイト・ブランシェット。黒いロングブーツに藍染めみたいな渋いブルーのアーミースーツが パリッっと決まっててすごくカッコイイの。ショートボブも似合ってるし。ロシア語訛りのキツイ口調の英語がさらにS嬢のようなムードを醸し出す。 彼女が悪役として光っているからこそ、楽しめたと言ってもいいくらい。 剣の使い手という設定なんですけど、ムチを持たせて欲しかったなあ。 やっぱ、女性将校はムチでしょう!そしたら、ムチVSムチで面白かったのに。

それにしても、このオチには、驚きました。 物語が始まってすぐに気づかされますけど、まさかここまでとは。 賛否両論あるようですが、私は面白かったのでいいんじゃないかと思います。 もう冒険ネタは出尽くしているし、こうするしかないですよね。敵役がロシア人で、しかもイリーナは読心術の能力がある、と言う設定ですから、驚かされながらも、納得しましたよ。

「オーパーツ」とか「UMA」が大好きな息子は、非常に大満足した様子。彼曰く「五つ星!」らしいです(笑)。
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by galarina | 2008-06-15 10:52 | 映画(あ行)
1989年/アメリカ 監督/スティーブン・ソダーバーグ

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デビュー作にしてカンヌでグランプリということも驚きでしたが、性と言うフィルターを通して自己と向き合う作品を若いアメリカ人監督が撮った。その事実がとても感慨深かったのを覚えています。面白い監督が出てきたもんだと思ってましたけど、まさか「オーシャンズ」のような娯楽大作を撮るようになるとは。

1989年の作品。もう20年近くも前なんですね。これまで何度も見ているのですが、久しぶりに再見。作品の訴求力は全く色褪せていませんでした。公開当時は、自分のセックス体験を告白する女性のビデオを撮る男、という設定の面白さで突出したように見えましたが、2008年の今見れば、自己解放という実に普遍的なテーマだなと思えます。しゃべる相手がカウンセラーではなく、通りすがりの男と言うだけのこと。流行りの言葉を使えば「癒し映画」とすら呼べるのではないでしょうか。

一方、人にではなく、「ビデオカメラ」だからこそ安心して自分自身を見せられるということ。これは、コミュニケーションの媒介物としての映像メディアの可能性を見事に捉えており、その先見性に驚きます。目の前にいる妻ではなく、ビデオの中の妻を見て、夫は妻を理解するのですから。もちろん、ビデオで語っていることが本当かどうかなんてわかりません。見栄を張っているかも知れないし、グレアムの気を引こうとしているのかも知れない。しかし、「告白」をすることで気持ちや態度がこうも変わってしまう人間心理は十分に伝わりますし、結局その告白を聞いている人間も、ただ耳を傾けているだけではなく、その告白者に対して影響を与えているのだ、と物語を着地させるところが素晴らしいと思います。話したい人間には話したい理由があり、聞いている人間には自分が聞き手に選ばれている理由があるということ。とても26歳で仕上げた脚本とは思えないですね。

物語を引っ張るのはジェームズ・スぺイダー の存在感です。面白いし、完成度の高い脚本ですけど、このグレアムと言う男の不可解さに観客が好奇心を持たないと、ただの趣味の悪い映画になりかねません。そこんところ、ジェームズ・スぺイダーは、グレアムという男が秘めている虚無的な雰囲気、得体の知れない生ぬるい感じを実にうまく演じている。この男になら、私だって告白してしまうかも知れません。
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by galarina | 2008-05-14 17:51 | 映画(さ行)