「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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ハーヴェイ・ミルク

1984年/アメリカ 監督/ロバート・エプスタイン リチャード・シュミーセン

「これもまた、銃社会アメリカの一面」
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ゲイやマイノリティの差別撤廃に尽力したサンフランシスコの市政執行委員ハーヴェイ・ミルク。彼の命はひとりの白人同僚議員によって奪われる。ゲイという差別の元の殺人、その事実に身もよじれる哀しさがあふれるドキュメンタリーかと思えばさにあらず。これは、「ボウリング・フォー・コロンバイン」同様、アメリカの銃社会の悲劇とも捉えられる作品ではないだろうか。

関係者のインタビューを元に事実ベースで進行する物語。観客に感傷的な気分やゲイ差別者への嫌悪を抱かせるような小細工は一切なく、淡々と進む。しかし、彼が初当選した1977年以降、つまり今から30年ほど前のアメリカのゲイを取り巻く環境がどのようなものであったのか、初めて知る事実が多く、とても勉強になった。そして、彼はゲイだけではなく、中国人コミュニティなど、マイノリティの人権のために戦い、法案作りに精を出す。その彼の行動力は、ゲイだけではなく多くの人々の信頼を得るように。つまり、ハーヴェイ・ミルクはひとりの政治家として大衆の支持を受けていたのだ。そんな彼が凶弾に倒れる。実にあっけなく。

そして、その後の裁判では犯人であるダン・ホワイトに同情票が集まり7年8ヶ月というあまりに軽い刑が言い渡される。大衆から指示を得ていた市議と市長があっと言う間に射殺されてこの世を去るということ。そして、白人で固められた陪審員が白人優位の評決を出すと言うこと。本作はゲイの活動家の偉大さにスポットをあてつつ、アメリカの歪みを「銃」と「陪審員制度」という実にアメリカ的なテーマで鋭くえぐっている。

現在、ガス・ヴァン・サントがハーヴェイ・ミルクの映画を撮影中だとか。ミルクを演じるのは、ショーン・ペン。どんな作品になるのか、とても楽しみだ。
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by galarina | 2008-06-29 23:26 | 映画(は行)
「終わりであり、始まり」

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シーズンを締めくくるにふさわしい最終回でした。シーズンなんとかって、延々と続くアメリカのテレビドラマを見るのはSATCが初めてなんだけど、引き続き面白そうな予感があるのは、やっぱりミランダの出産が大きい。シングル4人でお気楽ニューヨークライフで、男をとっかえひっかえの毎日で、いい加減飽きるだろうと思ってたんだけどね。やっぱり、女は結婚、出産で大きく人生が変わってしまうから、それに合わせて4人の絆がどう変わっていくのか、今後が楽しみ。

シャーロットは離婚後の生活が悠々自適で、これぞまさに離婚長者ってやつね。思い起こせば、結婚時に自分の値段を釣り上げておいて正解だった模様。でも、この生活で虚しいって言う気持ちが私には全くわからん。これ、「デスパレートな妻たち」がダメだった理由にほぼ同じ。

で、リチャードの浮気シーンがすごすぎ。これ、アメリカでは何時に放送しているドラマなのかな。やっぱ、SATCは昼間に見ちゃだめですね。サマンサとリチャードには、うまく行って欲しかったので、とても残念。一番意外なところでこのふたりが結婚とか面白いなあと思ってたもんで。

シャーロットも言っていた通り、キャリーって結局ビッグとくっつくんじゃないの?なんて思いが視聴者は離れないもんだから、物理的に引き離しましたね(笑)。ニューヨークを恋しくはならないけど、キャリーはきっと恋しくなる。って、コイツ、どんだけ気をもたすねん!つか、まあ、一度はこういうこと言われてみたいよね、うん。シーズン5にビッグは出てくるのだろうか。これまた、興味がつきんなあ。
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by galarina | 2008-06-28 16:44 | TVドラマ

山のあなた~徳市の恋~

2007年/日本 監督/石井克人
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「カヴァーすると言う大いなる意義」
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清水宏監督のオリジナル「按摩と女」が傑作であると多数の方から話をいただき、これは見るしかないと、最終日最終上映回ですべり込み観賞。いやはや、鑑賞後、呆然。これは参りました。カメラの動き、間、演出、全てにおいて実に良くできた作品だと感心しました。これは早速オリジナルを観なければなりません。

リメイクではなく、カヴァーである、ということ。これは、オリジナルのすばらしさを現代に伝えたいという石井監督の強い意志に他なりません。また、それほどオリジナルが良いと言うことでしょう。このすばらしさを現代の良い音響、良い映像で観客に届けたい、と言うことでしょう。もしかしたら、この成功を受けて小津や溝口のカヴァーと言うのも生まれるのかもしれません。そう考えると、何だかワクワクします。

ちょっとした心の動き、機微の見せ方が実に巧みなのです。それを、セリフではなく、間と映像で語る。これこそ、映画の醍醐味です。起きている出来事は大した事件ではありませんから、これを退屈だとか、淡々とした話だとか言う人がいるかもしれません。しかし、侮ってはなりません。これは実に緻密な計算がなされているのではないでしょうか。例えば、按摩さんを呼びに来た女中さん(洞口依子)が宿の扉を怒ったようにぴしゃっと閉める。これはおそらく、客人のいい男(堤真一)が東京から来た女にデレデレしているのが気にくわないのでしょう。そういうちょっとした仕草でもいろんなイメージが広がるのです。

そして、子供の使い方が秀逸。帰りたくない、早く帰りたい。おばちゃんと過ごしたい、一緒にいてもつまらない。彼の心の揺れが物語の振り子の役割をしています。そして、彼の登場と退場が各エピソードの繋ぎとなっているのです。静かな物語の中で彼の「ちぇっ!」と言うイライラしたような舌打ちがざわざわと波を立てます。物語の結末から言えば、堤真一の役どころだって、通りすがりの男Aと言う感じですが、偶然出会った女に惹かれる心情の揺れが実に巧みに伝わってきます。

草薙剛の按摩はやや大袈裟な感じもしますが、よくがんばりました。むしろ、感心したのは美千穂を演じたマイコです。「そうなんですの」「~ですわね」など、おっとりとした昔ながらのていねいな日本語が実に堂に入っていました。往年の名女優の雰囲気を見事に体現していたと思います。橋の両側に男と女がそれぞれ立ち、その間をわざと知らぬ顔で按摩が通り過ぎてゆくカットの切なさ。女が男を追いかけ、川を渡す桟橋に按摩がひとり残された時の不安感。「お客様!」と土下座した按摩のやるせなさ。胸をわしづかみにされるのではなく、心のどこかをツンと突かれるような感傷が沸き起こるのです。日本を形容する時に、侘び寂びなどと言いますが、それは一体何を指すのかと思っていましたが、本作を見て初めて侘び寂び的なるものに触れたような、そんな気が今しています。
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by galarina | 2008-06-27 23:34 | 映画(や行)

害虫

2002年/日本 監督/塩田明彦

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作品としては決して悪くないけど、暗い話だなあ。中学生が主人公で、暗い話と言うのが、私は苦手なのだ。高校生ならいい。この差は私の中でかなり明確になっている。気が滅入るようなストーリィでも惹きつけられる作品はたくさんあるが、中学生の場合、なぜかいたたまれない気持ちになる。高校生になったら、世の中なんてこんなものさ、人間なんてみんな孤独なものだよ、と言ってみせても大丈夫だろうが、中学生にはまだそのセリフは早い、それが私の考えだ。

誰とのやりとりかわからない手紙の文面が黒いスクリーンの中央、白ヌキ文字で入る。即座に「リリイ・シュシュ」で味わった嫌な気持ちが蘇る。あの映画が私にとって、いかに酷いトラウマになっているかがこの作品を見てよくわかった。そう言えば、あれにも蒼井優は出ていたっけ。

棒っきれのような細い生足を包む白いソックス。宮崎あおいの足元を映すショットが幾度となく繰り返される。まあ、何なりと読み取れるシーンではあるのだろうが、最終的に彼女が救われないということにおいて、思考も停止する。なぜか、男どもが心惹かれる女。学校の教師も、コンビニで出会った男も、友人が思いを寄せる同級生も、ひいては母親の愛人までもがサチ子の虜となってしまう。13歳のファム・ファタール。害虫とは、まさしく彼女のことなのか。そこにポイントを絞れば、宮崎あおいの魅力もふんだんに表現され、面白い作品かも知れない。しかし、元に戻るが、彼女を取り巻く環境の無責任さにいたたまれなくなり、まともにサチ子という女に向き合えなかった。どう転んでも、うまくいかない人生ならば、いっそのことエンディングはサチ子を地獄に突き落とせば良かった。いや、あの展開は地獄の入口に入ったことのしるしか。そう考えれば、余韻の残るエンディングではある。

映画とはあまり関係ない話。ヒッチハイクをするサチ子が最初に乗せてもらうトラックの運転手、木下ほうか。「遠慮せんと、リンゴ食べや」。彼の柔らかい関西弁が、まるで暗い森の中にひと筋きらめく光のように心を満たした。関西弁のまろやかなイントネーションに、物語は一気に希望に向かうのだと言うイメージすら湧き起こされたのだ。何だかおかしなところで、関西弁の良さを確認した。
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by galarina | 2008-06-26 23:18 | 映画(か行)
「働きマンのツッパリ Part2」
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後腐れのない付き合いがモットーのサマンサ。恋愛関係において、嫉妬するとか、心配するとか、そんなめんどくさいもの、私はいらない!と常に豪語している。ゆえに、そんな彼女をやらせてくれる都合のいい女と見なす男も多い。こういう女は同性として嫌だ、恥ずかしいとか思っている女性陣は多いかもしれないなあ。まあ、毎回凄いセックスシーンが出てくるっつーのもあるけど。

でもね。サマンサの主張には結構ワタシ納得してるんですよね。だって、恋愛のことでうじうじ悩んでたら、仕事にならないもん。彼氏とケンカしたから、遅刻しましたとか、仕事をナメんなよ!とか思っちゃう。PR会社の社長で人付き合いも多い仕事なら、いい男とセックスして、スッキリして(笑)、仕事に励むっつーのもアリだよなあ、なんて。いや、むしろそこまで割り切れるのが、羨ましい。(前の巻のルーシー・リュウのバーキンの件は、サマンサが一方的に悪いけど)そんなサマンサがついにホテル王リチャードに恋愛感情を抱き始める。この揺れ動く心はまるで乙女。素直になりたいけど、それを許さない働きマンの意地。そのツッパリが妙にいじらしい。ミランダに引き続き、サマンサも応援したくなってきた。

んで。キャリーだけど、ウエディングドレス試着して吐き気催すって、どんだけ結婚恐怖症なの。こりゃ完璧に不安神経症になってますね。彼女が結婚を恐れる理由。それは、何より夜遊びできないこと、じゃないです?大まかに言えば、縛られたくないってことだけど、今までの言動を見るに、ニューヨークの街遊び>彼とふたりきりの時間、なのは間違いない。遊び人と結婚した方が身のためです。

んで、シャーロットは離婚ですか?はいはい、お好きにどうぞ。
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by galarina | 2008-06-25 22:17 | TVドラマ

机のなかみ

2006年/日本 監督/吉田恵輔

「こいつぁ、おもしれえ!」
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漏れ聞いていた噂からもっと手法のこだわりが前面に出た作品なのかと思っていたのだが、見事に裏切られた。見せ方に凝った映画が、後半ただの種明かしで終わって、チャンチャンとなってしまう虚しさとは無縁。むしろ、ますますドラマは面白くなり、オバサンも胸キュンの高校生の恋バナへと変貌。こいつは面白い!

家庭教師馬場のあまりの調子の良さ。こんなヤツいるぅ~と言う軽いノリとオフ・ビートな雰囲気。そして、いよいよ馬場が女子高生に襲いかかる…となったその瞬間、フィルム途切れて暗転。ドラマは最初に巻き戻し。ええ~っ。このだまし討ちのような意外性にまず拍手。第一部において、望の家庭教師に対する反応が徐々に変化しているのは、わかった。そして、それが馬場のせいではないことも。しかも、望が好きな相手も実は薄々感づいてはいたのが、それでも第二部がますます面白い。それは、主人公望を演じる鈴木美生の嫌味のない愛らしさ、揺れ動く乙女心が実に瑞々しく、観客のハートをがっしりと掴むからだ。その点において、私は吉田監督の演出力に感心した。だって、この望というキャラクターはうっかりすると、女性陣から猛反発をくらう「いじけキャラ」だからだ。カラオケ場面から展開される、まるでアイドルのPVみたくなシークエンスも、その確信犯的なやりように思わずニンマリとしてしまう。

全く内容を知らずに見たので、馬場から望へ、というバトンタッチが実に鮮やかで気持ちいい。「リップ貸して」を始めとする、高校生活のコミカルなシーンもそこかしこで効いている。親友とは名ばかりの友人、男たちのずるさ、父娘家庭のやや異常な日常など、明かされる机の中身は実にバラエティ豊かなテーマを内包していて、一体この物語がどんな結末を向かえるのかとラストに向けて期待がぐんぐんと高まる。何せ巻き戻ったシーンがあれですから。

そして、切なさ満開の第三部へ。男たちはあくまでもずるく。一方、女たちは愛をつかんだ者とまだつかめない者、対称的なエンディングへ。脚本をいじって小技を効かせた作品だろ、と高をくくっていた私は、強烈パンチを喰らいましたよ。お見事。
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by galarina | 2008-06-24 21:09 | 映画(た行)

追悼のざわめき

1988年/日本 監督/松井良彦

「私たちは同じ世界に生きている」
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女を殺し生殖器を切り取る殺人犯、彼を愛する小人の女とその兄、幼い妹を愛する青年、女性性器に似た切り株をひきずる乞食、公園で物乞いをする傷痍軍人。異形なものたちによる孤独と狂気をまとった行進。もっと散文的な作品かと思ったが違った。地を這うように生きる社会のはみ出し者たちの情念が廃ビルの屋上に捧げられた一体のマネキン人形に向けて引き寄せられ、全てが破滅してゆく物語。泥臭く、血なまぐさいストーリィ。吐き気を催すようなリアルで汚らしいカットが続く。そこに、ふと静謐なムードを感じる方もいるようだが、私は違った。私が強く感じたこと。それは、私たちと彼らは同じ世界に生きている、ということ。

彼らは今、どこにいるのだろう。空き地や山がどんどん整備され、区画整備された土地で同じ顔の家々が並び、人々の生活はどんどん清潔になっていく。醜いものや汚いものが、どんどん「初めからないようなもの」と見なされてゆく。いや、彼らは今でもいるのに、彼らの息づかいすら感じられぬ遠いところに私が来てしまったのだろうか。

道徳や常識を飛び越えて、作り手の熱情がびしびしと伝わる作品が好き。そういう作品を目の当たりにした時の私の気持ちはまさに「受けて立つ」。これは、久しぶりに受けて立つと言う気持ちにさせられた。そして、果たして、もしこれがカラー作品なら私は最後まで見られただろうかとも思うのだ。グロテスクで汚らしい描写が続く中、もし、この作品の中に“美”を発見することができたのなら、それはまさしくモノクロームの力ではないか。兄に犯された妹の体から溢れ出る止めどない鮮血も、行く先を失った難破船を呑み込む海に見える。モノクロームの力強さをひしひしと感じた。
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by galarina | 2008-06-23 00:11 | 映画(た行)
「働きマンのツッパリが大好き」
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あまり進展のない状況下、ようやく物語が急展開。ミランダが図らずも妊娠。これは、ぐっと面白くなりそうな予感がします。ひとりで生む。誰にも頼らない。スティーブとは結婚しない。みんなの心配をヨソに、あくまでも「絶対に自分で何とかする!」と突っ張るミランダ。こういう、働きマンのツッパリって、ワタシ大好きなんですよね。もう、涙出そう(笑)。だって、いざと言う時に誰も手を貸してくれないって、つくづくわかってるから。自らバーを高くして、これは自分の選んだ道だ!責任を取るのは自分だ!って、自分に言い続けてないと、キャリアウーマンになんかやっていけない。もっと、素直になって他の人に寄りかかればいいじゃんって思う人います?だめ、だめ。このツッパリこそが働きマンのプライドなんざんす。これを失ったら、翼をもがれた鳥になっちまうのです。

一方、妊娠になりふり構わないシャーロットはまだまだ続く。夫婦ふたりでも十分幸せと言うトレイをはねつけちゃうんだけど、もう完全に嫌いになってもいいですか(笑)?いいダンナじゃないの。なぜ、それに気づかん!?不妊に悩む人を非難するつもりは毛頭ないです。でも、養子縁組まで勝手に決めちゃうなんてありえないし、それが不妊治療で精神的に追い込まれてるからと百歩譲っても、子どもを持つのは妻と夫両方の問題だってことが、シャーロットの頭には全くない。みんなよく友だち続けてるなあ。って、これ言うの2回目ですね。

で。もうどうでもいいですけど、浮気の告白に続き、10代の中絶話まで打ち明けるキャリーに絶句。アンタは自分の全てを男に知っておいて欲しい病だぞ。実に危険な病である。以上。
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by galarina | 2008-06-22 22:30 | TVドラマ

パンズ・ラビリンス

2006年/メキシコ・スペイン・アメリカ 監督/ギレルモ・デル・トロ

「これこそ、ダーク・ファンタジーの名にふさわしい」

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ハリー・ポッターやダレン・シャンなど、昨今ダークファンタジーと呼ばれるものが多いが、本作は子供向けではない、と言うことを差し引いても、結末のあまりの残酷さに、これぞ真の「ダーク・ファンタジー」だと感動した。オフェリアが夢見たラビリンスの女王が母親であったのを見るに、全ては恐怖の海に漂う娘が描いた幻想、いや幻想というオブラートに包んだ言葉などではなく、幻覚だったのではないかと思わせるエンディング。年端も行かぬ少女を恐怖のどん底まで叩きのめし、狂わせてしまう。なんと、恐ろしい作品か。

パン(牧神)とは、西洋の神話によく出てくる神らしいが、彼が何のシンボルでどのような役割を果たしているのか、私は知らない。この作品を通じて見るパンは、その容貌も醜く、王女を座に導くものとしては、あまりに居丈高である。全くもって好ましくない。もし、これが少女の幻想ならば、その世界はもっと美しく雅で、心の逃げ場として描かれるであろう。しかし、パンは一方的に彼女を脅かす存在であり、過酷な試練を乗り越えねばならないという展開が、まさしく幻覚ではないかと思わせるのだ。

何度も流産しそうになるオフェリアの母の血を始め、そこかしこで血を流す人々。オフェリアが直面する現実世界の描写もすさまじい。目を背けたくなる暴力シーンの中に人間のエゴイズムと戦争の狂気が宿る。現実も悪夢、そしてラビリンスを目指す道も悪夢。しかし、スクリーンから全く目が離せない。悪夢だからこそ発せられる、蠱惑の世界。毒だとわかっていても、その鮮やかな色合いについ人々が手を伸ばしてしまう毒キノコのように。
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by galarina | 2008-06-21 22:17 | 映画(は行)

僕のピアノコンチェルト

2006年/スイス 監督/フレディ・M・ムーラー

「どんな人にもお勧めできる秀作」
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こんなに良心的な佳作に出会ったのは久しぶりな気がします。視点が実に客観的。全くべったりしていないのです。それがとても見ていて心地いい。子育ての佳作でちょっと突き放した見せ方、韓国映画の「マラソン」を思い浮かべました。

わざと転落して事故に見せかけるその後の展開がとてもユーモラスで軽やかなのがいいのです。苦悩の末の決断と言う重苦しさはほとんどなく、まるで親を困らせたいためのイタズラのようにすら感じられます。本当は事態は深刻なんですけどね。おじいちゃんちの山小屋で伸び伸びと過ごすヴィトス。でも持って生まれた才能を封じ込めておくのもいかがなものか?と言う思いが頭をよぎります。また「普通で元気な子ども」と言われて、肩を落とす母親。このシーンも同じ。親の存在、子育ての在り方を観客に問うています。しかし、そのどれもがさりげないやり方なのがいいのです。

ずば抜けたIQを利用して株式市場で一攫千金。確かに、現実離れした展開かもしれません。でも、いいじゃないですか、これくらいのファンタジー。あまりにヴィトスとおじいちゃんが楽しそうなので、見ているこちらもウキウキさせられました。ヴィトスを演じたテオ・ゲオルギューくん。9歳にして天才ピアニストと言わしめた実力とのこと。いわば、本物が演じているわけですから、説得力があります。そして、ブルーノ・ガンツがいいですね。大金が転がり込んでも、雨漏りは自分で直す。男はそうですとも。「決心がつかなければ、大事な物を手放してみることだ」いいセリフです。ピアノと飛行機という意外性のある対比も素敵です。見終わって、本当に温かい気持ちになりました。じわーんと来ますよ、大プッシュします。
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by galarina | 2008-06-20 23:38 | 映画(は行)