「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

<   2008年 05月 ( 16 )   > この月の画像一覧

「マン・ウォッチング」

c0076382_15485339.jpg

4人の行動原則に変化がありませんので、そろそろワンパターンで飽きてくる頃。この巻は、女性陣ではなく、男どもを観察することを楽しんだ方がいいでしょう。自分なら、どの男を選ぶだろうか、その判断基準は何かなど考えていると、結構面白いです。

ビル→政治家の卵。将来有望。仕事も辞めて、贅沢な暮らしを満喫できるかも。いや、政治家夫人なんて意外とのんびりできないか。変なセックスの趣味あり。夜の生活は少々我慢して、将来性を取る?いや、アタシには無理だ。

スティーブ→バーテンダー。素直に愛を語るところが評価高し。彼女が弁護士なのに、肩の力が抜けているのがいい。独占欲がやや強い。ふたりの時間を持ちたがるところがウザくなる時も。しかし、この両者を天秤にかけるに、彼の素直さは結婚相手としてバッチリなんじゃないの?

シボン→黒人のやり手プロデューサー。交友関係も幅広く、業界人としてのステイタスもある。とてもセクシーだし、連れて歩きたい男。しかし、口うるさい妹の存在は、オンナとしてこれ以上やっかいなものはない。でも、縁はきらずにキープしておきたいぞ。

エイダン→真面目な家具職人。いきなりスモーカーは彼女にできないと宣言。そして、本当に好きになるまでセックスはしないと言う。でも、タバコを吸ってるから君は彼女になれないって、一体アンタは何様?自分の評価基準をキープすることが何よりも大事な男の典型。一見、優しそうに見えるけど、コイツはくせ者だと思うな。キャリー、やめておきなさい。

で、シャーロットは、キスの時に顔をべろべろ舐める男、最中に卑猥な言葉を連発する男など、あいかわらず評価もクソもないしょうもない男としか出会っていないのでした。一体、シャーロットの位置づけって何?

以上、ひとりごとでした
[PR]
by galarina | 2008-05-16 15:23 | TVドラマ
1989年/アメリカ 監督/スティーブン・ソダーバーグ

c0076382_1373467.jpg

デビュー作にしてカンヌでグランプリということも驚きでしたが、性と言うフィルターを通して自己と向き合う作品を若いアメリカ人監督が撮った。その事実がとても感慨深かったのを覚えています。面白い監督が出てきたもんだと思ってましたけど、まさか「オーシャンズ」のような娯楽大作を撮るようになるとは。

1989年の作品。もう20年近くも前なんですね。これまで何度も見ているのですが、久しぶりに再見。作品の訴求力は全く色褪せていませんでした。公開当時は、自分のセックス体験を告白する女性のビデオを撮る男、という設定の面白さで突出したように見えましたが、2008年の今見れば、自己解放という実に普遍的なテーマだなと思えます。しゃべる相手がカウンセラーではなく、通りすがりの男と言うだけのこと。流行りの言葉を使えば「癒し映画」とすら呼べるのではないでしょうか。

一方、人にではなく、「ビデオカメラ」だからこそ安心して自分自身を見せられるということ。これは、コミュニケーションの媒介物としての映像メディアの可能性を見事に捉えており、その先見性に驚きます。目の前にいる妻ではなく、ビデオの中の妻を見て、夫は妻を理解するのですから。もちろん、ビデオで語っていることが本当かどうかなんてわかりません。見栄を張っているかも知れないし、グレアムの気を引こうとしているのかも知れない。しかし、「告白」をすることで気持ちや態度がこうも変わってしまう人間心理は十分に伝わりますし、結局その告白を聞いている人間も、ただ耳を傾けているだけではなく、その告白者に対して影響を与えているのだ、と物語を着地させるところが素晴らしいと思います。話したい人間には話したい理由があり、聞いている人間には自分が聞き手に選ばれている理由があるということ。とても26歳で仕上げた脚本とは思えないですね。

物語を引っ張るのはジェームズ・スぺイダー の存在感です。面白いし、完成度の高い脚本ですけど、このグレアムと言う男の不可解さに観客が好奇心を持たないと、ただの趣味の悪い映画になりかねません。そこんところ、ジェームズ・スぺイダーは、グレアムという男が秘めている虚無的な雰囲気、得体の知れない生ぬるい感じを実にうまく演じている。この男になら、私だって告白してしまうかも知れません。
[PR]
by galarina | 2008-05-14 17:51 | 映画(さ行)

カンフーハッスル

2004年/中国・アメリカ 監督/チャウ・シンチー

「家族全員で大爆笑できる作品ってそうそうない」
c0076382_1555951.jpg


映画館で見たのに、テレビで見て、やっぱり爆笑しました。「○○の達人」の○○がどいつもこいつも、思わずぷーっと吹き出してしまうような馬鹿馬鹿しさです。こりゃ、まるでドラゴンボールだね、なんて言ってしまい、なんのこたーない、ドラゴンボールが香港クンフー映画に多大な影響を受けているんでしょうから、なにをか言わんやです。

馬鹿馬鹿しい描写があまりにクオリティ高くて、天晴れと言いたいです。本場クンフー映画の実力と、Mr.Boo以来、綿綿と培われてきたコメディセンス、そして最新のCG技術。何もかもが、馬鹿馬鹿しさに向けて最大限のパワーで集結しています。その圧倒的な「突き抜け感」が本当に見ていて気持ちいい。下品でしょうーもないギャグも多いんですけど、それらが脱線せずにしっかりと作品の中に組み込まれているのは、作り込みがしっかりしているからに他ならないと思います。見どころと呼べる格闘シーンが惜しげもなく次から次へと出てきて、家族全員で「がはは」と大笑い。これぞ、一家団欒の極みです。

主演のチャウ・シンチーは、とっても私の好みなんです。突然「気」の流れが変わったなんて、都合のいい展開もご愛敬。白いチャイナブラウスに黒いズボンとカンフーシューズを履いて、バッタバッタとなぎ倒す姿は素直に「キャー、カッコイイ~」。そもそも、私が20代の時クンフー映画にあまり興味が持てなかったのは、ジャッキー・チェンのルックスが…(以下省略)。と、いうわけで新作が6月下旬に公開されるようです。「少林少女」を楽しみにしていた息子につまらないらしいから止めておけ、と説得したオカンとしては、こちらに期待。インディの新作よりも、シンチーの新作を楽しみにしている親子であります。

少し話は変わりますが、実はこの「カンフーハッスル」をテレビで見た次の日に、日本の空手映画「黒帯」を見たんですね。(数日前にレビューしました)香港のクンフーは技のレベルの高さに加えて、エンタメ精神にあふれ、少々下品だろうか思い切り笑い飛ばすほどの大らかさ。片や、「黒帯」は神棚を奉った道場で鍛錬にいそしみ、横やりを入れるのは帝国陸軍の将校。なんだかね、もの凄い温度差を感じてしまったんです。やっぱりアクション映画はスカッとしている方が私は好きだな。
[PR]
by galarina | 2008-05-14 11:49 | 映画(か行)

最高の人生の見つけ方

2008年/アメリカ 監督/ロブ・ライナー
<MOVIX京都にて観賞>

「味わいが足りない」
c0076382_22215628.jpg

評判が良くて観にいったんですが、正直私は物足りなかったです。

二大俳優に頼りすぎで脚本に粗が目立ちます。そもそも死ぬ前にしたいことが、お金持ちでないとできないことばかりってのはいかがなもんでしょう。もちろん、エドワードとカーター、双方の願いを叶えていくわけですが、どうせ死ぬならゴージャスにやりたいことをやってしまおうぜ。そんなことばかりが目立っています。反発しあっていたふたりの関係性が、もう二転三転してさらに友情を深め合う展開にして欲しかった。エドワードの娘との再会も含め、後半あまりにもさらっと行ってしまいます。こんな展開、私でも書けそうって言ったら言いすぎでしょうか。

神を信じないエドワードと信心深いカーターという設定なのも、そこで反目しあったり、亀裂が生じたりするのかと思いきや、何もなし。じゃあ、なぜそんな設定にしているのかと突っ込まずにはいられません。あちこちに「思わせぶりな伏線」を敷いていながら、結局それらは単なる味付けとして存在しているだけで、物語そのものを突き動かすものではない。「死」を前にした人間同士だからこそ、もっと絞り出すような感情表現やエピソードがあってもいいのではないでしょうか。葬儀での泣かせるスピーチの後「知らない人のために役に立つ」という項目にチェックを入れる。ここだけは、面白いひねりだと思いましたが、あとは全てが予測どおり。下手に泣かせようとしていないのはいいですが、深みが足りなかった。

そして、この邦題はどうでしょう。「最高の人生」そこまで断言しちゃう?そりゃ、ありあまるお金があればね、と皮肉りたくなります。原題は「THE BUCKET LIST」で、劇中では「棺桶リスト」と訳されているのですが、BUCKETっていわゆるバケツのこと。アメリカでは、この単語が棺桶と言う意味を持つのでしょうか。その辺り、英語に詳しくないので何とも言えませんが、バケツなんてものが比喩として使われていることには、何か自嘲的な意味合いが込められているような気がしてなりません。「死ぬまでにしたい10のこと」(こちらは秀作)という邦題を意識して、敢えてかぶらないようにしたのでしょうか。原題が持っている(のかも知れない)悲哀をこの邦題が遠ざけてしまったように感じます。
[PR]
by galarina | 2008-05-13 22:17 | 映画(さ行)

殯(もがり)の森

2007年/日本・フランス 監督/河瀬直美

「揺さぶられる母性、制御不能な感情」

c0076382_15533736.jpg

とても感動しました。カメラはよく揺れるし、車の中のシーンは暗くてはっきり見えないし、セリフだって聞きづらいし。それでも、胸の奥がきゅーっと締め付けられるような感覚に何度も襲われました。深い森の奥でしげきさんが大木に抱きついた辺りから涙が止まらなくなってしまったのでした。

茶畑のかくれんぼ、木登り。無邪気なしげきさんに、真千子は亡くした息子を重ねた。車の中から消えてしまったしげきさんを必死に追いかける真千子。行かないで、消えないで。自分が手を離してしまったことで、真千子は再び罰を受けるのだろうか。森の中の追いかけっこ。それは、生と死の境界を行ったり来たりする追いかけっこ。「行ったら、あかん!」真千子の悲痛な声が胸に突き刺さる。そのやりきれなさと哀しみが私の心の中に洪水のように入り込んでくる。そして、突然私はフラッシュバックを起こし、真千子と同じような体験をしていることを思い出した。川遊びに出かけた際、息子がもう少しで川にのみ込まれそうになった夏の思い出。同じように「行ったら、あかん!」と声が枯れるまで叫び、息子を抱きしめて自分の不注意を嘆き、何度もごめんと謝ったあの日。

そして、森での一夜。真千子が裸になったのは、大切な者を守りたいという衝動的で原始的な行為だと感じた。そして、再び私は自分の原体験が頭をよぎる。息子が赤ん坊だった頃、布団の中で裸になって彼にお乳をあげていた自分。そこに、紛れもなく流れていた恍惚の瞬間。それは男女間に訪れる恍惚ではなく、もっと人間本来の原始的な恍惚。ふたりが森の奥へと入った時から、私の中の心の奥底に眠っていた記憶がとめどなく引っ張り出されて仕方がなかった。私の中の母性が疼くのだ。夜が明け、朝靄の中でしげきさんがずっとずっと遂げたかった思いを完遂させる一連のシークエンスは、とても感動的。土に眠るしげきさんを見守ること、それは真千子にとって亡くした息子を見送ることだった。森や土、そこは人間が還る場所、母なる場所。私たちは包まれている。この怖ろしくも、美しい場所に。

ドキュメンタリースタイルだからこそ引き出されるリアリティ。演技者のつたなさがもたらす不安感。息を呑むように美しい風景。息苦しくなるような暗い森での追いかけっこ。様々な感情が堰を切って流れ出す、何とも濃密な作品。荒削りと評されることもあるようですが、荒削りだからこそ、この揺さぶられるような感覚が起きるのではないかとすら思ってしまう。下手にうまくならなくていいんじゃないか、むしろ、私はそんな風に思ってしまうのです。
[PR]
by galarina | 2008-05-12 15:51 | 映画(ま行)

スパイダーウィックの謎

2008年/アメリカ 監督/マーク・ウォーターズ
<109シネマズ箕面にて観賞>

「ぴりっと小粒で」
c0076382_1734948.jpg

人間を脅かす存在の妖精が森に住み、主人公の屋敷の周りには妖精たちの侵入を防ぐためにストーンサークルが敷かれている。本作のこの基本構造、日本で言うところの「鬼」と「結界」とそっくり。なので、感覚的な部分で日本の子供たちは全く違和感なくこの世界に張り込めるのではないでしょうか。その後展開される出来事も屋敷と家族にまつわることに終始していて、実にコンパクトで身の丈サイズのファンタジーと言えます。

開けてはならない本を開けてしまう、やんちゃな主人公の言うことをママが信じてくれない、などお決まりなパターン部分もありますが、グロテスクでリアルな妖精の造形が面白い。妖精と言うよりもクリーチャーと呼ぶのがふさわしいような生き物ばかり。ちょっと気味悪かったり、おバカだったりして、愛嬌があります。また、妖精の秘密を知ったスパイダーウィック氏は囚われの身になっているというビターな展開も、大人の観賞に堪えうるストーリーと言えるでしょう。原作を読んでいないと楽しめないということもないですし、老若男女、年齢を問わず、誰が子供と一緒に見ても楽しめるという点において、とても評価できる作品じゃないでしょうか。ラストのオチもなかなか面白いです。
[PR]
by galarina | 2008-05-11 16:59 | 映画(さ行)
「ほーら、言った通りじゃないの!」
c0076382_2033886.jpg


君は素晴らしいと連呼してくれる男、出会って間もないけど君を愛していると断言してくれる男に対して「私たちちょっと距離を置いた方がいい」と引きまくるキャリー。ほら、言った通りじゃないのよ!ビッグにはあんなに愛をアピールして欲しがってたくせに、そういう男が現れるとウザいし、まだ信用できないって態度に出るんだ。ちょっとズルくないか、キャリー。さて、この巻でひとまずビッグは結婚してしまうけど、どうも彼の存在はずっとひきずりそう。ってか、さっき秋公開の映画のトレーラー見たら、ビッグ出てるし!えーっ、まだまだこの男引きずるんですかぁ。

さて、失恋や仕事のストレスで「靴を買う」ってのがよく出てくるんですけど、コレ大納得ですねえ。ジミー・チュウやマロノ・ブラニク。(「マリー・アントワネット」でも使われていたカラフルで超カワイイ靴たちもマロノ・ブラニク)。300ドルはするであろうオシャレな靴をバンバン買い込んで、紙袋ぶらさげて街を闊歩する。これ働くオンナの夢です。やっぱり靴は仕事のモチベーションを鼓舞させるアイテム。働きマンを阻む障害物は、全部この靴で踏みつけてやるってね。んで、こんなに高い靴買ったんだから、頑張って稼ぐしかねーよってことで、堂々巡りです。

4人の誰かに自分と似たところを感じて感情移入してしまう。そして、このグループの一員になったつもりでみんなの恋の行く末が気になっちゃう。そこが、このドラマの面白さですけど、あいかわらず私はミランダ派だな。自分のテリトリーがないとイヤなの。たまには、ひとりでゆっくり本を読みたいタイプ。そして、一番うっとーしいのが、シャーロット。だってね、この子結婚願望大きいくせに、尻軽でツマラン男に騙されすぎですよ。しかも、友だちを振り回しすぎ。おかしなセックスヨガ教室にみんなの分も申し込んだとか駄々こねちゃって。あたしなら即刻縁を切ります。他の3人は寛大だなー。まあ、この子のお馬鹿っぷりにアタシみたいな視聴者が突っ込むというのも、一つのパターンなんでしょうね、このドラマの。つーことは、すっかりのせられてるってことね…。
[PR]
by galarina | 2008-05-10 16:23 | TVドラマ

黒帯

2006年/日本 監督/長崎俊一

「なぜこの時代背景にしたんだろう」
c0076382_1491515.jpg


主演を演じるふたりの格闘家の存在感がすばらしい。義龍を演じる八木明人は国際明武館剛柔流空手連盟館長、大観を演じる中達也は日本空手協会総本部師範。共になかなかの男前で本作に限らずまた日本の映画で出て欲しいと思わせる逸材ではないでしょうか。小さい頃、千葉真一率いるJACが好きで彼らの体を張ったアクションにワクワクしたものです。しかし、最近はCGやワイヤーの発達もあって、生の体の動きそのものにワクワクするような日本人俳優にはめったにお目にかかれません。

本作で見られる空手の技は、派手さはありませんが、これぞ一撃必殺。ビュンッとかシュッとか、静寂の中に響く技の音がその切れ味のすごさを物語っています。ジャンルは全然違うんですけど、タイガースの金本選手のロッカールームでの素振りを思い出しました。毎試合終了後、他のメンバーも帰路につき、静けさに包まれたロッカールームで彼はバットを振る。びゅんっ、びゅんっと空気を切る音には金本の気合いが込められている。そう、「気」を感じる音なのです。動きもいたってシンプル。跳んだりはねたりなど、全くありません。ただひたすらに相手の動きをじっと見守り、一発でうち止める素早い動き。一流の空手家とは、このように闘うのかと正直目からウロコでした。

しかし、ひとつ苦言を言わせてください。この作品、話が暗い。暗すぎる。憲兵隊隊長が恥を理由に自害したり、日本帝国万歳時代の日本人のいやーなメンタリティが横行していて、見ていて良い気分ではありません。もちろん、それに空手家は立ち向かっていくわけですが、それにしても話が暗い。めったに見られぬ格闘家のスゴ技、もっとシンプルに悪いヤツをやっつけるような晴れの舞台で私は見たかった。何もド派手なアクション作品にして欲しかったと言っているわけではありません。また、空手における精神性の大切さというのは十分に理解しているつもりです。

空手をやっている息子と一緒に見たのですが、最初は興奮して技の名前を連呼したりしていました。しかし、残念ながら彼は途中でリタイア。暗いこともそうですし、何よりストーリーが陳腐です。崖から落ちたところを村人に助けられるって、一昔前の時代劇じゃないんだから。監督が長崎俊一で脚本が飯田譲治というクレジットに大きな期待をかけたのに残念。もっとエンターテイメントに作り込んで欲しかった。「真の空手映画を作りたい」と言う製作者の気合いは、びんびんに伝わってくるだけに、本当にもったいないと思いました。
[PR]
by galarina | 2008-05-09 13:56 | 映画(か行)

ノーカントリー

2007年/日本 監督/ジョエル・コーエン
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「ハビエルの不気味さをとことん味わうことこそ、この作品の醍醐味」

c0076382_1072865.jpg

ずいぶん前に見に行っていたんですが…。

「アカデミー受賞」という冠は鑑賞者に、どうしても様々な先入観を与えてしまうので、良し悪しだと思うのです。私もこれまでコーエン兄弟の作品は「ブラッドシンプル」や「ファーゴ」「バーバー」など何作も見ていますが、個人的にはウマが合わない監督です。確かに映像は非常にスタイリッシュだと思うのですが、彼が取り上げるテーマにあまり共感できた試しがありません。というわけで、この「ノーカントリー」ですが、やはり「なぜこの作品がアカデミーを獲ったのか」という目線でどうしても見てしまうんですよね。それは、避けた方がいいに違いないのですが。

さて、本作はとどのつまり、物語としてはとてもシンプルで、最近の犯罪はワシの手に負えんとサジを投げる老保安官の物語。もちろん、そこには1980年のアメリカが投影されていて、その一時代を見事に切り取った作品なんだろうと思います。現代アメリカを考察するにも、この時代がターニングポイントとして重要ということでしょう。現金を持ち逃げするのが、ベトナムからの帰還兵であるということもミソで、例えば一部をネコババしてしらを切ることもできるのに、まるで自ら地獄行きを望むかのように、または自ら挑戦するかのように、全ての現金を持ち逃げしてしまいます。

そこには、ベトナムで味わった敗北感を取り戻すためとか、いろんな理由を見つけることができるのでしょう。ルウェリンのようなベトナムを経験した人なら、ルウェリンがなぜあそこまで全額強奪&逃避行にこだわったのか、十人十色の理由がひねり出せるのかも知れません。

そして、亡き父の後ろ姿を夢に見たというラストシークエンスも、アメリカという国そのものが持っていた父性の喪失、ということでしょう。ここは、非常にわかりやすいエンディングです。殺し屋が象徴するところの理解不能なものに押しつぶされていく、アメリカ人の苦悩、嘆き、あきらめetc…。

しかしですね、アメリカの来し方行く末に興味のない私にとっては、正直勝手に嘆いてらっしゃい、という感じなの。ぶっちゃけ、アメリカ人がアメリカを憂うという構図に何の感慨も持てないし、どう転ぼうとアメリカのやることは全て自業自得。外部の圧力によってにっちもさっちも行かなくなっているアフリカ諸国などの状況と比べると、憂う前にアンタが世界にまき散らしている悪行をまずは何とかしなさいよ、とか思ったりしてしまうのです。あまのじゃくですから。

しかし、この湿っぽい自己反省のような作品を俄然エンターテイメントとして面白くさせているのは、とにもかくにも殺し屋シュガー(ハビエル・バルデム)の不気味さにあります。彼の存在感がその湿っぽさを凌駕している。そこが面白かった。そして、その不気味さをあの手この手で印象的に見せる演出に、コーエン兄弟でしかできないオリジナリティがあふれています。スイッチの入っていないテレビの暗いモニターに映るシュガーのシルエット、アスファルトでごろごろと引きずられるガスボンベ。

最も秀逸だったのは、ガソリンスタンドのおやじとの全く噛み合わない会話の後のコイントスのシーンでしょう。理解できない、意思が通じない、そんなコミュニケーション不全を見事に表現しています。ここは本当に恐ろしかった。見終わった後だからこそ、これがなぜアカデミーなの?とか考えますけど、観賞中は、とことんシュガーの不気味さに圧倒され、ラストまであっと言う間。神出鬼没の殺し屋が引き起こす脇の下に汗をかくような緊張感をとことん楽しみました。
[PR]
by galarina | 2008-05-08 09:57 | 映画(な行)
「恋愛のパワーバランス」

c0076382_144540.jpg

困った。だんだんキャリーがイヤなオンナになっていきます。コラムニストのキャリアウーマンで、親友がゲイなんて設定なのに、男に依存度高い、高い。彼の部屋の洗面所に少しずつこっそり私物を残すなんて。しかも、歯ブラシですよ、歯ブラシ!おいおい、これ日本のクサイ恋愛モノでもよくある光景じゃないですか。自分の存在を男の世界にねじ込む、世界共通のパターンなんですね。私が男ならこういうオンナは別れます。だんだん、ビッグが気の毒になってきました。

結局、恋愛とは相手次第でパワーバランスはびっくりするほど変わるということ。ビッグという男は、自由人を気取り、彼女の友人たちの前に出るのを嫌がり、仕事やプライベートの相談も彼女にはしないタイプ。端から見ていると、サッパリしている分付き合いやすい男だと思えるのですが、女心は複雑。なんだかんだ言って「愛されている実感」が欲しいのです。たまにはベタベタしたり、堂々とBFづらして欲しいのです。かといって、ミランダが付き合い始めたスティーブのような朝も夜も付きまとってくるような相手にはウンザリしてしまうんですよ、きっと。

相手次第で優位になったり、劣勢になったり。それが、セルフコントロール不可能な恋愛のパワーバランス。ちょっとしたきっかけで天秤棒はあっちに傾いたり、こっちに傾いたりするのですが、変化を相手に求めていては無理ですね。やはり、変えられるのは自分だけ。キャリー、もっとシャキッとしなさい。
[PR]
by galarina | 2008-05-07 01:44 | TVドラマ