「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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舞妓 Haaaan!!!

2007年/日本 監督/水田伸生

「人生ゲーム、実写版」
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ゴールは、舞妓さんとの野球拳。ルーレット回して、はい出世したー、はい野球選手になったー、はい職を失ったーとコマを進める。これは、爆裂人生ゲーム、実写版ですね。でもね、バカにするつもりはないです。結構腹を抱えて大笑いしました。物語の結末は、なんだかなあと言う感も否めませんけど、十分楽しませてもらったので、大目に見ます。

こういうおバカムービーの場合、とことん他人事として楽しむ、というのが肝心です。例えば、何とか甲子園のような野球映画なら、「そんな球、普通投げられないだろ!」とか思ってると、もうそこで楽しめないわけです。本作の場合、花街の描写についてツッコミどころがないわけではないのでしょう。しかし、私は全く気になりませんでした。私は大阪出身、京都在住の生粋の関西人ですが、それでも「花街」って一体どんなところやねん?というのはあるわけです。一見さんお断りは、別に何とも思いませんが、あれだけ芸を磨き修業しても、結局パトロンがいないと道が開けないって、それは一体どういうことやねん?とか。わからないことだらけです。ベールに隠された世界「花街」の存在そのものを斜めに見ている私は、それこそ全く無責任に楽しんでしまいました。

周りを固める役者に関西出身者を多く配置しているのがいいです。阿部サダヲがしゃべる強烈なイントネーションの下手くそ京都弁を際だたせるためには、周りの役者がきちんとしたはんなり京都弁をしゃべれなければなりません。一番光っているのは意外にも駒子を演じる小出早織という若手女優。非常にさっぱりとした顔立ちで、舞妓はんの白塗りがとても似合っています。京都出身なんですね。清楚な雰囲気もバッチリです。派手な顔立ちの柴崎コウの白塗りと良いコントラスト。また、阿部サダヲのハイテンションにみんなが付いていってこそ、成り立つ作品。ゆえに堤真一の功績も大きい。えらい口の汚い役ですけど、とことん弾けてます。柴咲コウのやる気のなさが見え隠れするのですが、周りのパワーにかき消されてしまったのは、不幸中の幸いってことでしょうか。
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by galarina | 2008-04-26 23:42 | 映画(ま行)
2006年/日本 監督/中村義洋

「期待しすぎて、失敗」
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「神様を閉じこめるのさ」とか「悲劇は裏口から起きる」に代表されるような、カッコつけたセリフがちっともカッコよく決まっていません。むしろ、こっぱずかしくて、椅子から立ち上がりたいほど。お尻がこそばゆいです。伊坂作品は「ゴールデンスランバー」「死神の精度」「重力ピエロ」と読みました。重大な物事や事件を敢えてスカして見せるとでもいいましょうか。つらく悲しいことをサラリと淡々と描く。その行間に流れるもの悲しげなムードこそ、伊坂作品の特徴なのですが、この作品はそのムード作りに失敗しています。

冒頭のバグダッド・カフェばりの本屋の看板。このカットがあまりに思わせぶりで、後は下降していくのみです。何せネタふりの前半1時間がたるい。隣の隣のブータン人がブータン人ではないことくらい、すぐにわかってしまうので、早く教えてくれよとイライラしました。後半、解き明かされる真相も、なるほど!と膝を打つようなものではなく、こんなに待たせてそれかよ…と拍子抜け。原作が悪いのではなく、見せ方が下手なんだろうと思います。まさにボブ・ディランの「風に吹かれて」の雰囲気を全編に漂わせようとしたのでしょうが、あまりにもテンポが悪くてだれてしまいました。

後半部のキモは何と言っても、ブータン人の悲哀が出せるかどうか。これにのみ、かかっています。しかし、残念ながら、ブータン人を演じる役者の器量がまだまだ足りなかったようです。例えば、オダギリジョーなら、このもの悲しさはもっと出たように思いますね。例のセリフも、もっと決まってたでしょう。でも、役者の責任というより、もっと監督が彼の心情に寄り添った演出をしないとダメでしょう。すごく悲しい真相なのに、ちっとも悲しく思えない。その時点で、ダメだあ~と思ってしまったのでした。期待していたので、余計に残念。
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by galarina | 2008-04-21 23:48 | 映画(あ行)

タロットカード殺人事件

2006年/アメリカ 監督/ウディ・アレン

「ウディ、ますます絶好調」
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なんとまあ、肩の力の抜けた軽やかな作品でしょう。これは、まるで老練なJAZZミュージシャンのアドリブ演奏のよう。これまで、何度も何度も演奏してきたからこそ出せる味わい、隙のなさ。ウディ監督、ロンドンに拠点を変えてから、ますますノリにのっていませんか。実に楽しい95分でした。

前作はセクシー路線だったスカーレット・ヨハンソンが本作ではキュート娘に変身。スカーレットのプロモーション・ビデオだと感じる方がいたら、それこそこの映画のすばらしさの一つかも知れません。といいますのも、このサンドラは記者志望の割にはおマヌケですし、すぐにオトコに引っかかるし、本当はどうしようもないキャラ。でも、非常に魅力的に見えるのは、ひとえに彼女の演技力とウディの演出のおかげでしょう。ビン底丸めがねをかけ、口を開けて歯科矯正の器具をパカパカと動かす彼女のかわいさと言ったら!こんな仕草が愛らしいなんて、ちょっと他の女優では考えられません。次作では、どんな女性を演じるのか、今から楽しみ。(って、次も出るって勝手に決めつけていますが)

背景は殺人事件ですけど、んなこと何の関係もないですね。まあ、本当にどーってことないお話で、素人探偵のドタバタ喜劇です。だって、現場になんでタロットカードが置いてあるかなんて、真相はちっとも明らかにされませんもの。でも、テンポが良くて、ユーモラスで、みんなおしゃべりで、何もかもがいつものウディ流。このワンパターンノリは、まるで吉本新喜劇のようです。ラストのドッチラケなんて、吉本ばりに椅子から転げ落ちそうになりました。それでも、こんなに小粋なムードが出せるんですもんね、流石です。どこまでも我が道を行くウディ・アレンに感服致しました。ああ、楽しかった。
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by galarina | 2008-04-20 23:35 | 映画(た行)

みんな~やってるか!

1994年/日本 監督/北野武

「賢く見せないためのお下劣」
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この作品は「監督、ばんざい!」と構造的にとてもよく似ています。これがベースなのでは?と思えるほど。「カーセックスがしたい」という目的のために、手段を選ばずあれこれ挑戦するバカ男。この前半部は、ヤクザ映画は撮らないと宣言した北野監督があの手この手でいろんなジャンルに挑戦するくだりとそっくり。そして、そのバカ男が主人公だったのに、突然北野博士の手によってハエ男に変身させられ、件の「カーセックスがしたい」という話はどこかに行ってしまい、ハエ男駆逐作戦へと物語はまるきり違う方向へと転換します。これも「監督、ばんざい!」において北野監督の苦悩はどこかへ行ってしまい、鈴木杏と岸本加世子が主人公に取って代わるのと非常に似ています。

「目的を持った主人公=主体」が、何かのきっかけで客体に転じてしまう、という構造。「監督、ばんざい!」の場合は、この客体となった北野武は人形であり、さらに構造的には複雑になっていると思います。この作品は5作目で、直前に「ソナチネ」を撮っていますので、北野監督としては、物語の構造を壊して、再構築するという作業に、挑戦してみたかったのではないでしょうか。まあ、それを何もこんなお下劣なネタで…と思わなくもないですが、知的な見せ方にするのをシャイな北野監督は嫌がったんじゃないかな。最初の目的は「カーセックスがしたい」でも「宇宙飛行士になりたい」でも何でも良かったのかも知れません。

「大日本人」は、あまり気に入りませんでしたけど、「笑い」というツールを使って実験したい、という意思は、さすが同じフィールドで活躍する者同士。また、それが同年に公開であった、という偶然には、ある種の感慨を覚えます。でも、北野監督が4作撮って、この実験を行ったことと、デビュー作でいきなり実験をやっちゃったこととの間には大きな隔たりがある気がしてなりません。
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by galarina | 2008-04-19 22:37 | 映画(ま行)

大日本人

2007年/日本 監督/松本人志

「ちょっとずるい、と強く思う」
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初監督作品の割には、えらいひねくれたもん作りよったな、というのが率直な感想。大体デビュー作と言うのは、取りたい気持ちが募って募って出てきた発露だったり、自分の中に溜まっていた澱を表出させたものだったりすることが多い。見かけは陽でも陰でも、ふつふつと湧き出るエネルギーのようなものがあって、私は「初監督作品」というジャンルが結構好きだったりする。

だけども、「大日本人」は松ちゃんのコントをスクリーンを使ってやったらどうなるか、という実験作のよう。実験するということは、確かに大きなチャレンジなんだけど、「映画」そのものに対峙しているというよりは、あくまでも手段としての「映画」に着目してみました、という感じ。フェイク・ドキュメンタリーのパロディというひねくれ具合も私は気に入らない。デビュー作なら、もっと真正面から映画に取り組んで欲しかったと思う。と、考える私は、頭が堅いんだろうか。

本作において、映画的時間が流れるのは、インタビューシーンだけだ。冒頭のバスの車窓から外をみやる大佐藤、スクーターに乗って変電所に向かう大佐藤の後ろ姿。インタビューシーンがなければ、ただのコント集と言ってもいいんじゃないか。でも、映画を映画たらしめているものがフェイク・ドキュメンタリーのパロディだなんて、全く人を食ったことをしやがるもんです。

タイトルはもちろん、神殿の前で変身したり、日本の若者を憂いたり、右よりな表現が続く。北朝鮮を思わせる赤鬼や最終的にはアメリカ人のヒーローに助けられるという皮肉も含め、一体そこにどれだけの強い意志で政治的メッセージを入れたかったのか。どれほど、肝を据えて赤鬼を出したのか、私には想像がつかない。「味付け」としての政治色なのか、それともみなぎる意思をスカしての表現なのか。松ちゃんが面白くないという批評をまともに受けて立ってまでも、作りたかった作品には感じられない。その辺の曖昧さが、ずるいようで、小賢しいようで。とどのつまり、そういう作品がデビュー作って言う斜に構えた感じがどうにも気に入らない。
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by galarina | 2008-04-18 23:45 | 映画(た行)

キング・コング

2005年/アメリカ 監督/ピータ・ジャクソン

「予想外の傑作」
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仕事帰りにしょっちゅう行くビックカメラ京都店のJR連絡口ド真ん前の62インチ液晶でいつもいつもこの映画を流してました。(この前行ったらようやくスパイダーマンになってた)いやはや、ビックカメラのチョイスは正解!これ、大画面で見たら迫力倍増でしょう。初めて我が家のテレビの小ささが悔しく思えました。

ナオミ・ワッツ好きで随分前にレンタルしていたのですが、ゴリラと人間の愛ってどうよ…と結局見ないまま今に至り激しく後悔。実に型破りなパニック怪物映画の傑作でした。次から次へと現れる恐ろしい生き物たち。そもそも最初の原住民たちの描写に度肝を抜かれるんですが、休む間もなく恐竜は現れるわ、超キモいムカデやら軟体動物やらが襲ってくるわで、息突く暇もありません。また、これら島に棲む者どものCG描写のレベルの高さに圧倒されっぱなしでした。結局この孤島でのサバイバルが171分という長尺の実に2/3ほどを占めているんですが、全くダレません。さすが指輪三部作を撮り上げたピータ・ジャクソン。

そして、何と言ってもナオミ・ワッツ。「マルホ」「21g」よろしく、極限状態で脅える演技が最高です。おまけに、スリップ一枚で泥だらけになって、飛ばされるわ、走らされるわ、叫ばされるわ。よくぞ、ここまでやりました。精神的に追い詰められる役もたいへんでしょうか、これほど体力的にハードな仕事をこなすのも一筋縄じゃ行かないと思います。惚れ直しました。

アンのコングに対する感情的なセリフが非常に少ない。ここがいいんです。こういうシチュエーションだと、コングに対して「私が助けてあげるわ」とか「かわいそうに」なんて話しかけたりしがちじゃないですか?大衆に対しては「彼を見世物にしないで!」とかね。でも、そういうしみったれたセリフが一切ないんですよ。途中で気がついて、注意深く見ていたのですが、徹底的に陳腐なセリフをカットしてます。このハリウッド大作特有の生っちょろさ、わかりやすさを排除していることが、作品に凄みを与えています。終盤のNY凱旋以降は、人間のエゴイズムがぐいぐいと迫り、ラストに至っては、何と落涙。まさか、泣かされるとは夢に思ってなかった!尺は長いですけど、それだけの醍醐味があります。張り切って大画面買ったぜ!という方は休日のじっくり観賞にピッタリな1本ではないでしょうか。
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by galarina | 2008-04-16 22:45 | 映画(か行)

マラソン

2005年/韓国 監督/チョン・ユンチョル

「最初はシマウマ、雨が降ればチーターになって」
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自閉症の青年がマラソンを走り抜く感動物語と思っていたら、これはその母の葛藤を描く物語でした。息子のために良かれと思って応援しているマラソン。それは、果たして息子自らが望んでいることなのか。彼の頑張る姿を見たい母親のエゴイズムではないのか、という問いかけ。これは、全ての子を持つ親への問いかけでもあります。お受験させる親、野球教室に通わせる親…etc。

息子が自閉症だとわかり、一旦はその手を離した母。しかし、そんな自分を深く戒め、何が何でも私がこの子を育てるという決心に至る。そんな、母が「彼があなたを必要としているのではなく、あなたが彼なしでは生きられないのだ」となじられた時の哀しみはいかばかりか。そして、兄にかまけてばかりの母と弟の溝は深まるばかり。

これは、親と子の距離感を描いた作品なんですね。ずっとべったりでもダメで、ずっと突き放しっぱなしでもダメで。その距離はTPOに応じて、縮めたり、伸ばしたりして、努力して良い距離感をキープしていくもの。そして、そのキープに欠かせぬものは、対話であり、信頼。タイトルから予期できる通り、主人公はマラソンを完走します。しかし、過剰な感動演出は全くありません。逆に、もっと泣かせてくれよ、と思うほどです。恐らく、観客を泣かせるためには「自閉症という症状、そして自閉症の息子を育てることってたいへん」という苦労の前フリが必要なんですよ。でも、あまりそれをしてない。そこに、これが実話であることを踏まえた製作者側の、ご本人たちへのリスペクトを感じます。息子に鏡を見せながら笑顔の作り方を指導するシーンなんて、とっても微笑ましくて、微笑ましくて。ストーリーの概要と韓国発と聞いて、ベタベタの湿っぽい感動作かと思いましたが、全くそんなことはありませんでした。親子の距離感、そして家族の幸福とは何かを静かに考えさせられる秀作です。
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by galarina | 2008-04-15 23:01 | 映画(ま行)

ブラックブック

2006年/オランダ・ドイツ・イギリス・ベルギー 監督/ポール・ヴァーホーヴェン

「押し出し相撲」
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面白い作品ではあるんだけど、女スパイものとしては、ある程度予測できる展開なのね、仲間の裏切りも含めて。そこに、観客の心を裏切ったり、スカしたりという「引っかかり」があまりなくて、怒濤の人生の割にはスーッと最後まで見れちゃう。。「ブラックブック」の存在そのものにも、もっとビックリなオチがあると思ってたし。確かに同士の目の前で堂々と下の毛を染めちゃったり、頭から糞尿をぶっかけられちゃったりするシーンには驚かされます。しかし、これもまた、最初から提示される主演女優カリス・ファン・ハウテンのタフさを考えれば、期待通りなわけです。同じ女スパイものでも先日見た「ラスト、コーション」の心理描写のすばらしさには、数段見劣りしてしまう。それは、観客である私自身のアジア人としてのメンタリティも多分に影響しているのかも知れませんが。

ただ、第二次世界大戦においてオランダがどういう状態だったか、ということについては恥ずかしながら何も知らなかったので、とても勉強になりました。

「善き人のためのソナタ」で作曲家を演じていたセバスチャン・コッホが、ナチスの将校役ですが、なかなか色気のあるいい男。ナチの男と愛人関係なんて言うと、「愛の嵐」のような淫靡な世界をイメージしてしまう私。この作品では、その期待も裏切られてしまいます。もちろん、ナチズムの中に倒錯美を入れ込むことは、ナチズムそのもののイメージアップに成りかねないので、描く側としてはそこを避けたとしても当然。ただ、愛してはならぬ男を愛してしまった女の苦悩があまり見えてこないのです。カリス・ファン・ハウテンの体当たりっぷりで一気に押しまくられた感じ。でも、安住の地に落ち着いたわけではないことを示唆させるラストシーンはとてもいい。最後の最後に女スパイの運命の悲哀が見えました。
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by galarina | 2008-04-14 11:06 | 映画(は行)

果てしなき欲望

1958年/日本 監督/今村昌平

「万国共通、穴掘り映画って、面白い」
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戦時中に埋めておいたモルヒネを掘り当てて一攫千金を狙う4人組。どいつもこいつもひと癖あって、腹の中のさぐりあい、化かし合い。人情喜劇のドタバタコメディかと思えば、さらにあらず。それぞれの人物の正体は一体何かというミステリと、一人ひとり殺されていくサスペンスがうまくミックスされて、穴掘り作業が進むほどに結末が楽しみな展開になっていく。

ファム・ファタールを演じる渡辺美佐子がとてもセクシー。戦後のドサクサ期の勝ち気なオンナっていうのは、本当にバイタリティがあって、その生命力がそのままセックス・アピールに繋がっているのよね。とても、わかりやすい。着物からちらりとのぞく生足に男どもが生唾ごくり。西村晃、殿山泰司、長門弘之など常連メンバーの演技も冴えてます。

嵐の中を渡辺美佐子がずぶ濡れになって壊れた橋の欄干を逃げまどうクライマックスは、なかなかの迫力。そして、誰もいなくなって、たった1本残ったモルヒネを烏がかっさらっていく。ニクい締め方ですね。物語の構成、緩急の付け方、キャラの際だち方、全てに監督の手腕が光る1本だと思います。
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by galarina | 2008-04-13 23:00 | 映画(は行)

三年身籠る

2005年/日本 監督/唯野未歩子

「静かな佇まいにのぞく強いメッセージ」

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3年間も子供を宿すという奇異な設定なのに、非常にゆったりとしたカメラワークで、落ち着いた流れの作品。唯野未歩子、あのふわふわした標榜からは想像できません、これは恐るべし。すさまじく大きくなったお腹のために冬子が玄関でなかなか靴が履けない。そんな後ろ姿を鴨居ごしにじーっとカメラが捉え続けます。そのようなフィックスカメラがとても心地良かったです。

馬の赤ちゃんは産まれたらすぐに自分の足で歩くのに、人間の赤ちゃんはそこからの育児が実に大変。そこをすっ飛ばしてくれたらどんなにラクか…なんて、出産経験のある女性なら誰しも思ったことはあります。そこで、3年間お腹の中で育てるというわけです。育児はラクになるかも知れませんけど、気味悪いですね。不安ですね。だけど、冬子は全く動じない。医師の薦めを断って自然分娩にこだわる。そこに、全てを受け入れる母性の強さを感じました。冬子は徹底的に従順な女として描かれています。夫の浮気さえも受け入れている。しかし、それらの全ての受容の源は「私は命を宿している」というところから生まれる揺るぎない自信なのです。か弱くて、自分の意見も言わず、ほんわかした外見の内に秘めた強固な意志。

面白いのは、この作品の裏テーマとして、男はどのようにして父親になるのか、というのがくっきりと浮かび上がっていることです。赤ちゃんが生まれてすぐは男の人は父親の実感がないと言いますが、まさにこの作品ではそこを突いてきます。妻が3年も子供をお腹に宿していく、その時間の流れと共に当初浮気していて、全くその気のなかった夫(西島くん)が段々父親としての決意を固めるのです。3年という月日が彼に受け入れる決心をさせるんです。

冬子の妹、母、祖母など女系家族が織りなす「女とは?」のメッセージ。しかしながら、やはり女を描くことは、男を描くことと同じである、とまたしても痛感。のびやかなタッチの中にどっしりとした心構えと強いメッセージを放っている秀作だと思います。2作目が楽しみです。
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by galarina | 2008-04-12 22:08 | 映画(さ行)