「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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ラブソングができるまで

2006年/アメリカ 監督/マーク・ローレンス

「この役を引き受けたヒュー・グラントが偉い」
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私はターゲットど真ん中なので、出だしのPVですっかり爆笑でした。ルックスは、デュラン・デュランに似てる~。まあ、あの時代はこんなバンドだらけでした。なぜか、カルチャー・クラブのボーイ・ジョージがクスリか何かで捕まって、懲罰として作業服でゴミ拾いの社会奉仕させられていたのを思い出しました。日本だと、トシちゃんをモデルに作れそうですが、某事務所がうるさくて無理でしょうね。

ラブコメは、あまり見ませんのでドリュー・バリモアはおそらく「E・T」以来です。ちょっと身振り手振りがオーバーだし、コメディ女優的な枠組みの中に入りすぎていて、今イチでしたが、他の作品を見ていませんので即断するのは止めておきます。むしろ、ソフィーの抱えるトラウマがありきたりだな~。こういう設定、他の映画でも見たことあるかも。また、ふたりが結ばれていくプロセスも、予想通りというか、甘いというか、生ぬるいというか。よく言えば、このある程度予測できる部分が安心して見られるというところですかね。

しかし、私はこの作品を大いに評価します。それは、作り込みの本気度です。ラストのコンサートシーン。ド派手な演出でめちゃ気合い入ってます。冒頭とラストの音楽に気合いを入れることで、お気軽でポップな80年代サウンドから、今風のヒップホップサウンドへと、流行音楽の橋渡しが冒頭からラストへときちんと繋げられている。しっかりと音楽を描くことで、時代のギャップ感を見事に再現している。そこがとてもいい。「バブルへGO!」のショボさを思い出してしまいました。

アメリカ人の発音で愛の言葉をつぶやくと、生っぽいというか、もっちゃりしていると言うか、恥ずかしくてダメなんですが、イギリス英語だと何か軽やかに聞こえちゃう。ヒュー・グラントは得してますね。それにしても、あの腰フリダンスはおかしすぎる。しかもこれ、アメリカ映画でしょ?落ちぶれたイギリスのポップスターでアメリカでドサ廻りしてるなんて設定、よく考えるとすごい失礼なオファーじゃないですか?でも、彼の演技のとことんぶりがこの作品を支えているのは間違いなく、その懐の大きさと芸風の幅広さに大いに感心しました。えらいよ、ヒュー。
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by galarina | 2008-01-29 23:34 | 映画(ら行)

ボラット

2007年/アメリカ 監督/ラリー・チャールズ

「私も警察を呼びます」
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ちっとも笑えませんでした。アメリカの欺瞞を暴くですと?だったら、もっと正攻法でしましょうよ。ボラットは、カザフスタンからやってきたレポーターのフリをしているんですよね。フリをしている人がカマをかけて相手の反応を引き出すというのは、見ていてあまり気持ちのいいものじゃありません。

そもそもフェイク・ドキュメンタリーの体裁ですから、そこに遭遇するアメリカ人の全てがやらせでないと、どこまで言えるのでしょう?侮蔑の言葉に怒って席を立つフェミニズム研究者に「そこで怒ってくださいね」と指示しているかも知れません。意気投合する大学生たちに「一緒に馬鹿騒ぎしてくださいね」とお願いしているかも知れません。あくまで、この映画は本当に起きたことと言っています。実際に訴訟問題も起きているのだから、そうなんでしょう。しかし、出発点において自分自身が本性を偽っておいて、後の出来事は本当にあったことです、と展開するのはモノ作りをするものとして、虫が良すぎませんか?

じゃあ、百歩譲って、この映画に対して不快だと思う人、その不快に根ざすものを顕わにするための映画だとしましょう。でも、私がホテルスタッフなら、ホテルにパンツ一丁で現れたお客さんをもてなす自信はありませんし、大事な商品を壊されたら弁償してくれといいます。正直、この映画の何が面白いのか、全くわかりません。
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by galarina | 2008-01-28 23:09 | 映画(は行)

やわらかい生活

2006年/日本 監督/廣木隆一

「やわらかく行くのはムズカシイ」
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廣木監督は、しのぶちゃんを好きになってしまったのかしら?と思えるくらい、寺島しのぶが愛らしい。躁鬱病を抱える袋小路な女としては、ちょいとカワイすぎるんですよ、導入部。人生行き詰まった女に対しては、監督はもっとサディスティックに行った方が、面白いんだけど。とか思いつつ観ていると、タイトルが「やわらかい生活」でした。そう、きりきりしないで、何とかほんわりやって行こうと、がんばっている女の物語。ほんわりの向こうにあるのは、薬漬けのどうしようもない自分。その辺が、少しずつ、じわりじわりと透け始めてくる。そしたら、優子という女がだんだん愛おしく見えてくる。

本当は蒲田という場所に馴染みがあれば、もっと楽めるんだろうな。だけど、タイヤの公園とか、蔦の象さんの家とか、なんだこりゃ?みたいな異質なものが街に馴染んでるでしょ。それが優子にとって、とっても居心地いいんだろうなっていうのは、伝わってきた。それって、すごく大事なんだよね。昔、「ざわざわ下北沢」って映画を見て、下北沢なんて行ったことのない私は、とっても内輪なノリですごくヤな感じだったの。好きな人だけで盛り上がってちょーだい、みたいな。

寺島しのぶは、同性を何となく納得させちゃうようなものを持ってる女優だな、と思う。人物設定として、自分の好き嫌いはあっても、見ているうちにその人物が抱えるものがわかってくる。不思議な女優です。豊川悦司のあの足の長さは、作品によっては裏目に出ませんか?もちろん、ファンとしては大きな魅力の一つなんだけど、この作品で言うと、久しぶりのショートヘアでしょ。余計に足の長さが目立って、目立ってしょうがない。その足の長さがね、どうも気のいい博多弁の従兄弟というイメージを遠ざけてしまう。スタイル良すぎるのも罪ですね。カラオケフルコーラス歌ってまして、意外とキーが高いのでビックリ。しかも、お上手。このただ歌っているだけのシーン、だんだん2人の距離が縮まるのが感じられてなかなかよいです。

原作の絲山秋子、「沖で待つ」を読みましたが、働く女のしんどさをひりひりと感じさせる作家です。描写はとても生っぽいんだけど、主人公の内面はとても乾いている感じで、独特の作風でした。この元ネタの「イッツ・オンリー・トーク」も読んでみようと思います。
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by galarina | 2008-01-27 23:13 | 映画(や行)
2006年/韓国 監督/ハン・サンヒ

「ファンの方のみご覧下さい」
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キム・ギドクやポン・ジュノを見た後で、こういう映画を見ると、ある意味韓国映画の懐の広さというのをつくづく実感。なんとまあ、薄いこと、薄いこと(笑)。凍結した雪道で長靴が滑って、つる~っとすべっていくような表面だけをなぞらえた作品。でも、脚本は日本人なんですね。何とも冴えない日韓合同作品。主演のイ・ジュンギと宮崎あおいのファンの方がご覧になればよい映画ではないでしょうか。

日本人と韓国人が恋に落ちるという設定でまず考えられるのは、日本と韓国の間に長年横たわる感情の溝ですが、本作ではそれについて一向に触れません。まあ、常にそれを持ち出すとどの作品も似たり寄ったりになるので、敢えて外したというならそれでも構いません。ただ、韓国に帰ってきた彼が日本人の女の子に恋をしていたという事実に対して、家族や周りの人々がノーリアクションだったとは到底考えられません。また、ミンと七重、それぞれ家族関係において悩みを持っているのですが、ここの描き方が弱いのなんの。高校生時代のミンくんの演技も、観ている方が恥ずかしくなるような大げさな演出で閉口。批判はこれくらいにして、ちょっと別のこと。

これは、韓国映画だという思いで見始めたせいか、宮崎あおいが目鼻がキリリと際だつ韓国の美人女優とはまるで別人種のような存在に見えます。これは、主演のイ・ジュンギが女形のような美形なので、余計にそう見えたのでしょう。宮崎あおいを活かすならば、韓国サイドはもう少し親しみのある庶民的な俳優の方がしっくり来たと思います。まあ、キャストありきで作られたであろう作品に、このような話をしてもあまり意味がないかも知れませんね。
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by galarina | 2008-01-26 23:40 | 映画(は行)

HERO/英雄

2002年/香港・中国 監督/チャン・イーモウ

「ゆらぐ信条」

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なぜ、チャン・イーモウにこれが撮れて、チェン・カイコーはできなかったのだろう。「PROMISE」はあまりにCGがしょぼくてその話題に終始してしまい書き損ねましたが、愛は運命を変えられるのかというチェン・カイコーらしい世界観というのは根底に流れていました。しかし、この「HERO」はどうでしょう。チャン・イーモウがなにゆえこのような一大アクション巨編を撮れたのか。映画は監督のもの。常々そう思って映画を見ている私は、この作品ほどその信念が揺らいだことはありません。

私の勝手な想像ですが、アクション監督、カメラマン、CGスタッフに至るまで、一流と呼ばれる全ての技術スタッフの力を100%チャン・イーモウが引き出した。そう考えるしかありません。もしかしたら、大陸的な粘り(そうイーモウ監督の作品によく出てくる市井の人々が持っているあれ)でもって、まとめあげた結果がこの作品なのかも知れません。

アクションを担当したのは「少林サッカー」も手がけるチウ・シントン。無名と長空が戦うシーン、雨のしずくが落ちるスローモーションや老人のつまびく不思議な楽器に合わせて、繰り広げられる格闘が非常に独創的。見せ方一つでアクションシーンって、こんなにも様々な表情が創れるのだと驚く。各エピソードにイメージカラーがあり、はらはらと舞う衣装がとても美しいのですが、この色分け効果は、実は2度3度見ると飽きてくる。しかしながら、羅生門スタイルで繰り広げられる物語は、虚実ないまぜで、観客が混乱してしまいがち。それを回避するために、おそらくこのスタイルを選択したのでしょう。あのエピソードは赤いシーンと頭にインプットされ、複雑な物語を整理できる。この選択は正解。

そして、何より、トニー・レオン。フェロモン全開。この匂い立つような色香はなんでせう。私は、彼の毒気にあてられてめまいを起こしそうなくらいクラクラ。あのジェット・リーすら、かすんでしまう。砂に書をしたためる、というあれは、中国古来の芸術なんでしょうか。長髪を無造作にしばり、女物のような着物をひらひらさせて、砂に文字を書くその姿。惚れない女はおりません。今年公開予定の「ラスト・コーション」はラブシーンがいっぱい、ということでこれまた楽しみです。
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by galarina | 2008-01-25 23:36 | 映画(は行)

グエムル 漢江の怪物

2006年/韓国 監督/ポン・ジュノ

「こんな怪物映画、見たことない。ソン・ガンホ最高!」

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ハリウッドに対抗するために作られたモンスターパニック映画だと思っていた私は阿呆でした。ポン・ジュノの才能が見事に光る傑作。なぜ映画館で見なかったのだろうと、今ひどく後悔しています。従来のパニック映画のセオリーとは全くかけ離れた構成で、こんなに個性に満ちた怪物映画にはお目にかかったことがありません。

怪物に殺された人々の家族が公民館のような場所に集められ遺影を前に号泣したり、長男をバカにしてはいけないと父親が子供に説教したり、非常時にはアメリカのいいなりになってしまったり。随所に、同じアジア人としてのメンタリティに訴えかけてくるものがあります。これはハリウッド映画では絶対に味わえない感情です。加えて、薬の散布に反対して学生達がデモ活動を行うなど、韓国らしい描写が強烈なオリジナリティとなっています。

何より、ポン・ジュノらしい作風を、怪物映画と言うジャンルでフルに発揮できていることが驚き以外の何ものでもありません。例えば、怪物は一旦おいといて、主人公カンドゥにフォーカスしてみましょう。彼は勇敢に怪物と戦ったにも関わらず、娘が生きていると訴えても誰も耳を貸してくれず、ウィルス保持者として警察には追いかけ回され、しまいには病院でひどい目に合う。こんなにキツいブラックコメディってあるでしょうか。しかし、とことん間抜けな男を主人公に持ってくることで、極限に追い込まれた人間の描写が圧倒的にリアルなものになり、役人や軍人どもの横暴ぶりを笑いとして昇華させることができます。また、妙に間の抜けた設定だからこそ、その後迫り来る恐怖との落差がさらなる臨場感を生み出します。ライフルの弾の数を数え間違ったがために、我が父を恐怖に陥れてしまった、その切なさたるや…。

こうして主人公をとことんバカな奴に描くユルいムードを表面的に装いながらも、病院のビニールシート越しに不気味に映る顔のショットとか、怪物と併走して走るカンドゥだとか、力強くて印象的なカットは枚挙にいとまがありません。特に「殺人の追憶」でも多用されていた人物のアップ、とりわけ幾度となくカメラに迫られるソン・ガンホの表情が秀逸です。本当に彼は凄い役者です。ラストのアメリカ軍の発表を映すテレビのボタンを無造作に足の指で消すという何気ないシーンにも、ぐっと胸をつかまれます。ペ・ドゥナのラストカットもしびれました。このジャンルの映画で5つ星の作品は、後にも先にも、もう出てこないんじゃないか。そう思わされるほど、良かったです。
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by galarina | 2008-01-24 23:53 | 映画(か行)

ゾディアック

2006年/アメリカ 監督/デビッド・フィンチャー

「力強いビートに身をまかせる157分」
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当初尺の長さに躊躇していたのだけど、その長さを全く感じさせない素晴らしい作品。ゾディアック事件を取り巻く人物達の焦燥と混乱を描いていますが、それだけで観客をぐいぐい引っ張るというのはとても難しいこと。というのも、この手の映画は、どうしても「犯人は誰か」に注目してしまうものだから。しかも、最初の事件が起きてから、ラストに至るまで非常に長い年月が流れている。なのに、ダラダラとした感じが全くしない。

例えば、いきなり「4年後…」なんてテロップが流れても緊張感が途絶えないのです。普通なら、「えっ、4年もすっ飛ばしちゃうワケ?」なんて、しらけた気持ちが起きるはず。でもね、それがないの。この作品には、ビートの刻みを聞いているような心地よさがあるんです。例えば、太鼓やドラムなどのお腹にずっしり来るパーカッションの音楽ってあるでしょう?ずっと一定のビートで力強くて、鮮やかで、いつまで聴いていても飽きない音楽。暗号をグレイスミスが解読するシーンなど「解けた!」という飛び抜けた演出もされていないし、ゾディアックが標的に忍び寄る様、特に赤ん坊を連れた女性に近づくシーンなども、じわりじわりと恐怖が忍び寄ってくる。その一定のリズム感が実に心地よくて。

ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニー・Jr。三者三様、それぞれの人生が狂い始める様を見事に演じています。ある意味、この3人の役どころに誰か大物スターが入り込んでいたら、非常にバランスが悪くなったでしょう。ゾディアックというシンボルを中心にして、すばらしいトライアングルを形成しています。それぞれの運命の歯車は決して良い方向には回らない。図らずして悲劇のレールに乗ってしまったことを、中盤辺りですでに観客は予期し始めます。それでも、我々は固唾を呑んでその行く末を見守らねばならない、そんな使命感すら感じさせられました。犯人が捕まろうが死のうが、そんなことは途中でどうでもよくなり、ラストまで緊張感と共にゾディアックに翻弄される3人の男達の生き様を食い入るように眺めてしまったのです。
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by galarina | 2008-01-23 22:19 | 映画(さ行)
2005年/アメリカ 監督/ティム・ストーリー

「しょーもなっ!と言いながら楽しんでしまったよ」

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リーダーが一番ダサいゴム人間ってのがいいですねえ。普通、リーダーならもっとカッコ良く変身するものでしょう?そういうおバカさが実に気に入りました。昨今、実写ものSFって、説教くさいのが多かったですから、これは子供と一緒に、そんなアホな~とかましつつゲラゲラ笑って楽しみました。

だって、4人とも同じ宇宙嵐に見舞われたのに、全員症状が違うって、どういうことですか…。随所に出てくる子供だましの「なんちゃって科学理論」も笑える。しかも、この「なんちゃって科学理論」を見終わってから必至に解説している息子の姿がかーちゃんは微笑ましかったっす。

とはいえ、カースタントはなかなかの迫力ですね。バンバン車、ぶっ壊しちゃってます。どうやらファンの多いジェシカ・アルバ。「シン・シティ」でしか見ていませんでしたが、アメリカ人には珍しい子鹿のようなキュートさが男子のハートを掴むのでしょうか。おばちゃんのハートはピクリとも動きませんでしたが(笑)。

スパイダーマンに雰囲気が似ていると思ったら、やっぱりアメコミなんですね。こういうジャンルは全く無縁で、子供がいないと絶対見ないと思う。というわけで、子供がいると、映画の見る範囲って俄然広くなるのね。それはそれで良しと思う今日この頃。
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by galarina | 2008-01-22 23:26 | 映画(は行)
2007年/アメリカ 監督/ティム・バートン
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「悪夢を描けば天下一品のティム・バートン」

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(ラストシーンについて触れています)
さすがティム・バートンの映像美でした。使用する色のバリエーションを極力抑えています。例えば、黄色やオレンジといった暖色系の色遣いはほとんど出てこない、それによって、真っ赤な血の色を際だたせています。そして、ベースにあるグレーや深緑、暗いブルーなどの色合いは、錆びた鉄を思わせるようなざらつき感を伴っています。

そして、血の色よりも、むしろ人物の青白い顔の浮かび上がりようが、気味悪い。この異様なまでの顔の白さ、まるでパペットのよう。これは監督お得意のストップモーション・アニメを本物の人間で実現させた作品ではないかしら。色遣いが「コープス・ブライド」にそっくりですもの。ミュージカル仕立てで、現実離れした異世界として作品を描けたことも、人形劇のようなムード作りに一役買っています。

哀れな殺人鬼、スウィーニーを演じるジョニー・デップが本当にステキ。本来ミュージカルならば、もう少しオーバーアクトであるのが正解かも知れません。しかし、スウィーニーは常に陰鬱です。ティム・バートンは復讐心がメラメラと燃え上がるような殺人鬼には敢えてしなかったのでしょう。妻と子供を奪った奴らに仕返しをする決意は固めているものの、既に何もかも失ってしまった抜け殻のような男がスウィーニー。だから、歌がうまくて、演技も大振りな役者は、監督が思い描くスウィーニーとはおよそかけ離れているはず。ジョニー・デップは抑えた演技ながらさすがの存在感で悲しき殺人鬼を演じきりました。お見事。歌もうまい。

ミセス・ラヴェットの夢想シーンが暗い物語に唯一明るさをもたらしています。極悪非道な悪人が、人並みの幸せを思い描くと言う、何とも滑稽でブラック・ユーモアたっぷりのシーン。浜辺でしましまの水着を着て憂鬱そうに海を眺めるスウィーニーに、思わず笑いがこみ上げる。ブラック・ユーモアと言えば、死体が流れ作業のように地下室に落とされるシーンも、実にティム・バートンらしい。「チョコレート工場」の流れ作業を思い出しました。

そして、あまりにもあっけないエンディング。若者と娘はあの後どうなったのだという疑問は残りますが、抱き合うスウィーニーとルーシーをどうしてもラストカットにしたかったのかも知れません。お互いの鮮血にまみれながら、ようやく巡り会った2人。「悪」と「ロマンチシズム」を常に融合させてきた、実にティム・バートンらしいエンディングではないかと思うのです。
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by galarina | 2008-01-21 22:53 | 映画(さ行)

デビルズ・バックボーン

2001年/スペイン 監督/ギレルモ・デル・トロ

「生き残る子供たち」

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世の中は戦争のただ中、自分はひとりぼっち、唯一の逃げ場であるはずの孤児院にも慈悲深いシスターがいるわけでもなく、優しき父を思わせる神父がいるわけでもない。むしろ、信用ならないひと癖もふた癖もある大人だけ。そこへもってきて幽霊の出現です。子供たちの精神状況は極限にまで追い詰められていく。だけど、どんなに悲惨な境遇であろうとも、サバイブしていく。それが、子供。どんなに追い詰められても、生き抜く道を選択する子供たちの逞しさが生々しく描かれています。

老いた義足の女院長と逞しい若い用務員が肉体関係にある辺りは、さすがアルモドバルがバックについているのもさもありなん、という倒錯した世界。個人的にはこの辺のきわどい描写はもう少し物語としても煮詰めて欲しかったところ。しかし、地下室に蠢く子供の幽霊、ホルマリン漬けの幼児の遺体など、妖しげなムードは十分堪能しました。

幽霊が出てくるからと言ってホラーのジャンルと呼ぶべき作品ではありません。また、本作を「スタンド・バイ・ミー」を引き合いに出す人もいるようですが、子供が逞しくなれば何でもかんでも「スタンド・バイ・ミー」に例えるのは少々安直ではないでしょうか。戦争を描いている作品でもあり、ずるい大人を描いている作品でもあり、殺された子供の怨念を描いている作品でもあり、一概に一つのジャンルでくくることのできない豊かな世界を持つ作品だと思います。しかし、裏を返せばその突出のなさが、作品全体としての個性を奪ってしまったような気もします。というわけで次回作「デビルズ・バックボーン」は評判も上々のようですので期待してDVDを待ちたいと思います。
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by galarina | 2008-01-20 22:03 | 映画(た行)