「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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ひみつの花園

1996年/日本 監督/矢口史靖

「ほとんどギャグマンガ」
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お金命の咲子は樹海に残された5億円を探すため、ダイビングの免許は取るわ、大学で地質学は勉強するわ、ありえねー的展開を次から次へとこなす。能力的にも時間的にも絶対無理!というツッコミどころ満載だけど、そのテンポの速さと咲子の無軌道ぶりはほとんどギャグマンガゆえ、突っ込むとか突っ込まないとか、そういう類の作品ではないのだ。真っ逆さまに落っこちて、それがもろに人形!!(笑)なんて、どーでも良さも実に微笑ましい。まさに勢いだけで突っ走る。これを見たらあのノリノリの「ウォーターボーイズ」でさえ、やや洗練された作品に見えちゃうから驚き。矢口史靖の原点、ここにアリです。

西田尚美は天然キャラ炸裂。すっとぼけたハイテンション。今で言うと阿部サダヲっぽいイメージ。でも、最近はそのハジケっぷりの見る影もないですね。「ハチクロ」に出てましたけど、このところネクラな役が多い気がするなあ。この作品を見た時は、将来楽しみなコメディエンヌが出てきたもんだと思ったものですが、どこから方向性が変わっちゃったんだろう。

それにしても、最近こう言う「しっちゃかめっちゃか系」の邦画って、見かけないです。B級って言っても妙に物語としてはまとまっている作品が多くて。予算がない→小難しいアート系ではなく、本作のようにノリだけでいっちゃえ!ってのもたまには見たい。小賢しくないのが、実に爽やかです。
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by galarina | 2007-09-29 23:17 | 映画(は行)

北の零年

2004年/日本 監督/行定勲

「小百合さんの年齢にこだわるのはやめましょう」
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豊川悦司目当てに鑑賞。
が。期待していなかったせいか、思っていたより堪能できた。

馬が走る姿が美しい、と思った日本映画は久しぶりかも知れない。鞍もつけず、乗り手もいない、素の姿の馬が北の大地を疾走するラストシーン。とても清々しく、気持ちよいものだった。馬と言えば黒沢明を思い出すけど、黒沢映画でも馬にまつわる苦労話はたくさん聞いたことがある。この作品では、調教のスタッフさんが頑張ったんだろうねえ。北海道というロケーションの良さもあって、伸びやかな馬の姿に見とれました。

吉永小百合に関しては、年うんぬんは一旦横へ置いて鑑賞。そこんところは、この作品を楽しむための第一条件でしょう。確かに無理はありますが、そんなことで全体を論ずるようなこともなかろうと私は思う。

吉永小百合主演で開拓民の話となると、例えば降旗康男、根岸吉太郎など、ベテランの監督がメガホンを撮っても良さそうに思える。しかし、その場合、期待通りでオーソドックスな作品になっていたのではないだろうか。行定監督は、儚い映像を撮るのが得意だし(デビュー作「GO」は別にして)、はらはら舞う雪や美しく女優を撮る(そのほとんどは吉永小百合ですが)映像でらしさを発揮していたように思う。

それぞれの立場がどんどん変わり、歴史に翻弄される人物群もなかなかドラマチックで良かった。大河ドラマ的ストーリーなので、演出上仰々しくなったり、ある程度物語に予測が付くのは仕方ないところじゃないかなあ。惜しむらくは石田ゆり子の人物設定で、吉永小百合とは対称的に描いてはいるものの、もう一歩及ばず。吉永小百合が「静」とすると、石田ゆり子は「動」の役どころ。どちらも、女の芯の強さを表現しているが、ちょっとバランスが保ててないなあ。残念。

で、トヨエツは、トラブルがあるとさっと現れる影のヒーローみたいな男。てっきりアイヌ民族の役だと思っていたので、これは嬉しい誤算。しかも、ラストのクライマックスに絡んでくるとは想像外。予想以上においしい役回りでした。
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by galarina | 2007-09-28 23:11 | 映画(か行)

輪廻

2005年/日本 監督/清水崇

「テーマを扱いきれていない」」
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流行のJホラーってどんなものかしらってんで、見てみたのだけど、全体的な作り込みが甘くて少々ガッカリ。まず女子高生が会話するシーンで始まるんだけど、それがもの凄くチープな感じで。「学校の怪談」とか「世にも奇妙な物語」見てるような気になったなあ。こういうB級テイストがJホラーのスタンダードなのかな。

私は映画制作に取り憑かれた映画監督は、「記憶」という作品の中で犯人に復讐を企んでいるのではないか、と思ったんだけどそうじゃない。他にも、以前殺された人はホテルに引き寄せられて、また死んでいく。ただ、それだけ。それは、ないよ。じゃあ、教授の実験って何だったわけ?ただ輪廻するのを確認したいのなら、大量殺戮をする意味はないでしょ。殺した人間、殺された人間が双方輪廻したら、どうなるのか、そこが物語を生むんじゃないの?過去の怨念が現世(=映画の撮影)においてどう昇華または転化されるのかってことが見せ場になるはず。この辺り、物語が浅くて非常に引っかかります。ラストにオチがあることでひねりがあるように見せてるけど、私はダマされないぞ(笑)。

あとね、教授のノートが出てくるのだけど、その辺の映画を参考にしていかにもサイコパスが書いたようなありがちな作りで。彼の研究とはいかなるものだったのか、もう少し深く描けなかったものかな。「肉体とは器にすぎない」なーんて、いかにもなセリフをぶちあげるんだったら、もう少し作り込んで欲しいとつくづく思いました。でね、子どもに人を殺したり、殺されたりする演技をさせるのは止めて欲しい。もう、これは絶対譲れない。映画の現場で、徹底させて欲しいと切に願う。
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by galarina | 2007-09-27 23:07 | 映画(ら行)
2002年/アメリカ 監督/マイケル・ムーア

「着眼点、取材方法、テーマの帰結のさせ方、全てが★★★★★」
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ムーア作品で感心するのは、視点の広げ方がうまいと言うこと。アメリカを震撼させた少年犯罪を中心点として、その要因はどこにあるのか問題点を直線的ではなく、放射状に広げていく。その引き出しの広さと着想の豊かさを見ていると、日本のワイドショーで見られるゲームが悪い、ゴスロリが悪いと言った、短絡的な分析がほとほとアホらしく見える。

で、その理知的な分析を裏付けるのが突撃取材、というこの落差のコンビネーションが映画としてのダイナミズムを生み出している。「華氏911」でも書いたけど、ムーア作品にはムーアらしいやや先走った思い入れもそこかしこに見られる。が、監督の思い入れがないと映画とは呼べんだろう、と思うのだ。ゆえに、本作を見て「こんなのにダマされるな!」と言う人がいてもいい。先日見た「不都合な真実」があまりにもお利口に見えてつまらない理由がここにある。

歴史、メディア、福祉、経済…とめまぐるしく論点が提示され、最終的にたどり着くのは、「それでも我々は世の中を変えることができる」という力強いメッセージだ。少年が同級生を無差別に射殺するというこの上ない悲しい事件が発端でありながらも、Kマートに銃弾の販売を停止させるという具体的な成果=行動することの大切さに帰結させていく。それは、かすかな希望でもある。世の中を憂うことは誰にでもできるが、希望を見せることはそうそうできることではない。Kマートの結果は偶発的かも知れないが、「取材する」という行為を通じて「希望を示す」というのは、メディアに関わる人間全ての願望ではないか。ムーアは、それをこの作品の中で体現している。そこが、私の五つ星の一番大きな理由。

さて、ムーアの取材対象としてチャールトン・ヘストンもその開き直りぶりがインパクト大だが、私が最も印象に残ったのは、マリリン・マンソン。彼がムーアに漏らした「恐怖と消費のキャンペーン」という言葉は、この問題の本質を捉えるのにこそ最もふさわしい。これほど的を得たキャッチコピーが、少年犯罪のスケープゴートとされている張本人の口から出たこと自体驚きだし、このインタビューは過激な歌手マリリン・マンソンが実は思慮深く、賢い人物であることを顕わにしている。着眼点にも、取材映像にも、新たな発見が本当にたくさん詰まっていて、何度見ても唸らされる。
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by galarina | 2007-09-26 23:21 | 映画(は行)

アラバマ物語

1962年/アメリカ 監督/ロバート・マリガン

「その正義はどこから来たのか」
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1932年、アラバマ州。妻を亡くし幼い息子と娘を抱える弁護士フィンチ(グレゴリー・ペック)は、暴行事件で訴えられた黒人トムの弁護を引き受ける。だが黒人への偏見が強い町の人々はフィンチに冷たく当たるのだった…。

本作は黒人の人権問題とスカウトと言うひとりの少女の成長物語という、一見して合いづらいモチーフがしっかりと融合していることがすばらしい部分だと思う。「白人たちが黒人は悪いことをすると思ってしまう感性」と「スカウトがブーのことを怖いと思っている感性」は、見事にオーバーラップしている。それは、本質をしっかりと見ないことがもたらす恐怖である。物語の結末から見ると、その間違った見識を正しく取り戻すのは、大人の白人たちではなく、少女であるスカウトの方。だから、この作品はスカウトの物語として観た方が私にはしっくり来る。人権問題に焦点を当てながら本作を見ていると、どうも納得しがたい感情が残ってしまうのだ。

主人公アティカスの生き方を否定するつもりは毛頭なく、むしろ偏見に立ち向かった勇気と正義感にあふれた人物だと思う。しかしながら、視点をどんどん引いていって作品全体を眺めた時に感じるのは、白人特有の奢りなのだ。アティカスは未だに「アメリカの父」とも呼ばれるシンボリックな存在のようだが、現代アメリカ人(白人)が自己を投影してしまうような人物像に、私はいささか懐疑の念を禁じ得ない。(まあ、ちょっとひねくれた見方なのかも知れないが、笑)。

それは、アティカスの行為の源を「正義感」という概念に頼るのかどうか、という点に尽きると思う。本作の制作は1962年とある。キング牧師の有名な“I Have a Dream”の演説が1963年のことだから、黒人の人権運動が活発に行われる中、このような映画が制作されたこと自体は、意義あることなのだろう。しかしながら、時を経て、アティカスの行動と世界を牛耳ろうとする現代アメリカのメンタリティに共通点を見いだしてしまう。むしろ、アティカスにはトムを助けたい「個人的な理由」があった方がすっと心に馴染む。

同じテーマでアラバマが舞台である、先日レビューした「ロング・ウォーク・ホーム」の方が私は格段に好きだ。それは黒人差別という大きなテーマが「個」の物語へとしっかりシフトされているからだ。おそらく善人を絵に描いたようなアティカスという人物を素直に受け入れられないのは、今の私がアメリカ人が示す「正義」に首を傾げたくなることが多いからだ。

原作者は、ハーパー・リーという女性であり、自伝的物語として発表したのだけれども、グレゴリー・ペックという当代随一の人気俳優を起用したことで、アティカスは理想の父として祭りあげられる。それは、果たしてハーパー・リーの本意だったのだろうか。「善き白人像」を広く知らしめるために本作は作られたのか、と言う思いがチラリと頭をかすめる。このあたりのニュアンスは、原作を読めばわかることなのかも知れない。機会があればぜひ読んでみたいと思う。
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by galarina | 2007-09-25 22:45 | 映画(あ行)
2006年/ドイツ 監督/トム・ティクヴァ

「超キワモノ路線をここまで荘厳にしあげた力量に感服」
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好きになったら、その人の体臭も好きになるものだ。私は昔好きだった男が残していったTシャツをくんくんと嗅いで彼を偲んだことを覚えている。もちろん、嫌いな男の汗の臭いはたまらなくイヤなものである…

グルヌイユはパリの街で出会ったあの少女に恋をした。嗅覚の鋭い彼ゆえに、恋の発端は「匂い」なのだ。その芳しい匂いに狂おしいほどに魅せられた。そして、彼女の香りを永遠に自分の中に閉じこめたかった。だから、グルヌイユは次から次へと少女を殺した。権力が欲しかったわけじゃない。認められたかったわけじゃない。ひとえに初恋の女に愛されなかった思いが彼を凶行に駆り立てたのだ。

とまあ、文芸作品的な見方もできつつ、この作品が面白いのは、ぶっちゃけキワモノ映画でしょう!とも言えちゃうところじゃないだろうか。だって、グルヌイユって、いわゆる体臭フェチ。しかも、乙女限定。これだけの少女を殺してまで自分の目標を遂行させようって言うのは、どう考えても普通の精神状態じゃないし。「コレクター」や「羊たち」と同じ路線とも言える。なので大好きですよ、こういうキワモノムード。しかも、「パリ」×「変態」×「汚物」×「殺人」と言うすさまじい掛け合わせで、これほどの一大オペラのごときスケール感を出せることに驚き。トム・ティクヴァ監督、なかなか凄腕じゃないですか?

できれば、映画館で見たかった。閉じた空間で見れば、匂うはずのない香りを嗅ぎ取ることができたかも、と思わせるような映像美。全ての映像から「これはどんな匂いなのか」という想像を余儀なくされるし、その強引なまでの描写には美術や衣装スタッフの執念にも似た思いを感じる。「パイレーツ・オブ・カリビアン」でも書いたけど、汚いものを徹底的に描くことで放たれるパワーって強烈。また「ラン・ローラ・ラン」でも印象的だった女性の「赤毛」が本作でも大きなインパクトを与えている。一歩間違えば変態映画。しかし、しっかりした時代考証と凝りに凝った衣装と美術とセットで荘厳な物語に変身。いやはや、実にパワフル。圧倒されました。
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by galarina | 2007-09-24 23:53 | 映画(は行)

魂萌え!

2006年/日本 監督/阪本順治

「阪本順治が帰ってきた」
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前作「亡国のイージス」で「おーい、阪本監督どこへゆく~」と悲しい気分になったのを、人情劇と言う本来のフィールドで取り返してもらった。実に手堅い、そつのない作品でとっても満足。原作は既読で、物語の内容から阪本監督に合った題材なのか?と思ったけれども、よくよく考えれば「桐野夏生」×「阪本順治」。つまりハードボイルド同士の組み合わせで、合わないわけがなかったのだ。

「どついたるねん」に始まり「ビリケン」や「顔」と言った人情劇の阪本作品が私は大好きで、この「魂萌え!」でも、いつもの阪本監督らしい作風がそこかしこで見受けられる。それは、ぶっきらぼうだけど優しい目線と言えばいいのだろうか。そして、登場人物同士、お互いがあまり深入りすることはないのに、しっかりと「人と人の絆」を見せてくれる。それは同級生仲間の描き方で最も発揮されていて、オバサン4人なら「もっちゃり」した感じになるところを、実にサバサバした描写ながら仲間の絆をしみじみと感じさせてくれる。

テンポの良さと適度な間、そして時々入る笑いの要素と、実に見やすい。というか、見ていてとってもラク。それは、作品が平凡というわけではなく、1カット1カットがとても丁寧に作られていて観客が安心して見られるからではないかという気がする。「笑い」に関しては、酔っぱらった風吹ジュンがカバンの中に吐いてしまうシーンがとっても阪本監督らしいな、と思った。終盤、ふたりの女が対峙するシーンは、見応え満点。とてもクールな演出で、特に三田佳子の演技が冴えている。髪振り乱してケンカせず、目の動きと皮肉めいた口調で静かに対決する妻と愛人。去る妻の背中に男が使っていた歯ブラシを投げつける。なかなかハードボイルドです。

夫に先立たれた主婦がどんどん世の中を知って強くなるというお話だけど、主演の風吹ジュンもこの作品でひと皮剥けたんではないかな?頼りなくてふんわりしたイメージの彼女で阪本作品に染まるかしら?と思ったけど、だんだん佇まいがきりっとしてくるし、笑いのシーンも開き直ってやってるし。いや、実に隙のない作品で、阪本ファンとしてはホッとひと安心したのでした。

さて。登場した瞬間、低音ボイスとびっくりするようなスタイルの良さですぐにわかる豊川悦司ですが(笑)。あの~カプセルホテルの管理人のダサい服装なのに、その足の長さはなんでしょう?と見とれてしまいました。出演シーンは少ないけど、ラストの嗚咽はちょっともらい泣きしそうになっちゃいました。しかし、贅沢な使い方だな~(笑)。
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by galarina | 2007-09-23 23:05 | 映画(た行)

プラダを着た悪魔

「働きマンとして物申す」
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ファッション好きと致しましては、数々の素敵なお洋服&アクセサリーに目を奪われ、楽しめたことに間違いはないが、一働きマンとしては、ツッコミどころ満載。彼を取るか、仕事を取るかで悩むと言うわかりやすい構図にしているのは、多くの女性の共感を呼ぶためだろう。しかしながら、アンディは元々ジャーナリスト志望。あーた、ジャーナリストなんかになったら、それこそ24時間仕事でっせ。ボクのお誕生日を一緒に祝ってくれない…なんてチンケなボーイフレンドで、ジャーナリストの仕事が務まると思う!?

確かにアンディはミランダの要求をこなしてのし上がるけど、精神的には甘ちゃん。洋服選びは同僚任せだし、壊れかけた恋人との仲を修復しようと努力しない。もし、彼女が自分の仕事にプライドを持ち始めたのなら、彼を説得するはず。つまり、彼女のファッションセンスはぐんぐん上がっていくけど、ひとりの働く人間としての精神的な成長を描いていない。パリの夜では男の誘いを頬を引っぱたいて断るような変貌ぶりを見せてくれれば良かった。

「仕事ばっかりだったあの時の私、ごめんね」なんて元彼に言うのもおかしい。その時、その時にプライドを持って働いていたのなら、こんな言い訳には絶対ならない。しかも、その舌の根がかわかぬ内に、仕事一色になるであろう新聞社に面接に行く。どうもね、一貫性がないんですよ、この物語は。このラストなら、「じゃあ、最初っから新聞社を片っ端から面接してれば良かったじゃん!」と突っ込みたくなる。

話の大枠としては、いろいろ寄り道したけど、最終的には本当に自分がやりたいこと(=ジャーナリスト)に向かって歩き出すというものにしたいのよね。でも、その寄り道で彼女が得た物ってナニ?ファッションをあんなに馬鹿にしていたけど、どんどんオシャレになることで変わったことってあるでしょう?それはナニ?なんだかね、ランウェイでの私をリセットしてしまうようなエンディングに見えるの。「ここは私がいる場所じゃない」それを悟るだけの職場だったの?それって何だか寂しすぎる。

なんでこんなに辛口かって言うと、実はファッションそのものも、ファッション業界の描き方も、すごく楽しめたから。何よりメリル・ストリープの演技がすばらしくて。とどめのひと言「That’s all」がツボにはまりまくり。離婚をほのめかすシーンのすっぴんのメリルの演技もさすがです。というわけで、ランウェイという職場でアンディが得たものは何だったのか、そこをしっかり描けていれば文句なく五つ星。
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by galarina | 2007-09-19 23:37 | 映画(は行)
1989年/アメリカ 監督/デヴィッド・リンチ
<episode19~episode22>

「闇も幻惑も消えた」
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クーパーの宿敵なるウィンダム・アールが登場し、すっかり物語は連続猟奇殺人犯捜査へと様変わり。あれれ?キラーボブはどこへいっちまったんだ。ジェームズ、ベン・ホーン、ジョシーにまつわるサイドストーリーなんか、もうどうでもいいっす!って境地に達してきました…。だって、これまでサイトストーリーは少なからず「ローラ・パーマー殺人事件」と絡んできたから面白かったわけだもん。それが今はどのお話もバラバラに進行していて、互いが絡み合わないから全然つまんない!

しかも、このvol.4は、謎の提示が全然ないのね。大佐の首についた傷跡くらいかしら。これまでは、夢で見た巨人のお告げとか、なくなった指輪とか、奇妙な映像で何かを暗示するということを効果的に行うことで謎への興味を駆り立てていた。なのに、ウィンダム・アールとの一件にしろ、クーパー自らぺらぺらしゃべってるくらいなんだもん。目に見えない恐怖とか闇を暗示することで培ってきたツイン・ピークス独特のムードがどんどん薄れていく。迷走ツイン・・ピークス、どこへゆく…
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by galarina | 2007-09-15 18:24 | TVドラマ
1990年/アメリカ 監督/リチャード・ピアース

「静かだが、とても強い」
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1955年、アラバマ州モンゴメリー。オデッサ(ウーピー・ゴールドバーグ)は典型的な南部の白人中流家庭に仕える黒人メイド。ある日、ひとりの黒人女性が白人にバスの席を譲らなかったことから逮捕されると言う事件が起きた。これをきっかけに黒人たちがバスをボイコットする運動へと発展。オデッサも勤め先まで歩いて通う決心をする。雇い主である白人主婦ミリアム(シシー・スペーセイク)は見かねて夫に内緒で彼女を車で送り迎えするようになるのだが…

本作は、黒人公民権運動をベースに人種を越えた交流と人間の尊厳と自立を描いている。中でも、オデッサを演じるウーピー・ゴールドバーグの演技がすばらしい。とにかくセリフ回しが物静かで、立ち居振る舞いも謙虚であるのに、底に秘めたる強い意志を手に取るように感じることができる。そこには、彼女のヒット作である「天使にラブソングを」などで見せる陽気で弾けたムードは一切ない。白人たちに何を言われようとも、反抗するような言動は慎み、ただ黙々と歩き、黙々と働くオデッサの姿に感動しない人はいないだろう。「賢き者は多くを語らない」。ワケの分からん差別意識をまき散らして、謂われのないいじめを繰り返す白人どもが何とアホウに見えることか。

作中にもキング牧師の演説が挿入されるなど、黒人公民権運動にまつわる出来事はいろいろと描写されるが、扇動的な映像はほとんどない。そこが本作のすばらしいところで、あくまでもオデッサと言うメイドとミリアムと言う白人主婦の身の回りに起きる出来事として全てが語られている。黒人差別を扱う作品は多く、私も好んで見ているテーマだけれども、これほど物静かに、しかし、心に染みこむ描き方の作品はないと思う。

そしてこの作品は、もう一つの隠れた興味深いテーマを内包している。それは、女性蔑視である。交通手段を持たない黒人たちのために、自ら相乗りタクシーの運転手を買って出るようになるミリアム。そこに至るまでにミリアムは何度も夫やその仲間と黒人の差別問題について話題にするが、彼らはミリアムの話なぞ一向に耳を傾けない。作中、主婦同士サロンでカードゲームに興じる様子が映し出されるが、当時においては専業主婦はただの専業主婦であって、食事と子育てしていればそれでいいんだ、という風潮がかいま見える。

黒人の手助けをしていたことが判明した後、一番彼女を支えねばならない夫すら見限り家を出てしまう。もちろん、白人同士一致団結しなければならないという風潮があったのは間違いないが、それでも「たかが一介の主婦ごときが何を抜かすか」という側面は存分に描き出されていて、苦悩するミリアムを通じて当時の男女間の関係性が浮き彫りにされる。自分自身も黒人メイドに育てられたというミリアムはどこにでもいる平凡な主婦であるが、ラストにかけて全ての行動は自分で責任を負うのだという強さを持つようになる。そんな1人の人間としての成長する様を、これまたシシー・スペーセイクが実に地に足の付いた落ち着いた演技で見せている。

テーマ性、社会的な問題を強いタッチで描く作風、出演者の演技力、全てにおいて優れた秀作なのに、DVDが出ていない。一体なぜだろう。もし、機会があれば、多くの人に見て欲しい作品である。
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by galarina | 2007-09-13 23:56 | 映画(ら行)