「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(ら行)( 27 )

リトル・ダンサー

2000年/イギリス 監督/スティーヴン・ダルドリー

「フラガール」が似ているとやたらと騒がれていたので見てみた」
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炭坑の街、ダンスにかける主人公、それを反対する家族。確かに似てます(笑)。ただ何かと比較するために映画を見るなんて、ちょっと映画の見方としては正しくない、と言うか、映画を楽しめないと思うので、なるべく頭をフラットにして見た。

ダンスシーンの映像にとてもセンスを感じます。冒頭ベッドの上でビリーが飛び跳ねるシーン、バレエを習うのを反対されたビリーがその怒りをぶちまけるかのように坂道で踊るシーン、そして「ボクはバレエが好きなんだ」口に出さずに踊ることで父親に伝えるシーン。この主人公を演じるジェイミー・ベルのダンスが荒削りゆえに心動かすものがあります。

廃れゆく炭坑の街、ストライキの毎日で自分のことなど眼中にない父と兄、そして死んだ母への思慕。そんな中でビリーの哀しみを癒してくれる唯一のものがバレエだ。周りに反対されればされるほど、応援したくなるのが観客の心情。いつの時代も夢を追いかける者に自分を重ねたいと思う、そんな映画の持つ魅力は変わらないのだと思います。

ただ、父親の心の動きに私はあんまり入り込めなかったんだよなあ。スト擁護派だった父がついにストを無視して息子の学費を稼ぐために再び炭坑へ出向く。そのきっかけはもちろん、あのすばらしいダンスシーンがあったからなんだけど、ホントにこのお父さん感動したの?って感じで。でもこの寡黙さが父親ってことなんだろうな。男の人の方が、このあたり「多くを表に出さない」男の心情にぐっとくるのかも知れない。

でも、ラスト息子を見送った後、時は流れて父と兄が息子の晴れ舞台にやってくる一連の映像はとても良かったです。隣に成長したビリーのゲイの幼なじみが座っているあたりがとてもイギリスっぽくていいね(しかもBFが黒人というあたりもツボ)。ビリーの登場にハッとする父の表情。そして、スポットを浴びたジャンプするビリーの後ろ姿、でエンドロール。最後にドカンと花火をあげずに、余韻を残すスマートな終わり方。できれば、満腹になるまでとは言わないが、あとひと口ふた口ダンスシーンでお腹を満たしたかったなあ。

さて、主演のジェイミー・ベルは、なんと「父親たちの星条旗」出てたんですね。見た時は気づかなかったよ。
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by galarina | 2006-12-11 22:45 | 映画(ら行)

リンダ・リンダ・リンダ

2005年/日本 監督/山下敦弘

「文化祭のユルい雰囲気が、ものすごリアル」
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ペ・ドゥナのとっぽい雰囲気が見事にこのゆるい感じと融合。独特の雰囲気を作りだしている。適当に探したボーカルを入れて女子高生がバンド練習する、文化祭発表までの3日間を描いているんだけれども、何とかしなきゃ!っていう緊迫感もないし、発表できたときのカタルシスもすごい大きいわけじゃない。そこんところが、逆に今どきの女子高生っぽくって、すんごいリアルなのだ。

もちろん、がんばって練習してるんだよ。夜の学校に集まって、寝不足になって、スタジオも借りて日夜練習してる。だけども、「必死さ」はないんだ。あくまでも、みんなマイペース。その肩の力が抜けまくった演出が、見事に自分の学生時代を思い出させてくれる。ペ・ドゥナが練習室に来ても、他のメンバーがメールしてたりして、なかなか練習が始まらない。だから、教室を出てぶらぶらして帰ってきたら「ソンちゃん、遅いよ~」とかみんなに言われて。やる気あるんだか、ないんだか、よくわかんないこの感じがすごい笑える。で、こういうイベントごとのある時に決まって告白する奴いるんだよな~。

文化祭のセットもスカスカな感じ。クレープ焼いてる教室を廊下から撮ってるシーン。教室内の机や椅子が端に置かれて、がら~んとしている。教室の中も手伝うわけでもなくぶらぶらしている生徒がいる。ほんとにどこかの高校の文化祭にカメラを持ち込んだみたい。

さて、ぶっきらぼうな女子高生、香椎由宇もいいんだけど、何と言っても韓国からの留学生ソンちゃんを演じるペ・ドゥナがいい。美人じゃない分、味わいで、なんて言ったら失礼なんだけど、ほんとに味のある表情を見せてくれる。ハングル語でものすごい頑張って告白してくれる男子生徒に「はあ…」みたいな受け答え。バンドのことでいっぱいいっぱいな感じが出てて面白かった。また、言葉が通じないから、ソンちゃんと他の3人のメンバーは、かなりぎこちない。ぺちゃくちゃしゃべらないし、お互いのことをあまり突っ込んだりしない。ちょっと冷めた関係だ。でも、このあっさり感がまたとってもリアルなんだな~。

夢のシーンの「ギター用の大きな手」と「ピエールさんとラモーンさん」には笑った。しょうもなすぎて笑った。そうそう実行委員会が撮ってるビデオもね、「ああ、あんな感じだったな~」と、ノスタルジー。
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by galarina | 2006-11-06 21:02 | 映画(ら行)

理由

1995年/アメリカ 監督/アーネ・グリムシャー
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焦点ずれまくりで収拾つかず、破綻したシナリオ。最近のアメリカの社会派作品はよく練られたレベルの高いシナリオが多いだけに、ここまで破綻した映画は久しぶりに観たなあ~と言う気がする。

殺人事件の容疑で死刑の判決を受け、投獄されたてしまった黒人青年ボビー。だが、それは黒人差別による冤罪と彼は主張する。ボビーへの取り締まりのシーン。大卒の黒人青年に自白させるために暴力を奮うのは、同じ黒人警官だった。ということで、この映画は人種差別を一元的に描くのではなく、もっと掘り下げた形で提示しようとしているのかと思った。

ところがどっこい。黒人差別の話はどっかに行ってしまって、今度は死刑廃止問題に焦点が移動する。ショーン・コネリー演ずる死刑廃止を訴える元弁護士のポールと冤罪による死刑囚ポールとの交流。そこへ、真犯人は誰かというミステリーが絡んでいく。

またまたところが、ここでボビーが収監されている刑務所で俺が殺したと突然名乗りをあげる猟奇殺人犯が登場。そして、ポールとの接見はもろ「羊たちの沈黙」のパクリ。一転猟奇サスペンスの物語に突入。一体この映画はどこへ行こうとしているんだ!

そして、結局ポールはボビーに操られていただけ~とわかり、ちゃんちゃん。って、おいおい何なんだよ。面白そうなネタの種をばらまいておいて、ちょっと芽を出しておいて、でも実は成らずに伸びっぱなし。

黒人差別なら黒人差別、死刑廃止なら死刑廃止にしっかり軸をおいて作れなかったものか。こういうのを二転三転するストーリーとは言わない。よくショーン・コネリーはこの映画に出演したなあ。シナリオを読まなかったんだろうか、と言いたくなる。


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by galarina | 2006-10-01 20:21 | 映画(ら行)
2005年/日本 監督/青山真治
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原作「レイクサイド」は読んだのだけど、正直他の東野作品に比べて、サスペンスとしてのトリックも、人間描写も今ひとつだと言わざるを得ない。このオチって、結構ミステリファンには「ありがち」な設定じゃない?ところが、である。映画で見てみると、何とも言えない居心地の悪さが妙な余韻を引きずる作品である。

この作品は、キャスティングがうまい。はまるべきピースにぴったりのものが収まっている。確かに「この人がこんな役やるの?」というアンマッチな組み合わせは、成功した時に予想以上の喜びを生む。しかし、ぴったりの役をぴったりの役者が演じる場合そこに驚きはない。それでも、面白い。

まず、何考えてるかわからない家庭教師の豊川悦司。もともと色白で細面の顔が夜の湖畔で浮かび上がるとさらに不気味。(言っておきますけど、私トヨエツ大好きですから)なんか、コイツくさい!というミスリーディングをしっかりやってのけてくれます。

それから、柄本明。飄々と死体処理をするあたりが、いかにも柄本明。言ってることめちゃくちゃだけど、何だか坊主の悟りを聞いてるみたいでつい言うこと聞いちゃう。

そして、薬師丸ひろ子。この人案外、性悪女が似合う。ちょっとツンとした顔立ちで、人当たりはいいが腹の底では何考えてるかわかんない女が妙にハマる。

で、真打ち役所広司。俺のいないところで何があったんだよーっと叫び、もがき、悩み、頭をかきむしる。その暑苦しいことこの上ない。この人が焦れば焦るほど、見ているこっちもじっとり汗かいたみたいに湿っぽくなる。役所広司が狼狽し、あわてふためき、もがく。それを見るためにこの映画が存在している。そう言ってしまってもいいくらい。だんだん、その慌てている様子がコメディじゃないか、という気すらしてくる。

お受験のためにわざわざ合宿まで同行してくる両親たち。だが、最終的に誰もが「自分の子供のことがわからない」と言う。そこにあるのは、つかみどころのない親と子の距離感。こういうモチーフは、他の東野作品にもよく出てくる。親と子の間に流れる大きな川。ただね、映画ではこの話がすごく唐突に感じるんだな。いきなり、しんみりしちゃって、ちょっと残念。この気持ち悪い不気味さでラストまで突っ走れなかったかな、と思う。

ミステリーだと思って見るとたぶん物足りない。むしろ、役者の魅力を引き出した舞台劇みたいな感覚で見れば、堪能できる。原作を読んでいた私は、はなから後者の気持ちで入ったのが幸いした。


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by galarina | 2006-09-27 23:25 | 映画(ら行)

理由

2004年/日本 監督/大林宣彦

「宮部作品の映画化は難しいなあ」
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出演者総数107名!これだけの登場人物がいれば、おのずと「観客が物語をきちんと整理できること」が主眼になるのも致し方ないだろう。あの人は誰だっけ?どういう関係だっけ?それはいつだったけ?といちいち思考が停止することのないよう、極力配慮がなされている。

「証言者スタイル」は原作にならっており、インタビュアーに向かってそれぞれが語りかける、という手法。このスタイルは大きな長所と短所を同時に併せ持っている。長所は「物語が整理されて追いやすいこと」。実は、私この原作読んだことあるのだ。なのに、あまり内容を覚えていない。それは、おそらくミステリである以上、犯人はこいつだ!というカタルシスを得たいのに、やたらと登場人物が多くて、最後に息切れしてしまったのが原因だと思う。

宮部みゆきの小説は、殺人事件はあくまでも切り口であって、書きたいものはその裏に隠された社会問題。しかも、一つではなくて幾層にも重ねられた社会問題ゆえに、じっくり腰を据えて読む必要がある。その点映画化されてみると、人物同士の関係性が素直に理解できた。基本的なことだけど、これだけ登場人物が多ければそれが最も優先順位が高くなるのは至極当然だと思う。「なぜこいつとこいつが繋がっているのか」それこそがこの本の最大のテーマでもあるわけだしね。

さて短所は、情緒的な感情の揺れや登場人物への思い入れが少なくなること。切ない、とか、つらいという感情の起伏は正直観ている間、私は感じることができなかった。もし、感情に訴える部分があったとすれば、いわゆる「大林ワールド」が繰り出す映像だったのかも知れない。しかし、私はこの大林ワールドが苦手なのだ。しかも、1995年の東京という設定の割にはインテリアや街並みが「昭和ノスタルジィ」過ぎやしないか。しかも、インタビュアーがいる、という前提に立った、証言者がお茶やコーヒーを出すシーン。あれがすごく気になった。それは時に1つだったり、2つだったり、4つだったりするんだもん。最後には、聞き手は私でしたなんて作家が出てくるし。あれはいらんかったよね。(監督も)

と、文句いいつつ、やはりこれは原作の持つ主題があまりにも広くて深いことが大きなポイントなんだろうな。「模倣犯」にしてもあの分厚い上下巻を映画にするのは非常に厳しかったもんね。この物語が提示するテーマは実に複雑に絡み合っている。都市問題、核家族、不況、地域社会の崩壊etc…。その背景を浮かび上がらせることが最大の使命だとしたら、この映画は成功だと言えるのかも知れない。

最後にすごく評価できるところが1つある。それは出演者が全員ノーメイクってこと。特に女優陣。彼らが素顔で語る様は、まさに証言としてのリアリティを存分に引き出していた。


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by galarina | 2006-09-11 22:15 | 映画(ら行)

ラヂオの時間

1997年/日本 監督/三谷幸喜

「ツボというツボは全部押すテクニシャンのマッサージ師映画」
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名脚本家が満を持しての監督作品、しかも唐沢寿明、鈴木京香などの豪華俳優出演と聞いた時、正直私は「大丈夫か」と思ったものだ。しかし、その心配は杞憂に終わった。豪華出演陣がノリノリで大いに笑わせてもらった。まあ、そういう不安から入ったのが、良かったのかも知れない。

やはり、三谷幸喜はシチュエーション・コメディでこそ、その才能を存分に発揮する。私が最も好きなドラマは「王様のレストラン」。閉じられた空間で繰り広げられる内輪の小ネタ集。「小ネタ」と言う言葉は、何だか非常に軽いもののように感じられるが、小ネタで笑わせるというのは実は非常に難しいんだと思う。次から次へと小ネタを出すために、たくさんの伏線を張る。もちろん、それらの伏線は整然としており、かつ一つの結論へと収束されねばならない。

登場人物が多く、場面もほとんど変わらないため「12人の優しい日本人」と比べてしまう。やはり、監督が三谷幸喜なので、ドタバタした感じは否めない。ただ、このドタバタはギリギリボーダーラインをうまくキープできていると思う。例えばラジオ収録シーンの井上順のセリフ回しなんか、オーバーアクトでないと出せない笑いだし。そもそも、パチンコ屋で働く主婦の物語が、一人の主演女優のワガママによって、なぜかアメリカの弁護士の話になってしまうという展開そのものがハチャメチャだもんね。

「内輪ネタ」で笑えるというのは、観客がいかにその「内輪の世界」に入り込めるかというのが大きなポイント。見た目はゆるゆるでも、内輪の世界観はしっかり一人ひとりの役者が共有していないとできないことだと思う。そういう点でもこの作品は各俳優陣がラジオ局のスタッフを自然にこなしていた。こんな人いそう、というゆるい感をみんなが演じられていた。それは、何か演出の妙ということではなく、「三谷幸喜の世界」をそれぞれの役者がわかっているから、なんだと思う。

数ある出演陣の中で私が好きなのは、布施明。あの軽薄な感じがまずおかしい。そして忘年会の景品で当たった、という電子ピアノ(なにゆえ電子ピアノ?)を担いで収録現場に現れる→次のシーンで何気に机の上でそれを弾いている。ここで私は声を出して笑ってしまったよ。でもね、人によってはそれのどこが可笑しいの?と思うかも知れない。これこそが「小ネタ笑い」の深みである。小ネタ笑いのツボはビミョーなポイントのため、人それぞれビミョーに違う。それをまるでゴッドハンドを持つマッサージ師のように「ここか?ここがポイントか?」とツボ押しが続く。あまりに次々とツボ押しの矢が放たれるため、「そこが効く~」と叫ぶ客の笑い声がそこかしこで起きるのだ。

エンドロールが流れ、最後のシメとも呼ぶべきツボ押しが。「千本ノッコの歌」だ。しかも朗々と歌い上げるのは、布施明。やられた。未だに何度聞いても吹き出してしまう。


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by galarina | 2006-08-24 16:15 | 映画(ら行)

猟奇的な彼女

2001年/韓国 監督/クァク・ジェヨン

「最後のひねりにやられた、単純な私」
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それほど物語にハマってたんだよね。すぐに病気になる韓流主人公とは対極にある「彼女」のキャラクターがすごい面白くって。韓流ラブストーリーってのは、時々ホントどうしようもないくらいの駄作があるでしょ?だから、まず見る時にあまりモチベーションが上がらないわけ。でもね、終わってみると、この作品は結構お気に入りになった。

チョン・ジヒョンがとても魅力的。電車の中でゲロ吐いたり、平手で男殴ったりしてるけど、憎めないカワイイ奴って感じ。それにね、これくらい豪快に振る舞ってみたいってのは、実は女の子の秘めたる願望なんじゃないかな。やっぱり女って、「女らしさ」に縛られてるわけで、たぶん韓国なんて日本よりもそういう縛りはきつそうなんだけど、そこで敢えてこういうキャラクターを作り出したのがすごいじゃん。どうせやるなら、どんどんやらせろ!ってところでしょ。

で、チャ・テヒョンは情けない男が似合うなあ。普通にしてても泣いてる顔みたいだもんね。だけども、彼女のためにがんばって奮闘するでしょ。その姿が泣かせる。

電車の中で、目の前を通る兵隊の行列が右足か、左足かで賭けるシーン。こういうカップルのお遊びシーンが実に韓流は豊富だよねえ。よくまあ、次から次へと浮かぶなあ、と感心する。もともと恋愛映画が多いという土壌があるから、2人のラブラブぶりを表現するシーンもワンパターンにならないよう、あれこれアイデアひねってんだろうね。こういうところは、フジの月9のスタッフも参考にした方がいいんじゃないの(笑)。

ラストのオチはね、情けないことに見事にひっかかりましたよ。おいおい、なんでアタシ気づかなかったんだよと思ったけど、非常にすっきりしたハッピーエンドだったなあ。いやあ、良かった、良かった、と素直に思えたもん。一番好きなシーンは、高校の制服着てディスコに入る時にふたり並んで店員に免許証見せるところ。ふたりの息がぴったり合ってるところがね、すごく微笑ましくて羨ましい。一緒に悪ふざけしてくれる男って、結構少ないよね、女性のみなさま。


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by galarina | 2006-08-10 21:57 | 映画(ら行)