「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(ら行)( 27 )

1990年/アメリカ 監督/リチャード・ピアース

「静かだが、とても強い」
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1955年、アラバマ州モンゴメリー。オデッサ(ウーピー・ゴールドバーグ)は典型的な南部の白人中流家庭に仕える黒人メイド。ある日、ひとりの黒人女性が白人にバスの席を譲らなかったことから逮捕されると言う事件が起きた。これをきっかけに黒人たちがバスをボイコットする運動へと発展。オデッサも勤め先まで歩いて通う決心をする。雇い主である白人主婦ミリアム(シシー・スペーセイク)は見かねて夫に内緒で彼女を車で送り迎えするようになるのだが…

本作は、黒人公民権運動をベースに人種を越えた交流と人間の尊厳と自立を描いている。中でも、オデッサを演じるウーピー・ゴールドバーグの演技がすばらしい。とにかくセリフ回しが物静かで、立ち居振る舞いも謙虚であるのに、底に秘めたる強い意志を手に取るように感じることができる。そこには、彼女のヒット作である「天使にラブソングを」などで見せる陽気で弾けたムードは一切ない。白人たちに何を言われようとも、反抗するような言動は慎み、ただ黙々と歩き、黙々と働くオデッサの姿に感動しない人はいないだろう。「賢き者は多くを語らない」。ワケの分からん差別意識をまき散らして、謂われのないいじめを繰り返す白人どもが何とアホウに見えることか。

作中にもキング牧師の演説が挿入されるなど、黒人公民権運動にまつわる出来事はいろいろと描写されるが、扇動的な映像はほとんどない。そこが本作のすばらしいところで、あくまでもオデッサと言うメイドとミリアムと言う白人主婦の身の回りに起きる出来事として全てが語られている。黒人差別を扱う作品は多く、私も好んで見ているテーマだけれども、これほど物静かに、しかし、心に染みこむ描き方の作品はないと思う。

そしてこの作品は、もう一つの隠れた興味深いテーマを内包している。それは、女性蔑視である。交通手段を持たない黒人たちのために、自ら相乗りタクシーの運転手を買って出るようになるミリアム。そこに至るまでにミリアムは何度も夫やその仲間と黒人の差別問題について話題にするが、彼らはミリアムの話なぞ一向に耳を傾けない。作中、主婦同士サロンでカードゲームに興じる様子が映し出されるが、当時においては専業主婦はただの専業主婦であって、食事と子育てしていればそれでいいんだ、という風潮がかいま見える。

黒人の手助けをしていたことが判明した後、一番彼女を支えねばならない夫すら見限り家を出てしまう。もちろん、白人同士一致団結しなければならないという風潮があったのは間違いないが、それでも「たかが一介の主婦ごときが何を抜かすか」という側面は存分に描き出されていて、苦悩するミリアムを通じて当時の男女間の関係性が浮き彫りにされる。自分自身も黒人メイドに育てられたというミリアムはどこにでもいる平凡な主婦であるが、ラストにかけて全ての行動は自分で責任を負うのだという強さを持つようになる。そんな1人の人間としての成長する様を、これまたシシー・スペーセイクが実に地に足の付いた落ち着いた演技で見せている。

テーマ性、社会的な問題を強いタッチで描く作風、出演者の演技力、全てにおいて優れた秀作なのに、DVDが出ていない。一体なぜだろう。もし、機会があれば、多くの人に見て欲しい作品である。
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by galarina | 2007-09-13 23:56 | 映画(ら行)

ラヴェンダーの咲く庭で

2004年/イギリス 監督/チャールズ・ダンス

「恋心を表現するさじ加減」
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時は1936年。初老のジャネットとアーシュラ姉妹は、ある夏の朝、海岸に打ち上げられた若い男を見つける。姉妹の看病により次第に回復したアンドレア。しかし、妹のアーシュラが彼に恋心を抱き始め…

冒頭、浜辺を散歩する老女二人の後ろ姿がシルエットのように浮かび上がる。ベテラン二大女優マギー・スミスとジュディ・デンチの競演ともちろん知っての鑑賞なのに、どっちがどっちなのかわからない。なぜなら、一人の老女の後ろ姿がとても小さくて儚げに見えるからだ。背の高さから言ってジュディ・デンチなのだろうが、雰囲気が彼女のイメージとはあまりに違う。果たして、やっぱり先のかわいらしい後ろ姿は彼女であった。

本作は恋する乙女を演ずるジュディ・デンチが見どころ。先日見た「あるスキャンダルの覚え書き」のイメージが残っていたせいもあろうが、あまりの豹変ぶりに驚いたの、なんの。もちろん、年を取っても恋することはすばらしい。だけども、嫌味を出さずに表現するのは難しい。時代設定もあるし、年甲斐もなくと言う世間体もあるけど、高ぶる気持ちを抑えつつ、恋する乙女の浮き足立つ様子をジュディ・デンチは巧みに演じていた。いそいそとおめかししたり、うるんだ瞳で見つめたり。彼がいなくなった時の落胆と嗚咽。叶わないのは承知の上でも、誰かに恋をすることでしか味わえない心の高ぶりを私も今ひとたび経験してみたい!と思わせてもらった。

まあ、実のところ、もうちょっと恋の行方が二転三転して、ドラマチックな展開になる方が好みなんだけど、この年の差だとリアリティがなくなっちゃうんだろうな。私が印象的だったのは、姉のジャネットが何かにつけて妹の名を呼ぶ「アーシュラ…」という響き。恋に走る妹を諌めたり、慰めたり、励ましたり。長年共に暮らしてきた姉妹だから、多くを語らずとも伝わるいろんな「アーシュラ…」と言うひと言にふたりの深い結びつきを感じた。話の中心は老女の恋だけれども、年老いた姉妹が互いに思いやりあう姿もとても素敵な作品。
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by galarina | 2007-09-12 23:14 | 映画(ら行)
2007年/アメリカ 監督/ブラッド・バード
<TOHOシネマズ二条にて鑑賞>

「メッセージ力がCGの映像美を上回る絶品」
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そこいらの映画より、よっぽどキャラクターの作り込みができてる。これは、子供のためのアニメではなく、子供と大人が一緒に見るためのアニメと言っていい。むしろ、ラストの展開の「批評するとは?」というくだりなんぞ、おそらく子供には理解不能。子供が存分に楽しめる内容と大人が存分に楽しめる内容がバランス良く配合されていて、絶品。この手のアニメーション作品としては、今まで見たベスト1としたい。

本作は、全ての登場人物の配置が実に優れている。料理の才能はあるのに厨房に立てないネズミのレミー。天才料理人の息子なのに料理の才能が全くないリングイニ。あふれんばかりの料理への愛を持つオーナーシェフ、グストー。その後継者となり金儲けしか頭にないスキナー。男社会の中、実力で道を切り開く女性シェフ、コレット。辛辣な批評ばかりして作り手への敬意を忘れた料理評論家のイーゴ。

これらの登場人物は、互いにないものを補ったり、表と裏の関係だったりして実に多様なメッセージを我々に投げかける。例えば、グストーとレミーは、勇気を与える者と与えられる者。生まれてくるメッセージは、チャレンジすることのすばらしさだ。グストーとスキナーの関係を見れば、創業者と二代目の問題が浮かび上がる。リングイニとコレットを見れば、運に恵まれ出世する者と努力すれど出世できない者。そして、レミーとイーゴでは、本当に大切なことを知ること、新しいものを認めること。

配置がすばらしいと言ったのは、これら登場人物が一方向ではなく、多方向に関係し合い、物語に厚みが出ているのだ、ということ。しかも深いメッセージでありながら、言わんとすることが子供にも自然に理解できるように物語が綴られている。これは、実に高度なスキルだと感じる。CGの映像にも、もちろん多大な労力と技術が要されているのだろうが、本作は人物設定と互いの関わり方、メッセージの伝え方という脚本部分において、かなりの練り込んだ作業があったんだろうと思う。

さて、アニメーション作品なのだから、映像についても触れねばなるまい。ネズミの毛1本1本に至るまで、繊細でリアルなCG画像。パリの街もお料理もとってもステキで、映像の進歩は一体どこまでゆくの!というくらいに驚きでした。肌のつやや、目玉のテカリ具合など、微妙な表現も本当に手が込んでいる。「映像が美しい」ということが、その映画を見ようというモチベーションになるのかしらと懐疑的な私だったけど、これは見る価値アリ。映画館の大スクリーンだからこそ、価値のある美しさだった。でも、物語の構成と強いメッセージ力がこのとてつもない3DCGの技術を超えている。だから、本作はすばらしいのだ。

こうやって、あれこれ映画の感想をダラダラと書いてる私なんぞ、イーゴの長い独白に胸をぐっさりやらてしまった。批評する者のスタンス、新しいものを認めることの勇気。泣けました…
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by galarina | 2007-09-02 23:26 | 映画(ら行)

ラッシュアワー3

2007年/アメリカ 監督/ブレット・ラトナー
<TOHOシネマズ二条にて鑑賞>

「断固、真田広之を支持する(渡辺謙よりも)」
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脚本の粗さと甘い作りをあちこちで指摘されている本作だが、映画の日&真田広之見たさに鑑賞。期待度低かったからなのか、意外や意外、それなりに楽しかった(笑)。

おそらくこの作品は観る人が何を期待して見るかということで随分評価が変わってしまうのかも知れない。つまりジャッキーのアクションに期待する人、シリーズのファンとしてさらにブラッシュアップされた「3」を観たいと思う人は、期待はずれなのかも。しかし、私は本シリーズ初見であり、子供と一緒に気軽に娯楽大作を楽しみたかったので、そういう意味では合格ライン。

逆に私の場合、銃撃戦や戦闘シーンのレベルが高いことが全く作品の評価に繋がらないし(笑)、むしろイヴァン・アタル扮するフランス人ドライバーにアメリカの悪口をガンガン言わせるあたりのセンスが気に入った。しかも、暴力的なアメリカ人に感化されて、自らスパイを名乗るようになり、ラストの展開まで…。シャルロットとの共演でしか見たことないけど、なかなか作品のスパイス的存在感を出してます。イヴァン・アタルは結構ツボだったなあ。

で、レビ警視を演じるのが何と巨匠ロマン・ポランスキー。少女淫行の罪でアメリカに入国できない彼が、アメリカとフランスが協力すれば何でもできる!って言うんだから笑っちゃう。しかも、ラストは殴られてるし。で、イヴァンの妻を演じるのはジェラール・ドパルデューの娘ってんだから、なかなかフランスキャストは粋なチョイスだったんじゃないかなあ。

悪玉が誰かってことは、薄々わかっちゃうし、ジャッキーとカーターの絆については描き方が甘いし、まあ難を言えばそりゃきりがないんだけど、今回は真田広之に免じて許す!最近すっかりアクション俳優の面影はなくなってたもんで、動きのキレてる彼を久しぶりに見て思いの外満足。これで、彼がジャパン・アクション・クラブ出身ってこと思い出した人、多いんじゃない? 安土桃山城からダイブした鮮烈なデビュー映像が頭をよぎる…。って、それがわかる人は確実に40代以上ですが(笑)。

ハリウッドに拠点を移してからも、なかなかブレイクまでは至りませんけどね。アメリカで活動するなら、レッドカーペットを歩くくらいにならないと、なんて所を基準にするのはおかしいんじゃないの?地道に作品に出続けるのも、俳優としてやりがいはあるんだろうし。まあ、こういう微妙な立ち位置だから、妙に応援したくなっちゃう。ブルース・ウィルスだってあの年であんなにきばってんだから、いっそのことアジア人中年刑事もので、アクション巨編でも誰か撮ってくんないかなあ。まだまだいけるぞ、真田!
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by galarina | 2007-09-01 22:53 | 映画(ら行)

レッド・ドラゴン

2002年/アメリカ 監督/ブレット・ラトナー

「原作読んでるのに、ドキドキ」
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羊たちの沈黙」に思い入れが深いため「ハンニバル」を敬遠していたのと同じ理由で「レッド・ドラゴン」も見ていなかった。でも、これまたもっと早く見れば良かった!というのが率直な感想。まったりとしたオペラのような世界だった「ハンニバル」から一転して、本作はサイコ・スリラーとしてのスリルを存分に味わうことができる。実にテンポ良く物語が進み、原作を読んでいたのに最後までハラハラさせられた。。「ラッシュアワー」で有名なブレット・ラトナー。アクションもので培ったスピード感が遺憾なく発揮された、というとこでしょうか。とにかく最初から最後まで緊張感が持続する演出にやられました。

そして、キャストが豪華。アンソニー・ホプキンスを筆頭にエドワード・ノートン、ハーヴェイ・カイテル、レイフ・ファインズ、フィリップ・シーモア・ホフマン!何とまあ贅沢な俳優陣。しかも5人共それぞれの役どころが非常にフィットしていて、ぴたっとピースが合わさったような快感がある。

レクター博士は、本作においては脇役。そのように割り切ってしまえば、物語の要所要所で「ハンニバル・レクターここにあり!」という存在感が物語をひきしめてくれる。囚人服に青いデッキシューズという出で立ちでここまで威厳を出せるキャラクターはいないでしょう。ハマリ役なんて言葉は超越して、もはやハンニバル・レクターそのものですねえ。

クラリスがレクターを訪ねてくるところをラストシーンに持ってくるなんぞ、シリーズのファンを意識した憎いエンディング。このまま「羊たちの沈黙」を続けて見たくなる。そんな意見に私も大いに賛成です。しかしながら、一遍のサイコサスペンスとしても一級品のクオリティ。シリーズものの3作目という位置づけではなく、これのみの鑑賞の方がいたとしても大いにお薦めしたい作品。
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by galarina | 2007-07-23 23:14 | 映画(ら行)
1994年/アメリカ 監督/エドワード・ズウィック

「大自然と人間ドラマの融合って難しい」
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ブラピファンとしては、ネイティブアメリカンの生き様に共感するワイルドな姿を楽しめるのはいいけど、実は「南北戦争」なんて言われると、入りこめなかったりするのが正直なところ。私だけかも知れないけど、「南北戦争」ってどうにもこうにもピンと来ない時代背景なのです。池田理代子センセイのおかげでフランス革命やロシア革命は妙に詳しいくせにアメリカ現代史はサッパリ…。

「レジェンド・オブ・フォール」はネイティブアメリカン、「ラストサムライ」は日本人と、異文化の中に身を置くことによって己を取り戻すアメリカ人(白人と言ったほうがいいのかな?)というテーマをエドワード・ズウィックは追求しているように思うが、やっぱり何故異文化に身を置くのか、つまりそれ以前に受けたトラウマなり挫折なりを理解していないと、なかなか物語に入り込めない。そこで、本作は南北戦争ですよ。もちろん概要もわかっているし、作品の中でも語られているけど、やっぱり皮膚感覚で南北戦争がいかなるものかって言うことを理解できてないんですね。

で、やはり尺が長いと感じた。つまり少々かったるい。モンタナの雄大な景色は確かに美しい。だけどもその景色と主人公たちとの葛藤がどうもうまく融合していない。例えば、「ブロークバック・マウンテン」。あれは、「決して叶わぬ男たちの純愛」というテーマに美しい山々や湖の大自然が見事にマッチして、相乗効果を生み出していた。でも、この作品では景色は景色、心模様は心模様って感じでなかなかうまく溶け込んでない。親子の絆、兄弟間の確執、そして1人の男を巡る2人の女と、ドラマ部分が多すぎたのも原因だろう。

で、景色を撮るのはうまいだけのエドワード・ズウィックかと思ったら、今年公開された「ブラッド・ダイヤモンド」がとってもすばらしかった。白人の苦悩と壮大な人間ドラマ、そして舞台であるアフリカの大自然が見事に溶け合ってすばらしい作品になっていた。彼がモチーフにし続けた、異文化で己を取り戻す白人というテーマがようやく実を結んだ傑作。本作は、その出発とも言える作品かも知れない。
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by galarina | 2007-07-11 23:25 | 映画(ら行)

LOFT

2006年/日本 監督/黒沢清

「ミイラが恋のキューピット」
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これは黒沢清監督が初の「ラブストーリー」にチャレンジした作品なんでしょう。まともにラブストーリーなんて描けないので、ちょっとミイラの力をお借りしました、と言う。で、何しろミイラがキューピットなわけだから、ホラー風味のラブストーリーになるのは当然。そして、取り巻く人物も黒沢清だから、一筋縄じゃいかない奴らばっかし、ということで。

例のごとく、そうであると仮定して、ずんずん感想は進む(笑)。

恋愛を持ち込んだことで、いつものざわざわするような恐ろしさはかなり軽減されている今作。物語よりも、主要な俳優陣の個性が黒沢節によって引き出されたことが強く印象に残る。まず、主演の中谷美紀。彼女が元々持っているエキセントリックな美しさというのは黒沢作品には非常によく似合う。また、ミイラを守る教授、吉岡役の豊川悦司。監督のファンサービスなのでしょうか?常に「白いシャツ、第2ボタン外し」という、彼が最も似合う衣装で出ずっぱり。中谷美紀同様、何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気は、なぜ今まで黒沢作品に出ていなかったの?と思われるほどしっくり来ていました。

しかし、最も際だっていたのは、安達祐実。とても美しかったです。彼女は、影のある役をもっとどんどんするべきなのでは?「大奥」の和宮も非常にいい演技だったし、これから化けていきそうな気がします。あっ、映画の中ではホントに化けてましたが(笑)。「」の葉月里緒奈といい、黒沢作品で幽霊をやれば女優としてひと皮むける、なんて話が出たりして。「叫」の幽霊は赤いワンピース、今作の幽霊は黒いワンピース。ゆえに「LOFT」と「叫」は、対を成すものがあるのかも知れません。

話が横道にそれましたが、ミイラに愛という呪いをかけられた礼子の恋愛話と編集者木島に殺された亜矢の話をどうリンクさせればいいのか。
で、勝手に推測。結局、亜矢にとどめを指したのは、木島ではなく、吉岡だった。ミイラに導かれて吉岡を愛するようになった礼子だったが、一方その吉岡はミイラの導きによって人を殺し報いを受けた。つまり、もともと手に入らない恋人を愛する運命を背負うような呪いを礼子はミイラにかけられてしまった。
とまあ、こんなところでしょうか。よく考えれば「吉岡」という名前なんですから、黒沢作品をよく見る人にとっては、彼が破滅するのは自明の理なんですね。

なんて、解釈話をレビューしても、黒沢清の面白さって全然伝えられない。やはり、彼の作品の面白さは、独特の映像の作り方にあるんだもの。鏡を見つめる礼子、一瞬にして幽霊が消えて手形だけが残る窓、まるで壁に同化するようにぼんやり浮かび上がる幽霊などなど。これらの不穏さと恋愛話が、今作ではどうも融合せずに消化不良となってしまった。しかし、毎回実験作の黒沢作品なのだから、それをとやかく言うことはしまい。黒沢作品にはめったにないキスシーンを仰せつかったのは、我が愛しの豊川悦司であった。その選択は、誠に正しい、ということでしめくくっておきましょう。
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by galarina | 2007-04-21 21:09 | 映画(ら行)

六月の蛇

2002年/日本 監督/塚本晋也

「私の中の女性性が否定する」
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梅雨の東京。セックスレス夫婦の妻・りん子のもとに、彼女自身の自慰行為を盗み撮りした写真と携帯電話がとどく。電話カウンセラーとして働く彼女の言葉で自殺を思いとどまった男・道郎からの狂った脅迫。その日から、りん子の恥辱と恐怖に満ちた日々がはじまる…。


キム・ギドクなんかもそうだけど、「女性を性的にいたぶる」描写が出てくる映画には、本当にその描写が必要なのか、と強く感じずにはいられないのです。ひとりの女性として。もちろん、「性」というものが映画における重要なテーマであることは、私自身も重々承知している。むしろ「性」をテーマにした映画こそ、私が最も愛する映画なくらい。

本作で塚本監督が描こうとしたものも、わかっているつもり。破壊と再生。徹底的に破壊することでようやく得られる再生。しかし、頭でわかっていてもなお、私は目をそむけたくなってしまった。それは、主人公がトイレで性具をつけさせられ、街中を歩かされるシーン。そこで私は、すっかり疲労困憊してしまって、もう先はどんなだったか、覚えていないくらい。

この私が感じている「痛めつけられた感覚」というものこそ、塚本監督が観客に与えたかったのだと言われれば、もう何も言えなくなる。むしろ、じゃあもう塚本作品は見ない!ってふてくされるしかないというか…。でも、それはこの映画の正しい見方ではないんだよね。女をいたぶるな!って金切り声を上げるフェミニストでもないんですけどね、私。

しかも、なぜこの作品が許せなくて、レイプシーンのある「時計じかけのオレンジ」を傑作と認めることができるのか、自分でもうまく説明ができないのよ。やっぱり元に戻るんだけど「そのシーンは必要だった」と腑に落ちるかどうかってことなのかな。もちろん、「シーンの必要性」なんて大風呂敷広げちゃうと、とんでもなく難しい映画論に迷い込んでしまう。だから、もっと感覚的なものかも知れない。

とにかく痛めつけられた気持ちが大きすぎて、映画の言いたいことなんか、どうでも良くなってしまう。それはそれで、何だか悲しい事のような気がする。私にとっても、製作者にとっても。この作品そのものが放つパワーは確かに感じる。しかし、それ以前に私の肌が拒否する。それは、理屈以前の問題で、全ての作品を好き嫌いで私は論ずる気は毛頭ないけど、ごくたまにそういう作品も登場する。りん子のいたぶられようはそんな私の神経を破壊してしまう。
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by galarina | 2007-04-17 21:50 | 映画(ら行)

Ray

2004年/アメリカ 監督/テイラー・ハックフォード

「人生、その全てが音楽」
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現在公開中の「ドリーム・ガールズ」は出演メンバーの圧倒的なパフォーマンスがすばらしいのはもちろん、黒人音楽の変遷を辿る、という面でも非常に面白い出来映え。

同じようにこの「Ray」もひとりの黒人ミュージシャンの話ではあるけれど、彼を先頭として黒人音楽がどのような道筋を辿ってきたかがよくわかり興味深い作品。常に新しいサウンドを生み出す黒人特有の卓越した音楽センスのすばらしさ、それは、決して我々日本人にはない恵まれた才能だとひしひし感じちゃう。

私など、晩年の超ビッグになったレイ・チャールズしか知らないので、あの曲にはこんなバックボーンがあったのか、という発見が次々とありました。そして、女と別れても、差別されても、それを全て「音楽で昇華させる」ところがすごい。彼女との壮絶な別れ話がそのまま新しいサウンドになるあたり、あきれるのを通り越してさすが!と唸っちゃいました。

●実は女ぐせが悪い
●実はお金にうるさい
という事実もきちんと盛り込み、レイ・チャールズの人間らしさを前面に出しているところも非常に好感が持てる。特に「お金にうるさい」というのは、黒人だからと言う理由でナメられてはいけない、という彼の苦難の人生から得た処世術がそうさせたもの。あのビッグスターのレイ・チャールズもこうやって、もがき苦しみながら生きてきたんだな、と感慨深いものがある。次から次へと女性の手首をなでまわす場面にしても、何だか大スターレイ・チャールズがすごく身近に感じられて良かったな。

ドリーム・ガールズでは、歌うシーンが少なかったけど、文字通り本作では主演のジェイミー・フォックスがレイ・チャールズの名曲を次々と披露。すばらしいパフォーマンスを見せてくれる。それにしても、この時代のミュージシャンって、みんなヘロイン中毒なんだよね。確かジャズミュージシャンにもたくさんいたはず。レイ・チャールズは克服して、大御所となったけど、ドリーム・ガールズのジミーは死んじゃった。薬物で明暗がくっきり分かれる、それもまたミュージシャンを描いた映画の常なんだな、悲しいことに。
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by galarina | 2007-03-17 23:50 | 映画(ら行)
2006年/アメリカ 監督/ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
<京都シネマにて鑑賞>

「ミスコンなんてクソだ!」
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ひょんなことから少女向けのミスコンに代表として選ばれたオリーブ。おんぼろワーゲンバスに乗って、アリゾナからカリフォルニアまでいざ出発!サンダンス映画祭などで絶賛を受けた負け組家族のロードムービーは、噂に違わぬすばらしい作品。老若男女世代を問わず多くの人にみてほしい!

私は「勝ち組」「負け組」という言葉が大嫌いだ。そう言うと、負け犬の遠吠えのように解釈する輩もいるらしいが、んなこと私は全く意に介さない。人生を勝った負けたで評価すること自体、非常にさもしい行為だし、人と自分の人生を比べることがそんなに大事か!?と心底疑問に思う。そんな私の考えに近いのは兄のドウェーン。彼は叫ぶ「この大会はクソだ」と。私だって同意見。「ミスコンなんてクソだ」と思ってる。でも、そのクソみたいな世界と隔絶して生きていくことはできない。どっかで折り合いをつけなきゃイカンのだ。それが生きる、ということだ。

家族一人ひとりの異彩なキャラクターがとても面白くて、物語をぐいぐい引っ張る。また、そのキャラを際だたせるための一人ひとりのエピソードがどれもこれも笑わせてくれる。「人生を勝つための9段階」を本にして一発儲けようという父親。日常生活でも「それは4段階目に入ったとこだ」とかいちいち言うのがおもしろい。本当にこれが父親だったらウンザリするよなあ。この他、ヘロインの常習者でいつも露骨にエッチな話をするじいさんや、ゲイの大学教授で自殺未遂したおじさんなど全ての面々が壁にぶつかってもがき、あがいている。

壁にぶつかり落ち込むのは、ひとりの人間としての苦難だけど、それを乗り越えるには「家族」という存在が大きな役割を果たしてくれる。テーマとしてはありきたりかも知れないけど、「家族みんなで手を合わせよう!」みたいな、しらじらしい展開では決してないのがいい。最も印象的なシーンは落ち込む兄に黙って寄り添うオリーブ。言葉なんかいらないのが家族だぜぃ。

ラスト、みんな揃ってダンスして大爆笑のはずなのに、なぜか頬を涙が…。えっ~なになに、なんでアタシ泣いてんのー。胸がきゅうっとなる泣き笑いって、なんかすごい久しぶり。愛すべきフーヴァー家を見て再確認。
やっぱ人生、はみだしてナンボだよね。
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by galarina | 2007-01-12 20:06 | 映画(ら行)