「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(は行)( 113 )

初恋のきた道

2000年/中国 監督/チャン・イーモウ 
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今をときめくチャン・ツィイーのデビュー作。おさげでモンペ姿で、ただひたすら好きな人を待ち続けるその姿に胸がキュンとなる…って人がホントに多いのだろうか?とにかくチャン・ツィイーがおさげ髪をぶんぶん振るシーンが多すぎて、ちょっと「もう、ええわ」って感じ。こういった、アタシってかわいいでしょ的カットをもっと少なくしてくれたら良かったのに。きっと、監督のチャン・イーモウがこういうのが好きなんだろうな。そうとしか思えない。

村に赴任した若い先生が食事をしに家にやってくるというその日、先生は「右派」の人間だということで、町へ連れ帰されてしまう。このあたりの詳しいいきさつは、物語の中では一切語られない。が、この若き先生が何者であり、どういういきさつでこの過疎の村に教師として赴任してきたのか、もう少し肉付けが欲しい。

どうしてもラブストーリーの場合、女性は女性の立場で物語を見てしまう。そこで、主人公に感情移入できなければ、その先のストーリーはちっとも楽しめない。そういった意味で、私はチャン・ツィイーの立場で彼を好きになろうと努力したけれども、ダメだった。なんせ彼のことはちっとも語られず、チャン・ツィイーの切ない思いばかり延々と描かれるんだもの。

私としては、チャン・ツィイーが出てくるカラーの過去物語よりも、モノクロで表現されている死んだ父をおぶって帰るという現代の方が心にぐっと来た。もちろん、過去編で紹介されるふたりの初恋話が切ないほど、その男が死んだという現実の重みが出てくるわけだけども、それにしてもなあ、何度も言うがおさげ降りすぎ。まっ、素直に見れない人もいる、ということで。

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by galarina | 2006-07-12 18:09 | 映画(は行)

ハッシュ!

2001年/日本 監督/橋口亮輔 

「自分が生きた、足跡」
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私はゲイの人々の物語がとても好きだ。ゲイの人が出てくる映画は、自分らしい生き方とか、自分のアイデンティティを求めるストーリーが多くて、ひたむきに「生きる」ということを見せ付けられて、勇気をもらったり、反省したり、見終わっていろいろ考えることが多い。ただこの作品は、それももちろんあるが、自分の人生は孤独だ、と決め付けていた3人が、新たな家族のあり方を模索していく。孤独をいかに乗り越えられるかという話になっているので、いわゆるゲイ・ムービーとは少し趣きが違う。

新宿2丁目のゲイが「自分の子孫が残されるなんて考えられない」と言うシーンがある。また直也も「1人になっても生きていく。その覚悟がないとゲイなんかやってられない」と言う。つまりゲイである自分を認めた段階で、血を分けた家族を持つというイメージを彼らは捨てているのだ。これは、当たり前のことのようで、実にはっとさせられた。ところが、突然ふたりの生活に異分子が割り込む。しかも「子供を作ろう」と言い出すことで、ゲイの自分も父親になれるかも知れないという、これまで持てなかった新たなイメージが湧き上がる。がしかし、家族が持てるかも知れないという希望が、周辺と予期せぬ摩擦を生む。

ストーリーの一番の山場は、二人の親族が部屋に押しかけ全てがバラされ、騒然となるシーン。ここで兄嫁を演じている秋野暢子がすごくいい。いわゆる世間一般の視点としてあんたたちのやってることはおかしい!と怒鳴り始めるのだ。男を産めないからと姑にさげすまれてきた女の鬱屈が爆発し、勝手な理想像を掲げる礼子をなじる。そして、子供は自然に神様から授かるものじゃないか、と。ここまでこの奇妙な3人組の愛のあり方に理解を示していた私は、秋野暢子の言い分にも納得してしまうものを感じて、なんか頭をガツーンとやられたような感じだった。

主人公を演じる片岡礼子は、人生を捨てたようなやさぐれ女を非常にリアルに演じている。ゲイカップルの描き方も自然で、ごく普通の男女のカップルと全く同じ。勝裕にストーカーまがいのことをしている同僚の女の子もすごいリアル。全ての俳優陣が役を自分のものにしていて、「演技している」という感じがない。また、135分という長さを全く感じさせない。それは、この映画の持つ生々しさに引き付けられ、我々が物語の途中でだれたりすることがないからだ。

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by galarina | 2006-07-10 13:47 | 映画(は行)

博士の異常な愛情

1964年/米・英 監督/スタンリー・キューブリック 
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頭がおかしくなった将軍の命令一つで、次々と悲劇的な展開になって、最終的には人類滅亡という最悪の局面を迎えるというブラックユーモア満載のコメディ。この映画の本当のタイトルは「博士の異常な愛情または私は如何にして心配するのを止め水爆を愛するようになったか」という、人を食ったようなタイトルで、悪ふざけもいい加減にしろ、と言われるのを敢えて喜んでいるような感じ。

時代背景は「米ソ冷戦時代」なんだけど、正直今も全然変わってないな、というのを痛烈に感じる。この映画が作られたのが1964年で、すでに40年近く経っているが、抑止力のためという大義名分のもと、軍事力をどんどん拡張していることは何ら変わらないし、軍人は政治家に対してえばってるし、結局みんなご都合主義で本当に平和のことなんて誰も考えちゃあいない。

主演のピーター・セラーズは、英国大佐、大統領、マッド・サイエンティストの一人三役。特にストレンジラブ博士のキレっぷりは面白い。「総統!」と叫んで車いすから立ち上がり歩けるようになっちゃうシーンは、もうそこまでやるか、だね。また、やたらとソ連をバカにして、いつもガムばっか噛んでてトンデモ発言を繰り返すタージドソン将軍。確かにピーター・セラーズは怪演だけど、この人のキレっぷりもすごい。やるなら、ここまで徹底的にやらないとダメだよね、なんでも。

戦争を描いた映画の大半が「戦争をしてはならない」というもので、それを表現するために兵士とその家族を描いたり、大規模な戦闘シーンを撮影したりするんだけども、その手の映画ばかり見ていると、本当にこの映画の手法が新鮮に映る。道義的に考えて、これ笑ってもええんかい、というシーンの連続。ブラックユーモアという言葉でもまだ軽い。でも、かといって戦争を扱った感動大作よりも、深く心に残らないかというと、全くそうではない。中途半端に泣かせる映画よりも、よっぽど人間の愚かさというのをまざまざと感じさせる。

それにしても「よくもここまでやったな」と思う。今見ても強烈なのに、公開当時はさぞや反響が大きかったに違いない。マイケル・ムーアの「華氏911」も結構突っ込んでるけど、ここまで徹底的に政治家や軍人を馬鹿にして、よくもまあキューブリックはその後も仕事が続けられたもんだ。

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by galarina | 2006-07-08 11:51 | 映画(は行)