「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(な行)( 15 )

20世紀少年 第一章

2008年/日本 監督/堤幸彦
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「夏休みの子供向け怪獣映画みたいだ」
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ファンのひいき目ではなく、正直これ「トヨエツが出てなかったらどうなっていたんだろう!?」という印象です。終盤彼が出てきてから、一気にスクリーンが締まります。見た目も物語も。あのですね、堤幸彦監督の作品をこれまで見ていないわけではありません。しかし、演出の稚拙さが目立って絶句。メリハリがないし、子役を魅力的に見せていないし、盛り上げどころがきちんと盛り上がらないし。後半は子供向けのガメラ映画みたいです。確かに大阪万博などのノスタルジーな感じは、惹かれるんですけども。ラストのロボットは、岡本太郎財団の許可を取ったのか!?

話があまりにも荒唐無稽で、これは原作によるところなんでしょうが、これを映画にするとなった時にどういうものに仕上げたかったのか、完成図を描けないまま、取りかかってしまった。そんな感じに見えます。何と言っても役者陣の使い方が中途半端です。もちろん、第一章であるから紹介のみに止まってしまう部分はあるでしょうが、唐沢寿明以外の、香川照之やら佐々木蔵之介やら、ほとんど演技させてもらっていません。生瀬も小日向さんも宮迫も、めっちゃちょい役。何と、もったいない!もったいないし、この豪華メンバーを魅力的に見せられていないってのは、監督の力不足としか思えません。ユキジなんてキャラクターも、もっともっとはじけた女の子にできなかったですかね。

こんなことメディアで大声で言えないんでしょうけど、主演の唐沢寿明の魅力不足も大きいです。ロック魂のあるリーダーとは、とても見えない。ギターをかついでも、全然様になっていません。トヨエツがいかにスクリーンで映えるかをしみじみ実感&再確認しました。 そして、トヨエツ以外にその存在感でびしっとスクリーンを引き締める俳優がひとり出てきます。誰だと思います?洞口依子です。夕暮れのアパートにぽつんと座る彼女が出てきたカットで突然黒沢映画になりました。

T-REXのテーマソングね、私大好きなんですよ。グラムロックは好きなんです。このイントロのジャカジャーン♪と言うくだりが、全然映画のカタルシスとなってないんですね。これが致命的です。 そして、このシリーズに60億円の投資と聞いて、これまた絶句。
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by galarina | 2008-09-05 16:01 | 映画(な行)

ノーカントリー

2007年/日本 監督/ジョエル・コーエン
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「ハビエルの不気味さをとことん味わうことこそ、この作品の醍醐味」

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ずいぶん前に見に行っていたんですが…。

「アカデミー受賞」という冠は鑑賞者に、どうしても様々な先入観を与えてしまうので、良し悪しだと思うのです。私もこれまでコーエン兄弟の作品は「ブラッドシンプル」や「ファーゴ」「バーバー」など何作も見ていますが、個人的にはウマが合わない監督です。確かに映像は非常にスタイリッシュだと思うのですが、彼が取り上げるテーマにあまり共感できた試しがありません。というわけで、この「ノーカントリー」ですが、やはり「なぜこの作品がアカデミーを獲ったのか」という目線でどうしても見てしまうんですよね。それは、避けた方がいいに違いないのですが。

さて、本作はとどのつまり、物語としてはとてもシンプルで、最近の犯罪はワシの手に負えんとサジを投げる老保安官の物語。もちろん、そこには1980年のアメリカが投影されていて、その一時代を見事に切り取った作品なんだろうと思います。現代アメリカを考察するにも、この時代がターニングポイントとして重要ということでしょう。現金を持ち逃げするのが、ベトナムからの帰還兵であるということもミソで、例えば一部をネコババしてしらを切ることもできるのに、まるで自ら地獄行きを望むかのように、または自ら挑戦するかのように、全ての現金を持ち逃げしてしまいます。

そこには、ベトナムで味わった敗北感を取り戻すためとか、いろんな理由を見つけることができるのでしょう。ルウェリンのようなベトナムを経験した人なら、ルウェリンがなぜあそこまで全額強奪&逃避行にこだわったのか、十人十色の理由がひねり出せるのかも知れません。

そして、亡き父の後ろ姿を夢に見たというラストシークエンスも、アメリカという国そのものが持っていた父性の喪失、ということでしょう。ここは、非常にわかりやすいエンディングです。殺し屋が象徴するところの理解不能なものに押しつぶされていく、アメリカ人の苦悩、嘆き、あきらめetc…。

しかしですね、アメリカの来し方行く末に興味のない私にとっては、正直勝手に嘆いてらっしゃい、という感じなの。ぶっちゃけ、アメリカ人がアメリカを憂うという構図に何の感慨も持てないし、どう転ぼうとアメリカのやることは全て自業自得。外部の圧力によってにっちもさっちも行かなくなっているアフリカ諸国などの状況と比べると、憂う前にアンタが世界にまき散らしている悪行をまずは何とかしなさいよ、とか思ったりしてしまうのです。あまのじゃくですから。

しかし、この湿っぽい自己反省のような作品を俄然エンターテイメントとして面白くさせているのは、とにもかくにも殺し屋シュガー(ハビエル・バルデム)の不気味さにあります。彼の存在感がその湿っぽさを凌駕している。そこが面白かった。そして、その不気味さをあの手この手で印象的に見せる演出に、コーエン兄弟でしかできないオリジナリティがあふれています。スイッチの入っていないテレビの暗いモニターに映るシュガーのシルエット、アスファルトでごろごろと引きずられるガスボンベ。

最も秀逸だったのは、ガソリンスタンドのおやじとの全く噛み合わない会話の後のコイントスのシーンでしょう。理解できない、意思が通じない、そんなコミュニケーション不全を見事に表現しています。ここは本当に恐ろしかった。見終わった後だからこそ、これがなぜアカデミーなの?とか考えますけど、観賞中は、とことんシュガーの不気味さに圧倒され、ラストまであっと言う間。神出鬼没の殺し屋が引き起こす脇の下に汗をかくような緊張感をとことん楽しみました。
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by galarina | 2008-05-08 09:57 | 映画(な行)
2007年/アメリカ 監督/ジョン・タートルトーブ

「全肯定か、全否定か」

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前作「ナショナル・トレジャー」で、一切のツッコミをはねのけて突っ走る映画で、それはそれでアリだ、と書いたけれども、今作も全く同様。お正月映画で、2時間を映画館で楽しく過ごすことが第一命題であるならば及第点でしょう。私自身は楽しけりゃいい、という映画の見方ではないので、もちろん突っ込もうとすればいくらでもツッコミどころはある。

一番のツッコミどころは、登場人物たちの関係性をきちんと描いていないこと。前回は反目し合っていたビルと父はすっかり仲良くなっているし、ビルと妻はいつのまにか別居状態だし。極めつけはハーヴェイ・カイテル演じるFBI捜査官のセダスキー。敵か味方かというストーリー上の立ち位置はもちろん、全体の登場人物の中でセダスキーをどう扱っているのか、製作者の意図が全く不明。ハーヴェイ・カイテルという名優を使っているだけにその宙ぶらりんさが気になって仕方がない。

前作の方が面白かった、と言う意見も多いけれど、スケール感、スピード感共に前作よりも劣っているとは思えない。むしろ、中盤のカーチェイスシーンなど迫力は増していると思う。結局、構造的なものが何も変わってないから、同じモノを見たような気になり、「前の方が良かった」という意見になってしまうのだろう。とまあ、やはりまじめに語るのがバカバカしくもなる作品ですね。暗号はいっぱい解けたし、黄金都市も見つかったし、良かったじゃんね~と言われれば何も言い返せない、そんな映画です(笑)。ただ、昨年のジェリー・ブラッカイマー絡みの作品では「パイレーツのワールド・エンド」と「デジャヴ」がアクションに加えて奥行きのあるドラマを作っていただけに、ちょっと見劣りしてしまう。パート3作るんだろうなあ…
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by galarina | 2008-01-06 23:19 | 映画(な行)

盗まれた欲情

1958年/日本 監督/今村昌平

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今村昌平のデビュー作。ドサ廻りの芝居一座を舞台に人間味豊かな役者達を描く。

デビュー作とは思えないほど、伸び伸びしてます。大阪の芝居一座ってことで、関西弁も賑やかだし、セリフも早口だし、芝居小屋の熱気がムンムン伝わってくる。ただ、当時の音響の問題なのか、ちょっとガチャガチャしててセリフが聞き取りにくい。しかも、ずっとテンションが高いままなんで、ちょっと見ていて疲れるなあ。もう少し緩急が欲しい。

昔は芝居小屋が村にやってくるというのは、一大事件だったんですね。村人たちの喜びようと言ったらすごいの。何はさておき、芝居だ!ってんで、みんな興奮状態。今では考えられないけど、でも、ある意味ハレとケがはっきりしてて、逆に羨ましいかも。ただ、村娘が一座に入りたいって言ったら、いきなり座員は洋服脱がすし、興奮した村人は劇団の女をみんなでかっさらっちゃうし、いやはや…。まあ、このわやくちゃでエネルギッシュな感じが今村らしさですね。

大卒の小屋になじめぬ脚本家を長門裕之が演じてます。青いんだ、コイツが。インテリのこの脚本家とはちゃめちゃな座員のコントラストが面白い。そして、初々しい南田洋子に対して菅井きんがすでに嫌なババア役。ここもコントラスト効いてます。芝居小屋を建てるシーンや芝居に一喜一憂しておひねりを投げるシーンなど、村人たちの躍動感あふれる演出が印象的。それにしても、なんで「盗まれた欲情」ってタイトルなんだろう。それが疑問だ(笑)。
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by galarina | 2007-12-19 23:29 | 映画(な行)

にっぽん昆虫記

1963年/日本 監督/今村昌平

「力強く、美しいショットの数々。傑作」

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                <このジャケット、めちゃかっこいいぞ>


私は今村作品が好きだ。生身の人間を真正面から捉え、エロティックに、滑稽に、人間の“欲”や“業”を貪欲に突き詰めて描く。しかし、久しぶりに「にっぽん昆虫記」を見直してみて驚いたのは、そのエネルギッシュあふれる演出よりも、構図の美しさだった。

天井からぶら下がる縄に必至にしがみつき、苦痛に顔を歪める出産間近の女を俯瞰で捉えるショット。工場の裏の茂みでトメを手籠めにする課長を捉える地面すれすれのショット。汗だくになって裸で抱き合う信子と情夫を枕元から捉えるアップのショット。数え出すときりがないのだが、こりゃかっこいいやと思う印象的なショットが本当に多いのだ。ますます、他の作品も見直したい気分が湧いてくる。

物語は、「とめ」という東北の農村に生まれた女の波瀾万丈の一生を描く。(前半部はあまりに方言がきついので、何を言っているのかわからないセリフ多数)「とめ」を演じるのは左幸子。10代と思しきおぼこい田舎娘の女工から、コールガールを取り仕切るやり手ババアになるまでを迫真の演技で魅せる。左幸子以外にも、佐々木すみ江、春川ますみ、北林谷栄と最強メンバーが連なる。まあ、どの女優陣もふてぶてしいことこの上ない。

戦後の東京の猥雑なムードも十分面白いのだが、やはり前半の農村での暮らしぶりのインパクトには負ける。じめじめした閉鎖社会、男尊女卑、農民的いじけ根性が満載で、そこに潜むあらゆる差別は、現代日本人のメンタリティにも少なからず潜んでいる。娘とめがあふれ出る母乳を田んぼのあぜ道で父に吸わせるような描写も実に今村昌平らしい。

さて、この作品を紹介するにあたり「戦中・戦後を生きた女の人生をエネルギッシュに描く」と言う言葉が最も使いやすい文面だろうと思う。しかし、私はエネルギッシュに描くとは書けない。なぜなら、とめの人生は悲惨極まりないからだ。突然奉公に出され、父なし子を孕まされ、働き先の工場の課長にも手籠めにされ、人生を変えるべく東京に出てきたら一杯食わされて売春させられ、辿り着いたのはコールガールの元締め。つまり、人生のほとんどがセックスの強要なのだ。強姦と言ってもいい。しかし、悲しいかな、この時代こういう女はたくさんいた。そう思うと、今を生きる私はこの物語をどう咀嚼したら良いのか、途方に暮れる。

しかし、「にっぽん昆虫記」と言うタイトルからもわかる通り、本作はとめの人生を昆虫観察のごとき客観性で眺めた映画だ。これだけの目にあった女を「昆虫」と見立てる。その発想と勇気こそが、本作品の面白さであることに間違いはない。この客観性がとめの人生を一方的に「悲惨だ」「かわいそうだ」と情緒的に感情移入することを阻む。そうすると、とめの「今を生きる」という生き様だけが迫ってくる。男や社会に裏切られ、川の流れに身を任せるような人生であっても、そこに「とめと言うひとりの女が生きた」という事実がしっかりと我々の脳裏に刻み込まれるのだ。
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by galarina | 2007-11-13 23:31 | 映画(な行)

日本以外全部沈没

2006年/日本 監督/河崎実

「筒井の毒を映像化するってのは難しいんだなあ」

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人にオススメするとか、しないとか、そういう基準で語ることは全くできません(笑)。私の興味は、あの毒がてんこ盛りの原作をどれくらい再現できているのか、ということ。結果としては、筒井康隆らしいシュールさは表現しきれなかったなあという感じ。

「世の中が日本だけになったら」という仮定から想起される様々な出来事は、日本人のプライドや島国根性、そして、それに相反するように持ち合わせている自虐意識を浮き彫りにする。その発想に気づいた筒井康隆は実に頭がいいと思う。文体は下品で過激だけれども、突きつけられるのは日本人としてのアイデンティティー。そこにスポットを当てて観れば、各国の首相のパロディは、よくぞここまでできたな、と思う。中国の首相に「虐殺の歴史は中国大陸と共に海に流した」と言わせてますからね。よく映倫通りましたよ。また、日本人音頭に始まり、外国人を一掃するGATなど、文字通り「日本人がいちばん!」という描写の列挙に対して、観る側がどれほど居心地の悪さを感じるかは、一種の踏み絵とも呼べるのかも知れない。日本の首相にヨイショしまくる中国や韓国の首相の姿を見て、痛快、と思える人はいないでしょうからね。

が、いかんせん、「対白人」における描写に関しては、かなりツライ。そして、ここを許せるかどうかが、本作を楽しめる分かれ目でしょう。日本人が持つ白人への憧れや引け目。それが、ハリウッドスターが日本で転落していく様子を通じて顕わになる。しかし、ハリウッドからなだれ込んでくる有名人がみんなソックリさんですからね。これでは、原作が持ち合わせているメッセージを表現するのはかなり難しい。だが、映画はハナから低予算、チープだと宣言しているのですから、そこを突っ込むのは筋違いかも知れません。良くも悪くも筒井風味を河崎流に全編アレンジされちゃったということです。

このネタで98分ですか。いっそのこと75分くらいの映画にしてしまえば、ガハハと笑って終われたような気がします。で、その後に、意外と自分の日本人観を試されたのかも知れない、と余韻を味わえたんじゃないかな。
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by galarina | 2007-10-31 23:42 | 映画(な行)

虹の女神

2006年/日本 監督/熊澤尚人

「この作品から切なさを剥ぎ取ると何が残る?」

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元々岩井作品が苦手なんだけれども、出演俳優に惹かれて鑑賞。が、しかし、何とも言えないもやもやばかりが残る作品であった。確かに切なさを描くテクニックはうまい。水平の虹、なんて目の付け所もいい。それでもね、主人公智也の常識を遙かに超えた鈍感ぶりは切ないというよりも、いい加減にしてくれ、という感じ。

「失って初めてわかる大切なもの」がテーマなんでしょうか?しかし、智也にとって、あおいが大切な存在であることを気づく場面は、彼女がアメリカに行く前から散々ありました。結局、彼が己のストレートな感情を表現したのは、あおいが死んでから妹の前で号泣するシーンであります。そこまで行き着かないと、自分の気持ちが出せないのですか、この男は?もちろん、なかなか恋愛に発展しない男と女のすれ違いを描いているのはわかります。誰にだって、そういう経験はあります。でも、それを通じて監督が伝えたいことは何なのでしょう?ただただ、切なけりゃいいんでしょうか?そういう映画は私は御免です。

ダメ男が主人公の映画って、私は大好きです。けど、それは情けなさの中に人間的なものがあり、喜怒哀楽があり、愛おしさがあるからなんです。だって、胸に携帯電話をしこんでピカピカ光らせてるような10も年上の女に体よく騙されるなんて、正直この男かなりイタい。なんかね、同情の余地なしって感じなの、アタシの目から見ると。そこを「そうか、そうか、つらかったね」とポンポンと肩を叩いてやるようなムードを40歳の熊澤監督、及び44歳の岩井監督が作り上げていることに、私は違和感を覚えてしょうがない。

上野樹里、蒼井優、市原隼人。この3人は、とてもいい。3人ともこんなぽわーんとした作風の中でしっかり存在感を出しているところに役者としての底力を感じる。特に市原隼人の自然体の演技が光る。ストーカーで鈍感でイタイという、最悪のキャラクターが美しい物語に何とか溶け込んでいるのも彼の演技のおかげかな、と思うほど。つまらんテレビドラマには出ないで、頑張って映画俳優の道を突き進んで欲しいな。見直しました。

印象的な絵がありましたか?と聞かれると、たくさん答えられる。だけど、美しさにごまかされた物語は嫌いだ。岩井監督、いい加減「切ない」は卒業して大人の愛を描いたらどうでしょうか?って、大きなお世話ですな。
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by galarina | 2007-10-29 23:26 | 映画(な行)

ナショナル・トレジャー

2004年/アメリカ 監督/ジョン・タートルトープ

「一切のツッコミを否定する厚かましさにむしろ感服」
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小学生の息子を何とか映画小僧に仕立てあげようと、日夜オカンは一緒に映画を見ようと彼に迫っている。もちろん見る映画は彼の今の興味に合わせたエンタメ映画。おかげでこれまで見なかったハリウッド作品もずいぶん見るようになった。で、手に取ったこの作品。エンターテイメントとしては◎。

本作は、「ダ・ヴィンチ・コード」で一躍有名になったテンプル騎士団が見つけた宝物探し。フリーメイソン、暗号解読など「ダ・ヴィンチ・コード」とかぶる部分も大きい。そもそもフリーメイソンが秘宝を隠しているっていうのは一定の伝説としてあるんだろう。日本で言えば徳川埋蔵金みたいなもんかな。「ダ・ヴィンチ・コード」がテンプル騎士団の歴史的な意義やカトリック教会の闇と言う小難しい部分に手を出したがために、本流の暗号を解くスリルから遠ざかってしまったのに対し、本作はあくまでも「お宝探し」の醍醐味を徹底的に追求している。私は、その潔さは「エンターテイメントだから」大いにありだと思った。

もう、なんのツッコミも入れさせない開き直りにも似た展開。テンプル騎士団もフリーメイソンも「そういうのがいたんですっ、ハイ終わり!」で、バッサリ切り捨てる。だって、主人公がいきなり氷山で何かを見つけた後、銃撃戦になる。そのツカミのド派手さがすごい。で、その後主人公が何者かという話は、全くしないまま、お宝探しがどんどん語られていく。

ここまで来たら、黙って見てるしかないでしょ。そもそも「ツッコミ」を入れられる映画っていうのは、描き方が甘いか、展開がだるいからであって、本作はその両方をしないことで一切のツッコミを拒否している(笑)。つまり、中途半端な知識は語らない、そしてとにかくどんどん謎を解いて展開をスピーディにする。ただただお宝探しについていけばいい。それでドキドキしながら2時間過ごす映画。

悪く言えば、ぼーっと見てればいい(笑)ってことですけど、そういう映画に存在意義がないかというと、そうでもないんじゃないかなと思う今日この頃。エンタメ映画には、2時間をドキドキワクワクして過ごすっていう絶対的な命題があって、それをきちんと遂行するにはそれなりのルールなり戦法が存在している。その一端が本作で少しわかったような気がする。
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by galarina | 2007-07-07 23:41 | 映画(な行)

寝ずの番

2005年/日本 監督/マキノ雅彦

「生きた証に下ネタを残そう」
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そりゃまあ、下品な言葉のオンパレードで、ところどころ耳をふさぎたくなるような脱線ぶりもあるんだけれど、見終わって思うのは、私も死んだらこうやってドンチャン騒ぎして欲しいなあってことなの。お通夜で死んだ人間の話を酒の肴に祝宴をするってのは、この上ない供養やなあとしみじみ思うわけです。まあ、その話が100%下ネタなんですけどね。

その100%の徹底ぶりというのは、なかなか見上げたもんで、下ネタ以外で故人を偲ぶシーンはほとんど出てこない。それでも、最終的には「あの人はええ人やった」となるんですね。人を称えるのに、高尚な話なんか必要あらへん。ちょっとおもろい下ネタ話の一つや二つあったらええ。あんまりまじめに生きてたら、見送る人もネタ話がない。結局人間、生きてるうちにどんだけアホできるか言うことです。

それに死体の横たわった空間でこれだけ下品な話をするってのも、なかなかシュールなことでね。結局人間のすることを突き詰めたら、セックスすることと、排泄すること、この二つだということでしょう。それが死体を目の前にして死を実感できる場においては、最もふさわしい話題にすら思えてくる。一方セックスと排泄の話をこれでもかとすることで、見送る人間は生を実感している。「死んだ人間」と「生きてる人間」が共に集う空間だからこそできる、どこまでも下品な宴なんでしょう。

今思い出すに、人間とは突き詰めれば「セックス」と「排泄」というような考えは、原作者の中島らもちゃんもよく言っていたことのように思えます。生前のらもちゃんと津川雅彦氏に繋がりがあったかどうかは知らないけど、実にこのらもワールドを了解した上での作品という感じがします。

さて、本作は、テレビでは流せない放送禁止用語が連発で、かなりどぎつい言葉も出てきます。しかし、これが許せるのも、ここが「お通夜の席」やから、というのがポイントです。こんな会話、居酒屋でしてたらつまみ出されます。本当に故人と親しいものだけが集う閉ざされた空間だからこそできる、そこまで言うかの下ネタ話。またそれに、クソまじめに「ほほう」と唸る大人たちが実におかしい。

長々と続く下ネタ合戦がかったるいなあ~と思ったところで、回想シーンが入ったり、幽霊が出てきたりと物語の締め具合もいい感じ。また、中井貴一のとっぽい落語家が案外イケる。この人は、すっとぼけた役の方が似合うと思う。ほとんどが関西出身の俳優陣の中に実にうまく溶け込んでました。そして、富士純子が実に美しいですなあ。彼女の撮り方には監督の意気込みを感じました。下ネタを共有できる人と一緒に見て大笑いしてください。ちなみにボリュームは隣人の苦情が出ないようあまり大きくしないことをオススメします。
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by galarina | 2007-05-24 22:32 | 映画(な行)

ナイト・ミュージアム

2006年/アメリカ 監督/ショーン・レヴィ
<MOVIX京都にて鑑賞>

「やっぱり平和がいちばん!」
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夜の博物館のドタバタ劇を描きながらも、最終的にはみんないがみ合うことなく、仲良くやっていこう、というところに集結させているのがとても好感が持てますね。異なる文化、異なる時代、異なる造形物(笑)のものたちが、思い通りの行動をしていたら、そりゃあ、収集もつきません。それが、自分たちに命を吹き込んでいる石版が盗まれたことで一致団結!という流れも、子供たちにも実にわかりやすくていい。お互いが手を取り合って、という展開の持って行き方が説教くさくないのがいいんです。

個人的には、その団結を促すリーダーであるラリーが、もう少し自分の力で何とかせーよ、と思ったんですけど(笑)。結局、エジプト王の力でみんなを博物館に返してるし。

さて、どの展示物にどんな性格を与えて、どう面白い演出をするか、というあたりは作り手が楽しんでやったんだろうな、と感じさせます。私のお気に入りはネアンデルタール人!そりゃライター見たら驚くだろうなあ~。テレビ画像に映っていたのにも大笑い。それから、西部の開拓者と古代ローマ人のそれぞれのリーダーが博物館に帰ってくるところね。息子は結構モアイに笑ってたし、それぞれ笑えるキャラが異なるのも楽しめる要因。

(そうそう、ローマ皇帝オクタヴィウスの俳優がどっかで見たことあるよなあーと気になって気になってしょうがなくて、後で調べたら「マリーアントワネット」のメルシー伯でした^^)

日本の博物館だったら、武蔵と小次郎を決闘させるとか、千利休が小野妹子にお茶を点ててあげるとか、いくらでも面白いネタが浮かびそう。要はそれを実現させる設備と予算があるかってことで。まさにハリウッドらしい、娯楽作品と言えるでしょう。春休み、家族揃って見に行くのには、ベストチョイスでした!
映画館を後にして「楽しかったね!」と言ったら夫が例のふたりが博物館に帰ってくるシーンで「うるっとした」と言ったのには驚きました。
私は、そのシーンで大爆笑してたのに!
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by galarina | 2007-04-01 16:26 | 映画(な行)