「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(た行)( 49 )

大停電の夜に

2005年/日本 監督/源孝志

「向き合うことの大切さ」
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きちんと目を見て話すことが何と難しい世の中になったもんでしょう。仕事の打ち合わせはメールでOK。家族の会話もテレビを付けっぱなしにしての「ながら」会話。停電ぐらいの大きな出来事でも起きない限り、じっくり相手と話すことが出来なくなった。そんなことをしみじみ感じさせてくれるいい映画です。今、引っ張りだこの脳博士・茂木さんも「人間は互いに目を見てしゃべるとドーパミンが出る」と言ってましたもん。

最初から最後まで停電ですから、この映画は撮影のセンスとテクニックが勝敗を決めるわけです。その点においては大勝利。特に、宇津井健と淡島千景夫婦の部屋の行灯のふんわりした明かり、そして田口トモロヲ・原田知世夫婦の青みがかったのマンションの明かり。いずれも光量が少なく、撮影は難しかったと思われますが、セザール賞受賞のフランス在住のカメラマン永田鉄男が実に雰囲気のある映像を作りだしています。

この作品は群像劇と言うほど、それぞれのカップルのドラマ性が深く描かれているわけではありません。そこが物足りないと感じる人もいるのかも知れませんが、私は決してそうは思わなかった。この映画のテーマは「向き合うこと」です。そこに気づくことができれば、もうそれでこの映画はお役御免なのです。「ゴメンネm(_ _)m」とメールで打てばいいんじゃない。やっぱり、会って、顔を見て、自分の声に出して言わなきゃいけない。そのことに気づけたらいい。あとは、どのカップルに感情移入できるかは人それぞれと言うところでしょう。

大切な人と一緒に見れば、きっと見終わった後に、真っ暗な部屋でキャンドルの明かりを灯しながら今までできなかった話ができるはず。「東京タワー」は、雰囲気だけで中身がない!と憤慨した源孝志監督でしたけど、今作では徹底した雰囲気作りの結果、きちんとメッセージが伝えられた。期待していなかったのですけど、キャンドルの明かりにすっかりやられました。素直になりたくなる一本です。

で、最後に豊川悦司ですが。最近、彼を起用する監督は、ファンのツボを知り尽くしているとしか思えないのです。今回はベーシストってんで、演奏シーンが出てくるんですけど、つまびく指先の何とまあ、きれいなこと。そして、指先からゆっくりカメラは引いて、ベースを抱く彼の全身が映る。あらあら、彼のふところに抱かれたウッドベース。まるで、女性を抱いているようじゃあ、あーりませんか!3ヶ月間ウッドベースを練習したらしく、とても様になってる。それでね、彼が「うん?」とか「ああ」とか「いや」とか、ものすごく短いセリフが多いんですけど、この低い声がたまんないんですよ。いやあ、こんな店なら毎日通います。
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by galarina | 2007-05-01 21:09 | 映画(た行)
2006年/日本 監督/金子修介

「原作ファンを納得させたエンディング」
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大人気コミックの映画化なだけに、漫画を読んでいる人とそうでない人では楽しみ方が全然違うんだろうな。私は原作を読んでいたので、いちばんの感想は、よくぞうまくまとめました!ってこと。原作読んでる人はみんなそうじゃないかな。とにかく後半グダグダで収集ついてませんでしたから。

このシリーズでは、主人公キラよりもL の方が存在感があった。漫画の描写では、いかにもマンガ的キャラクターで現実的にはありえない感じの人物だったのにも関わらず、映画のL は想像以上の実体として我々の前に現れた。この映画の成功の一番の要因は、松山ケンイチのL にあるといってもいいだろう。これですっかり人気者になった彼を、最近あちこちで見かけるけど、Lの面影が全くない。これまたすごいところ。あれは演技力なのね。かと言って、スピンオフですか。日テレさん、フジの真似しちゃイカンですよ…。

さて、漫画よりも映画の方がメディアとして優れているという偏見は全くないのだけれど、気になったのはキラを支持する大衆を描くシーン。キラ様とか看板持ったり、子どもがキラ様ありがとうとか、インタビューで答えるところね。この辺のマンガ的表現が映画にもそのまま導入されていて、このチープな感じがちょっと大人としては引いてしまう。

Lの存在感が抜群だったから、大衆がなぜキラに追従するのかというあたりをもう少し地に足つけて描いてくれた方が良かったな。藤原竜也は、松山ケンイチに喰われてしまったけど、キラを演じる役者としては、彼はすごく適任だと思いましたよ。だから、支持する大衆があまりにも幼稚に見えて、キラの存在そのものまで軽く見えてしまったところがちょっと残念。

それにしても、キャラクターの造形という点では日本の漫画のクオリティってのは格段にレベルアップしたよね。ひと昔前は小説家や脚本家を目指していたような人が今はみんな漫画家になっているのかな、と思ったり。漫画の中だから少々ありえない設定でも、いざ映像になるとこちらの予想以上に現実的なキャラクターになる。「つくし」しかり、「のだめ」しかり。

これはね、どんなに設定がありえなくとも、それぞれのキャラクターのディテールがきっちりと描かれていることが大きいと思う。最初は「いねーよ、こんな奴」と思っていても、好きな食べ物とか癖とか服装などに細かい描写があって、その一つひとつがしっかりとキャラクターを実在のもののように認識させていく。漫画の映像化って言うのはこれからまだまだ続くんだろうね。
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by galarina | 2007-04-09 22:55 | 映画(た行)

ドリーム・ガールズ

2006年/アメリカ 監督/ビル・コンドン
<MOVIX京都にて鑑賞>

「パフォーマンスのすばらしさに圧倒されて号泣」
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拝啓 ジェニファー・ハドソン様

先日のアカデミー賞に関することで、歌がうまいだけで賞をもらっていいのか、というような発言をしてしまったこと、どうかお許しください。あなたのパフォーマンスは、本当にすばらしかった。私は、あなたに助演女優賞ではなく、主演女優賞を贈りたいほど感動いたしました。その気持ちに免じてどうかお許し下さいませ…

と、ジェニファー・ハドソンに謝りたいくらい、もお~、ほんっとにすばらしかったです!ソウルファンの私にとっては、極上のエンターテイメントを堪能させてもらって、もうお腹いっぱい!という感じでした。全ての楽曲がすばらしくて、早速サントラゲットしようと思います。あんまり良かったもので、何から書いていいか、わかんないです…

ええっと、まずジェニファー・ハドソンですね。彼女のパワフルな声は本当にすごかった。私は、ブラックミュージックがたいへん好きなのですが、実はあんまりにも歌唱力まるだしのボーカリストは、実は好きではないんです。その典型がホイットニー・ヒューストン。歌い上げるほどに「もうあんたが歌うまいの、わかったよ」なんて気持ちになって冷めちゃうんです。ところが、なぜかジェニファー・ハドソンの場合は、そういう気持ちにならなかったなあ。おそらくエフィという人物が自分の歌に絶対の自信を持っていて、歌わずには生きていけない、そういうキャラ設定があったからだと思います。カーティスに向けて歌うあの歌は、凄まじかった。未だに「LOVE ME!」というあの歌声が耳から離れません。

それから、ビヨンセ。ソウル大好きなんですけど、最近のR&Bは聞かないの。だって、どれもおんなじなんだもん。ってことで、ビヨンセの歌は始めて聴いたわけだけど、とりわけ「Listen」はとっても良かった。それに、リードボーカルを任されたその瞬間から輝き始めるその様は、さすがスター!のオーラが出まくっててもう目が釘付け。あと、ファッションね。どれもこれも本当にステキだった!まさに「ディーバ」の輝き!この衣装はエフィには着られないよな…ってものばっかりでしたが(笑)。
10kgも体重を落としたという努力がしっかり報われてました。で、なぜ、彼女はアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされなかったの!?

エディ・マーフィもこんなに歌がうまいんだ、とビックリ。私は「リトル・ミス・サンシャイン」も見たけど、私ならエディ・マーフィにオスカーをあげます。つーか、作品賞もノミネートされてないんだよね?なぜ、なぜ、どうしてなの!?とアカデミー気分もすっかり終わったこの時期にほざく私。

ジェイミー・フォックスは、「Ray」を先日見ていたので、音楽の才能は充分承知の上で見たんですが、非常に損な役回りでしたね。物語を盛り上げるために、ヒールになっちゃったみたいで。ただ、全体を見渡してみて、この作品の本当の主役は彼だったんじゃないか、と感じるほどのすばらしい演技でした。彼が先見の明があったのは紛れもない事実で、みんなスターになれたのは彼のおかげなのにね。富を得るごとに道を踏み外してしまったのなら、彼の周りの人たちがそれを彼にもっと早く教えてあげるべきだったのに…

なーんて、物語のあれこれを何だかんだつつくのは、この作品には無意味!すばらしい音楽の洪水にただ身を委ねて、聞き惚れて、泣きましょう!
もう1回見に行きたい!
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by galarina | 2007-03-14 20:21 | 映画(た行)

トランスアメリカ

2006年/アメリカ 監督/ダンカン・タッカー

「どんな関係であれ親子の絆は強い」
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1.「ゲイ」+「ロードムービー」
2.「ゲイが父親、または母親を捜す」
3.「父親、もしくは母親を捜したらゲイだった」

元々ゲイムービーが好きな私は、最近の作品はこの3つに当てはまるんではないか、というほどよく似たストーリーが多いように思う。ゲイムービーがそもそも「自分探し」というモチーフを含んでいるため、心の旅と本当の旅はうまく調和する。1では「プリシラ」「ヘドウィグ」、3では「オール・アバウト・マイ・マザー」が私のお気に入り。で、「トランスアメリカ」は1と3の融合であります。

性同一性障害の主人公ブリーを演じるのは、女優のフェリシテイ・ハフマン。これは、まあ本当に難しい役だったと思います。
●一週間後に性転換手術を受け、女になる決心がついた
●しかし、図らずも子供がいたことで父性が沸き起こる
●そして息子と旅をすることで自分のルーツにも対峙することになる
そういう「男性」を女性が演じているのですから!どういう心持ちでこの役に挑んだのか、聞いてみたいほどの熱演でした。

ブリーにとっては、たった一度の愛のないセックスでも、血の繋がった息子。「血のつながり」なんて、関係ないってくらい壊れた親子関係というのは世の中に吐いて捨てるほどあるんだけど、ブリーと息子のトビーは、出会ったばかりでもお互いを必要とするんだよね。それもまた、「血のつながり」のなせる技で。

ブリー自身も、自分の家族との間にできた溝をちゃんと埋めずに生きてきた。その決着をきちんとつけなきゃいけなかった。それができたのは息子のおかげ。ブリーの親にとってみれば、まさかゲイの息子に子供がいるとは思わなかったろうから、素直に「孫ができた!」って喜んじゃう。ほんと、「血のつながり」ってなんだろう、とつくづく考えさせられました。

物語としては、先が予測できちゃったところが少々残念かな。でも、ラストシーンはすごく良かった。世間で言う普通のお父さんと息子の姿では、全くないけれど、彼らは彼らなりにこれからも親子としての繋がりを保っていくんだろう。そういう気持ちにさせてくれる、ラストシーンでした。
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by galarina | 2007-03-08 17:32 | 映画(た行)

とらばいゆ

2001年/日本 監督/大谷健太郎

「優しすぎる男たち」
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デビュー作「アベックモンマリ」同様、2組の男女が織りなす四角関係をベースにした物語。とってもミニマムなシチュエーションなんだけど、セリフのやり取りがとっても面白くって、こういう作風の映画大好き。エリック・ロメールあたりのフランス映画っぽい雰囲気なんだよね。

「働きマン」ってマンガ、あたしは大好きなんだけど、今「闘ってるオンナ」ってすごく多い。主人公の麻美(瀬戸朝香)も闘うオンナなんだ。なんせ女性棋士ですからね。将棋の世界はまだまだ男性優位で、そんな業界で彼女は奮闘している。しかも、最近スランプでB級クラスから墜ちてしまいそうな崖っぷち状態。

そんな彼女に接するダンナの一哉(塚本晋也)が、びっくりするくらい優しい男なのだ。サラリーマンの彼は、疲れて仕事から帰ってきても部屋は真っ暗。晩ご飯ができていないのを見越してわざわざ二人分弁当買ってきても「今、こんなの食べてる気分じゃない!」と弁当をたたき落とされる始末。で、そこでこのセリフ「だって麻美、とんとん亭の酢豚弁当好きじゃないか。これで元気が出ると思ったからさあ…」

オーマイガッ!優しすぎるぜ、一哉くん。でね、この優しさは最後まで変わることがないんだよ。こりゃあ、まるで「母の無償の愛」ですよ。一哉があんまり優しすぎるもんで、最初は一哉のキャラクターってのは、何かを皮肉ってんのか、バカにしてんのか、とにかく何かをシンボライズしたくてわざとここまで優しい男に描いてんのか、と斜めに見ていたわけ。ところがね、この男はほんまもんのピュア男なんですよ。

それもこれも、塚本晋也がすごくいいからなんだ。ワタクシ、塚本晋也は監督としては正直肌に合わないの。でもね、俳優塚本晋也はいいんだよね。あの過激な映画を撮ってる塚本晋也が、頼りなさげ、でもスッゴイいい奴!という優しさの権化みたいな男を飄々と演じております。

で、この夫婦と対を成すのが麻美の妹、里奈(市川美日子)と彼氏の弘樹(村上淳)。妹もまた女性棋士で闘うオンナ。弘樹は居候の身だから、と毎日晩ご飯作って、待ってんの。対局の日も「そばにいたいから」と言って外で待ってるし、これまた優しい男なんだわ。

さて、この映画2001年の作品なんですけど、こういった「優しすぎる男たち」って、今見るとさらにハマる。監督の大谷氏は「NANA」シリーズに抜擢されたんだけど、こちらは未見。また、こういうミニマムな映画を撮って欲しいなあ。
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by galarina | 2007-03-05 20:28 | 映画(た行)

丹下左膳 百万両の壺

2004年/日本 監督/津田豊滋

「スラリと着こなした着流しに惚れ惚れ」
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豊川悦司の着物姿がとても美しい。背の高い人が着物って似合うものかしら、という不安など、オープニングのタイトルバックでぶっ飛んだ。袴をはく武士の立派な着物姿とは違って、着流しなので、帯が骨盤のあたりでゆるやかに止まっている。今で言うヒップハングな位置。それでも、そこから長い足がすらりと伸びて、動くたびに素足がちらりと見える。そんな足元が見え隠れするショットが非常に多く、監督が豊川悦司の抜群のスタイルを存分に活かして、魅せてやろうという心意気が十分感じられる。ファンとしては嬉しい限り。

遊び人名物「女の赤い長襦袢」も白や黒い着物ときれいなコントラストを成していて、とってもセクシー。「大奥」の時も、西島秀俊の赤い長襦袢が気になって仕方がなかったし、「愛のコリーダ」の吉っつあん(藤竜也)も赤い長襦袢。これが似合う男はイイ男なのは、世の常でございます。それから左膳の青いアイシャドウのメイク。これがすごく似合ってました。どこから思いついたのかなあ、これ。

さて、「昭和の映画史に燦然と輝く山中貞夫氏の名作をリメイク!」という触れ込みだっただけに、俳優を始め製作者サイドには相当のプレッシャーだったのではないか、と思われます。「犬神家の一族」同様、全く同じ様に仕上げるリメイク作品は、前作を超えることなどほとんどないと言っていいでしょう。ただ、大河内傳次郎って誰?というような前作のことをまったく知らない人間と致しましては、予想以上に楽しめました。

観終わった後は、なんか「釣りバカ日誌」を見終わったようなすがすがしい感じで(笑)。日頃は低音ボイスの物静かな豊川悦司がべらんめえ口調で大声でしゃべるのも、非常に新鮮。宝の壷がいろんな人の手に渡って大騒動って展開はとてもわかりやすくて、昔の時代劇らしい明るさや人情喜劇が満載で、難しいこと考えないでラクに楽しめます。でも、かといって軽い作品かというと決してそうではない。

陰でこの映画を支えたのは、野村吉伸と麻生久美子の夫婦コンビが織り成す絶妙なコンビネーションだったと思う。この夫婦役は実にぴったりハマってました。のらりくらりの頼りない夫役の野村吉伸、そしてのんびりした武家の美しい妻役の麻生久美子。時代劇でここまで麻生久美子がうまく立ち回れるものか、と新たな驚きも。こののんびり夫婦と左膳とお藤という2組の夫婦がとてもいい対比を成していた。

「丹下左膳」という往年のキャラクターをトヨエツ流に仕上げた。またあの美しい着物姿が見られるなら、シリーズ化して欲しいくらいだ。

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by galarina | 2007-01-19 00:39 | 映画(た行)

天国の口、終りの楽園

2001年/メキシコ 監督/アルフォンソ・キュアロン 

「ルイサが僕たちを大人にしてくれた」
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何の気なしに、見始めた映画が大当たりだった時って、すごく嬉しい。まあ、この情報過多の時代、そういう作品に巡り会うのはとても難しいのだが、今作はその数少ない大当たりの一つだった。そして、この作品で、私は初めてガエル・ガルシア・ベルナルを知り、「なんだこのイイ男は!」と色めき立ったのである。

ドラッグとセックスに明け暮れるふたりの少年フリオとテノッチ。そして、その間にひとりの人妻。3人は「天国の口」と呼ばれる伝説のビーチを探しに旅に出る、というストーリー。本国メキシコでは2001年の興行成績第1位を記録する大ヒットとなった。

これは、ふたりの少年が大人の男へと変わる旅である。そしてあてどない旅が南米(今作はメキシコ)であることから、「モーターサイクル・ダイアリーズ」と非常によく似ている点が多いと言える。事実どちらの作品とも、主演のひとりがガエルであるため、「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見ている時、私は今作を思い描かずにはいられなかった。ただ「モーターサイクル・ダイアリーズ」が男たちの心の変遷を静かに描いているのに対して、今作はその大人への脱皮を「性」と「死」をベースに描いているのが、私を惹きつけて止まない大きな点なのだ。

性描写が非常にストレートなため、そこばかりに目が行ってしまう方もいるようだが、少年たちは「生」を感じるため、ルイサは「死」に向かうための、その自己確認の方法がセックスなのであり、むしろ、セックスの表現が奔放であればあるほど、その刹那的な行為の向こうに哀しみを感じる。

そのもの悲しさは、ルイサが隠している秘密によるところもあるのだが、3人が旅をしている時に出会うメキシコの風景によるところも大きい。物乞いをする人たち、銃を持った警官に取り締まられる民間人、道ばたに手向けられた花束…。車の中でセックスの馬鹿話をしている3人の窓の向こうには、そのようなメキシコが抱える社会問題や人権問題を訴える映像が織り込まれている。このさりげなさが映画に深みを与えている。

主人公ふたりの少年の設定も、実は富裕層の息子と母子家庭の息子というコントラストがある。家庭環境に決定的な溝があるふたりは親友だった。しかし、この旅はふたりの関係性も変えてしまった。ということで、この作品は「少年が大人になる旅」を軸に、実に様々なモチーフをバランス良く織り込んでいて、とても完成度が高い。

口から出任せに言った「天国の口」というビーチが本当に存在し、その美しい浜辺で過ごす3人。そして、旅の終盤、3人で交わり、そのあまりに甘美な快楽からキスをするフリオとテノッチ。僕たちは次の日、目を合わせられなかった。誰にも言えない秘密を持ってしまった。そして、僕たちはもう会うこともなかった…。

見終わって、3人の心の痛みがチクチクと残る。その切なさが、とってもいい余韻を残してくれる。フリオを演じるガエルとテノッチを演じるディエゴ・ルナは、実際にも親友同士だそうで、実に息のあった演技を見せる。大好きな作品です。
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by galarina | 2006-11-23 13:48 | 映画(た行)

台風クラブ

1985年/日本 監督/相米慎二

「突き放した視線」
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台風の接近とともに、突然狂気に襲われた中学三年生たちの四日間を描く、青春映画の傑作。(以下、ネタバレです)

青春映画というジャンルでは私の中の「ベスト1」かも。台風が近づくことによって顕在化してくる中学生のもやもやが、鮮烈に描かれている。タイトル、そして相米慎二が描く青春映画ということで、爽やかな作品を想像する方もいるかも知れないが、さにあらず。

冒頭、夜のプールサイドで踊り出す女子中学生グループがひとりの男子学生の水着をひっぺがし、はしゃぎながら互いに頭を押さえつけ溺死寸前に追いやってしまうことで物語は始まる。無邪気にひそむ子供たちの残酷さ。オープニングからスリリングな展開を予想させる。そして、主人公である女子中学生の自慰、好きな女の子にやけどさせ、レイプ寸前まで追いかけ回す男子生徒、暴風雨の中の裸踊り、そして物思いにふける男子生徒の自殺、とまあ、実に衝撃的な内容のオンパレード。ところが、相米慎二監督は、それを衝撃的な演出では決して描かず、実に淡々と、子供たちを突き放した視線で捉えている。そこが私はこの作品のすばらしいところだと思っている。

中学生が抱えるもやもやした感じを、映像として実に巧みに見せているところもこの作品が相米慎二監督の最高傑作として誉れ高いゆえんだろう。例えば、台風接近で誰もいなくなった教室で好きな女の子を追いかけ回す男子が執拗に教室のドアを蹴り続けるシーン。その執拗さはかなりゾッとするし、自殺を決意した男子が飛び降りるための階段を作るため、延々と机と椅子を並べるシーンも、一見退屈なシーンのように見えて彼がこれから為すことを考えればひとつの儀式を行っているようにも見え興味深い。他にも印象に残るシーンは本当にたくさんあって、数え始めるときりがない。

いいかげんな大人を代表する先生役を三浦友和が好演。すでに、この頃から先生に希望なんか見いだしてないんだな、というのが実によくわかる。それにしてもこの役、ほんといいね。甘いマスクで一見人の良さそうなお兄さんに見えるだけに、ちょっとイヤな奴を演じるとすごいハマる。現在、いろんな邦画に出てるけど、この作品から今の三浦友和的味わいが出てるんだね。

さて、中学生の狂気を描く、ということでは、私は岩井俊二監督の「リリィ・シュシュのすべて」を思い出さずにはいられない。私は、「リリィ・シュシュのすべて」という映画が好きではない。なぜ、こんなにも「リリィ・シュシュのすべて」が嫌いなんだろう、と思っていたのだが、今回「台風クラブ」を改めて見てその理由がわかったような気がした。それは作り手である大人の視点である。

もちろん、映画の感じ方は人それぞれだからいろいろあるんだろうけれども、私は「リリィ・シュシュのすべて」を見て、「子供におもねる大人」を感じ取ったんだと思う。今どきの子供はこんなに闇を抱えている、かわいそうでしょ?それをボクはとても理解しているんだ、と岩井監督は言っているような気がして仕方ならない。しかし、「台風クラブ」の相米監督は、彼らが抱える狂気には距離を取って、あくまでも大人の冷静な視点でとらえている。

確かに現代の子供たちは過酷な現実を生きている。しかし、1985年の作品でも取り出されているモチーフは、今とほとんど変わらないのだ。まあ、「リリィ・シュシュ」のメインテーマは「いじめ」なので、暗くなるのはしょうがないとしても、そこには未来も希望もない。それを大人が発信して何になると言うのだ。「台風クラブ」のラストシーン、水だまりで埋まった校舎を見て主人公の工藤夕貴は「なんてきれい」とつぶやく。彼女はボーイフレンドが自殺したことを知らない。しかし、このラストシーンが象徴する彼らの未来は、決して暗闇なんかではない。大人は子供たちに現実のつらさを教えることはあっても、決して希望がないなんて、突きつけてはいけないと私は思うのだ。
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by galarina | 2006-11-12 16:18 | 映画(た行)

トリックー劇場版

2002年/日本 監督/堤幸彦

あかん…全然おもんない。
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これが面白かったら、ドラマも振り返って見ようかな、なんて思ったけど全くダメ。しょうもない小ネタやギャグが私のツボには全くはいらん。そういう人はもう全くもって問題外なんでしょう。まあこの手の映画を見てわかったのは、わたしは「内輪ネタ」があまり好きじゃないってこと。人気ドラマの映画化は、そのドラマが好きな人のためにある。当たり前っちゃあ、当たり前なんだが。

それでも、映画なわけだからドラマを観てない人もそこそこは面白くてしかるべきなんじゃないのか、といういらだちは隠せない。仲間由紀恵の「貧乳ネタ」なんて何が面白いのかさっぱりわからんし、神として登場する竹中直人もベンガルも何にも面白くない。神003の石橋蓮司のキレた演技だけが救いか。

もともと小劇場ノリが苦手な私としては、この奇妙なテンションが苦痛でしかない。しょうもないギャグを否定しているわけじゃないんだ。しょうもないギャグはしょうもないなりに可笑しい時もある。でも、これが堤監督のテイストなの?だとしたら、全く波長が合わないとしか、いいようがない。

村のたたりとか兄弟の間にできた子供とかって、もろ横溝作品を思い出すんだけども、パロディにもなってないし、中途半端すぎて一体何がしたいのか理解不能。一度もクスリとも笑えなかった。これ映画館で見てたら、絶対暴れてたな。
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by galarina | 2006-11-04 22:56 | 映画(た行)

父親たちの星条旗

<梅田ブルク7にて>
2006年/アメリカ 監督/クリント・イーストウッド

後生に語り継がれる戦争映画の傑作。あまりの完成度の高さに、呆然とした。
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見終わった後、ため息が漏れた。この作品に何の不満もない。あそこがこうだったら、とか、あれはないんじゃないの、なんてツッコンだり、そういうことが一切ない。本当に全く隙のない作品だった。そう、まるで伝統工芸の職人が作り上げた逸品のような趣きである。

私個人的には戦争映画というジャンルが非常に苦手だ。そこには、戦争はいけないというメッセージしか浮かび上がらないし、お涙ちょうだい的な演出や偽善的なヒューマニズムの香りをどうしてもかぎ取ってしまう。しかし、この作品をそのような観点で論ずること自体、恥ずかしい。それほど、すばらしい作品である。

硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げた兵士たちは、母国で英雄となった。しかし、戦場の恐ろしさ、悲惨さとは全く無縁の政治家や実業家たちにどんな言葉をかけられようと、彼らは虚しいだけだ。国債を売るために傷ついた彼らを徹底的に利用しようとする政府のエゴイズムをクリントは声高に叫ばず、徹底的に兵士の苦悩を通じて描いている。だから、我々は感情的に戦争を否定するのではなく、その虚しさ、つらさを心の内側から揺すぶられるのだ。

クリント・イーストウッドの作品には常に「静かで力強い視点」がある。今作でもそれは変わりない。誰もむやみに泣き叫んだり、大声で訴えたりはしない。なのに、これほど大きな訴えかけができるなんて、本当に驚くべきことだ。アメリカはあの時、彼らを利用して国債を売った。体も心も疲れ果てた兵士をツアーなるものに駆り出して、国債を売らせた。それがどんなに馬鹿げた行為で間違ったことであったかをクリントは告発している。その勇気とゆるぎない意志は、ストレートに見る者の心を打つ。

硫黄島での戦場シーン。爆発、そして絶え間ない銃撃。だが、今まで見た戦争映画とは明らかに違う。リアルだとか、そんなことではない。私はなぜこの映画の戦場シーンがこれほどまでに訴えかけるのか、未だに自分でもわからないでいる。そこに「嘘」を感じない。「偽善」を感じない。一体なぜなのだろう。暗めのコントラストが効いた、粒状感のある画面。無惨な死体。兵士たちの会話。全てのものが完璧に融合しているからだろうか。

脚本は「クラッシュ」のポール・ハギス。ほんと、毎回すごい脚本を書きますね。中盤からもう胸がいっぱいだったんだけど、ネイティブ・アメリカンである兵士アイラがヒッチハイクでハワードの両親に真実を告げに向かうところで、もういろんなものが心の中から滝のようにあふれてきた。

さて「硫黄島からの手紙」が本当に待ち遠しい。というか、「お願いだから見せてくれ」という心境ですらある。本当にクリント・イーストウッドはすごい。齢75を過ぎてもなお、これほどのクオリティの作品を作ることができるそのエネルギーと才能に驚嘆するばかりだ。そうそう、音楽まで自分でやっている。これがまたすばらしい。


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by galarina | 2006-10-29 11:43 | 映画(た行)