「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:映画(た行)( 49 )

友だちの恋人

1986年/フランス 監督/エリック・ロメール
<6つめの格言:友だちの友だちは友だち >

「揺れ動く乙女ゴコロ」
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主人公は、パリ近郊の新都市セルジー=ポントワーズで市役所に勤めるブランシュ。キーカラーなんだろうか。いつもブルーの服を身にまとっている。それは、ブランシュ自身の煮え切らない気持ちから来る「ブルーな気分」を表しているようにも見える。また、舞台となっているセルジー=ポントワーズという街。計画的に開発された都市らしく、ブランシュの住むマンションを始め、スタイリッシュな建物も見どころ。この洗練された街の雰囲気とブランシュの幼さが、面白いギャップ感を生み出しています。

ブランシュには親友のレアがいて、その恋人がファビアン。いやあ、ロメール作品には珍しいイケメンくん。大人しいブランシュに対して、自由奔放なレア。恋人のファビアンもそんなレアに振り回されている。ブランシュは、ファビアンの知り合いのプレイボーイ、アレクサンドラを紹介され、一目で気に入る。でも、彼の前ではどうもうまく自分を表現できない。気取ってみたり、嘘をついたり、素直になれない…。

ところがある日、レアが恋人ファビアンをほっぽり出して、ナイショで別の男とバカンスに出かけてしまう。残されたもの同士、ブランシュとファビアンは水泳をしたり、食事をしたり、共に日々を過ごすうち、互いにとてもしっくり来ることに気づくのだが…。

男女4人を取り巻く恋模様。気持ちがあっちに行ったり、こっちに行ったり。まあ、よくあるお話ではあります。主人公のブランシュ。お役所勤めの割にはキャリアっぽくないと言うか、引っ込み思案でくよくよしてて、まだまだ「女の子」って感じ。フランス人女性って、自分の意思がしっかりあって、自由奔放で、恋愛の手練手管もバッチリ。なんてイメージがあるもんだから、そのギャップにとまどってしまう。でも、この格言シリーズに出てくる女性はみんなそうなのよね。「緑の光線」のデルフィーヌもそうなんだけど、「もうちょっとハッキリしなさいよ」とおせっかいを焼きたくなるようなキャラクター。

ロメールのような粋で知的なフランス人男性の周りには、きっと仕事も恋愛もバリバリ積極的なフランス人女性がたくさんいると思うんです。なので、こういうキャラクターの女性にばかりスポットを当てるのには、何か理由があるのかなあなんて、思ってしまいます。

ブランシュは相手を騙したり、自分を大きく見せたりとかしない。すごく素直な女の子で、シリーズ最終作品ってこともあるんでしょうか。とても素敵なハッピーエンドが待っています。いちばんそばにいる人が大切な人。いちばん飾らないでいられる人が必要な人。まるで、甘酸っぱい思春期の物語のよう。ふたりが抱き合うラストカットもとても微笑ましい。実はこのラストを迎える前に、偶然出会ったブランシュとレアが自分が好きな男の名前を伏せたまま会話をしたため、誤解が生まれ、そのままみんな別れちゃうの!?と思わせる展開があるんです。ただの会話のすれ違いなんですけど、ドキドキさせられました。ロメールって、何気ない会話のこういうちょっとしたシークエンスにやられちゃうんです。
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by galarina | 2008-11-01 00:24 | 映画(た行)

ダイ・ハード4.0

2007年/アメリカ 監督/レン・ワイズマン

「三尺玉あげっぱなし」
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最初から最後まで、銃撃、爆撃のオンパレード。観客をびっくりさせればそれでいいだろうって作品に感じられてダメでした。もちろん、エンターテイメント大作を否定するつもりは全くありません。ビルがドッカーンと爆破したり、ヘリコプターがくるくると回って墜落したり、それを見ることで非日常的な興奮を味わえるのも映画の醍醐味の一つだと思います。ただ、冒頭街の機能が麻痺する様が描かれますが、一体何人の死者が出ていることでしょう。なのに、「恐怖」については、何も描かれていません。あらゆる破壊は、マクレーン刑事が体を張って何とかするためのエサでしかなく、そういった物語の進め方は、全く私は好きになれないのでした。

サイバーテロ組織が小粒に見えるという感想がありますが、それは俳優の力量は小さい原因で、やはりのべつまくなしにドッカンドッカンやっていれば、敵味方の対立軸が薄まっても仕方ないとしか言いようがありません。シリーズが進むにつれて、製作者側が「前作よりもスゲーのを観客は期待しているんだ」と目くじら立てて、一切合切作品に放り込んでしまった、そんなあせりすら感じられます。そういう点では、むしろ昔とさほど変わらない語り口でいつも通りに仕上げた「インディ・ジョーンズ」の新作の方に潔さを感じます。マクレーンの娘との確執も、オタク野郎との相棒劇も、全ては爆撃音にかき消されてしまいました。
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by galarina | 2008-10-06 16:25 | 映画(た行)

トランスフォーマー

2007年/アメリカ 監督/マイケル・ベイ

「後半の展開に唖然」

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つかみはOK。車がロボットに変化する、そのCGの凄さに素直に驚嘆。何でこんなにナチュラルな映像になるんだろうと。

カタールでの無差別攻撃、ボロ車に振り回されるサム、国防省でデータを盗むマギーと3つの物語が並行に描かれていく前半の1時間くらいは、結構面白かったです。それぞれのストーリィに謎が隠されていて、どう結びついていくのかとてもワクワクしたのです。ところが、ロボット戦士が5人現れて、これはマジンガーZ?またはガンダム?とも言うべきマンガ的な展開になってからは全くダメでした。ロボットは普通にしゃべりかけるし、お茶目な行動したりするし。うそ~ん。

「トランスフォーマー」って言うおもちゃもアニメも知らない私は、こういうものだと微塵も思っていなかったので、緊張感あふれる前半部とのギャップが大きすぎました。ロボットをかばい、涙するサム。こういう展開でいいんでしょうか…。物凄くお金はかかってますけど、日曜日の朝の子供向け番組を観ているような気分になって、もうテンション下がりっぱなし。話も荒唐無稽過ぎて全く駄目でした。救いはヒロイン、ミカエラを演じる女優、ミーガン・フォックス。とても美人でミステリアスな雰囲気がいいですね。ガンガンにトラックを乗り回して後半大活躍。近年のエンタメ大作系ではいちばん魅力的でした。
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by galarina | 2008-10-02 08:35 | 映画(た行)

転々

2007年/日本 監督/三木聡

「初心者でも十分楽しめるほのぼの三木ワールド」

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オダジョーは好きだけど、もれ無く「時効警察」を見ているワケじゃない。そんな私にとっては、この作品「内輪ネタが多くてノリきれないんじゃないか」という不安の方が大きかったんだけど、意外や意外、なかなか楽しい作品なのでありました。楽しくて、そして、心温まる佳作。

この作品の良いところは2つあって、ひとつはストレートにお散歩の楽しさを感じさせてくれること。旅行に行くとガイドブック片手にがんばってあちこち歩くくせに、なじみ深い街になるとさっぱり、なんてことないですか。本作は、特に東京に住んでいる方にはなおさら響く物があるんだろうなあと思う。そして、共に歩くことによって、心がほぐれていく。捨て子だからと卑屈だった文哉の心がほぐれ、下町の懐かしい風景を目にして、私たち観客の心もほぐれる。

もう一つは、三木監督の十八番である小ネタがしっくりと作品に馴染んでいること。本作にちりばめられた小ネタは、知ってる人だけ、わかる人だけ、笑ってくれりゃいいんです、って感じがなくて、どれも、これも、愛を感じるなあ。「岸辺一徳を見るといいことがある」ってくだりは、三木監督は岸辺一徳が好きなんだろうなあと思うし、「街の時計屋はどうやって暮らしてるのか」のくだりも、こういう昔ながらの商店街への愛を感じるのよね。で、どれもこれも、くくっと肩をふるわせるような笑いに満ちていて、すごく気持ちがほんわかしてくる。

岩松了、ふせえり、松重豊。この3人のパートが、見る人によっては余計なのかな。これで文哉と福原の物語が、ぶつっと途切れる感覚になっちゃう人がいるのも理解できる。私は意外とそんなことなくて、軸となるストーリーの箸休めのようなものであり、福原さんの奥さんになかなかコンタクトを取ってくれないから真相を先延ばしにする役目を果たしているようでもあり。そして、何よりこの3人のくだらない会話に象徴される「日常の些細なコミュニケーションが心を癒してくれる」って言う三木監督のメッセージがすごくよく伝わるのね。まあ、この3人の織りなすトークに「あ・うん」の呼吸の気持ちよさみたいなのがあります。

疑似家族を作り出す後半部もいいです。文哉はきっとこれまで「我が家」と呼べる場所がなかったんだよね。今まで出会ったことのない感情に見舞われた文哉のとまどいが切なかった。で、福原は「カッときてつい殴ったら死んじゃった」なんて、言ってるけど、きっとあれは違うんじゃないかしら。だって、奥さんきれいにお布団の中で寝てたもの。不治の病か何かで福原が安楽死させてあげたんじゃないかな、それで思い出の場所を巡っていたんじゃないのかな、なんて、私は思ったりしたのだけど。まあ、そんな余韻に浸れるのも、文哉が「自首は止めてくれ」なんて、懇願したりしないまま、スッっと終わっちゃうからなのよね。すごく粋なエンディングで、これもまた良いのです。
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by galarina | 2008-09-06 17:41 | 映画(た行)
2008年/日本 監督/李闘士男
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「クラウザーさん、最高っす!」
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いやあ、すごかった。面白かった。
松山ケンイチ、サイコー!。
彼のカメレオンぶりにとにかく降参しましたです。

最近流行の仮の姿に悩むヒーローのような話、なんて言う映画評を読んだのですけど、全然違うでしょう。これ、「仕事論」でしょ?と私はひどく納得したのですよ。自分のやりたい事じゃない。でも自分にしかできないことなら、やるべきだよ!っていうね。なんか、私を含めてこういう状況の人「この仕事は本当にしたかった仕事じゃない…」なんて、悩んでる人多いと思うんです。そんな人たちに勇気を与える映画じゃないでしょうか。

脚本としては、前半部ちょっと根岸くんの語りが多くて、くどいんです。また、やる気をなくして田舎に戻る、なんてのもある程度想像できちゃいます。それでも、ラストの対決に向けて、盛り上がる、盛り上がる。現在継続中の漫画をうまく2時間にまとめたなと思います。また、きちんと「絵になるカット」が多いんですね。それが、たかがお馬鹿映画とはあなどれないところ。クラウザーさんが後輩とトイレでリズムを刻むシーンとか、ヒールの高いロンドンブーツ履いて激走するシーンとか。やってることはマヌケですけど、しっかり構図を捉えたきれいなショットを作っています。それにしても、あのブーツ履いて全力疾走はきつかっただろうなあ。

「音楽映画」としてきちんと成立しているところも、とても評価できます。おしゃれポップス系もデスメタル系も楽曲がレベル高いですね、カジヒデキだから当然ですが。ジーン・シモンズは、良く出てくれたなあ。正直ね、わたしゃヘビメタ嫌いなんですよ、暑苦しくて。でも、ラストのライブは興奮しました。つまり、イロモノ系だからと逃げたり、流したりせずに、非常にしっかりとまじめに作り込んでいるところがとても良いのです。

そして、松山ケンイチくん。もちろん、「デスノ」で彼のカメレオンぶりは分かっていたつもりですが、本当に参りました。クラウザーさんの時の歌い方なんて、どれくらい練習したんですかねえ。だんだん、クラウザーさんがかっこよく見えてきたからビックリ!この演技を見せられて、私の中では加瀬亮くんを超えてしまったかも。クラウザーさんのシーンではカメラが回る前に観客を入れた状態でアドリブで毒々しいセリフをかましてたって言うじゃないですか。いやあ、本当に凄い。根岸くんもクラウザーさんも全く好みではないけど(笑)、これを演じた松山ケンイチと言う俳優に惚れてしまいそうだ。追っかけの大倉孝二のツッコミも毎回爆笑。ほんと、腹抱えて笑わせてもらいました。
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by galarina | 2008-09-02 16:23 | 映画(た行)

どろろ

2007年/日本 監督/塩田明彦

「目指せ!日本のクリストファー・ノーラン」

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「どろろ2」「どろろ3」まで決まっているんですね。何とも壮大な企画です。不気味な予感が漂う冒頭の30分くらいは、とてもいい感じです。やはり、興醒めしてしまうのは、土屋アンナ扮する蛾の妖怪の出来映えのひどさ。「PROMISE」の悪夢再びで頭を抱えました。エンドロールを見ていましたら、複数のVFX担当デザイン事務所とスタッフが出てきます。これは、「1クリーチャー=1デザイン事務所」の分業性ということでしょうか。やはり、エンタメ大作は総合的なタクトを振る力量がモノを言います。いっそのこと、全体のVFXを統括する腕のいい監督を別に置いた方が良いのかも知れません。「ピンポン」「ICHI」を撮った曽利監督あたりがやってくれないものかしら。

そして、戦国時代を思わせる日本が舞台であるならば、やはり「殺陣」シーンのクオリティも、もっともっとあげないといけません。ワイヤーよりもむしろ、チャンバラとしての醍醐味。ここを追求するべきでしょう。ハリウッド大作がアクション監督に力を発揮してもらっているように、これまた担当監督に頑張ってもらわねばなりません。だってね、昨日何気に見ていた「パチンコ・暴れん坊将軍」の15秒CMの方が遙かに殺陣がカッコイイんですよ。これじゃあ、いけません。

そして、音楽。「DEEP FOREST」を思わせるループ系ハウスや、エジプシャンリズムに三味線のアレンジを加えたものなど、無国籍なビートが非常にいい感じです。なのに、なぜか次の対決シーンはフラメンコギターばりばりのラテンサウンド。なんなんだ、この脈絡のなさは。「ダークナイト」や「ワールド・エンド」を手がけるハンス・ジマーばりに音楽だけでも世界観が作られたらなあ…。というわけで、大作ならではの分業制をうまくまとめきれなかった、これに尽きるのではないでしょうか。

しかし、作品全体に流れるムードは決して悪くありません。現代の娯楽大作の潮流ど真ん中である「親殺し」「巡る因果」「血の継承」と言った暗いテーマは、気味の悪い絵作りを得意とする塩田監督にぴったりの素材だと思います。水槽に浮かぶ包帯でぐるぐる巻きにされた赤ん坊など、冒頭の赤ん坊の再生シーンは塩田監督らしさを発揮しています。そして、殺伐とした荒野、セピアトーンの映像。妖怪が出てこないシーンは、十分に世界観を作っている。駄目なところがはっきりしているわけですから、次回はこれを修正すればいい。バットマンシリーズで自分の個性を存分に発揮している、クリストファー・ノーランを目指せばいい。少女の魅力を引き出すのが巧い塩田監督。今後のポイントは、柴咲コウをどう料理するかでしょう。私は次作に期待します。
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by galarina | 2008-08-24 17:16 | 映画(た行)

ダークナイト

2008年/アメリカ 監督/クリストファー・ノーラン
<TOHOシネマズ梅田にて観賞>

「何かもが凄すぎて絶句」

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(エンディングについて触れています)

既に多くの方が傑作と評し、アメコミ映画の最高峰と絶賛し、ジョーカーの提示する「悪」について、様々な方が様々な角度で語られているので、既にもう書くことはないんじゃないか。そんな風に思い、観賞してからずいぶん経つのに何も書けずにいました。圧倒されたとか、考えさせられたとか、実に平凡な言い回ししか浮かばず、どうすればこの世界観が伝えられるのかと筆も進みませんでした。

各俳優陣がすばらしいのはもちろんですが、個人的に興味深かったのは、物語の着地点です。抗うことのできない絶対悪に対してどう立ち向かっていくのか、というのは、911以降ハリウッド映画の共通テーマのように繰り返し語られてきました。ヒーローはいない。復讐してはならない。あまりにも同じテーマが多く、またどの作品も、結局抱える問題に明確な答を出せないジレンマがそのまま表現されてしまった、そんなもどかしさを感じずにはおれません。ところが、「ダークナイト」では、しっかりと結論が出されます。しかも、アメリカ映画としては、驚くべき結論ではないでしょうか。闇の世界に生きる。サクリファイス、自己犠牲と言う精神。ゴッサム・シティが世界、バットマンがアメリカ、ジョーカーがテロリストと考えた場合、バットマンが選んだこの道をアメリカ人は一体どう受け止めただろうかと考えずにはいられません。

非業の死を遂げたヒース・レジャー。ジョーカーを演じたことが、彼の死に何らかの影響を及ぼした、そう考えても全くおかしくはないほど、狂気が宿っていました。舌なめずりする仕草や独特のアクセントを加えた喋り方。彼がいかに自ら創意工夫して、己の中から絞り出すようにこの役を作り上げたのかが、実に良くわかります。病院を爆破するシーンで、スイッチをまるでおもちゃのように扱う。あのコミカルさが却って生々しく、背筋が凍りました。そして、主演のクリスチャン・ベール。私にはヒースの引き立て役とは思えなかった。善が悪を呼び、悪が善を呼ぶ。そんな、世界観が構築できたのも、彼いればこそだったのではないでしょうか。そして、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン。前回に引き続き、脇役のすばらしさは目を見張ります。こんなに脇が光っている作品って、ちょっと思い出せないですね。

善から一転して悪へと転化する「トゥー・フェイス」。その成り立ちは原作とは違うようですが、彼の存在が「ジョーカー(悪)VSバットマン(善)」という単純な対立構造からさらに一歩深い世界を作り出しているのは、言うまでもありません。アーロン・エッカート扮するデントが、自らを犠牲にして高らかに正義の使者ごとく立ち上がったにも関わらず、愛する者の死によって「社会のため」に生きることよりも、「個人の私怨」に生きることを選ぶ。このデントの生き様にもまた様々なメタファーが隠されています。

とにかく善悪の概念が揺れ動き、混沌とする様を描き出す脚本が秀逸。登場人物の配置の仕方、バランスの取り具合、何かもパーフェクトではないでしょうか。バットモービルなどのハイテク装備や基地内の様子は、近未来的ではありますが、色彩も少なく、実に無機質な作りで、何と「謙虚」だろうと思わずにはいられません。一方、爆破シーンやカーチェイスの場面は、徹底的に迫力を追求し、とめどない破壊をイメージさせます。また、ハンス・ジマーの音楽は、同じく担当した「ワールド・エンド」のようなわかりやすい主旋律を持ったものではなく、どちらかと言うと重低音のBGMに徹しているかのようで、これが作品のイメージとどんぴしゃり合っています。全てを統括した、監督クリストファー・ノーランの才能にただただ驚くばかりです。総合芸術の極みと呼ぶべき作品ではないでしょうか。
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by galarina | 2008-08-23 13:38 | 映画(た行)

ドラゴン・キングダム

2008年/アメリカ 監督/ロブ・ミンコフ
<MOVIX京都にて観賞>

「大いに満たされたミーハー魂」
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長きにわたってクンフー映画を見続けたファンの方は、この映画に対して様々な異論、疑問、怒りを持たれるのでしょう。それは、とてもよくわかります。多分、それは私にとっては、YMOが3人揃ってパヒュームのバックバンドをさせられる、そんなシチュエーションに近いのではないかと。もし、そんな光景を目の当たりにしたら、きっと悲しくて、まともに見られないだろうな。

でも私は、まだまだクンフーはにわかファンですので、ジャッキー・チェンとジェット・リーという新旧対決をワクワクしながら、思う存分楽しんでしまいました。やっぱりワイヤー満載と言えども、体のキレやポーズの美しさが段違いに違いますもん。また、彼らに限らず1対1の対決シーンがふんだんに用意されていて、にわかファンには次から次へと繰り広げられるクンフーアクションが楽しいの、なんの。

ストーリーはもろ、RPGゲームのような子供だましのものです。そういうものに、ジャッキーとリーが出ているということも、コアなファンには納得しがたいのでしょうね。ただ、小学生の息子と家族で見に行ったものですから、このわかりやすさが良かった。夏休みの家族向け娯楽作と考えれば、こんなに贅沢なキャスティング、楽しまなければ損だと思って、ストレートに喜びました。

オープニングがとても良いのです。クンフーおたく少年の部屋一面に貼られたブルース・リーを始めとする香港映画のポスターが次から次へと立体加工されて、キャスティングを紹介。この映画の製作者もまた、クンフーおたくなんだな、というのが実によく伝わります。タランティーノが古い日本映画へのオマージュを臆さずに表現しているのとちょっと似ている。何だかすごく微笑ましい。その後も、酔拳を初めとする○○拳がいっぱい出てきて、製作者がジャッキーとリーにやって欲しかったんだな、というのが丸わかり。終盤には少林寺まで出てきて、もうクンフーネタのごちゃまぜ、てんこ盛り状態。

嬉しかったのは「ラッシュアワー3」で衰えを感じたジャッキー・チェンが、すごくキレていたこと。まだまだ、いけるぞ。片や心配なのは、ジェット・リー。「SPIRITS」でもう二度とハリウッド映画でクンフーはしない、と宣言していたにも関わらず本作に出演しているし、「ハムナプトラ3」でもしけた悪役をさせられている。彼の心境は一体今どうなんろう、と思う。あれだけのアクションスターはいないわけですからね、どうか納得できる作品に出演して、まだまだ彼の技を見せて欲しいと切に願います。
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by galarina | 2008-08-16 17:10 | 映画(た行)

机のなかみ

2006年/日本 監督/吉田恵輔

「こいつぁ、おもしれえ!」
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漏れ聞いていた噂からもっと手法のこだわりが前面に出た作品なのかと思っていたのだが、見事に裏切られた。見せ方に凝った映画が、後半ただの種明かしで終わって、チャンチャンとなってしまう虚しさとは無縁。むしろ、ますますドラマは面白くなり、オバサンも胸キュンの高校生の恋バナへと変貌。こいつは面白い!

家庭教師馬場のあまりの調子の良さ。こんなヤツいるぅ~と言う軽いノリとオフ・ビートな雰囲気。そして、いよいよ馬場が女子高生に襲いかかる…となったその瞬間、フィルム途切れて暗転。ドラマは最初に巻き戻し。ええ~っ。このだまし討ちのような意外性にまず拍手。第一部において、望の家庭教師に対する反応が徐々に変化しているのは、わかった。そして、それが馬場のせいではないことも。しかも、望が好きな相手も実は薄々感づいてはいたのが、それでも第二部がますます面白い。それは、主人公望を演じる鈴木美生の嫌味のない愛らしさ、揺れ動く乙女心が実に瑞々しく、観客のハートをがっしりと掴むからだ。その点において、私は吉田監督の演出力に感心した。だって、この望というキャラクターはうっかりすると、女性陣から猛反発をくらう「いじけキャラ」だからだ。カラオケ場面から展開される、まるでアイドルのPVみたくなシークエンスも、その確信犯的なやりように思わずニンマリとしてしまう。

全く内容を知らずに見たので、馬場から望へ、というバトンタッチが実に鮮やかで気持ちいい。「リップ貸して」を始めとする、高校生活のコミカルなシーンもそこかしこで効いている。親友とは名ばかりの友人、男たちのずるさ、父娘家庭のやや異常な日常など、明かされる机の中身は実にバラエティ豊かなテーマを内包していて、一体この物語がどんな結末を向かえるのかとラストに向けて期待がぐんぐんと高まる。何せ巻き戻ったシーンがあれですから。

そして、切なさ満開の第三部へ。男たちはあくまでもずるく。一方、女たちは愛をつかんだ者とまだつかめない者、対称的なエンディングへ。脚本をいじって小技を効かせた作品だろ、と高をくくっていた私は、強烈パンチを喰らいましたよ。お見事。
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by galarina | 2008-06-24 21:09 | 映画(た行)

追悼のざわめき

1988年/日本 監督/松井良彦

「私たちは同じ世界に生きている」
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女を殺し生殖器を切り取る殺人犯、彼を愛する小人の女とその兄、幼い妹を愛する青年、女性性器に似た切り株をひきずる乞食、公園で物乞いをする傷痍軍人。異形なものたちによる孤独と狂気をまとった行進。もっと散文的な作品かと思ったが違った。地を這うように生きる社会のはみ出し者たちの情念が廃ビルの屋上に捧げられた一体のマネキン人形に向けて引き寄せられ、全てが破滅してゆく物語。泥臭く、血なまぐさいストーリィ。吐き気を催すようなリアルで汚らしいカットが続く。そこに、ふと静謐なムードを感じる方もいるようだが、私は違った。私が強く感じたこと。それは、私たちと彼らは同じ世界に生きている、ということ。

彼らは今、どこにいるのだろう。空き地や山がどんどん整備され、区画整備された土地で同じ顔の家々が並び、人々の生活はどんどん清潔になっていく。醜いものや汚いものが、どんどん「初めからないようなもの」と見なされてゆく。いや、彼らは今でもいるのに、彼らの息づかいすら感じられぬ遠いところに私が来てしまったのだろうか。

道徳や常識を飛び越えて、作り手の熱情がびしびしと伝わる作品が好き。そういう作品を目の当たりにした時の私の気持ちはまさに「受けて立つ」。これは、久しぶりに受けて立つと言う気持ちにさせられた。そして、果たして、もしこれがカラー作品なら私は最後まで見られただろうかとも思うのだ。グロテスクで汚らしい描写が続く中、もし、この作品の中に“美”を発見することができたのなら、それはまさしくモノクロームの力ではないか。兄に犯された妹の体から溢れ出る止めどない鮮血も、行く先を失った難破船を呑み込む海に見える。モノクロームの力強さをひしひしと感じた。
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by galarina | 2008-06-23 00:11 | 映画(た行)