「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

カテゴリ:映画(あ行)( 68 )

按摩と女

1938年/日本 監督/清水宏


「日本人のアドバンテージ」
c0076382_2313274.jpg


石井監督のカヴァー「山のあなた」を見て、オリジナルに興味が湧き観賞。

よく「フレームの美学」なんて言われますけども、日本人の場合、日本人であるというだけで物凄いアドバンテージがあるんじゃないか。本作を見て、そんなことを痛感します。格子戸、障子、襖、縁側…。これらの日本建築に必ず備わる様式は、フレームの端々に配置するだけで、絵画のようにしっかりと収まる。例えば、スクリーン左端に格子戸を置く。スクリーン下側に縁側を持ってくる。それだけで、何とも美しいフレーミングが完成する。障子にもたれかかって、考え事をするという何気ないカットにしても、障子そのものが「こちら側」と「あちら側」の曖昧な境界を作り出すという役割があるため、人物たちの揺れる心が表現できる。

人々の心をざわつかせる「財布が盗まれる」という事件。これにしても、この宿屋の障子が開け放されていたり、子どもが縁側づいたいに行ったり来たりできるからこそ、人々の猜疑心は膨れあがる。この日本建築そのものが持っている「意味」と物語の「意図」が絶妙に溶け合っています。

で、やはりこのフレームの美しさがもたらす余韻、そしてイマジネーションって、カラーよりも断然モノクロの方が大きいんですね。石井監督のカヴァー版よりもそれぞれの登場人物の小さな心の揺れがさらに際立っています。面白いのは「山のあなた」では、物語の振り子の役割を担っていると考えたほどの子供の存在感が、本作ではずいぶん薄く感じられたこと。しかし、逆に徳市の「お客様!」の土下座シーンは、こちらの方が何倍も悲壮感があります。徳市の「俺が助けてやる」という傲慢、「もしかしたら恋仲になるかも知れない」といった希望が打ち砕かれる。そんな徳市の心の動きは、正直「山のあなた」では今ひとつ心に迫りませんでした。どちらかと言うと、温泉宿場での群像劇のようにすら感じられたのです。しかし、オリジナルは奈落の底に落とされた徳市の情けなさ、つらさがラストまで後を引きました。
[PR]
by galarina | 2008-11-07 23:12 | 映画(あ行)

海辺のポーリーヌ

1983年/フランス 監督/エリック・ロメール
<3つめの格言:言葉多き者は災いの元>

c0076382_16491972.jpg


「まぶしいばかりのラストショット」

15歳のポーリーヌは、従姉妹のマリオンとヴァカンスでノルマンディーの別荘にやってくる。マリオンは知り合ったばかりの中年男アンリにのぼせあがるけど、昔のボーイフレンドピエールに言い寄られて困ってしまう。ポーリーヌは同じく避暑で来ている少年シルヴァンといい感じになるのだけど…。

15歳の純真少女ポーリーヌを演じるアマンダ・ラングレがとっても可愛い。そして、この少女の目を通して描かれるのは、大人たちのずるさと愚かさ。もうね、みんなバッカじゃないの!ってくらい、自分勝手なのよ(笑)。離婚経験したくせに、すぐによく知りもしない妻子持ちに夢中になるマリオン。男のエゴを絵に描いたようなアンリ。自分の気持ちだけ押しつける直情男のピエール。ポーリーヌじゃなくとも、大人って馬鹿よね~とため息尽きたくなりまさあな。

結局、いちばん聡明なのはポーリーヌなのね。アンリに裏切られて、愚痴るマリオンに対して、優しく話を聞いて包み込んであげる。年齢にしても、人生経験にしても、普通逆だろ?と思うんだけど。ポーリーヌは、大人の事情に巻き込まれていくシルヴァンと最終的には縁を切っちゃう。ほんと、彼女がいちばん大人よね。別荘を去ってゆくポーリーヌを車の中で捉えたラストショット。ふわふわと軽やかなボブカットに木漏れ日がたくさん当たって、本当にキレイ。、ひとまわり成長した少女の美しさが凝縮されたすばらしいカットです。

従兄弟のマリオンを演じているのは「美しき結婚」にも出ていたアリエル・ドンバール。この人のふわふわの金髪とナイスバディには、クラクラしちゃう。作品では、アンリに一目惚れしちゃう尻軽女ですけれども、なぜか憎めません。ロメール作品の女性陣は、軽薄で思慮の浅い女性陣もたくさん出てくるのですけど、この憎みきれない理由は、彼女たちに打算が見えないからという気がします。自分に素直、思いのままに行動し、傷つき、嘆くけれども、またすくっと立ち上がる。そののびやかさを見ていると、しょうがないなあなんて気になるんですね。

それにしても、バカンスと称して、仕事もなにもかもから解放されて、海辺の街でのんびりできるヨーロッパ人がつくづく羨ましい。
[PR]
by galarina | 2008-10-24 16:26 | 映画(あ行)

美しき結婚

1981年/フランス 監督/エリック・ロメール
<2つめの格言:どんな心も、野で獲物を追い、空中に楼閣を建てる>

c0076382_15344457.jpg


「妄想オンナの微笑ましい暴走」

美術学校に通うサビーヌは、不倫という恋愛関係に終止符を打ち、突然結婚願望に目覚める。親友のクラリスに弁護士エドモンドを紹介してもらうも、「私はこの人と結婚する」と猪突猛進。ひとり結婚への妄想が転げ落ちる雪玉のように膨れあがり、彼女の行動はどんどんエスカレートしてゆく…。

「飛行士の妻」の思い込み男フランソワが、今度は女性になった感じでしょうか。端から見ていると「なんで、そうなるの!?」というサビーヌの的外れな行動ぶりに開いた口がふさがりません。さて、この勘違いオンナ、サビーヌを微笑ましく見られるか、それとも冷ややかに見てしまうか、これまた観客の印象は分かれてしまうところ。正直同性としては、鼻持ちならんオンナだなあってもありますが、主演のベアトリス・ロマンがとてもキュートで、他人事として見る分には、なんだか微笑ましい部分もいっぱい。

この作品の面白さは、一目惚れした弁護士エドモンドとの結婚妄想に走るサビーヌを誰もいさめないということなんですね。これがフランスの個人主義ってもんなんでしょうか。中でも一番の驚きは、母親の反応。なんだかんだ言って、最終的にはアンタの好きなようにやりなさいって、ところに落ち着く。こんなの日本じゃ考えられません。

それでも、お騒がせ少女の周りにいる人たちは、彼女に同調したり、慰めたり、本当に大変。サビーヌがひとりで空回りしているから、周りの人たちとの会話も全然噛み合ってない。このズレを楽しめるのは、観客がいちばん客観的な立場にいるからこそ。ちょっと「アメリ」なんかも、感じが似ていますね。適当にあしらっていたエドモンドがサビーヌに押しかけられて、ようやく「キミとは付き合えない」と宣告する。男たちよ、態度をはっきりさせないと、オンナって生き物は妄想で突っ走るから気をつけたまえ、という皮肉でいっぱいの作品かも知れません。

しかも、最終的には結婚するわけでもなく、むしろサビーヌの結婚願望は打ち砕かれてしまう。それで、「美しき結婚」というタイトルなんですから、その意地悪ぶりに笑ってしまいます。
[PR]
by galarina | 2008-10-22 17:42 | 映画(あ行)

狼少女

2005年/日本 監督/深川栄洋

「オーソドックスな力強さ」
c0076382_02420.jpg


神社の境内にやってきた見世物小屋、というシチュエーションは確かに奇抜ですが、それ以外の子供たちの間で繰り広げられる人間模様は、いたってオーソドックスです。都会からやってきた少々おませで正義感の強い転校生の女の子、彼女のはつらつとした明るさに引かれる気弱な男子、貧乏ないじめられっ子の女子、彼女をいじめるガキ大将に嫌味な女子グループ。そうそう、昔はこんなんだった。誰もが幼き頃を思い出す、ごくごく普通の教室や放課後の風景。しかしながら、この映画が放つ力強さは何でしょう。

それは、昭和のノスタルジーなんて、感傷的な気持ちを引き出すことよりも、どっしりと、じっくりと子供たちの物語にフォーカスしているからなんでしょう。彼らの心の機微、揺れや迷いを丁寧に丁寧にすくい取ろうとしている。そんな作り手の真摯な姿勢が作品から感じられます。

私が気に入ったのはカメラです。父親と母親の間をゆらゆらと行ったり来たりして子供の不安な気持ちを表現したかと思うと、真正面から子供たちの顔をしっかり捉えて幼い心に芽生えた決意を表現したり。または、教室の机の下から斜めに構えたり、子供たちの周りをぐるぐると回ったり、スクリーン右から左へと橋の欄干を走る様をロングで撮ったり。とにかく、子供たちの生き生きとした様子を最大限に引き出しています。また、これらのカメラワークに応えるように、子供たちの演技がとても自然ですばらしいのです。

そして、去りゆく留美子をみんなで追いかけるラストシークエンスが堂々と物語を盛り上げます。これまた、物語としては実にオーソドックスな結末ですが、明が教室を飛び出してから、まるでカメラが子供たちの気持ちを乗せているかのように、カットが切り替わる度に切なさが二重にも三重にも膨れあがっていくのです。ランドセルが落ちてくる意外性と映像としての動きの付け方なんて、素直に「やられた!」と思いました。何とも、清々しい。心の洗濯をさせてもらいました。
[PR]
by galarina | 2008-10-04 15:30 | 映画(あ行)

アキレスと亀

2008年/日本 監督/北野武
<TOHOシネマズ二条にて鑑賞>

「自虐の三部作、最終章。そして出発」
c0076382_14192026.jpg


てっきりみなみ会館での上映だと思ってたら、驚きのTOHO系シネコン上映でした。本作は、途切れることなく絵画が出てきますので、大きなスクリーンで鮮やかな色彩を堪能できて、これはこれで良かったです。日曜日の昼間の鑑賞でしたが、(私の)予想以上にお客さんは入っていました。6割程度でしょうか。これまた、驚き。これは、樋口可南子効果なのでしょうか。よくわかりません。

「好きではないけど、自分にしかできないものなら全うすべき」という仕事論にいたく感動した「デトロイト・メタル・シティ」と対極の作品。こちらは「好きなことなら、何が何でも続けるべき」という主張です。これはこれで、とても感動しました。敢えて言うなら「絵を描くのが好き」ではなく「絵を描くことしかできない」男の物語。

主人公、真知須の周りでは、ばったばったと人が死んでいきます。まるで、疫病神のようです。その中には、その人の死が明らかにトラウマになるようなものも多数あるのですが、真知須は絵を書くことを止めません。 それらの死が彼にどんな影響を与え、また、その死を彼がどう受け止め、乗り越えていくのかに物語をクローズアップさせれば、これはもっともっと感動的なストーリィに仕上げられることは、間違いありません。しかし、ご存じのように北野武は、そのような感傷的に物語を進行させることは一切しません。実に飄々と何事もなかったかのように、ただただひたすらに真知須は絵を描き続けるのです。

さて、「TAKESHI’S」「監督、ばんざい!」と三部作だと考えるのならば、真知須はやはり「好きな映画を撮り続ける北野監督自身」だと言えるでしょう。そうすると、親子二代に渡って彼の絵をけちょんけちょんにけなしたり、あれこれ文句を言っては売り飛ばしてこっそり儲けている悪徳画商の存在は、さしずめ映画プロデューサーになるのでしょうか。大森南朋が嫌味な男を演じていますが、バッチリはまってます。 基礎を勉強しろだの、流行を知らないだの、言いたい放題です。映画の勉強をせずにいきなり監督デビューした北野監督に浴びせられたこれまでの罵詈雑言を彼に言わせているのかとこれまたオーバーラップします。

映画の中盤では、真知須が仕事を抜け出しては仲間たちとアート活動に興じるのですが、ここがとても楽しいんですね。スクリーンには常に鮮やかな色彩が踊っていますし、若いからこそできる無茶ばっかりやって、アートとは何ぞや!と青臭く息巻いている様子が観ていて微笑ましい。この、中盤の高揚感こそ、北野マニアではなく、一般的な観客からもこの映画が支持される(とするならば)ポイントではないかと私は思いました。

本作では、それまでの多数の死も含め、人々の目を楽しませ、心豊かにさせるという芸術が持つ良い側面は、一切描かれません。真知須の志す芸術はただ周りを不幸にし、己に何の見返りももたらさない。真知須自身絵を書くことで、心が満たされているかというと全くそんなことはない。最終的には狂気をまとい、遺影の中に収まる自分をアートに見立てて、死と隣り合わせの時を過ごす。それでも、描かずにはいられない。そんな心境を北野監督は、「ようやくアキレスは亀に追いついたのだ」と自ら終結させた。これにて、いったん己を見つめる作業は終了、ということになるのでしょう。次回作は何になるのか楽しみです。
[PR]
by galarina | 2008-09-22 14:13 | 映画(あ行)

歩いても、歩いても

2008年/日本 監督/是枝裕和
<梅田ガーデンシネマにて観賞>

「さりげないのに、心に染み渡る是枝演出」
c0076382_23444517.jpg


是枝監督のきめ細やかな演出と登場人物たちへの優しい眼差しが感じられる珠玉作。すばらしかったです。物語を動かすものとして、数年前に亡くなった長男を取り巻く確執というのがあるのですが、むしろ私は是枝演出の素晴らしさ、巧みさに引き込まれて仕方がなかったです。 誰もいない廊下で母と娘のたわいもないおしゃべりが反響している。そんなカットに全ての人が自分の里帰りを思い起こしたことでしょう。

人物描写があまりにもリアルで、まるでこの家族を昔から知っているような錯覚に陥ります。また、それぞれの登場人物のちょっとした仕草や会話の端々にその人らしさが如実に表れています。例えば、長女の夫は「この家の麦茶はひときわうまい」とおべんちゃらを言う調子のいい性格。その時冷蔵庫の扉がずっと開けっ放しなんです。気になって仕方ありません。でも、それは彼のおおざっぱな性格を表しているんだと思います。このように全てのシーンに、人物たちの性格を裏付ける演出が成されていて、見事のひと言です。是枝監督の人間観察力に感服しました。毒のあるセリフは弟子の西川美和監督を思い起こさせるのですが、もしかして彼女の影響が逆に是枝監督にも出ているのかと思ったりもします。

また「ああ、実家に帰るとこんな感じだよな~」と思わず唸ってしまうシーンばかりです。実家の玄関先で遊ぶ孫たちは大人モノの「つっかけ」を履いていたり、息子家族に新しい歯ブラシを用意していたり。これらの描写があまりにもリアルで、うちも全くそうだ!と一シーン一シーン、思わず頷いてしまうものばかり。是枝監督が凄いのは、この細やかな演出があざとく感じられない、ということ。この辺は、ドキュメンタリータッチが巧い是枝監督ならではです。「誰も知らない」などでは、ドキュメンタリータッチが嫌味に見えたりしましたが、本作では皆無。実に自然です。

そして、俳優陣がみんな素晴らしいです。やはり、一番凄いのは樹木希林でしょう。この人は、化け物ですね。毎回役が乗りうつってます。私の記憶では「東京タワー」を受けるまでしばらく映画界から遠ざかっていたはずだと思うのですが、一体どうなってしまったんでしょう。蝶々を追いかけるシーン、見てはいけないものを見たようで背筋がぞくぞくとして、本当に怖かった。

それにしても、家族を描いた作品って、なんでこうも面白いのでしょうか。家族だからこそ、言いたいことを言う。家族だからこそ、言えない。そんなみんなの思いがすれ違ったり、くっついたりする様に釘付けの2時間。様々なところで笑いのエッセンスが散りばめられているところも本当にすばらしい。これまでの是枝作品の集大成と言ってよいのではないでしょうか。このところ、山下監督や塩田監督などの若手監督に気を取られていましたが、これで是枝監督の株が一気に急上昇です。
[PR]
by galarina | 2008-09-01 23:11 | 映画(あ行)

イースタン・プロミス

2008年/イギリス・カナダ・アメリカ 監督/デビッド・クローネンバーグ
<京都シネマにて観賞>

「暴力の刻印」
c0076382_15555649.jpg


前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」に引き続き、暴力がテーマのクローネンバーグの新作。ロンドンにおけるロシアンマフィアの世界を独自の世界観で描き出していて、力強い映像美を堪能しました。主演のニコライを務めるヴィゴ・モーテンセンの存在感がすばらしく、どのショットも「絵」になります。最初に出てきたときからボスのような存在感で、運転手なんてチンケな仕事には全く見えませんでした。最も気に入ったのは、真っ赤なソファに半裸で寝そべり、タトゥーを入れてもらうところ。非常にエロティックで官能的なショット。もちろん、真っ裸のサウナでの格闘シーンもド迫力。互いにタイルに叩き付けられ、グチョッ!グニャッ!と言う音が聞こえてきそうな生々しくて、痛いシーン。このあたりの描写はクローネンバーグの真骨頂と言った感じです。

マフィアの血を受け継ぐ赤ん坊、レイプされた少女の日記、ロシアンマフィアの証明であるタトゥー。それぞれが、暴力のメタファーとなって、物語が絡み合い展開します。それぞれに共通する今回のテーマ、私は「刻まれる暴力」と捉えました。赤ん坊は「血」に、日記は「文字」に、タトゥーは「体」に、暴力が刻み込まれている。それらは、決して逃れられない、変えることのできない悲しい運命のように見えます。しかしラスト、赤ん坊の行き着く先と共に、ほのかな希望が映し出される。己の血の中に暴力の刻印を残す赤ん坊は、その過酷な運命を逃れたのかも知れないと。

ところが一方、己の体にタトゥーを刻んだニコライの行く末は、実に曖昧としたまま終わります。まあ、このラストカットのヴィゴが実にカッコイイのですけどね。ネタバレになるので書けませんが、実はこの作品、ちょっとしたどんでん返しがあります。それを含めて、ニコライがどういう道を選択するのか、実に余韻が残るエンディングです。

それにしても、渋さ全開。ロシアンマフィアという存在についてあまり知りませんでしたので、その世界が非常にミステリアスですし、履歴書となっている全身タトゥーも凄い。大人の映画、という雰囲気満点でした。ナオミ・ワッツ好きとしては、もう少し彼女をいじめて欲しかったかな、なんて思ったりして。いえいえ、困難な道を敢えて選択し、苦悩する役どころが彼女は実に巧い。ロシア製のオートバイを乗り回し、マフィア相手に真っ向から立ち向かう女性を熱演していました。ヴィゴとベッドシーンでもあるのか期待しましたが叶わず。クローネンバーグの描くねっとりとしたベッドシーンが好きなので、そこんところはやや欲求不満。次作に期待します。
[PR]
by galarina | 2008-07-31 14:52 | 映画(あ行)
1966年/日本 監督/今村昌平

c0076382_14313591.jpg


これまた大傑作。原作は、野坂昭如。エロ事師というのは、文字通りエロに関することなら、何でも商売にしている男。素人を連れてきてポルノを撮ったり、いやらしい写真をお堅いサラリーマンに売りつけたり、それはもうエロを尽くして生きぬいている、それが主人公スブやん(小沢昭一)。

人類学入門というタイトルからも窺えるように、スブやんを取り巻く人間どもを、まるで生態観察しているようにカメラは捉え続ける。これは、前作の「にっぽん昆虫記」と同じ。馬鹿で情けなくて非道の限りを尽くしている人間どもを遠くから客観的に眺めているようなロングショットが多数見られる。例えば、スブやんが会社の会議室でエロ写真をサラリーマンに売りつけているシーンは明らかに隣のビルからのショット。こうして、彼らと一定の距離を保ちながら、冷徹に見つめる手法で、人間の愚かさを際だたせている。しかし、目の前で繰り返されるのはあまりにも情けない人間模様でありながら、作品自体には品格のようなものすら漂う。それは、ロングショットを含め、そこかしこで見られるモノクロームの美しいカットが作品を彩っていること、前夫の形見として飼われているフナ(後の「うなぎ」に繋がっていると思われる)など様々なメタファーが作中で導入されていることなど、今村昌平のセンスと知性が全編にあふれているからだろうと思う。

こういっては失礼だが、坂本スミ子が布団の上に倒され悶えるシーンのアップなんて体して美人でもないのに、何と妖艶に見えることか。今村監督は、紅潮した頬というのがどうもお気に入りのようで、「赤い殺意」でも春川ますみのぷっくりした頬を非常に美しく撮っている。男に迫られる女の「ほてり」をこれだけ見事に表現できる監督は、他にいないと思う。

スブやんは内縁の妻の娘(中学生!)と寝てしまうし、その妻にしたって結局娘のレイプを容認してしまうし、ポルノの現場に自分の娘を差し出す男優だっているし、どいつもこいつもあきれてモノが言えないような奴ばっかり。ただ、そこに渦めくエネルギーたるや圧倒的で、「生」と「性」が渾然一体となって人間がそもそも持っている原始的な情熱とか、生きていくための狡猾さなんかが、まざまざと迫ってきて、本当にパワフル。ディスコミュニケーションだの、引きこもりだの、他人との距離をどう取ればいいのか悩んでいる現代にこういう作品を見ると、さらに感慨深いものがある。

スブやんのラストは、原作と違うらしいが、これまた今村監督らしい粋なエンディングだと思う。インポになって、娘や息子からも疎まれ川べりのぼろ船で生活するスブやんが最後に選んだ仕事は世界一のダッチワイフ作り。「陰毛を1本1本埋め込むんや」と言い、人形に向かうスブやんは狂っているようにも見えるし、崇高な仕事に携わる職人にも見える。そんな彼を乗せたぼろ船は、停泊中の川岸からいつのまにか縄がちぎれ、大海原へ。海上でぷかぷかと儚く浮かぶ船の中で陰毛と格闘するスブやん。嗚呼、人間とはなんと滑稽な生き物か。そして、船を捉えた映像が、冒頭の8mmフィルムへとつながり、それを馬鹿話しながら眺めるスブやんを映す。今村監督、巧すぎます。
[PR]
by galarina | 2008-07-29 14:34 | 映画(あ行)

アフタースクール

2007年/日本 監督/内田けんじ
<梅田ガーデンシネマにて観賞>

c0076382_16452515.jpg


前作「運命じゃない人」を見ていない、と言うのが返す返すも残念なのですが、なかなか楽しめました。

「伏線」と言うよりも「錯覚」によるマジックという方が正しい気がします。たまたま、観賞前日に錯覚を利用した視覚アートを紹介する番組を見たのですが、非常に近いものを感じました。 つまり、そのシチュエーションでそのセリフを聞くと、 この物語はこうだ、と勝手に脳が思いこむということ。 冒頭妊婦がいて、スーツを来た男が部屋から出て行く。「朝ご飯ありがとうね。」「新しい靴を買っておいたよ。」と聞けば、誰しも新婚夫婦の朝の風景だと思ってしまう。視覚アートの場合も立体を把握する時に脳が勝手に補完するのを利用しているのですが、これもまさにそうでしょう。新婚夫婦の物語だな、と一旦脳にインプットされると、その後の展開も勝手に脳が補完してしまう。しかし、もちろん本筋はそこからどんどんずれていくわけで、そのズレが面白さのミソなんですね。

最終的に話が1本の筋道になった時に全体を見渡してみると、 なんてことないごくごく普通のストーリー。ここがとてもいい。それは、本筋がシンプルだからこそ、組み替えで複雑に見える、という構造上の問題もあるだろうけど、むしろ観客に取ってのメリットの方が大きい。つまり、騙された時の爽快感。全てが終わった時に、あれはどういうこと?という煮えきらなさが残らない。内田監督は、なかなかの策士ですね。

今回は有名俳優が出ていますけど、 彼らがもともと持っているイメージもうまく利用していると感心しました。 俳優頼みなんて意見もあるようですが、私は逆ですね。 このキャスティングそのものも錯覚のひとつに組み込んだ監督はクレバーだと思います。 中でも光っていたのは、大泉洋。ぼんやりの後のピリッとした演技が良かった。

惜しむらくは、最初の1時間くらいが冗長に感じられたこと。前半部で映画的な快楽が得られるかどうかと言われるとちょっと微妙。 風景が美しいとか、ドキッとするショットがあるとか、 ぐっとスクリーンに入り込めたらもっと良かった。 ラスト、三角関係の甘酸っぱい余韻とほんわりした幸福感を残したのは◎。全てがわかった上で、最初から見直すとどうなるんだろうと言う別の興味が湧いてきました。
[PR]
by galarina | 2008-06-18 14:25 | 映画(あ行)
2007年/アメリカ 監督/スティーブン・スピルバーグ
<TOHOシネマズ二条にて観賞>

「本家本元の面目躍如」
c0076382_11472129.jpg


別に本シリーズに特別の思い入れもない私としては娯楽大作として、ワクワクドキドキの展開を十分に堪能しました。シネコンの一番大きなスクリーンで観賞したので、大画面ならではの迫力も満喫。まさに映画館で見るべき作品と言えるでしょう。

お宝を探し求めて、目的地に行き着くまでの展開は、何だかどこかで見たことあるような既視感を随所に覚える。黄金都市って、「ナショナル・トレジャー」もそうだったよね?と思い返すも、本シリーズが様々な娯楽作品の元ネタになっているわけですから、なにをか言わんやです。アクションシーンに関しては言えば、むやみな発砲シーン&爆発シーンが控え目で私は好きですね。要は殴り合いですよ(笑)。ジャングルを疾走するジープの車上で頭蓋骨の入ったズタ袋があっちにいったり、こっちにいったり。このドタバタな感じがちょっと懐かしい感じすらします。でも、それがいいんです。

私が覚えている範囲では、この作品、ワイヤーを使ったアクションシーンがないと思う(どっかであったらスミマセン)。そりゃ、御年60ウン歳になったインディがぴょーんと跳ねたらおかしいですけど、クンフーのみならず何でもかんでもワイヤー使う昨今の作品には辟易していたので、とことん体と体のぶつかり合いで終始したのが、却って新鮮に見えました。滝壺をズドーンって言うのも、CG全盛の今じゃもっと違う脚本も書けたろうけど、「冒険」という言葉が持つ醍醐味にこだわったんでしょう。

何が良かったって、敵役を演じたケイト・ブランシェット。黒いロングブーツに藍染めみたいな渋いブルーのアーミースーツが パリッっと決まっててすごくカッコイイの。ショートボブも似合ってるし。ロシア語訛りのキツイ口調の英語がさらにS嬢のようなムードを醸し出す。 彼女が悪役として光っているからこそ、楽しめたと言ってもいいくらい。 剣の使い手という設定なんですけど、ムチを持たせて欲しかったなあ。 やっぱ、女性将校はムチでしょう!そしたら、ムチVSムチで面白かったのに。

それにしても、このオチには、驚きました。 物語が始まってすぐに気づかされますけど、まさかここまでとは。 賛否両論あるようですが、私は面白かったのでいいんじゃないかと思います。 もう冒険ネタは出尽くしているし、こうするしかないですよね。敵役がロシア人で、しかもイリーナは読心術の能力がある、と言う設定ですから、驚かされながらも、納得しましたよ。

「オーパーツ」とか「UMA」が大好きな息子は、非常に大満足した様子。彼曰く「五つ星!」らしいです(笑)。
[PR]
by galarina | 2008-06-15 10:52 | 映画(あ行)