「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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カテゴリ:TVドラマ( 44 )

「ほーら、言った通りじゃないの!」
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君は素晴らしいと連呼してくれる男、出会って間もないけど君を愛していると断言してくれる男に対して「私たちちょっと距離を置いた方がいい」と引きまくるキャリー。ほら、言った通りじゃないのよ!ビッグにはあんなに愛をアピールして欲しがってたくせに、そういう男が現れるとウザいし、まだ信用できないって態度に出るんだ。ちょっとズルくないか、キャリー。さて、この巻でひとまずビッグは結婚してしまうけど、どうも彼の存在はずっとひきずりそう。ってか、さっき秋公開の映画のトレーラー見たら、ビッグ出てるし!えーっ、まだまだこの男引きずるんですかぁ。

さて、失恋や仕事のストレスで「靴を買う」ってのがよく出てくるんですけど、コレ大納得ですねえ。ジミー・チュウやマロノ・ブラニク。(「マリー・アントワネット」でも使われていたカラフルで超カワイイ靴たちもマロノ・ブラニク)。300ドルはするであろうオシャレな靴をバンバン買い込んで、紙袋ぶらさげて街を闊歩する。これ働くオンナの夢です。やっぱり靴は仕事のモチベーションを鼓舞させるアイテム。働きマンを阻む障害物は、全部この靴で踏みつけてやるってね。んで、こんなに高い靴買ったんだから、頑張って稼ぐしかねーよってことで、堂々巡りです。

4人の誰かに自分と似たところを感じて感情移入してしまう。そして、このグループの一員になったつもりでみんなの恋の行く末が気になっちゃう。そこが、このドラマの面白さですけど、あいかわらず私はミランダ派だな。自分のテリトリーがないとイヤなの。たまには、ひとりでゆっくり本を読みたいタイプ。そして、一番うっとーしいのが、シャーロット。だってね、この子結婚願望大きいくせに、尻軽でツマラン男に騙されすぎですよ。しかも、友だちを振り回しすぎ。おかしなセックスヨガ教室にみんなの分も申し込んだとか駄々こねちゃって。あたしなら即刻縁を切ります。他の3人は寛大だなー。まあ、この子のお馬鹿っぷりにアタシみたいな視聴者が突っ込むというのも、一つのパターンなんでしょうね、このドラマの。つーことは、すっかりのせられてるってことね…。
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by galarina | 2008-05-10 16:23 | TVドラマ
「恋愛のパワーバランス」

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困った。だんだんキャリーがイヤなオンナになっていきます。コラムニストのキャリアウーマンで、親友がゲイなんて設定なのに、男に依存度高い、高い。彼の部屋の洗面所に少しずつこっそり私物を残すなんて。しかも、歯ブラシですよ、歯ブラシ!おいおい、これ日本のクサイ恋愛モノでもよくある光景じゃないですか。自分の存在を男の世界にねじ込む、世界共通のパターンなんですね。私が男ならこういうオンナは別れます。だんだん、ビッグが気の毒になってきました。

結局、恋愛とは相手次第でパワーバランスはびっくりするほど変わるということ。ビッグという男は、自由人を気取り、彼女の友人たちの前に出るのを嫌がり、仕事やプライベートの相談も彼女にはしないタイプ。端から見ていると、サッパリしている分付き合いやすい男だと思えるのですが、女心は複雑。なんだかんだ言って「愛されている実感」が欲しいのです。たまにはベタベタしたり、堂々とBFづらして欲しいのです。かといって、ミランダが付き合い始めたスティーブのような朝も夜も付きまとってくるような相手にはウンザリしてしまうんですよ、きっと。

相手次第で優位になったり、劣勢になったり。それが、セルフコントロール不可能な恋愛のパワーバランス。ちょっとしたきっかけで天秤棒はあっちに傾いたり、こっちに傾いたりするのですが、変化を相手に求めていては無理ですね。やはり、変えられるのは自分だけ。キャリー、もっとシャキッとしなさい。
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by galarina | 2008-05-07 01:44 | TVドラマ
「だんだん男子禁制ゾーンに突入してきた」

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Season2から、4人の友情物語がだんだん深くなってきました。そこで、俄然面白いのは女同士の付き合い方。男にいい女と思われたいというメンタリティは、我々と変わらないと言いましたが、こと女同士では、日本人ではありえないシチュエーションが多数見られるんです。

例えば、友だちが付き合っているBFのことをこてんぱんに言ったり、付き合い方にダメ出ししたり。日本だと、友だちの彼氏の悪口って、友情にヒビが入るもんなんですよね。なので、このドラマが人気があるのは、むしろこう言った女同士の関わり方で我々ができないことをやってのけている爽快さにあるのかも知れない、と思ったりするわけです。だって、友だちのBF見て、「なんであんなヤツと付き合ってんの?」って思ったことないですか?でも、口には出せないでしょ。

そして、彼とのセックスで避妊具(女性が体に装着するものね。恥ずかしくて書けないよ)がずれたから見てくれ、とキャリーが友人にお願いするシーン。これは、もうお口アングリでした。このドラマで見てきたどんなセックスシーンよりも一番驚きましたねえ。その時サマンサが言ったセリフが「ネイル塗ったばかりなのに」ってのが、これまた唖然で。日本人じゃ、絶対、ありえないでしょ?なるほど、そういう関係性なら、彼とのセックス話も何でもかんでも話せるよなあ、と変なところで感心することしきり。

それから、ランチタイムにレストランで大声でセックスの話してます。これ、いわゆる「お決まりシーン」なんですけど、日本じゃ隣のテーブルが気になって絶対無理。酔いに任せてBARでこっそり打ち明け話がせいぜいです。しかも、彼とベッドの中で何をどうしたか、隅から隅まで報告してますもんね。聞いてる分には大笑い。もし、こんな友人がいてホントに全部報告されたら困ります。なので、まさに隣のテーブルで耳ダンボな人になった気分で見てます。
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by galarina | 2008-05-05 16:08 | TVドラマ
「私たちとあまり変わらない」
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ますますセックスライフは奔放な描写が続くけど、根底に流れているのは「独身女性の生き難さ」。NYのキャリアウーマンなんて、さぞかし独身生活をエンジョイしているんだろうと、日本人の私なんぞ思うのだけど、正直こんなにプレッシャー感じてるんだ、と意外なほど。

少し話は反れるかも知れないけど、アメリカ人男性の長所として「レディ・ファースト」って言うのがあるでしょ?あれはね、私は本当に女性を敬っているからしている行為じゃないのでは?と個人的に思ってるんです。つまり、俺はこんなに女性を大切にしているんだという男の度量をみんなにアピールしたいと言うのが本当の動機で、引いては「こんなに大切に扱っているんだから、俺の言うことは聞け」というパートナーへの一種の脅迫行為ではないのか、とすら感じてるんですよね。このドラマを見ていても、結局男の気を止めるために女たちは一生懸命で、男の方から歩み寄ろうと言う気配は微塵もないのね。それって、「レディ・ファースト」の精神とはずいぶんかけ離れてるよなあ、なんて。

例えば「3Pはアリか?」という衝撃的な話題にしたって、日本人女性からしたら、セックスに他者を介入させるなんてとんでもない!と思うかも知れないけど、逆に私たちが「彼に逃げられるのは嫌だから浮気を知っても問い詰めない」というのと根っこの部分は変わらないように思う。とどのつまり、彼との関係を何とかキープしたいとしがみついているわけ。3Pを受け入れようというのも、浮気を見て見ぬフリしようというのも、その時点でもう関係は壊れているのに。男たちは自分のしたいように振る舞い、その周りで右往左往している彼女たち。特に主人公のキャリーは振り回されっぱなし。あんまり私たちと変わらないなあと思うのです。そんな中、ミランダは比較的、自分のやり方を通そうと悪戦苦闘してるキャラクター。今のところ、私はミランダが一番好きかな。そして、このドラマの面白いところは、共感できるキャラクターに加え、彼女たちが送るニューヨークライフが生き生きと描かれていること。夜毎のクラビングにおしゃれなパーティ、大富豪との思わぬ邂逅。「共感」と「憧れ」がとてもうまくミックスされてる。なんでビッグなんて男に言いくるめられてるんだよ、キャリー。あんな奴、とっとと忘れちまえばいいのにねえ。
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by galarina | 2008-05-04 15:59 | TVドラマ
「切り口は大胆だが、テーマは実に古典的 」
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アメリカのドラマは見ないのです。
だってシーズンなんとかってすごく長く続いちゃうでしょ~。
だったら、その時間は映画に使いたい。
でも、これCSで何気に見始めたのですが、ちょっとハマりそうです。

まず、1話30分程度というコンパクトさがとてもいいですね。
主演のサラ・ジェシカ・パーカー は、どう見てもベット・ミドラーだろ!と
思ってたんですが、だんだんキュートに見えてきたから不思議です。

セックスが切り口ですけど、毎回取り上げていることは、
むしろ古典的とも言えるようなテーマじゃないでしょうか。
独身女性と既婚女性の対立、女を武器にすることへのためらい…。
1998年スタートということですが、10年経っても何も変わってないなあと思います。
NYで自立したオンナですから、仕事もバリバリする、自分の言いたいことも言う、
セックスの話もあけっぴろげにする。見た目はイケイケドンドン。
だけど、みんな「けなげ」ですよ。
この「けなげさ」が多くの女性の共感を呼ぶ所じゃないでしょうか。

何とかしていい男を見つけたい、何とかしていいセックスをしたい。
結局、その姿を通して見えるのは「いいオンナとして認められる」
といういかにも受け身な状況で、
キャリアウーマンとしての彼女たちのスタンスとは、大きなひずみを生んでいます。
そのひずみが時に滑稽で、時に悲しい。
しかし、カッコつけたり、スカしたりせずに、まともにぶつかっていく姿が実に爽快です。
コラムニスト、弁護士、会社社長、アートディーラー。
4人ともキャリアにおいては、何の申し分もない。
しかし、ひとたびセックスという視点で見れば、
それらのキャリアも帳消しになるようなおバカっぷりの数々。
デキるオンナもセックスでは悩んでいる。その気取りのなさが私はとても面白いと思いました。
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by galarina | 2008-05-03 23:23 | TVドラマ
クラシックの本場、ヨーロッパロケを贅沢に行って、なかなか楽しいスペシャル版でしたね~。年末年始のドラマではダントツに面白かった。

本作はとにもかくにも、上野樹里だろうと思います。玉木くんの白目も話題にはなりましたが、それは開き直れば誰でもできることです。のだめ演じる上野樹里は「ハチクロ」の蒼井優を思い出させます。本来の彼女の性格も似ているのかも知れませんが、これは自分からのだめと言うキャラクターに歩み寄るのではなく、明らかにキャラクターを自分自身に引き寄せている。演技者としての才能を感じます。また、演奏シーンは明らかにダミーであることは誰しも重々承知ではありますが、彼女のピアノを弾く姿には引き込まれます。グレン・グールドしかり天才ピアニストと呼ばれる人は独特の演奏スタイルがありますが、それを演技者が自然に見せるというのは、案外難しいことではないかと思うのです。私は通常ドラマから先日のスペシャルを通じて、のだめが可愛くて可愛くてたまりません。

さて、このドラマは、フジテレビが得意とする「おふざけが過ぎる」ことが、功を奏しました。随所にちりばめられたマンガ的な演出がドラマを大いに盛り上げます。何しろ、音楽の力が大きいですし、クラシックという実に硬い素材を使っているわけですから、他の部分がおちゃらけなほど、コントラストが効いてくる。

ただし。一番懸念されるのは、これでフジテレビが調子に乗ってしまうのではないかということです。(すでにだいぶ調子こいてますが)なぜなら、これは漫画の原作が非常に良くできているからです。フジテレビは、借り物で商売しているんだということを肝に銘じて欲しい。良い素材をよそから拝借して、うまく調理しているのです。ドラマがはやったので映画にしよう、というテレビ局のスタンスには、私は強い疑問を覚えます。映画というメディアは、映画館というハコとあの大きなスクリーンを使って表現したい、という製作者の強い意志があってこそ生まれるべきものです。ドラマにはドラマの、映画には映画のフィールドがあり、そこはしっかりと棲み分けされるべきです。まさか、のだめも映画にしようなんてことにならないことを祈ります。
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by galarina | 2008-01-07 23:21 | TVドラマ
1989年/アメリカ 監督/デヴィッド・リンチ
<episode27~episode29>

「ブラックロッジに酔いしれて」
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物語の筋が通らないとか、あのエピソードはどうなったとか、そういうことはどうでも良くなるくらい、最終回に酔いしれました。最終回エピソード29の監督は、デヴィッド・リンチ本人です。

物語冒頭、オードリーが貸金庫で出会う、のろまな老人。最終回だと言うのに、そのあまりにもスローな動きにイラつきませんでしたか?第一、常識的に考えればお客様の大事な物を預かる貸金庫の番人があんな老人であるはずはない。しかし、この一連のシークエンスこそ、実にリンチらしい。とことん観るものを惑わす、それがリンチのやり方。最終回だからこそ、全てがうまくまとまるはずという我々の思惑をあざ笑うかのように、人々の人間関係は崩壊してゆくのだ。

ローラを殺した犯人がつかまった時点で、明らかにせねばならないものは、なくなっていた。ブラックロッジとはいかなる世界か、それが最後に残された疑問であるならば、この最終回は見事にその答を提示したと言えるだろう。赤いカーテンの部屋で繰り広げられるめくるめく幻想の世界。完全悪が存在する世界というのに、この妖しげで美しい様はどうだろう。そう、ブラックロッジは、美しいものしかふさわしくない。邪悪にむしばまれたウィンダム・アールがあのカーテンの部屋に現れた時、何と不釣り合いな存在に見えたことか。

そして、ローラ。おお、懐かしいローラ。その存在はもはやブラックロッジの女王として君臨している。小人がつぶやく。「ドッペルゲンガー」。ついにクーパーも彼らの手に墜ちた。ローラは言う。「25年後に会いましょう」。果たして、それまでクーパーはブラックロッジの使者として仕えることになるのだろうか。いや、ローラの母が大佐を呼び出したではないか、「ブラックロッジで待っている」と。大佐はクーパーを助けてくれるだろうか。それとも盟友ハリーが力を貸してくれるだろうか…。

まだまだキラーボブの支配は続く。しかし、二つの扉は同時に開くと誰かが言わなかっただろうか。ブラックロッジの入口が開けば、ホワイトロッジの入口もまた開かれる。今、ツイン・ピークスの街にはどんな出来事が起きているのだろう、と思わずにはいられない。
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by galarina | 2007-10-21 22:12 | TVドラマ
1989年/アメリカ 監督/デヴィッド・リンチ
<episode23~episode26>

「無理矢理、繋げてまんな」
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vol.4でボブも小人も消えた…と思ってたらepisode23で唐突に登場。ウィンダム・アールもブルー・ブックのメンバーで、ブラック・ロッジの存在を知ってましたか。なるほど、そう繋げてくるとは。しかし、無理矢理感が否めませんね。

さて、リーランド逮捕以降のツイン・ピークス。物語としては間延びしているし、犯人はもう捕まったし、観る意味あるのか…という気持ちになる人が多いのも理解できる。もちろん、ここまで来たら最後まで見てやるよ、というあきらめに似た境地は私にもあります。

で、無理矢理、見る意味をひねり出してみる(笑)。と、一つだけ言えるのは、ツイン・ピークス以降のリンチ作品の理解が深まるってことかな。先日、最新作「インランド・エンパイア」を鑑賞。で、その後このシーズン2を文句言いながら見ていると、おや?と思うことが多々ある。クーパーが心酔しているチベットの教え、片腕男が持っている統合失調症の薬、ホワイト・ロッジとブラックロッジという表裏の世界観などなど。「インランド」に通じる部分は結構あるんですね。もちろん、同じ監督だから同じ世界観で作品を作り出しているのは、当然なんですけれども、未だに「ツイン・ピークス」から最新作まで繋がってるのか、と思うとそれはそれで感慨深いものがありました。

というわけで、なんだかんだ言って最後までみちゃったよ…という方は、引き続きリンチ作品をいろいろと見ることをオススメします。こんなグダグダの後半戦をがんばって見ているんだから、何かに生かさないとね(笑)。
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by galarina | 2007-10-03 23:35 | TVドラマ
1989年/アメリカ 監督/デヴィッド・リンチ
<episode19~episode22>

「闇も幻惑も消えた」
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クーパーの宿敵なるウィンダム・アールが登場し、すっかり物語は連続猟奇殺人犯捜査へと様変わり。あれれ?キラーボブはどこへいっちまったんだ。ジェームズ、ベン・ホーン、ジョシーにまつわるサイドストーリーなんか、もうどうでもいいっす!って境地に達してきました…。だって、これまでサイトストーリーは少なからず「ローラ・パーマー殺人事件」と絡んできたから面白かったわけだもん。それが今はどのお話もバラバラに進行していて、互いが絡み合わないから全然つまんない!

しかも、このvol.4は、謎の提示が全然ないのね。大佐の首についた傷跡くらいかしら。これまでは、夢で見た巨人のお告げとか、なくなった指輪とか、奇妙な映像で何かを暗示するということを効果的に行うことで謎への興味を駆り立てていた。なのに、ウィンダム・アールとの一件にしろ、クーパー自らぺらぺらしゃべってるくらいなんだもん。目に見えない恐怖とか闇を暗示することで培ってきたツイン・ピークス独特のムードがどんどん薄れていく。迷走ツイン・・ピークス、どこへゆく…
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by galarina | 2007-09-15 18:24 | TVドラマ

ハゲタカ 6(最終回)

2007年/日本 NHKドラマ

「キレ味あり、幸福感アリの万歳!最終回」
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大空電機の実権を握ったホライズンは、技術力の高いレンズ事業部をアメリカの企業に売却しようと画策する。儲かる事業部は残し、儲からない事業部は切る。黒字を出すということを第一優先に考えると間違いないけれども、本当にそれでいいのか…。これまた、多くの大企業に当てはまるテーマだ。私は基本的に浪花節が嫌いな人間だが、企業を「人間が集う集合体」だと考えると、やっぱり働く人間の「やる気」って一番大事。その事業を切ることで社員のやる気がなくなるんだったら、赤字でも残す意味はあるに違いないと思う。

このドラマは金融や経済について詳しくない人もハマったわけだけど、それは改革を取るか、人の気持ちを取るかっていう、素人にもわかりやすい対立図を作ってきたから。だけども、本来経営なんてそんなに簡単に割り切れるものでもない。そこに持ってきたのがEBOという案。社員が資金を出して自らの会社を買収するEBOという手段は初めて知ったが、これは大胆な改革でもあり、社員のやる気がないと実現しない方法でもある。そのあたり、うまい方法で着地させたなあ、と感心した。

そして、生死をさまよった鷲津を元の舞台に戻したのは芝野。以前鷲津から「あなたと私は同じです」と言われ突っぱねた芝野が最終回では「俺とおまえは同じだ」と返すあたりはしびれましたなあ。そして、ホライズンに一泡吹かせるという大どんでん返しは、最終回にふさわしいドラマチックな展開。リハビリから復帰して、いつもの金縁メガネとスーツ姿でホテルのバーに佇む姿に「鷲津、カンバーック!」と思わず心の中で拍手。全てが丸く収まる展開ではあるが、多くの痛みと犠牲を払ってきた鷲津と芝野の来し方を考えると実に納得できる最終回だったと思う。

というわけで、低視聴率だったにも関わらず、鷲津萌え~な婦女子が急増中らしい。やっぱ、過去に傷を負ったクールな男に惹かれるのは私だけじゃなかったのね。でも、ライバル増えるのも微妙だぞ。

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<とびきりオーラの違う田中泯>
メゾン・ド・ヒミコ」でもそうだったけど、やっぱこの人はそこに立っているだけで存在感が違う。会社の行く末を担うキーパーソンとしての役割を彼に与えたのは大正解。ホテルのバーで鷲津と対面するシーン。セリフの前にひと呼吸あり、頬のあたりを指でさすって、ポツリとつぶやく。この「間」がすごいの。「頬を指でさする」という何気ない動作にぐーっと引き込まれる。さすが、舞踏家。大したもんです。そして、若い社員たちに技術者としての誇りを問うシーンは、最終回のクライマックス。田中泯がおいしいところを全部持っていっちゃいますよ、必見。
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by galarina | 2007-09-10 23:45 | TVドラマ