「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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ハンニバル・ライジング

2007年/アメリカ・イギリス・フランス 監督/ピーター・ウェーバー

「ハンニバルがハンニバルたる由縁はどこに」

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シリーズファンとてしては、とりあえず見ておこう、というスタンスの映画よね。
これは、しょうがない。

結果としては、シリーズを貫く崇高なムード。これが、一歩及ばず、という感じ。リトアニアのレクター城や、レディ・ムラサキが創り上げたミステリアスな祭壇、人間の臓器が陳列する研究室など、それらしいムードを作るバックボーンはかなり揃ってる。なのに、物足りない。それは、レクター本人、つまりサー・アンソニー・ホプキンスが身に纏うムードなのかも知れない。そこんところをギャスパー・ウリエルに求めるのはもちろん、酷な話ではあるんだけれど。ただ、レクターという男の尊大さやプライドの高さなど、様々な面でギャスパー・ウリエルは熱演だったと思う。

これまでの作品で創り出されたハンニバル・レクターという男を見るに、彼の殺人者としての有り様は、「復讐」という泥臭い言葉など本来最も遠いイメージだと思う。レクターは生まれながらにして、あのハンニバル・レクターであるはずなのだ。だから若き日のレクターの内面に迫る演出が少ないのがとてもひっかかる。ひとり、またひとりと殺していくごとに、彼の中の凶暴性が目覚めたのではないか。殺すこと、そのものが快感になっていったのではないか。殺した人間のまさに血と肉を得ることによって、レクターはモンスターとなった、その瞬間をもっと鮮烈に描けなかったか、と思う。これならば、妹の復讐が終わった時点で、目的は果たせたことになる。つまり、もう誰も殺す必要はない復讐犯の物語だ。レクターは妹の復讐を完遂させてもなお、「あの」ハンニバル・レクターでなければならないはず。

さて、コン・リー演じるレディ・ムラサキを始めとする日本的描写の部分なんですが、これは意外と違和感なかったですねえ。確かに鎧武者を拝むってのは変ですけど、「八つ墓村」でも小梅さんと小竹さんは、洞窟の中で鎧武者を奉ってますからね(笑)。レクターの冷静沈着さと日本武道のストイックさを結びつけるって言うのは、いかにも外国人の視点ですが、それほど的外れでもない感じがします。むしろ、レディ・ムラサキを愛していると言ったレクターですけれど、これまたその内面があまり見えず、違和感が残りました。

本作、原作者のトマス・ハリスが脚本を担当しているので、レクターの内面に迫れていない、というのがなおさら引っかかるんでしょう。もしかして、「ハンニバル・ライジング」→「レッド・ドラゴン」に繋げるために、もう1本作ろうとしているのか!?
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by galarina | 2007-11-30 23:49 | 映画(は行)