「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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松ヶ根乱射事件

2006年/日本 監督/山下敦弘

「これが現代日本人の乱射だ。むなしければ笑い飛ばすがいい」

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「ゆれる」以来の衝撃。ずいぶん前に見たのになかなか思いを文章化できず、本日に至る。それでも、まとまりそうにないので、やむなく見切り発車します。

「現代人の閉塞感」というのは、文学や美術を含め近代における全ての表現活動で題材にされてきたテーマだ。今や中学生の10%が「鬱状態」と発表されるような日本社会においては、表現者たるもの閉塞感を描くしかないだろう、というところまで追い込まれて来ているように思う。事実、最近のぴあフィルムフェスティバルで入賞したラインナップの紹介文を読んでいると、何だか暗いテーマの作品が多く気が滅入る。しかし山下監督は、この手垢が付きまくった題材に、独自の切り込み方と表現スタイルで挑んだ。鑑賞後、私はショックで放心してしまいました。

冒頭、ランドセル坊やが女の体をまさぐる場面から乱射は始まっている。今にも、暴発してしまいそうな鬱屈感を全ての登場人物が抱えていて、声には出さずとも、銃は持っていなくとも、互いが互いを撃ちまくっている音が私には聞こえる。時折挿入されるブラックな笑いとストレートな性表現、そしてどうしようもないダメ人間の描写。確かにオフ・ビートという言葉が似合うかも知れない。だが、私が思い描いたのはアナーキー。

みんな、みんな、ぶっ壊れちまえばいい。そう思わずにはいられない、どうしようもなくダサい田舎町のディテールが秀逸。ガムテープが風になびく物干し竿、国道沿いのぼろ喫茶で流れる虎舞竜、ワケのわからん飾り人形が先っぽにぶら下がる蛍光灯の紐…。サラリーマンにはサラリーマンの、女子高生には女子高生の閉塞感があると思うが、このようなどうしようもなくダサいものに囲まれ、大した娯楽もなく、男はみな兄弟(女を共有しているということ)みたいな閉じた場所で暮らす地方の人々の閉塞感と言うのは、はけ口がどこにもない、という意味で実に切実。風俗に行けなければ、ドラッグもできず、自殺すら許されない。それが、田舎だもの。しょせんミニシアターなんて都会のど真ん中にしかないでしょ。もし、この作品を田舎の寂れた公民館で上映したら、スクリーンの絶望感を共有してたまらず逃げ出す人がいるかも知れない、とすら思う。

しかし、ラストで山下監督はその絶望を何とスカしてしまう。このスカし方が本当にカッコ良くて、空に放たれた銃弾は私の胸に命中。嘆くのでもなく、いたぶるのでもなく、スカすっていうのが…。ああ、言葉にならない。実は、所々のシーンで古い日本映画を見ているような「懐かしさ」を感じていた。主にそれは性表現においてなんだけど、そのあまりにモロな感じがね、無骨さというか、チャレンジャーだな、と感心したりして。だけども、このラストのオチとも呼べる展開は、“今”しか描けない。もちろん、そのセンスにも恐れ入りました。

役者陣について言うと、普通怪演って言うと誰かひとりなんだけど、本作は全員怪演というとんでもなさ。誰1人としてお友だちになりたくないやね。キレているわけでもなく、投げやりになっているでもなく、みんな飄々とした演技だけれども、作品を突き抜ける痛さはハンパじゃない。

「どういうジャンルの映画が好き?」と聞かれると、私は「邦画」と答える。ますますその思いが強くなる1本だった。怪作にて傑作。
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by galarina | 2007-10-09 21:37 | 映画(ま行)