「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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時をかける少女

2006年/日本 監督/細田守

「スカート丈と私」
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映画を見て何かを感じるというのは、鏡に映った自分を見て何かを感じることと同じかも知れないと切に思う今日この頃です。映画を見ていて何かに「ひっかかった」時は、自分の中の何が反応したかを探る。それは意外と楽しい作業です。

日頃あまりアニメを見ない私ですが、この「時をかける少女」という作品は、みなさんの評価も高くちょっと期待混じりに手に取ってしまいました。ところが、始まるやいなや私は主人公真琴のスカート丈のあまりの短さに驚きました。そして、スラリと伸びたあまりにも長い生足。もちろん、この出で立ちだからこそ、真琴が走るシーンが生きてくるのだろうと思います。またこれくらいの描写は今のアニメにおいてはスタンダードなのかも知れません。しかし、結局この「スタート丈の短さ」が与える不安感を最後までぬぐい去ることはできませんでした。

そして、もう一つ私の心を乱すのは、真琴の泣き顔です。だんだん顔がくしゃくしゃになって、うわ~んとボロボロ涙をこぼす様子は「となりのトトロ」に出てくる小さい女の子の泣き顔にだぶりました。真琴が走り、跳び、泣き、笑い、その若さの全てが弾けんばかりに描写されればされるほど、私の気持ちは滅入る一方なのです。

おそらく思春期の女の子が無防備であることに私はいらだちを感じるのです。また同時に作り手のロリータ趣味を感じ取ってしまう。決して誤解して欲しくないのは、この作品を作った人やこの作品をいいという人がロリータ趣味だなどと言っているわけではありません。なぜ私のアンテナはそうキャッチしてしまうのか。全く人間の感受性とは不思議です。

これまでその感情の源は、母親が子を守るような本能から来ているのではないかと思っていたのです。「少女的」なるものが商業的な価値を持つことへの嫌悪。しかし、事ここに至って、もしかしたらこれは若さへの嫉妬なのだろうか、という考えが頭をもたげてきました。たぶんその答は今すぐ出るものでもありません。だから、私はもっと映画を見ようと思います。
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by galarina | 2007-07-21 22:30 | 映画(た行)