「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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いつか読書する日

2004年/日本 監督/緒方明

「秘め続けた思いが解放される時、切なさが洪水のように押し寄せる」
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小さな田舎町を舞台に描かれる冴えない中年男と中年女の秘めた恋。熟年層にウケた、なんて話も聞きつつ、ちょっと斜めの目線で鑑賞。…がっつりやられてしまいました。非常に丁寧に丁寧に作られた映画です。ウケた、とかウケないとか、そういう物差しで批評するのはこの作品に対して失礼。

玄関のポストに牛乳を入れる時に放たれる「コトコト」と言う瓶の揺れる音が、思い続けてきた女の来訪を知らせる。それは、毎朝毎朝聞き続けてきた音だった。そんな、実に繊細な描写があちこちで見受けられ、ふたりの生活を足下からとらえていくことで味わいのある物語が紡がれてゆく。それは、人物の身の回りにも徹底的に表現されている。

岸辺一徳演じる槐多(かいた)を、監督は実にリアルな五十代の男として描いている。肌着のシャツをパジャマズボンに入れたその姿は、主人公が何十年も思い焦がれる男の姿とは到底思えない。しかし、このどこにでもいそうな平凡な中年男女の日常のリアルさが際だてば際だつほど、彼らに寄り添う私がいた。

ふたりを結びつけているものは、「過去のわだかまり」。そして、その時に閉じこめられた恋心。ずっと、ずっと、それを引きずっている。それは、実に不器用で無様な生き方。でも、そんな生き方しかできない二人のキャラクターが細やかな演出を通して、情感豊かに浮かび上がってくる。妻といる時は穏やかな槐多が、児童虐待を目の当たりにして感情を爆発させる。それまで何があろうと、淡々と機械的な言動しか見えない槐多だったのに。そして、妻が亡くなり、美奈子に声をかけられてからは、まるで人が変わったような軽妙な言葉を発する。彼が妻の前でいかに感情を押し殺して生きてきたかがよくわかる、岸辺一徳の演技がすばらしい。

そして、静かに進む物語だからこそ、橋の上での呼び声が止まっていた時間を動かし始め、幼いふたりが互いに求め合うような、ぎこちなくも激しい抱擁までの一連のシークエンスが胸に刺さる。過去に残してきたものを今叶える、そんな願望は誰の胸にでもあると思うから。

美奈子の生き方に共感できるかと言われるとそうじゃない。私には、美奈子にとっての牛乳配達は一種の“行”のように見えた。何十年も前の男のことが忘れられない馬鹿げた執着をほんの少しでも忘れる時間が、“行”にも似た坂道のアップダウンだったのではないか。そして、そういう生き方しかできない自分を美奈子本人も好きではなかったんじゃないか、と。

ラストの微笑は、そんな自分から解放された喜びなのかも知れない。こうやって言葉にすると、ずるいし、暗い。しかし、引きずり続けてきた過去が一瞬でも輝かしい時間になったことで美奈子はこれからの人生を生きていける。予期せぬあっけない幕切れに驚きながら、輝きの後の切なさにいつまでも胸を締め付けられた。
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by galarina | 2007-07-08 23:44 | 映画(あ行)