「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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真夜中の弥次さん喜多さん

2005年/日本 監督/宮藤官九郎

「クドカン流換骨奪胎は大成功なのか、大失敗なのか」
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しりあがり寿の原作は、まるで哲学書である。覚醒と幻覚の世界を弥次喜多が縦横無尽に飛び回り「リアル」を探す旅に出る。世界がすでに「ある」とする態度を棚上げして、そのような信念がどのようにして成立するかを探求する、と言うのは哲学者フッサールの唱える現象学なんだけど、弥次喜多の旅ってまさにこれなんじゃないの、と思ったわけ。目の前に起こっていることを疑ってかかる、自分はなぜそのように認識するのか自分に問う。弥次喜多は命をかけて哲学的旅路に出たんだ、と思った。しかも、漫画は実に暗い。

ところが、映画は「おふざけ」が過ぎる。寄り道したり、脱線したり、なかなか本流を下らない。正直、最初の30分でリタイアしそうになった。いくら何でもこれはやり過ぎだろうと。

しかし、後半、これはクドカン流換骨奪胎なのだと割り切って見始めるとだんだん面白くなってくる。「あちら」と「こちら」が交錯し始め、境界線が曖昧になってくるあたりで、デビッド・リンチが頭をよぎる。

クドカンは、とんでもない原作に敢えて挑戦した。そのチャレンジ精神は買いたい。ただ、これがクドカンワールドなんだと割り切れたのは、古田新太、松尾スズキ、荒川良々による怪演に負うところも大きい。彼らの突き抜けた演技がなければ、きっと最後までイライラしたことだろう。しかし、さまよう無数の魂を荒川良々ひとりに演じさせるというクドカンのアイデアには唸った。ここまで来て、ようやくクドカン流の解釈に最初から身を委ねていればもっと楽しめたろうに、と思ったが時すでに遅し。

ラッパーになったり、寺島進にスピード違反で捕まったり、レコーディングシーン入れたりと、やたらと脱線するシーンが多いのは確信犯だと思うが、私はこれについていけなかった。二人がもっと早く旅に出ていたら良かったのに。そして過剰な「おふざけ」をあと10%控えめにしてくれたら良かったのに。クドカンは何故ここまで過剰にしたのか。

しかし、あの深くて暗い原作に、自分なりの解釈を与えられるというのは、並大抵のことではないはず。やっぱりクドカンは天才なのか、それともただのお調子者なのか、未だに頭を抱えている。
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by galarina | 2007-02-11 23:15 | 映画(ま行)