「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

東京タワーとオダギリジョー

小説を読み終えた時から、「ボク」の役は一体誰がやるのだろうと頭を巡らせた。しかししばらくして、フジテレビが大泉洋でドラマ化する、と聞いた時は非常に落胆した。この物語は、やっぱ映画でやろうよ!とひとりごちた。

しかし、映画化の話は進んでいた。そして、配役を聞いて驚いた。「ボク」はオダギリジョーがやることになった。クセのある役が多く、色気たっぷりのオダジョーが、ピュアでナイーブでマザコンの「ボク」をどう演じるのか、非常に楽しみだ。

「ゆれる」でも書いたけど、オダギリジョーという俳優は、その役になりきるのではなく、役の方がオダギリジョーにフィットしていく、そんな俳優だと思う。「東京タワー」という作品は大ベストセラーになり、映画の公開の前にテレビドラマも放映されるわけで、正直世の人々は「東京タワー」という物語を知り尽くしていると言える。だから、それぞれがそれぞれなりの「ボク像」を持っていることになり、これは非常に困難な役を引き受けたな、と思う。そんな中でオダギリジョーは、どうやって「ボク」を「オダギリジョー化」させるのか。

私は、原作と映画は全く別物だと思っている。だから、原作の内容が映画で変わっていようとも、あまり気にしない。ただ、原作が独特の世界観を持っており、それらが根こそぎ損なわれて映画化された場合は、「こんなことならわざわざその原作を映画化する必要はあったのか」という素朴な疑問は持つ。

原作ものの映画化が多い昨今、、「原作→映画」のイージーさには、かなり食傷気味。「渡辺あや」や「西川美和」といったすばらしい脚本による映画を観ると、よけいに原作ものへの期待感は薄まる。そんな中で「東京タワー」という原作が、どうやって「映画たるもの」になるのか。非常に興味津々。脚本は松尾スズキということだが、やはりその鍵を握っているのは、オダギリジョーだと思うのだ。


人気blogランキングへ
ブログ村 映画ブログ
[PR]
by galarina | 2006-08-08 17:55 | 映画雑感