「カーサ・ガラリーナ」にお引っ越ししました


by galarina
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砂と霧の家

2003年/アメリカ 監督/ヴァディム・パールマン
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極悪人が出てくるわけでもなく、ちょっとしたボタンの掛け違いが最終的には大きな悲劇を呼んでしまう。こういう作品を観るとき、人は得てして誰が一番悪いか、という「悪人探し」をしてしまうものだ。しかし、それは、はっきりいって何の意味もない。何のためにそれをするかというと、後味の悪い結末がもたらす自分自身のモヤモヤを何とか解消したいからだ。そんなことを観客にわざわざさせるために、映画を作るアホウはいない。

たった500ドルの税金を滞納したおかげで、父から譲り受けた家を没収されてしまったキャシー。彼女に非がないわけではない。しかし、夫に逃げられ、少し怠惰になっていただけなのだ。誰だって、人生のそんなちょっとした下降線の時があるではないか。そして、行政の手違いとはいえ財産をつぎこんだ家を手放さねばならなくなったベラーニ。彼は少々プライドが高く、ワンマンなところがある。しかし、それはイランから亡命し、元大佐であった彼のこれまでの生き様から考えれば仕方のないことなのだ。ただキャシーを好きになる保安官だけは、いささかその行動に納得できないところがある。まあ、こんなつまらん男をひっかけてしまった、キャシーが招いた災いとも言うべきか。

ジェニファー・コネリー、ベン・キングスレー、ショーレ・アグダシュルー。この3人の役者が本当に素晴らしい演技を見せてくれる。キャシーというのは、何とも陰鬱な女でいつも何かにイライラしている。もう少し理性を持って落ち着いて行動すれば、もっと物事はうまくいくはずなのに、自分で自分の首を絞めている。そんなヤな女をジェニファー・コネリーは情感たっぷりに演じている。ベラーニ大佐は亡命者がアメリカで生活することの苦悩と自分自身のプライドとのバランスがうまく保てずもがきながら生きている。ベン・キングスレーは、そんな複雑な心理を見事に表現している。妻役のショーレ・アグダシュルーは、この作品で初めて見たけど、非常に魅力的な女優。片言の英語しか使えず、ワンマンな夫についていくしかない女の哀しさがにじみ出ている。

そこかしこで起きる「ボタンのかけ違い」は、誰だって犯すかもしれない些細なこと。しかし、最も悲しむべき事は、「双方の言い分、共に理屈が通っている」ゆえに打開点が見いだせないことなのだ。しかし、互いが自分の権利を主張し会い続ける、その先には悲劇しかない。これは、今もなお続く世界中の紛争にもそのまま当てはまるテーマではないだろうか。


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by galarina | 2006-07-23 18:07 | 映画(さ行)