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by galarina
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2001年宇宙の旅<物語編>


1968年/米・英 監督/スタンリー・キューブリック
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私が一番最初にこの映画を観たのは高校生の時。その時の感想は「何が何だかさっぱりわからない」というものだった。でも、あれから何度見ただろう。さっぱりわからないものを、人間何度も見ようとするものだろうか?私にとっては、謎だからこそ何度も見たくなる、ドラッグのような映画。

私はこの映画のストーリーについて「自分なりの」結論を持っている。でも、それが正しいかどうかはわからない。もしかして、再び見たら違う結論が出てくるかもしれない。この映画をキューブリックと共に制作したアーサー・C・クラーク博士が書いた原作では、映画の中の謎に対してより具体的な答が提示されている。でも、私はなぜか原作を読む気には、なれない。そこで何かしら一つの結論に達してしまえば、もうドラッグの効果が薄れてしまいそうで嫌なのだ。

とはいっても、この映画の最大の議論点は「登場する3枚の謎の黒石板(=モノリス)はいったい何物か」ということ。これが、「神の形」をしていたり、「美しい光」や「宇宙人」だったらば、イメージしやすいものを、ただのでかい石なもんだから、その唐突さにわけがわからなくなる。しかし、映画でモノリスの存在が明らかになっていない以上、モノリスについて観客は推測するしかない。科学者が推測するモノリスと宗教家が推測するモノリスは違うだろうし、高校生が推測するモノリスと老人が推測するモノリスは違う。その違いを生むことこそが、この映画の一番の面白さではないだろうか。わからないなりにも、「自分なりの結論」を出せばいいし、そこを楽しむのだ、と。まさに「ただのでかい石」であることがそれを物語っているんではないだろうか。

映像美に優れた映画というものは、えてして「感じる」映画などと称されたりする。でも、私はこの映画は「感じる」映画ではなく「考える」映画だと捉える。セリフも非常に少なく、説明的な描写も極力廃している。そういう極めてシンプルな構造だからこそ、「考え、推測する」ことこそが、唯一の楽しみになるのだ。

宇宙の大星雲を頭に思い浮かべつつ、一体モノリスはどこからやってきて、何をしようとしているのか想像していると、脳内にドーパミンが放出されていくような感じさえする。考えることが快感になる。私の場合、そんな映画は後にも先にも、この映画しかない。

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by galarina | 2006-07-07 21:40 | 映画(な行)